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闇竜と騎士団  作者: 山﨑
48/293

48話

この大陸で最も普及している魔法、それは一般的に、詠唱魔法と呼ばれる魔法だ。

学問上では"詠唱を伴う魔法"と呼ばれるが、明確な名称がある訳ではない。


魔法には種類があり、大雑把に分けると、詠唱を伴う魔法、それに反して詠唱を伴わない魔法(一般的には無詠唱魔法と呼ばれる)、そして魔法陣による魔法(一般的には魔法陣魔法)だ。

どれも齎される結果に変わりは殆ど無いが、魔法の発動までの過程が変われば多少なりとも結果に差が出る。

例えば、詠唱魔法に関しては、魔法によって齎される結果を決められた言葉によってより深くイメージし、どのような状況でも同じ結果を求める事が容易になる。何回も繰り返し唱える事で、自身にこの魔法はこういう結果になる、と刷り込むのである。


無詠唱魔法は多大な集中を要し、明確なイメージ力を持って発動しなければならない。そもそも技術的に難易度が高いため、人を相手に魔法を使用する者くらいしか訓練しないものだ。

詠唱魔法の詠唱は人や流派によって異なるが、一度見てしまえば詠唱を聞いて対処出来てしまう。初見でも詠唱によってはどのような魔法か想像がついてしまう。

魔物を相手する冒険者であれば詠唱魔法でも良いが、ランクが高くなると皆、得意魔法くらいは無詠唱で行使する。それは、冒険者のランクが上がれば人を相手にする事もあるからだ。


一方、魔法陣による魔法の行使は、陣さえ準備出来ればイメージなど必要なく、魔力を流すだけで発動が可能になる。つまり、事前に準備が出来ていれば戦いに集中出来るのだ。まだ、魔道具などに用いられる魔法の発動体はほぼ全て魔法陣によるものである。街に設置される結界魔法も、魔法陣を用いた物になる。

それは、魔法陣による魔法の最大の長所を活かしているからに他ならない。

詠唱しようがしまいが、そこに術者がいなければならないのに対し、魔法陣は魔力さえ供給出来ていればそこに術者がいる必要がないのである。

そのため、熟練の魔法陣魔法使いは複数の魔法陣を時間差で発動させ、自身は肉弾戦でもって肉薄する。一人と戦っているはずなのに複数と戦っているかのように錯覚させるその戦いは、ある一種の曲芸であろう。




ドラグ騎士団に入団すると、最初に訓練させられるのが無詠唱魔法である。特に三番五番の二隊は、無詠唱で発動出来ねば所属出来ない。

他三隊も無詠唱は基本である。まず持ってその壁にぶち当たるのが新人騎士たちなのだ。


「無詠唱、始め!」


ベテランの騎士の合図で新人騎士たちが一斉に集中し魔法を放つ。最初から無詠唱魔法の使用を想定しているためか、ほとんどの者が魔法を行使出来ている。しかし喜ぶ者はいない。その理由は二秒後に降りかかる。


「第二射!撃て!」


そう、連続使用なのだ。しかも、先ほどと違う魔法を撃たねばならない。この時点で二発目を撃てる者はかなり減る。しかしキツいのはこれからだ。


「第三射!撃て!」


理不尽な命令が続く。そう、これはこの騎士団の誰もが通る道である。そして、連続で違う魔法を十回撃てるようになり、それが更に毎日連続で十回成功すればやっと最低限合格ラインとなる。

近衛騎士団や王国騎士団にはこれが出来る者は合わせても数人だろう。五隊はそれが基本なのだ。厳しさが窺える。




「しんどい…。もう魔力空っぽだ…。」


訓練の終了と共に訓練場にへたり込む新人騎士たち。朝一番で訓練場二十周の走り込みがあってからの魔法訓練だ。何が辛いかと言えば、この後に徒手空拳の訓練が控えている事だろう。敢えて魔力がない時にやる事で、魔力が切れた時にも戦える身体作りと、魔力切れの時間を伸ばす事で総魔力量の向上を狙っている。事前に説明がされているため、新人騎士たちから文句はない。ただ、実際にやってみて知る辛さに根を上げそうになっているだけだ。


