47話
「父上!いやゴウルダート・ラ・グラナルド!王位を譲り受けに来た!」
王太子の声が響き渡った謁見の間。そこには国王をはじめ、第二王女ユリア、南の国の王女アイシャ、場内勤務の貴族達、そして何故か近衛騎士がいた。
「おぉ、やっと来たか。予定よりも随分と遅い登場ではないか。援軍が来なくて尻込みでもしたのか?」
国王が王太子にそう言うと、王太子は顔を真っ赤にしている。発言からして国王にクーデターが漏れていたのは分かる。そして、援軍が来ないのも国王の妨害によるものだと分かった。更にあの余裕。まだ何かあるに違いないと思考を巡らせた。
「何も言わぬでは分からぬ。それともなんだ、お前はここに来て目的を忘れたか?先程威勢よく叫んでおったではないか。」
流石に煽りすぎだと思ったか、ユリアが国王へ小声で注意する。
それに対し笑みを深めた国王は、王太子の後ろに立つ者へと視線を向けた。
「近衛騎士団長、そしてカルム公爵。貴様らは何用だ?ここは謁見の間。そして今はアイシャ王女の出立の挨拶を受けておる。王太子の用はその後の式を早めたい故の行動であろうが、貴様らは?」
国王の言葉に反応したのは王太子だった。
国王の言う式とは、どう考えても本日予定されている廃太子の式に決まっている。それを早めたいなどと言うわけがない。激昂して声をあげた。
「私が!王太子でなくなるのは!王になる時である!決して廃太子など許さぬ!」
廃太子の式がある事を知らなかった者は一人だけだった。その一人が驚いた表情で国王へと声をかける。
「陛下、本当なのですか?廃太子の式とは…。」
アイシャ王女だった。彼女はこれまで何度も王太子からアピールを受けており、それを全て避けてきたのだ。その無駄な労力がこれから無くなるのであれば大歓迎だった。
「あぁ。我が息子ながら出来が悪くてな。国の根幹を揺るがすような事を宣ったのでな。廃太子の後廃嫡することに決めた。」
国王の言葉にその場にいた者が皆騒めいた。廃太子は聞いていたが、廃嫡は聞いていなかったのである。王太子が廃嫡されるなどグラナルド王国始まって以来の醜聞である。しかし、この場にいる貴族たちは分かっていた。このままこの王太子が王位を継ぐ方が余程後に醜聞を引き起こすと。
では次の王位には誰が?そんな貴族たちの思考を表すかのような視線が、ユリアに突き刺さった。ほとんど全ての貴族がユリアを見ており、そのユリアは国王の背中を見ていた。
「そのままユリアを次期女王として据えようかと思っていてな。」
国王がそう言うと、貴族たちは全員がホッとした表情を見せた。国王が公式の場でそう言うのは初めてであり、万が一の可能性として第二王子の名が挙がるのではないかと危惧していた者が多かったのだ。王太子と同腹である第二王子は、現在は王立貴族学院に通う学生の身である。しかし、その実ほとんど学院には通わず、王城内の自室に引きこもっているとか。
公務にも参加した事は無く、偶に出歩けば侍女に手を出し、気に入らぬ者がいれば剣を抜く。随分と乱暴者だという噂だった。
「まぁ、ユリア王女が?次期女王に指名されるのはいつになりますか?是非お祝いに参ります。」
アイシャ王女が華やぐ笑顔でそう言うと、ユリアも笑顔を返した。
見る者を癒す二人の空間に貴族たちがほのぼのとしていると、王太子が怒声をあげながら謁見の間中央に真っ直ぐ敷かれたレッドカーペットを踏み締めつつ歩いてくる。
「ユリアだと?ふざけるな!次の王は私だ!後ろにいる我が配下に気付かぬのか?全員降伏しろ!そしてアイシャ王女は我が妃になる!」
場の空気に呑まれていたカルム公爵軍も、慌てて動き出した。しかしそれは叶わない。何故なら、王太子は王国騎士が止めており、カルム公爵と団長も同様に王国騎士が剣を突きつけていたからである。
