44話
お読みいただきありがとう御座います。山﨑です。
昨日は仕事で泊まりでしたので、一日空いてしまいました。今回はリクのお話になります。
ふんふふ〜ん。
ご機嫌な様子で鼻歌を歌いながら編み物をしているリク。
ここは三番隊隊舎、隊長室である。
「隊長、ご機嫌ですね。上手くいきそうですか?」
毛糸から糸を垂らし、編み棒でスルスルと編んでいくリクに声がかかる。それはリクの副官、クルザスの声だった。
「ん〜?そだね。上手くいくと良いなぁ!」
クルザスの方には見向きもせずそう言ったリク。そんなリクには慣れているクルザスは、ご機嫌なリクを見て微笑んでいた。
しばらくすると、クルザスの執務机に手紙が置かれた。魔法で届いた、という訳ではなく。姿を消した隊員が手紙をそこに置いただけだ。リクにもクルザスにも隊員がいる事はバレている。しかし、三番隊は何故か昔からこの様にしている。隊員は皆、いつか隊長や副官たちにバレずに手紙を置く事を目標としている。
「隊長、お手紙が届いておりますよ。」
クルザスの執務机が隊長室にある理由は、隊長の仕事を代わりにやっているからである。また、副隊長でも可能な仕事は全て副隊長がやっている。今日も三番隊は、リクが快適に過ごせるように全力を尽くすのだ。
「お手紙?だれ?」
まだ編み物から顔を上げないリクに、クルザスは微笑みながら手紙を手渡す。
「隊長の大好きな方からですよ。」
リクは物事が遠回しになる事を嫌う。つまり、リクはクルザスのこういう所が嫌いだった。しかし、今回は許す事にした。何故なら、手紙の送り主が分かったからだ。
リクは編み棒から手を離し、指先に風魔法を発動させた。それは風が小さく滞留し、風の刃となる。
魔法の刃でスッと手紙を開封し、魔法を消して中身を取り出す。シンプルな便箋が出てきた。
「くーちゃん、お茶淹れて。」
手紙を読み終わってすぐ、リクはクルザスにお茶を要求した。リクが茶を飲むのは珍しいため、クルザスは少し驚いた。しかしそれを表情に出さずに、隊長室の隣の部屋へと消えた。
「すーちゃん、適当に十人集めて。明日ダンジョンに行ける様に。」
「はい、隊長。」
もう一人の副官に話しかけたリクは、また手紙を最初から読み始めた。
それから何度か読み返して、満面の笑みを浮かべたリク。その手紙を大事に包み直し、自身の小さな机の引き出しにしまった。
「隊長、お茶が入りましたよ。こちらで休まれては?」
クルザスが部屋に戻り、紅茶とクッキーを別のテーブルに置く。先ほどまでリクが使用していたソファとセットのテーブルには、編み物道具が散乱しているからだ。そのような時のためのテーブルと椅子がこの部屋にはある。リクはその日の気分で過ごす場所を変えるため、ソファで作業する日はもう一つのテーブルに菓子を準備する。
リクはクルザスへ礼を言って椅子に座り、猫舌なリクでも飲める温度に冷まされた紅茶を飲む。そしてクッキーを頬張りながら、クルザスを見た。
相変わらず笑顔でリクを見るクルザスに、リクが口を開く。
「くーちゃん、明日ダンジョン行くから、準備よろしく。」
「ダンジョンですか?北と南、どちらでしょう。」
唐突に言った言葉から、リクが行くとなればどちらかだろうと当てを付けて聞くクルザス。リクは一言、北。とだけ返した。
「かしこまりました。どこまで入る予定でしょうか。」
更に聞くクルザスに、クッキーを頬張るリクは言葉ではなく指で示した。人差し指を立て、それから下に向ける。
それだけでクルザスには通じたようだった。
「では耐寒装備も準備しておきます。今日は明日に備えて早く寝ましょうね。」
クルザスの言葉に一つ頷いてみせたリク。三番隊では基本的に無駄なやり取りはしない。私語はトチ狂ったように騒がしくなる三番隊だが、任務に関しては口数が減る。諜報を司る部隊であるが故であろう。
紅茶とクッキーで腹を満たし休んだリクは、それからまた編み物へと没頭した。
「おはよう、リク。準備は大丈夫?」
翌朝、朝食のために食堂に来たリクは、ヴェルムから声をかけられた。
「団長!バッチリだよ!ご飯食べたらすぐ行けるよ!」
笑顔全開でそう答えるリクに、ヴェルムはにっこりと微笑んだ。
「よし、体調も万全だね。何人連れて行く?」
