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闇竜と騎士団  作者: 山﨑
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46話

アルカンタ中央の小高い丘に聳える王城の一角に、物々しい雰囲気の集団がいた。

それは揃いの鎧を身に付け帯剣し武装している。

これからどこぞに戦争を仕掛けに行くのだと言われても納得できる雰囲気であるが、そうならば人数が少ない。集まっているのは百人程度といったところか。


そんな集団に城内から人影が現れ、それに気付いた集団が敬礼する。


「皆の者、ご苦労。これより国を脅かす存在に成り果てた国王と第二王女を捕縛、そのまま戴冠式を執り行う。そして国民の人気取りしか出来ぬ平民共の騎士団を放逐し、国政をより正しき道へと導くのだ。諸君らはその先駆けとして城内を駆けてもらう事になる。全ての反抗する者は捕らえよ。既に配置についた仲間と連携し、徹底的に城の膿を出すのだ!そして本日、私は王となる!」


演説を始めたのは王太子だった。先日、王に呼び出された王太子は、王から直々に王太子の剥奪を宣言されていた。その式が今日であり、彼が王太子でいられる最後の日なのだ。そこで王太子は考え、クーデターの日を前倒しにした。王が素直に王権を譲らなかった時のために準備していたクーデターだが、あくまで最終手段のつもりだった。しかし、そうも言っていられない状況になってしまった以上、王太子に採れる選択肢は多くなかった。


集められた武装集団は近衛騎士団である。何も知らずに集められた者はいない。近衛は貴族で構成されるのだ。国家の大事に情報収集を怠る者はいない。つまり、このクーデターが失敗すれば一族諸共潰える覚悟で来ている。もちろん、多くの者が有利そうな方に味方したいと考え動いた事は確かだが。


王太子の演説が終わると、近衛騎士団長が前に出て王太子へと跪いた。それに合わせ近衛騎士たちも跪く。それに満足そうに頷く王太子。彼はこのクーデターが成功すると確信していた。それは近衛騎士団長も同じである。

彼らには、王太子が王位を継承し玉座に座る光景が脳裏に焼きついている。想像、あるいは妄想の極地である。


「さぁ、皆の者!行くのだ!正義を成してきたまえ!」


王太子がそう言うと近衛騎士は一斉に動き出す。近衛騎士数人と団長、そして王太子が残った場で団長が王太子へと声をかける。


「殿下、援軍の到着予定時刻を大きく過ぎておりますが。まだどの軍も来ていないようです。今のままですと近衛騎士だけで城内を制圧する事になりますが。」


どうやら援軍を待たずにクーデターを起こしたらしい。だだっ広い広場に精々百ほどの騎士だけ集まっているのはおかしかったが、本来はもっと大きな集団になる予定であったらしい。


「失礼します!カルム公爵からの援軍が到着しました!」


先程散って行った近衛とは別の近衛騎士が現れ、援軍の到着を知らせる。


「おぉ!遂に来たか!直ちに連携して事にあたれ!」


王太子は大喜びである。他のどの貴族でもなく、祖父であるカルム公爵の援軍到着の知らせに既に勝ったような面持ちである。

反面、近衛騎士団長は訝しげな表情を浮かべていた。


「殿下、やはり異常です。他の援軍が来ない中何故カルム公爵だけが来れたのか…。そもそも援軍が予定通りに来ないのもおかしいですが。何かあったのだとしたら、カルム公爵だけ来れた理由も気になります。」


自身の中でまだ結論が出ていないのか、声に出してまとめるように疑問点を挙げる団長。しかし、王太子はそれを聞いてあからさまに機嫌を損ねた。


「何を言う?援軍が来ねば厳しいと言ったのは貴様だろう。その援軍が一つとはいえ着いたのだ。喜ぶ事はあっても悩む事などないだろう。何か問題があったのだとしたら今からカルム公爵に聞けば良い。公爵の軍が優秀で、その問題を潜り抜けたというだけやもしれぬしな。」


王太子の言葉に一応の納得を見せた団長は、深く頭を下げて謝罪した。


「申し訳ありません。常にない事、気が逸っておりましたようです。」


「よい。貴様の力はあてにしている。今日これから十分に見せてもらう故に。」


「はっ!」


既に城内に入った近衛たちはどうしているか、などと考えてから近くの近衛を呼び、カルム公爵を呼び出すよう伝える王太子。

既に始まってしまったクーデターに、そんな事をしている余裕は無いということは分かっていないらしい。しかし、それを指摘する者もまたいなかった。











「部隊長、刻限通りに始まるようです。」


王太子が演説をしていた頃、王城の敷地内にある園芸師用の小屋で、零番隊隊員が報告をしていた。小屋には他にも数人零番隊がいるが、椅子に座っているのはこの部隊長だけだ。

