39話
ドラグ騎士団本部では、隊毎に組まれた訓練を毎日行う。それは小隊毎の連携の確認であったり、個人の訓練も含まれる。
また、隊を越えた枠組みで臨時で班を組む事も有り、それの訓練もある。事前に誰と誰が組むかは大凡決まっており、仲良くなると共に食事をする光景も見られる。
そんな臨時で組んだ班を団員たちは特別班と呼んだりもするが、正式名称は特に決まっていないため、各々好きに呼ぶ。例えば、三番隊隊長のリクは特別班を"ごちゃ混ぜ"と呼ぶ。それを聞いた一番隊隊長のガイアは、闇鍋と呼んだ時期もあった。
そんな通称特別班を組んだ訓練が本日も本部訓練場にて行われていた。通常五人を一纏めとして組まれる特別班だが、作戦によって増減する事もある。支援を主とする団員などは隊に所属しないため、そういう者と組む場合があるからだ。
本日の訓練場にも、そのような特殊なパターンで訓練に参加する者がいた。
「今日はよろしくお願いします。」
そう言って頭を下げたのは、団内で使用する治療薬などの製作を全て引き受ける部署、錬金科のトップである所長と呼ばれる女性だった。錬金科は、本部内に錬金術研究所を持っており、そこの所長を務める女性がこの人である。
分厚い瓶底メガネをかけており、長い黒髪を三つ編みで左右に括り両肩に下げている。ワイシャツにスラックス、そして上から白衣という如何にもな格好をした彼女だが、その能力は高い。普段は研究所から一切出て来ないためか、その肌は驚くほど白い。
「あぁ、所長!いらっしゃいませ。今日はよろしくお願いしますね!」
一番隊の隊服を着た女性が所長に挨拶を返すと、周りにいた班員たちも気付き挨拶を返した。この特別班は、ドラグ騎士団に入団した時期が全員同じの古参チームである。
元々、五人で冒険者として活動していた。固定パーティで活動しており、パーティランクもBと名が売れていた。しかし、依頼を受けて出向いた先で危険度Aの魔物に出会しパーティは壊滅。全員が瀕死になっていた所に当時一番隊隊長をしていたカサンドラが現れ魔物を討伐。五人は救助されドラグ騎士団員によって治療された。
パーティのリーダーでもあった、現在は四番隊の隊服を着た青年がドラグ騎士団に憧れ、それならばとパーティ皆で入団試験を受けたのだ。
「リーダー、今日はただの訓練じゃないんでしょ?どこ行くの?」
一番隊の女性が四番隊の青年に聞く。彼はこの特別班が組まれてからもこのパーティのリーダーをやらされていた。運が良いことに、全員が同じタイミングで隊に所属した上に隊も分かれた。そして特別班がこの五人になるのはある意味必然で、青年はどうせなら違う人がリーダーをしようと声をかけるが、満場一致で青年がリーダーをする事に。確かに、彼は聖属性魔法で攻撃や支援、治療を行うため後方に居る。全体を見渡せる視野を持っているためリーダーに最適なのは確かだ。
ドラグ騎士団に入団して二年で隊に所属し、それから四十年程騎士として活動しているが、いつの間にかこの特別班で重要任務などを任されるようになった。
最早彼らにとってドラグ騎士団は家であり家族である。
そして、そんな家を守る一つが所長たち錬金術師が作る治療薬などの薬であり、また魔道具なども錬金術師と魔道具師が共同で作る。お世話になっている自覚が十分にあるため、団員たちは本部から出ない支援組を侮る事などしない。
「本日は団長様からの命令書も持参しました。スタークくんの菜園では採れない薬草や鉱物の採取になります。他の班にも我々練金科の者が同行し、班によって収集物が変わる事となっております。お手数ですがどうぞよろしくお願いしますね。」
この所長、実は団内の誰もがいつから騎士団にいるのかを知らない。現在の隊長格では最古参のサイも、彼女より後なのだ。団員は皆見た目と年齢が違うのは当たり前なので特に気にしないが、零番隊ですら隊員によっては彼女から子ども扱いされるのを見かけると、一体所長は幾つなのか、と疑問に思うのは仕方ない。
早速行こうか、とリーダーの青年が言う。五人は素早く円陣を組むと、所長に向けて手招きをした。
「所長!一緒にやりましょう!冒険者時代からのルーティンなんですけど、やると気合入りますよ!」
「私もよろしいんですか?…では遠慮なく。」
所長も加わり六人で円陣を組み、リーダーである青年の掛け声で気合を入れる。その後は迅速に出立するため移動する。本日の目的地は首都北西の山岳地帯だ。数日かけて探索し、帰還は十日後の予定。別に早くなっても遅くなっても良いので兎に角沢山素材を集めたい、という練金科からの依頼である。
六人は本部内のとある場所へ来ていた。ここでは多数の動物や魔物がおり、のんびりと過ごしていた。
「お、なんだお前ら!今から任務か?」
陽気に声をかけてきたのは三番隊の隊服を着た男だった。
「あぁ、こちらの所長からの依頼だよ。お前は休憩時間か?熱心だな。」
三番隊の隊服を着た班員の男が答えると、声をかけてきた陽気な男は笑いながら、そうだよ、これからデートなんだ。と答えた。
陽気な男は腕に革製のガードを着けており、その腕を掲げると遠くから羽音が聞こえてきた。
ピーーーー!
