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闇竜と騎士団  作者: 山﨑
45/293

45話

アルカンタ北東部の迷宮都市にあるダンジョンは、中規模のダンジョンである。

現在、分かっているだけで38階層に及ぶが、出現する魔物の危険度などから推測するに50階程度で終わるのではないかと言われている。更に言えば、ドラグ騎士団はもっと正確な情報を持っている。

零番隊の一部隊が、既にこのダンジョンを踏破しているのである。

故に、このダンジョンが55階層である事、最後はキングトロルと呼ばれる魔物が守っている事、道中の魔物の分布、採れる素材など様々な情報が手元にある。

何故公表しないのかと問われれば、理由は複数あるものの、主な理由はひとつだけだ。


ダンジョンは初踏破の栄誉が与えられる。それは主に冒険者達の目標であり、生きる糧だ。現在この迷宮都市に出入りしている冒険者は皆、39階層を目指して日々精進しているのだ。

ドラグ騎士団は護国騎士団。その護るべき対象である国民の食い扶持を奪わないために公表していない。


しかし、あまりに攻略が遅いと深層の魔物が溢れかえる事になる。そのため、ドラグ騎士団は国内にダンジョンが出来ると速攻で攻略し、コアを壊さないまま撤退。情報を集めて定期的に深層の間引きをしているのだ。


今回はそんな間引きも含めた調査行である。

事の発端はヴェルムに届けられた報告だった。

三番隊の隊員から届けられたその報告は、貴族の派閥に関するものだった。

王太子派の貴族である、とある伯爵家の三男がダンジョンに入った、という報告からだった。念の為動向を探っていたが、いつまで経ってもダンジョンから帰還しない。護衛の私兵などが複数付いていたが、まさか無理な探索を決行したのではないだろうか、という疑惑に変わった頃、ギルドでも騒ぎになっていた。ダンジョンの出入りは厳しく管理されており、特に貴族出身の冒険者などが入る時は日付や時間、人数なども詳細に記録される。後のトラブルを防ぐためだが、今回はそれが役立ったらしい。


ギルドからの依頼として、ドラグ騎士団にも派遣の要請があったのだ。

それならばと、このダンジョンを踏破している鉄斎の部隊を中心に救助隊を組んだ。どうせなら訓練にしてしまおうという意味も込めて、三番隊だけの出動である。

因みに、のんびりしている理由だが、件の貴族は既に零番隊によって発見されており、陰ながら護衛をつけてある。

どうやら20階層で迷子になっているらしく、同じ所をグルグルと歩き続けているようだ。


この情報はリクにはまだ知らせていない。三番隊でどこまで迅速に居場所を掴めるか図るためだ。


「団長、15階まではいないみたい。あまり先遣隊から離れると連絡取りにくいから、15階まですすんでいい?」


リクがヴェルムを見てそう言うと、ヴェルムは微笑んで頷いた。

今回ヴェルムがついて来たのは、貴族の三男救出のためではない。このダンジョンに用事があったからだった。


「いいよ。特急?」


ヴェルムが問い返すと、リクは笑顔で頷いた。その後すぐにリクの姿がかき消える。身体に風を纏わせ速く移動する、三番隊十八番の魔法だった。もう姿が見えなくなってしまったが、鉄斎とヴェルムはほのぼのとしていた。


「いやぁ、随分と魔法が上手くなったの。では拙者も行くかな。団長はどうするかの?」


鉄斎がリクの消えた場所を見ながら髭を摩りつつ言う。孫の成長を温かく見守る翁そのものだった。


「私はここで別行動をするよ。リクには言っていないけど、彼女なら大丈夫だから。じゃあ鉄斎、後はよろしくね。」


ヴェルムがそう言うと、鉄斎は膝をついて頭を下げた。姿を消していた零番隊も魔法を消し、同じように膝をついて頭を下げる。彼らが再び頭を上げた時、そこにヴェルムはいなかった。