ヴェルムからの問いにも、十人だよ!と元気に答えるリク。ヴェルムから頭を撫でられて嬉しそうである。
「団長、おはようございます。リクもおはよう。」
そんな二人に声をかけてきたのはスタークだった。毎朝の日課を終わらせてシャワーでも浴びてきたのか、ほんのり石鹸の良い香りがする。
「スターク!おはよう!今日はね、団長とダンジョン行くんだよ!良いでしょ!」
リクはご機嫌なまま、スタークに今日の予定を話す。スタークもそれに一つ一つ丁寧に返事をするものだから、リクは更にご機嫌だ。
朝食が終わる頃に来たガイアにも、同じ様に自慢するリク。ヴェルムは苦笑いしていたが、その表情を見てガイアも一瞬苦笑いをした。
ヴェルムはリクに集合時間を告げて退席し、セトもそれに続いた。リクは食後のリンゴジュースを飲み終えてから元気に食堂を出て行った。
「元気だねぇ、姫は。今日ってアレだろ?零番隊が来るっていう。調査のやつだろ?」
ガイアがため息を吐いてから言うと、スタークは軽く頷いた。
「あぁ、こちらにも情報が来ている。どうも、王太子派の貴族が馬鹿をやったらしい。それの調査だ。うちか三番隊かで迷ったそうだが、ついでにリクの訓練にもしようと団長が。」
「私も聞いたわ。うちからも何かあった時のために班をつけるか聞いたけど、零番隊が来るから大丈夫だって。調査と戦闘、治療もって事は…、あの人よね?」
スタークの言葉にサイも反応した。そしてアズも含めた四人が微妙な顔つきになる。
「僕はあの人は苦手じゃないですよ。良いお爺ちゃんです。厳しいですけどね…。」
アズがボソリとそう言うと、三人は頷く。
「良い人なんだよ。カサンドラさんさえ絡まなきゃな。それにあの人の部隊も腕利き揃いだ。スタークの師匠も元はあの人の部隊だろ。俺たちより詳しいんじゃねぇか?」
ガイアも微妙な顔つきのままそう言うが、問われたスタークもまた思い悩むような表情だった。
「いや、それがな。本人に会った時に感じた通りなんだ。つまり、厳しくて強くて、でも良い人だ。」
なんじゃそら、と呟くガイア。しかし、それ以外に表現しようがない、とこの場では結論が出た。そんな隊長格が並ぶテーブルの近くでは、各隊の部隊長達が不安を感じていた。
隊長たちが複雑な表情をしている、何かあったのでは、と。事実はなんて事のないとある人物の人物像であったが、もう少し周りに見られている事を自覚せねば、と隊長たちの気を引き締めさせる一件となった。
グラナルド王国にはダンジョンが複数存在する。ダンジョンは、人の手が入らなくなって久しい場所や、人類未到の場所に発生する。多くは洞窟であるが、古代文明の残した塔などもダンジョンとなった事がある。
ダンジョンは生き物である、と研究家が残した程に不思議な存在であるダンジョンだが、そう言われるのにも理由がある。
この世界の全ての物に宿る魔力であるが、溜まりやすい場所というのがある。それが、洞窟であったり人が立ち入らない場所である。極稀に森や山もダンジョン化する事があるが、少なくともグラナルド王国が出来てからはそのような事象は起きていない。
ダンジョンの最奥にはコアが存在し、それを破壊すればダンジョンは活動を停止する。また、発生してから日が経つにつれ、階層も増える。ある一定の深さになると階層は増えないが、定期的に内部の魔物を倒さねば増える一方になり、いつか溢れかえる。通常の魔物のスタンピードと理論はほぼ同じである。
グラナルド王国首都アルカンタの北東部には、洞窟型のダンジョンが存在する。首都からでも行ける距離ではあるが、ダンジョンの周りには需要によって街が出来る。通称迷宮都市と呼ばれるその街は、多くの冒険者で賑わう。ダンジョンで得た魔物の素材などを売り、一攫千金を目指す者が多く住む街。それが迷宮都市だ。
そんなアルカンタ北東の迷宮都市に、ヴェルムとリク、アイルと三番隊十名が来ていた。
「おじいと合流はどこだっけ?」
リクが後ろを振り返りながらアイルへ問う。後ろにいたアイルは、いつもの無表情のまま淡々と答えた。
「既にこちらに向かっているようです。予定では入口で合流でした。」
「あ、ほんとだ!こっち来てる。おじい元気してるかな。」
アイルが答えるとすぐに探査魔法を展開し、目的の人物を探し出すリク。諜報部隊なら聞かずに自分で探すべきだが、リクはスイッチのオンオフが激しい。今はオフなのだろう。