部隊長は癖のある長い黒髪を一つに束ね、後ろに垂らしている。真面目な顔をしてテーブルに広げた王城の見取り図を睨んでいた。


「援軍は到着していないにも関わらず強行するか…。ここまでくるといっそ哀れだな。」


部隊長の女性が呟いた声に、周りの隊員が反応した。


「ここで引けば王太子剥奪。やらねばならぬ状況に変わりはないのでしょう。しかし、たった数日でよく援軍を呼びましたね。転移魔法があるわけでなし。」


「そこだけは評価できるな。無能なようでいて、多数の貴族を味方につける手腕もだ。」


「何言ってるの。私たちが人質助けたんだから。あれは交渉じゃなくて脅迫よ。」


零番隊の中でも諜報をメインとし活動する部隊は他にもあるが、この部隊は些か特殊だった。全員が獣人族やエルフ、ドワーフといった亜人の部隊なのである。特に意識して集めた訳ではない。単純に目的と手段が似通ったためである。部隊長は唯一の人族だが、その部隊長もくノ一という忍で、一般的な人族とは少し異なる。

別に人族はこの部隊に入れないのではない。何故か亜人族が集まるのだ。


「お前たち。少し黙れ。一度全体を把握する。」


部隊長がそう言うと、小声で私語をしていた隊員たちはすぐに黙る。それから自身の気配を極限まで薄くした。


部隊長が目を閉じて意識を集中すると、魔力が薄く薄く広がる。ほんの一瞬停滞した後、目で追えぬスピードで拡散した。それは王城全てに広がり、部隊長にその目で見たかのように全てを知らせる。広範囲の探査魔法である。


属性毎に探査魔法は存在するが、それぞれに長所短所がある。例えば、三番隊の使う風属性の探査魔法は、空気の揺れを通じて探査するため、全く動かない物を見つけるのは難しい。同じように地属性の探査も、地についていない物を探すのには向かない。水属性は乾燥しきった場所では難しいなど、様々に短所がある。全ての探査魔法を極めれば、どんな場所でも探査出来る。しかしそれは机上の空論だろう。全ての属性を均等に扱える者はほとんどいないのだから。


この部隊長の探査魔法はそのどれでもなく、彼女オリジナルの魔法である。魔法というよりは、力技だろう。と言ったのは五番隊隊長スタークである。

その理由は、探査魔法の正体にある。彼女の膨大な魔力を、極限まで薄くし周囲にばら撒く。その魔力を通じて"視る"のだ。


ふぅ、と息を吐くと、懐から筆を取り出し地図に丸をつけ始めた。気配を少し戻した隊員たちは、その地図を覗き込んだ。


「あれ?もうほとんどの近衛が捕まってるじゃないですか。」


「そりゃそうよ。クーデターに参加しないって言った近衛は全員私たちが救出して内部の守備に置いてるんだし。」


そう、王太子の下に集まった近衛騎士は全てではない。全体の半数以下なのだ。そもそも近衛騎士は人数が少ない隊で、近衛の下部組織であり国軍の中枢となるグラナルド王国騎士団、通常王国騎士団がある。王国騎士団は貴族街や城内の警備度が低い場所の警備にあたり、近衛の下っ端のようにして使われる。この王国騎士団には平民も所属する事が出来るため、一般的に平民がなれる騎士の最上位といって良いだろう。


そんな王国騎士団にもクーデターの誘いがあったのは当然だが、声をかけられたのは貴族籍の者だけであり、そのほとんどが協力を約束した。何故なら、彼らは家を継げぬ次男三男ばかり。コネも不足しており近衛になれなかった者たちだ。出世のチャンスは見逃さない。

しかし、勧誘の動きが大きかったためか、平民には何も出来ないと思われたのか。その動きは筒抜けで、直ぐに国王へと報告が為されている。

平民の騎士は全てが王城内で王太子派の近衛と戦っており、現在王城内は戦場と化している。


「少し押されているところがある。そこに隊員を。」


筆を懐へ戻しながら部隊長が言うと、エルフの女性隊員が頷いて魔法を使用した。念話魔法である。


「王太子に関しては予定通りで良いのですか?」


虎の獣人族の男性隊員が部隊長に聞く。部隊長はその目を見て頷き、ドワーフの男性隊員に声をかけた。


「しっかりとカルム公爵軍と合流させろ。それから纏めて片付ける。全ては予定通りに。」


指示を受けたドワーフ族の隊員は敬礼した。ここにいる隊員は現場に散る隊員たちへの連絡係だ。この部隊は部隊長の作戦指揮に何一つ疑いは無い。事前に全員に作戦への深い理解を求める部隊長が資料と共に情報を共有しているためだ。部隊長が持つ情報をほぼ全て共有しているため、目的に合わせた作戦立案は誰がやっても大体同じになる。稀に思い付きで追加案などを出す隊員がいるが、それを承認するかしないかは部隊全員で話し合う。最終決定は部隊長だ。