「貴様ら…!誰に向かって剣を突きつけているか分かっているのか?」
近衛騎士団長が怒鳴るが、王国騎士は突きつけた剣を更に首に近づけた。最早ほとんど触れていると同じような距離に剣があり、緊張で唾を飲んだ団長はたったそれだけの行動で喉に剣が刺さる感覚を覚え、恐怖した。
一方、カルム公爵も動けずにいるが、必死に目で部下に合図していた。
公爵軍の長として連れてきた軍団長が、何故かいない。カルム公爵は混乱していた。
「さて、この者たちは全て謀反を企てた大罪人である。廃太子、廃嫡は書類上では既に済んでいるため、王妃、第一王女、第二王子は連座で死刑。カルム公爵はお家取り潰しの上一族郎党死刑にせよ。近衛騎士団長は実家である侯爵家の取り潰しと一族郎党の死刑。また付き従った近衛騎士並びに王国騎士は騎士の資格を剥奪。全員実家の沙汰を待て。今回唆された貴族たちに関してはそれぞれの罰が通達されておる。よってこの件はこれで仕舞いだ。」
国王が述べると、貴族たちは揃って王国の正式な礼をとる。ユリアも頭を下げていた。
そしてその場に乗り込んできた王国騎士団の騎士たちによって元王太子たちは捕縛されていく。今頃王族のプライベートスペースでも王妃や王子王女が捕縛されているはずである。
「アイシャ王女よ。此度は我が王国の恥部を晒す事になり恥ずかしい思いだが、まずは詫びをしなければならぬ。迷惑をかけた。申し訳ない。」
国王が玉座に座ったままではあるものの、頭を下げたと同時。貴族たちも揃って頭を下げた。第二王女であるユリアも頭を下げていた。
「陛下、頭をお上げください。皆様も。わたくしも国を代表してお悔やみ申し上げます。これから新しき次期女王様と共に、益々の両国の繁栄をここに誓わせて頂きます。どうぞこれからもよろしくお願い致します。」
アイシャ王女は言い終わると、今度はこちらの番と言わんばかりに頭を下げた。アイシャ王女に付き従う南の国の貴族も、共に頭を下げた。
謁見の間はこれにて閉じられ、それと共に今回の騒動は幕を閉じた。
多くの王族貴族の命運と共に。
「これにて任務完了。各自撤収を。本日と明日は残務整理、明後日から三日間は休暇となる。さっさと片付けて休みを満喫しなさい。」
部隊の隊員全員に念話魔法で指示を出した部隊長。横で聞いていた三人の隊員も安堵の表情を浮かべていた。
「いやぁ、終わった。作戦通りにいかないなんて久々で焦ったな。もっと正確な戦力分析が必要だな。今後の課題だ。」
獣人族の隊員がそう言うと、他二人の隊員も頷いた。
「まったくだわ。まさか近衛があんなに弱いなんて。あれでよく五隊に挑もうと思ったわね。」
エルフの隊員がそう言うと、ドワーフの隊員が、ガハハ、と笑った。
「今考えれば模擬戦を受けておけば良かったのぉ。そしたら此度の作戦はもっと正確なもんに出来ておっただろう。」
確かに、と二人が同意する。そんな三人の会話に部隊長が城内の見取り図を丸めながら声を発した。
「それに関しては仕方ないだろう。五隊の活動を妨げるわけにはいくまい。私たちはそれを言い訳にしていい立場ではない。成功したから良いが、今後未知の戦力と戦う時の経験にはなった。我らに失敗は許されん。例え団長が許そうともだ。そうだろう?」
三人の隊員は同時に頷いた。そして口々に、もっと練度を上げねばなりませんな、連携もね、戦力の測定方法にテコ入れが必要ですね、などと言っている。向上心が高いようで何よりだ、と部隊長が言う。
そんな部隊長だからこそ着いていくのだ、とは誰も言わない。お互いに分かっている事だからだ。偉大なる父ヴェルムに向ける尊敬とは別の敬意を部隊長に向ける隊員。彼ら家族の絆は深かった。
「失礼します。零番隊第三諜報部隊、部隊長がお越しです。」