「水飲みたい…。みず…。」


干からびたミミズのような状態になっている新人が、給水所に這って行く。近くで倒れていた者もそれに続き、そこはまるで墓から這いずり出てきた亡者の群れのようだった。


「はい、お水ですよ。ゆっくり飲んでくださいね。」


「あぁ、天使だ、天使様がいらっしゃる…。」


「私にも水を…、水をください…!」


厨房から派遣されてくる下働きの女性が天使に見える程には打ちのめされている新人たち。毎回の事であるため女性もニコニコと笑いながら水を配っていた。


「こっちもお水あるよ!ほら、飲んで良いよー!」


そこに、元気な声がかかる。その声に振り返った厨房の女性が、呆れた顔をしてから笑った。


「あら、今回の新人さんたちは今日折れるのね…。」


小声で呟かれたその言葉は、元気な声をあげて呼び込む美少女に群がる新人騎士たちの声でかき消され、誰の耳にも入らなかった。


「温めだけど、ゆっくり飲んでねー!咽せて零してもお代わり無いよー!」


その美少女は元気に声をかけている。一人一人に厨房特製の経口補水液を配り、お疲れさま、と声もかけている。そして受け取った新人騎士は蕩けるような表情で飲むのだ。それはもう、大事そうに。そして飲み終わったカップを返却せず持ち帰ろうとして近くに置いておき、気付いたらなくなっている。それで毎回揉めるのだ。

回収しているのは三番隊隊長の護衛騎士であり、誰が取った、などと揉める新人たちは見つからない犯人を探す事になる。




「本日は三番隊に協力して頂いての徒手空拳の訓練になる!全員、前線の実力を肌で感じてこい!」


ベテランの騎士が新人たちを集めてそう言うと、新人たちは色めいた。それはそうだ。彼らはこの五隊に憧れて入団試験を受けたのだから。


隊員はハンデが付くが、それでも一撃も入れられない者ばかりである。何十年も隊の任務をこなして来た熟練の隊員に、新人が敵うわけがないのは分かりきっている。しかし、それでも何度倒れても立ち向かう事で鋼の精神力を身につけるのである。

こういう徒手空拳などの近接格闘術は、習うより慣れろの精神が先にくる。実戦で研ぎ澄まされたその技術を肌で感じて、対抗する術を想像し実行するのである。

極度の集中と緊張の中で研ぎ澄まされていく自身の技術に、新人たちは実感していくのである。




隊員に一撃でも入れられた者だけが中央に集められ、そうでない者はその周りを囲うように円で並ぶ。

円の中には新人騎士三名と、三番隊隊長リクがいた。


先ほどまでの訓練にはいなかった、というより給水所にいたアイドルが何故ここにいるのか分からない者、アルカンタ出身であるがために最初から正体が分かっていた者に反応は分かれる。しかし、全員共通の考えがあった。

この背も小さい少女が何故徒手空拳の訓練に?という事だ。

その疑問の答えは本人の口からではなく、毎回の指導にあたるベテラン騎士からもたらされた。


「では最後に、三番隊隊長であるリク様と組み手をしてもらう。三番隊隊員に一撃入れた者だけではあるが、他のものは見て学べ!一つアドバイスをするなら、瞬きをするな。以上だ。ではリク様、よろしくお願いします。」


そう言って下がったベテラン騎士に、リクは愛想良く笑い、まかせて!と手を振った。


「じゃあ始めよっか。誰からやる?全員でもいいよ!」


リクは三名の新人騎士に向き直り、後ろで手を組み前屈みで言った。仕草は可愛らしい美少女のそれであるが、言っている事はただの煽りだ。これも新人騎士たちの精神力を試す物言いである。リクは素でやっているが、煽っているつもりは無い。


しかし新人騎士は冷静だった。こんなにも無防備に見えるリクなのに、いざ攻めかかる事を考えると動けない。先ほど組み手をした三番隊隊員も隙が無かったが、それ以上に感じる絶対的な差があった。

それが分かる者しかこの場に残っていないため、少し無音の時間が流れた。

それは一分だったのか十秒だったのか。円を作る者も含めて全ての新人騎士が分からなくなる程に緊張が走っていた。


しかし、一人が手を挙げる事でその静寂は破られた。


「では私からお願いします。」


そう言って踏み出した一歩が、円を作る新人騎士にはとても大きく見えた。土を踏むジャリッという音があまりに遠く聞こえた気がした。


「うん、いいよ。じゃあ二人は少し下がっててね。」


リクがそう言うや否や、立っていた二人の新人は魔法によって円の一部となる。いつ発動したのかも分からないほど速く正確に身体が移動し、抵抗する暇もなかった。その事に驚いている内に、円の中心にいる二人は準備が整っていた。