「おじい、遅いよ!…あれ?団長は?」


合流した鉄斎に早速文句を言うリクだったが、ヴェルムがいない事に気付き首を傾げた。


「団長は別の用事があるようじゃの。しばらくはおじいとダンジョン旅と洒落込もうな。早く終わらせれば団長からお褒めの言葉があるやもしれんしの。」


鉄斎がそう言うと、リクはすぐに笑顔になった。団長から褒めてもらう!と気合いを入れ直し、16階層に繋がる階段の前で立ち止まる。そして魔法を発動した。


「ーーーよし、わかった。すぐ行くね。」


何やら耳をすませていたリクだったが、小声で呟いた後駆け出した。鉄斎は笑顔のままそれについて行く。


リクが足を止めたのは、20階層の真ん中付近だった。


「隊長。ご足労頂き有難う御座います。こちらです。」


リクを待っていた三番隊隊員が、丁寧にリクを出迎える。鉄斎にも目礼を忘れない。


「ここって…。入ったら幻覚魔法でずっと迷路になるとこだよね?幻覚を解除出来る人いないのかな?」


リクの呟きに、三番隊隊員が反応した。


「記録によればキャスターは一人。その者が倒れたか、幻覚を突破する実力が無かったか。もしくは気付いていないという線もあります。ここでの死因は餓死ですので、まだ大丈夫かと思われます。」


「ん、ありがと。じゃ、サクッと救出するよ。全員集合!」


リクがそう言うと、姿を消していた隊員を含め、散っていた隊員もすぐに集まって来た。そして八人が集合すると、迷路へ突入する算段をつけ始める。相談はすぐに終わり、リクを中央にして突入隊が組まれた。


「よし、じゃあ行くよ。おじいは待っててね。」


「うむ。健闘を祈るぞ。おじいが眠くなる前に帰って来ておくれ。」


軽い調子で返した鉄斎に頷き返すリク。それからすぐ三番隊は皆消えた。


「さて、拙者は待つが…。」


鉄斎はボソリとそう言い、リクたち三番隊が消えた迷路入口を見る。そこには、姿を消して迷路に入る零番隊隊員がいた。











「これがここのコアか。確かに報告通りだね。さて、アイル。」


「はい。」


ダンジョン最深部にてヴェルムは呟くと同時にアイルを呼ぶ。呼び出されたアイルはすぐに現れ、頭を下げた。


「異常は無さそうだね。これは使えなさそうだね。一応ここの魔力の反応だけ覚えておいてもらえるかな。」


「承りました。ヴェルム様は先に。アレも僕が。」


アイルの言うアレとは、コアがある最奥の層に繋がる階段の上から覗き込んでいるボス、キングトロルの事だ。


「分かった。無駄足にはなったけど、使えないという事が分かっただけ収穫だね。じゃあ後はよろしく。」


ヴェルムはそう言うと転移魔法で跳んだ。

一人残されたアイルは、いつもの無表情でコアを眺める。その後、徐にキングトロルを見ると殺気を込めて見つめた。

コアのある階層へは降りてこれない様子のキングトロルは、小さな子どもに手が出せない事に苛ついており、地団駄を踏んでいる。それだけで凄い音が響いているが、アイルは気にもしなかった。


「後を頼まれましたから。確かキングトロルは錬金術の素材になるはず。所長に良い土産が出来そうです。」


アイルはそう言ってからもう一度コアがある階層を見渡し、転移魔法で跳んだ。


アイルの姿を見失ったキングトロルだったが、命の危険を察知したのか、振り向きざまに手荷物棍棒を振るった。身の丈五メートルはあろうかという巨躯から繰り出されるその一撃は、空振ったにも関わらず轟音と共に空気を裂いた。


「…やはりすんなりとはいきませんか。」


アイルは転移魔法でキングトロルの後ろを取り、風魔法による刃で首を狙っていた。しかし、キングトロルの反応が思ったよりも良く、棍棒の一撃で魔法は霧散してしまっていた。


やっとアイルを見つけたキングトロルは、ようやく自身の手が届く場所に獲物が来たと言わんばかり咆哮をあげ、手に持つ棍棒をアイルに向かって叩きつける。しかし、潰した感触が無く首を傾げた。