ノックの後に声が響く。セトが扉を開くと、女性が入室と共に敬礼をした。
「やぁ、お疲れ。待っていたよ。多少予定と違ったようだけど、結果は上々だね。ご苦労様。」
部屋の主、ヴェルムが女性に敬礼を返しながら声をかける。
「有難うございます。あちらの戦闘力の低さを見抜けず、危うく全滅させるところでした。そうなれば作戦自体に支障が出ていた可能性もあります。申し開きのしようも御座いません。」
女性は深く頭を下げた。部下たちには優しく言ったが、今回は自分の部隊の失態になり得ると考えていた。少なくとも、何かしらの罰があってもおかしくない。その時は自身だけで済むよう願い出るつもりだった。
「ねぇゆいな。なんであんなミスを?」
ヴェルムの質問に、部隊長ゆいなは思考した。しかし考えても結論は一つ。素直に口にする事にした。
「ある一種の期待、もしくは願望と存じます。」
ヴェルムはその答えに片眉をあげた。
「ふーん。具体的には?」
「はい。我ら護国騎士団の護るこの国の最精鋭である近衛騎士があのように弱いはずがない、もう少し押してくるはずだ、と勘違いしたことが原因かと。それは一種のこうであってほしいという期待や願望です。任務に私情は厳禁。図々しい願いと存じておりますが、罰は私一人に。作戦立案は私です。」
ゆいなの言葉にヴェルムは少し悩んだが、少しして口を開いた。
「うん。じゃあ罰を与えようか。でも先に、これだけは言っておくよ。任務に私情は厳禁。それは確かだね。でも、任務に感情を持ち出すのは必ずしも間違いじゃない。覚えておきなさい。次に罰だけど。そうだね、休暇が終わり次第君の部隊は全員、三番五番の二隊の訓練を。その後二隊に与える任務の成果如何で君たちの部隊のこれからを決める。いいかな。」
ヴェルムの言葉にゆいなは、はっ!と言い敬礼する。
「まったく、彼女は真面目が過ぎるね。柔軟な思考を持ってるのはいい事だけど、責任感の強さは誰よりも強いからね。そんな所が隊員に好かれるんだろうけど。もう少し周りを見られるようになると良いな。」
ゆいなが去った後の部屋で、ヴェルムが呟く。
「ですがヴェルム様。ゆいなさんはそれでいて余りある実力とカリスマをお持ちです。ゆいなさんのような強く優しい人に僕もなりたいです。」
ヴェルムに声をかけたのはアイルだった。アイルと二人でじっくり話して以来、こうしてアイルの方から話しかけてくる機会が増えた。そういう時セトは温かく見守っているだけで、滅多に口を挟まない。どうやら弟子の成長が嬉しくて仕方ないようだ。
「そうだね、アイル。零番隊は表に出ない隊。その中でも更に裏の仕事をする彼女や鉄斎たちには苦労をかけているからね。そんな彼女の部隊に罰を与えるのは心苦しいね。」
ヴェルムが眉尻を下げながらそう言うが、アイルは無表情でヴェルムを見つめている。ヴェルムはアイルとの見つめ合いに、負けだと両手を上げた。
「降参だよ。流石セトの弟子。分かってるじゃないか。」
ヴェルムが首を竦めてそう言うと、アイルは変わらず無表情で答えた。
「思ってもない事を仰らないでください。ゆいなさんの部隊への罰、あれは罰ではなく褒美じゃないですか。次の任務は代わりに鉄斎さんの部隊がやるようですし、ゆいなさんはああ言えば素直にこちらに残りますから。訓練はついででしょう。」
全てバレているようだ。ヴェルムは少し拗ねた顔をして、紅茶を要求しようと口を開いた。しかし、声に出す前にアイルが紅茶をヴェルムの前に置く。ならば茶菓子を、と声を出す前に続けてクッキーが入った皿を出された。これはセトだ。
大人しく口を閉じたヴェルムは、半目でセトを睨む。しかし睨まれたセトはどこ吹く風。ほっほ、という笑い声が嫌に耳についたヴェルムだった。