「どこからでもいいよー。出来る事なんでもやっていいからね!」


リクの言葉と同時に走り出した新人騎士。数歩でリクの下に辿り着き、下段の蹴りを直ぐに引き戻せる程度で繰り出す。身体の小さなリクに対して行うには無難な選択だった。しかしリクは避けなかった。下段蹴りはリクの左足に当たり止まったのだ。蹴られたリクは平然としているし、蹴った新人は唖然としていた。


「ほら、隙だらけ。」


リクはそう言ってから新人の胸ぐらを掴み、一瞬で背負い投げをした。小さな身体でそんな力があるとは思ってもみない新人騎士たちは、全員が目玉が飛び出そうなほど見開いていた。事前に瞬きをするなと言われていたのも関係しているかもしれない。


ドサッという音と共に地面に叩きつけられた新人。何が起こったか分からない、といった表情だ。


「あれ?もう止める?」


手を離しても立ち上がらない新人にリクが声をかけると、ハッと我に返って飛び起き、お願いします!と言ってからまたリクへと向かう。

今度は中段の突きを選択したようだ。成人男性の平均身長があれば、中段突きはリクの顔面に当たる。所謂正拳突きと呼ばれる拳を突き出す動作だが、顔面に当たれば怪我では済まないだろう。しかし、この場の誰もがその心配をしていない。先ほどの頑丈さを見ているからだろうか。


「それだと払われたらもう終わりだよ?」


リクが言った言葉を理解する頃には、新人騎士の意識は刈り取られていた。

右手で繰り出された中段突きを同じく右手の甲で合わせて受け流し、ガラ空きとなった右脇腹にリクの左ストレートが綺麗に刺さったのだ。

因みに、綺麗に左拳が入った瞬間、あっ、とリクが呟いたのに気付いたのは、護衛騎士を含む三番隊隊員とベテラン騎士だけだ。


「そこまで!次!」


ベテラン騎士が咄嗟にそう言って止め、三番隊隊員が魔法を使って意識がない新人を運ぶ。それをリクは申し訳なさそうな表情で見送った。


次に出て来たのは大柄な新人騎士だった。自信を滲ませたその表情は本当に先ほどまでの組み手を見ていたのか問いただしたい程だ。


「よろしくたのんます。普段は槍を使うが、武器を失った時の備えくらいはしてあるんでね。なんとか一本入れますよ。」


「あ、君は伯爵のとこから来た人だよね!伯爵から頼まれてるから、君はちゃんと相手してあげるよ!」


「…は?」


随分と失礼な態度の新人だったが、リクは気にせず煽り返している。大柄な新人の眉間に皺が寄った。


そしてその瞬間凄まじい風と土煙が舞う。そしてその土煙から新人が吹き飛ばされて出てきた。


「うーん、伯爵が強いって言うから期待してたんだけど…。これならこないだ戦った西の国の騎士団の方が強いかも!」


土煙が晴れて行くと同時に聞こえたリクの声に、円の外で待機している三番隊隊員が何度も頷いた。


「残念だなぁ。試験に入ってた団員を見抜いたっていうから楽しみにしてたんだけど。観察力はあるけど実力はイマイチ、なんだね!」


リクから飛び出る言葉の棘が、何故か関係ない筈の新人騎士たちの胸に刺さっていた。この毒舌を嬉々として聞くようになったらその者は三番隊に入る資格があると言えるかもしれない。


「冗談じゃねぇ!」


そんな叫びと共に凄まじいスピードで殴りかかられても、涼しい顔で受け止めるリク。片手で受け止められた事に驚きつつも、更に力を込める新人に対してリクは平然と言った。


「冗談は言わないよ?君に言っても面白くなさそうだもん。」


そこにはニコニコ笑顔の怪物がいた。この新人騎士が後に言った言葉である。


それからこの新人騎士の心が折れるまで徹底的に一撃で沈め続けたリク。沈んだ回数が二十回を数える頃に、遂に立ち上がらなくなった。


「スタークがね、いつも私に言うの。騎士は護るためにある、って。護るためには何でもして良いって訳じゃないらしいんだけど…、それが分かんないの。だからね?考えてみたの!で、その答えがこれ。"護る必要が無いほど叩き潰せばいい"って。簡単でしょ?」


言葉を向けた相手はもう意識が無い。しかし、円を作る未来の隊員たちの胸には深く深く刻まれた。

リクは風属性だけしか使えない魔法使いではない。むしろ、六属性全てを高水準で扱える"魔法の申し子"と呼ばれる存在だ。では何故三番隊なのか。それは団長であるヴェルムの采配だった。