直後、その首がズレ地面に落ちる。その横にアイルが着地した。


「魔物と言えど身体の作りは基本的に人族と同じですね。首を落とせば死ぬ。簡単で良かったです。」


棍棒によって霧散させられた風の刃であったが、アイルは同じ魔法を放たず腕に纏わせていた。そして手刀を繰り出す要領でその首を落としていた。


通常、魔法を放つのが得意な者はキャスターと呼ばれ、遠距離高火力の魔法を放つのが主な役割となる。逆に、魔法を纏う事が得意な者は近接格闘職の者が多く、肉体を強化する魔法が得意な事が多い。カリンは専ら後者に偏っており、寧ろ放出するのが苦手である。これは特別カリンだけがそうではなく、一般的にはどちらかに得意不得意が寄るものである。

しかし、アイルにはそういった苦手が無い。得意も無いが。放出も纏うのもどちらも均等に扱えるため、団内ではリクと並べて魔法の申し子と呼ぶ事もあるほどだ。リクもどちらも出来るが、どちらかと言えば放出が得意である。アイルはその点、どの属性の魔法も使える上に転移魔法もある。正に魔法を使うために生まれたかのような存在だった。


因みに、カリンは近接戦闘の才能がずば抜けており、ヴェルムからは多種多様な武器を使った近接格闘術を学んでいる。これもあってカリンは、どんな武器にも対応する知識と技術、そして膨大な魔力から生まれる、途切れる事のない肉体強化魔法で只管敵を屠る。ウェポンマスターと呼ばれるのもこれが所以である。











「はい、これ依頼の人。」


冒険者ギルド、アルカンタ北東迷宮都市支部。長い名前のギルドにて三番隊隊員が、伯爵家三男とその護衛を受付に引き渡した。救助される側であるはずのその者たちは何故か縄で縛られており、猿轡までされている。

そんな光景に受付嬢は口をあんぐりと開けていたが、すぐに気を取り直して対応した。


「急な依頼にも関わらず、誠に有難う御座いました。本人確認が取れましたので、このような状況になっている理由だけ聞いてもよろしいでしょうか。」


受付嬢は仕事をしているに過ぎない。その事が分かった隊員は、ため息をつきながら説明を始めた。

曰く、救助したところ、本人達は迷子になっている自覚はなかった。

曰く、捜索願が出されていると言っても帰ろうとしなかった。

曰く、それどころか自分たちを護衛に加えて更に下に降りようとした。

曰く、面倒くさいから縛って連れ帰った。

曰く、五月蠅かったから猿轡噛ませた。


説明を聞く受付嬢は段々と呆れ顔になり、隊員も説明しながら思い出したのか、少しイライラしていた。

ギルドは救助を依頼した側である。依頼を受けてくれたドラグ騎士団に悪印象があってはマズいと、早々に隊員を解放した。その後奥から職員が現れ、貴族と護衛を連れて行く。その場で縄と猿轡を外さなかったのは英断だろう。




「さて、終わったのぉ。本部に戻って報告かの?」


鉄斎がリクにそう尋ねると、リクは少し考えてから答えた。


「三人残して後は撤収だよ。おじいも帰るよね?」


どうやら残す人数を決めていたようだ。鉄斎にリクが尋ね返すと、鉄斎も笑顔で頷いた。


「久しぶりの本部の飯じゃからの。楽しまにゃ損じゃて。」


やはり本部の食堂は零番隊には恋しいものらしい。以前スタークに零番隊の諜報部隊隊員の男が言っていたのは事実のようだ。


「美味しいよね、本部のご飯!私はね、オムライスが好きなの!おじい、オムライス分かる?」


リクは既に気持ちが本部食堂に向かっているようだ。今日の夕食はなんだろう、と考えているに違いない。


「おむらいす、かの?拙者は食べた事がないのぉ。どういうものじゃ?」


鉄斎は東の国本島の出身である。忍びの里と呼ばれる集落から来た鉄斎は、日頃から慣れ親しんだ物ばかりを食べる。本部で東の国の食事が出るようになるまで、携帯丸薬で食事を済ませていた程だ。