こんな方法を採るのはこの部隊だけで、鉄斎の部隊は全て鉄斎が決め指示をする。諜報隊に感情や思惑は必要ない、あるのは結果と効率だけ。と言ったのは鉄斎本人だ。

だからこそだろうか、鉄斎もこの部隊のやり方に文句は言わない。結果さえ出ればいいのだ。時に作戦によってこの部隊の方が効率が良い時は素直に頼む鉄斎は、この部隊からの信頼もある。


「…?予定変更だ。近衛が想定より弱すぎる。緊急時用の隊員を使っていい。さっさと王太子を公爵軍に合流させろ。」


急に部隊長が眉間に皺を寄せてそう言った。その表情には失望が浮かんでいる。


「承知。現在公爵軍は王城南門にて戦闘中。そちらに向かうよう仕向けます。」


「え?まだ公爵軍は王城入りしてないの?近衛が全滅しかけてるのに?」


ドワーフ族の隊員が公爵軍の場所を告げると、反応したのはエルフ族の隊員だった。

クリクリとした目を大きく見開いて驚いている。こちらも公爵軍の力量を見誤っていたようだ。


「全体、もう少し戦闘を長引かせる必要があるか…。なんだこの無駄な時間は。笑えるな。」


クックッ、と虎の獣人族の隊員が喉を鳴らしながら言うが、二人の隊員も呆れ顔で頷いてから部隊長を見る。


「すまん。全ての予定が狂う前に立案し直す。」


部隊長は隊員たちに謝ってから目を瞑り、十秒後には目を開いた。それから部隊の全員に念話魔法を繋げ、新たな作戦を伝える。突然の遅延作戦に戸惑う者はいなかった。理由を説明されずとも思い至ったからだ。現場に散る隊員たちは全員、苦笑いを浮かべたい気分だった。











「公爵!あまりに遅い故迎えに参ったぞ!」


やっとの思いで城内に突入したカルム公爵軍。南門では多くの犠牲を出しながらも王国騎士団に勝利し、ここまで歩を進めてきた。しかし、出迎えたのは予定の通りに進んでいればもう玉座まで辿り着いているはずの王太子。これは何かあったか、とカルム公爵は訝しんだ。


「おお、殿下!ご無事で何より。遅参の段、御免あれ。」


まずは大袈裟に王太子を慮る態度を見せ、それから跪き遅れた詫びをした公爵。王太子からすれば唯一の援軍であるため遅れた事などどうでも良かった。


「公爵が来れば安心だな!ではこのまま奥へと向かおうぞ。」


「で、殿下!お待ちください。他の援軍はどちらに?予定では既に殿下は玉座に座っている時刻で御座います。多少のズレは致し方ないにしましても、我が軍だけでよろしいので?」


カルム公爵には他の貴族が遅れてくる事が分かっていた。時間がなかった故に大々的に動いたため、他の貴族から妨害があるのは分かっていた事だった。故に軍の一部を切り離して戦闘を押し付けてから来たのだ。それでも遅れはしたが、他の貴族が一人もいないのはおかしい。

しかし、これはある意味チャンスだと公爵は考えた。結果的に一番に着いた自分が、更に権力を握れるようになるのは確かだからだ。そしてこのまま公爵軍だけで進めば、他の貴族に手柄をやらずに済む。

そう考えても仕方ない状況だった。


「何を言っている?公爵軍だけでは不安か?まだ他の貴族どもは来ていない。待てと言うのか?既に近衛は戦っているというのに。」


王太子の言葉を受け、本当に誰も到着していない事を知る公爵。つくづくチャンスだと思った。


「まさか!我がカルム公爵軍は殿下の尖兵となりて道を開きましょうぞ!」


公爵の言葉に満足そうに頷いた王太子は、国王がいるであろう謁見の間を目指した。

今のこの時間は、南の国の王女が盟約の更新を終え出立の挨拶に来ているはずだ。そこに乗り込み王位を譲渡させ、そのまま南の国の王女を妃として迎える。頷くかどうかは考えていない。頷かせるのだ。


王太子は意気揚々と謁見の間へと向かい歩く。後ろにカルム公爵軍を引き連れて。そして誰も疑問に思わない。大広間なのに誰もおらず、近衛は変わらず数人だけということに。そして、カルム公爵軍が少しずつ人数を減らしていることに。


近衛は扉を開く。謁見の間に繋がる扉を。

王太子は胸を張って潜る。その扉を。


「父上、いやゴウルダート・ラ・グラナルド!王位を譲り受けに来た!」


謁見の間に王太子の声が響いた。

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