派手に魔法を使い敵を殲滅するリクに、こういう護り方があるのだと教えるために三番隊を勧めた。同じ諜報を主軸に置く五番隊の隊長がスタークだったのも大きい。

リク自身、敬愛する団長から自身に必要な考え方だと言われては、喜んで引き受ける以外の選択肢は無い。


実は一度、三番隊のやり方に不満を漏らした事がある。

しかし、その時はヴェルムと一対一の模擬戦をして、考えを改めたのである。自分が舐めていた三番隊の戦い方を用いたヴェルムに、手も足も出なかったからである。それ以来、三番隊のやり方でヴェルムに一本入れられるようになるべく訓練を重ねた。その結果が隊長の座である。


次に組み手をした新人騎士は根性があった。なんでも、身内に騎士がいたわけでも、更に言えば戦闘職に就く者もいないというのだから感心だ。道場で教わったと言う剣術以外、まともに訓練した事がなかったというその新人騎士は、まだ少年であった。


「あ、ありがとう、ございました…。」


これで終わりだよ、という一言と共に腹に見事な蹴りを貰い、それでもキチンと礼を言ってから気絶した新人騎士。その姿に円を作る者たちからも、三番隊隊員からも拍手が贈られた。惜しむべきはその拍手を聞けなかった、贈られた本人だろうか。




「リク様、有難うございました。全員、リク様と三番隊の方々に敬礼!」


新人騎士たちは揃って敬礼した。それにリクたち三番隊も答礼する。


「最後に!リク様がお前たちが先ほど行った無詠唱訓練と同じ事をしてくださる!全員その目に焼き付けろ!そして、リク様の魔法を越えるよう努力しろ!」


新人騎士たちは驚きつつも、ハッ!と声を揃えた。


「じゃあやるよー。楽にしてて良いからね。その代わり、見逃さないでね?」


リクが笑顔で言った瞬間、訓練に使っていた的に火の球が着弾して燃えた。

リクはその方向へ指を指しているだけだ。そのまま合図も無しに次は氷の槍が刺さった。そして的が土に覆われ、風が吹いて粉々に砕ける。余程頑丈なのか、割れたのは魔法で生み出された土だけだった。

そしてそこに雷が降り、爆発し水の球に覆われ凍る。その氷が見えない何かに押しつぶされ最後は傷一つなくなった。


この間、僅か五秒だった。

呆気に取られた新人騎士たち。そこにベテラン騎士の号令がかかる。


「リク様に敬礼!目に焼き付けたか?明日は本日より成長したお前らを期待する!昼食の後、各々の訓練に入れ!では解散!」


解散の指示が出ると各々食堂に向かって歩き始める。それを見送ってからベテラン騎士が口を開いた。


「三番隊の皆様、本日はありがとうございました。彼らもこれでまた一歩進めると思います。」


そう言って頭を下げるベテラン騎士。三番隊隊員は何も言わない。黙ってそれを見ていた。


「お疲れ様でした。毎回新人の訓練を見ていただいてありがとうございます。またいつでも協力致しますので、お声掛けください。」


丁寧な言葉で返したのはリクだった。しかしそれも一瞬で、ニヤリといつもの悪戯っ子のような笑みを浮かべると、お腹すいたー!と叫んだ。


「じゃあ私たちはご飯食べてくるね!教官もご飯いっぱい食べなきゃダメだよ!じゃあね!」


食堂まで競争だー!と騒ぎながら去る三番隊一行。それに頭を下げて微動だにしないベテラン騎士がその場に残った。


「お疲れ様でした、教官。」


ベテラン騎士は呼ばれてからやっと頭を上げ、声の主の方へ振り返った。


「あぁ、今回も大変だよ。新人の指導を任されているとはいえ、やはり大変だよ。未来を背負う者たちを導くというのはね。」


「そりゃそうですよ。ここに来て合格するのは元々、どこかで名を上げた奴ばかりですからね。癖が強いのは当然です。」


「あぁ、そういえばお前もそうだったな。お前の代ではお前が一番の問題児だった。それはもう苦労した記憶があるぞ?」


「そ、それは言わなくたっていいじゃないですか!もう時効ですよ!まったく…。」


ははは、と笑いながら、すまんすまん、と謝るベテラン騎士。話しかけたのは現在一番隊で小隊長を務める男だった。二人は肩を並べて食堂へ向かう。どうやら昼食を共に、という誘いであったようだ。

その日の昼食は、教官と一番隊の小隊長、そしてその同期の者たちで食卓を囲んだようであった。

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