オムライスはここ数年で首都に広まった料理であり、鉄斎が知らないのも無理はなかった。


リクは嬉々として鉄斎にオムライスの良さを語り、鉄斎はそれに何度も頷きながら聞いた。おじいも食べてみて、というリクの言葉に負けるのか、それとも意地を通して食べないのか。

鉄斎の心を確実に揺さぶるリクが無自覚なのが余計に質が悪かった。











「まぁ、あれなら大丈夫じゃろ。五番隊も先日コッソリ見たが、数人拙者達に気付く者がおった。三番隊も中々の練度のようだしの。リク姫は懸念しとった判断能力も十分じゃな。後は経験値じゃろ。スタークの方はもう十分といったところか。後進がおればいつでも零番隊に迎えよう。そうしたらゆいなが引き取ると言っておったな。」


騎士団本部、団長室にて。鉄斎が三番隊の任務に同行した報告をしていた。


「ふーん。やっぱりか。私がいた時と変わらなかっただろう?スタークはね、ある意味三番隊より隊長依存な隊になってしまっているからね。後進が育たないのも無理はないかもね。副隊長がまた、五番隊の副隊長である事に命をかけてるからね。それ以外から選ぶとなると大変だよ。」


ヴェルムが眉尻を下げてそう言うと、鉄斎も、然り、と言って頷く。五番隊は寡黙で冷静な者が多い印象を持たれるが、実は皆熱い者が多い。

昔から自身の持つ属性と性格の関係性については研究されているが、例外が存在するために俗称としてしか通用しない。

例えば、火属性が強い者は喧嘩っ早い、など。民の間で言われる程度の事だ。逆に、風属性なのに真面目、水属性なのに熱い、などと逆の例えられ方をする事もある。


「隊長たちの実力は十分なようですな。零番隊に入るにはまだ必要なようですがな。」


鉄斎はそう言って呵呵と笑った。零番隊に入るためには五隊の隊長を経験しなければならない訳ではない。事実、双子は五隊に入らずそのまま零番隊に入っている。

だが、零番隊の隊員に五隊の元隊長がいるのは事実だ。鉄斎も随分昔に三番隊の隊長をしていた。スタークの師匠であるゆいなも元三番隊隊長だ。炎帝であるカサンドラも元一番隊隊長である。


「まぁ後任が務まる程に育ち次第って事で。さて、鉄斎。次の任務だよ。」


ヴェルムは苦笑いを浮かべ先送りにした後、真面目な顔つきに戻って言う。

笑っていた鉄斎も、任務と言われ表情を引き締めた。


「これからグラナルドは動乱に入る。だが、周辺国に嗅ぎつけられたら面倒が増える。よって君の部隊には周辺国の諜報員を殲滅してもらうよ。内部の敵には三番五番の二隊を使う。外への警戒は君の部隊とゆいなの部隊で連携しておくれ。以上。」


ヴェルムが話し始める前に膝をつき頭を下げていた鉄斎。ヴェルムからの指示が出るとすぐに頭を上げ、敬礼してから消えた。


「二隊は合格でしたか。だから我が主人がそう言っているというのに。あの者は主人を信じぬつもりですかな。」


ほっほ、と笑いながら声を出したのはセト。先程から部屋にいたが、黙って空気となっていた。鉄斎がいなくなったため存在感を出してきたのだろう。


「そうだね。分かっていた事だけどね。でも、私ではない視点から見るのも大事な事だよ。ただのイエスマンなら必要ない。言いたい事を言い合えてこその家族だろう?」


ヴェルムが笑顔でそう言うと、ヴェルムの前に淹れたての紅茶を置きながら、ほっほ、と笑うセト。その通りですな、と付け加えて。


そして緊張感がなくなった部屋に、三番隊隊員が駆け込んでくるまで後一分。

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