「おぉ、姫。元気しとったかの。今日はよろしく頼むぞ。」
接近には気付いていたのに、急に加速したと思えば目の前にいて話しかけられたリク。しかし驚いた様子もなく、すぐにその人物の胸に飛び込んだ。
「おじい!私は元気だよ!おじいも元気そうで良かった!今日はよろしくね!」
おじいと呼ばれた人物は、デレデレとだらし無い笑顔でリクを受け止めてから頭を撫でた。髪は既に全て白髪になっており、元が何色だったかは分からない。立派な髭も全て白髪になっていた。
相当な歳である事は分かるが、背筋は真っ直ぐであり鋼のような筋肉もついている。服の上からでも分かるほどのその筋肉が、この老人の歳を分からなくさせていた。
「団長、北の国ぶりじゃの。拙者の部隊は既に入っとる。調査はせんでいいんじゃろ?下見だけさせとるよ。」
一頻りリクを愛でてからヴェルムへと顔を向け、報告する老人。ヴェルムはそれに頷くだけで返事をした。そしてアイルを見て頷く。
「鉄斎様、北の国ではお疲れ様でした。今回僕も同行させて頂きます。よろしくお願いします。」
アイルはそう言って頭を下げた。老人、いや鉄斎はしげしげとアイルを見て、ニカっと笑った。
「おう、あの時の坊主じゃな。そうか、儀を受けたか。ではこれからは家族として頼む。なぁに、緊張する事はない。気楽に行け。」
前回アイルが鉄斎と会ったのは、まだ血継の儀を受ける前だった。儀の後からアイルとカリンは膨大な魔力を身に宿した。儀は人によって異なる能力の強化がある。ヴェルム曰く、それは副作用に過ぎないらしい。竜の血を継ぐ事で肉体が作り変えられるのだ。それによって器が大きくなり、何かしらの強化がある、と。そのため、それに耐えられる力がついてからでないと儀は受けられないようにしている。
鉄斎はその強化を見てとったようだ。良い魔力をしておるの、と笑っている。
一行がダンジョンの入り口に着くと、三番隊の隊員が一人受付らしき場所に歩いて行った。
これは、ダンジョンに入る申請をする受付である。管理は基本冒険者ギルドがしている。ダンジョンは中で何があるか分からないため、最大で入れる日数が決められている。ダンジョンにもよるが、このアルカンタ北東部のダンジョンでは最長一ヶ月とされている。それは、ゆっくり行っても現在の最高到達階層へ行って戻る事が出来る期間である。もし踏破階層がもっと下まであれば、この期間も増えるかもしれない。
この制度は、貴重な冒険者たちの生存を確認する上で役立つ。一ヶ月を過ぎても戻らない場合は、捜索隊が組まれる事もある。基本的には自己責任の冒険者だが、何かに巻き込まれた可能性もあるため捜索はされる。
三番隊隊員が戻ってくると、すぐに一行は入口へと向かった。
一階層に着くと、早速とばかりに三番隊が散る。残ったのは一人だけだ。
「ほぉ。ちゃんとしとるの。だが、本陣をここまで空けてしもていいんかの?」
鉄斎がそう言うと、リクが笑顔で答えた。
「大丈夫。仮に襲われても、五秒稼げばみんな帰ってくるから。」
そう言ったリクに、鉄斎は目を細めて笑った。
「さて、団長。今のところ予定通りじゃの。先に用事を済ませるかの?」
リクの頭を撫でた後、ヴェルムの事を見ながら言った鉄斎。それに対しヴェルムは頷いてからアイルを見た。
するとアイルはヴェルムに礼をして魔法を使用し消えた。鉄斎はそれを見てまた笑う。
「坊主も順調に力を使いこないしとるようで何よりじゃな。団長、一応一人つけとくぞ。」
若い世代が力をつけているのを見て、嬉しそうに笑う鉄斎。後ろ手にハンドサインを送った。そこには誰の姿も見えなかったが、ヴェルムには零番隊隊員が移動するのが分かった。
ここに来てやっと分かったのか、リクもその姿を目で追いながら驚いていた。
「おじい!いつから?ずっといた?」
リクの端的な疑問に、鉄斎は微笑んで答える。
「うむ、ダンジョンに入ったところで合流したの。気付かんかったかの?まぁ、気付いとったのは団長と坊主くらいか。諜報部隊隊長がそれではいかんのぉ。」
鉄斎の言葉にショックを受けるリク。しかし、すぐに笑顔に戻った。
「おじいの部隊はすごい!私も強くなる!」
そんなリクに鉄斎は孫を可愛がる翁そのものといった風に微笑んでいた。