猛禽類のよく響く声が聞こえたと思えば、それからすぐに陽気な男の腕に大きな鷹が停まる。
その鷹にデレデレとした表情を見せた後、陽気な男は、じゃあな!と残して去って行った。
「あいつもほんと好きねぇ。なんだっけ、あの子。」
「キャサリンだろ?昨日リボンを贈ってたみたいだが、さっきは着いてなかったな。やっぱり嫌がられたのか。」
「えー?だって、あのキャサリン?の種族考えたら嫌がるに決まってるじゃん!」
「まぁキャサリンは鷹じゃなくて鷹型魔物だからな。因みに、あれはまだ幼体らしい。成体になると人程の大きさになるとか。」
「え?そーなの?じゃあ偵察に向かないじゃん!違う方向で働くのかな?遠いとこの伝令とか。」
「それはそうだろうな。元々、偵察に使われるのは小型の動物や魔物だからな。キャサリンのように大きくなる奴は最初から訓練が違うんじゃないか。」
「へぇー。そうなんだ。」
一番隊の女性が疑問を呈し、三番隊の男性が答える。流石に隊で使役する動物や魔物の事はそれなりに詳しいようだ。
もう分かったであろうが、ここは団内のテイマーたちが使役する動物や魔物が暮らすエリアである。
彼らがここに来たのは、移動のための足を確保するためである。
この世界の移動手段は、主に馬である。鞍を着けて上に乗り走らせる、荷台を引かせて乗る、馬車を引かせる、様々に移動の手段として利用される。
しかし、大多数が馬を利用するだけであり、砂漠地方ではラクダがメインの移動手段になるなど地域によって変わる事もある。そして、大きな国は更に手段が増える。それは、走竜と呼ばれる翼の無い竜に跨り駆けさせるというものだ。走竜は大きく体力もある。そして馬より速い。更に走竜自体が危険度Bの魔物である。よって馬のように守りながら戦う必要がない。西の国と呼ばれる天竜国ドラッヘでは、走竜を駆る専門の部隊が存在する。
しかし、ドラグ騎士団は更に上を行く。ヴェルムは天竜の闇竜だ。その眷属は多い。よって、走竜よりも強く速い移動手段に困る事は無い。
竜には、走竜などの無属性竜と火竜などの属性を持つ属性竜に分けられる。天竜国は属性竜を大事にし崇めているが、無属性竜を使役する事に抵抗はない。ドラグ騎士団では属性竜を移動手段に使うため、天竜国から嫌われるという訳だ。
「おっちゃん!誰か暇な子いる〜?六人いるんだけど!」
竜が過ごすエリアまで来た六人。一番隊の女性が、竜を撫でている男に声をかけた。
「おう!お前らか!ちょっと待ってろ!今連れてくる!」
多少距離があるために互いに叫ぶような形になったが、なんとか通じたようだった。事前に竜の使用許可を取っているため、既に準備されていたのだろう。男は直ぐに竜を連れて戻ってきた。
「よしよし、今日は結構飛ぶらしいからな。気をつけて行くんだぞ。」
竜を撫でながらそう言う男に、特別班の面々はやや呆れ顔だ。
しばらく男と竜のやり取りを眺めた後、痺れを切らした一番隊の女性が駆け寄り、竜と挨拶をしてから跨る。続く五人も各々竜と挨拶し、改めて六人は飛び立って行った。
「気をつけるんだぞー!!!」
既に小さくなりつつある男から、特大のかけ声が届く。竜たちは咆哮をあげ、元気にそれに応えた。
「よろしくね。」
竜の首を優しく撫でながら小さく言う一番隊の女性。彼女を乗せた竜も小さく喉を鳴らした。
グラナルド王国と北の国との国境付近は、高い山脈が聳える。そこは地形だけでなく、魔素が豊富なため強い魔物が生まれやすい。しかし、滅多にその領域から出てこないために被害は殆どない。
だが、侵入者には容赦なく襲い掛かるのがこの地の魔物だった。
「おい、回り込まれるぞ!」
「あいよ!」
元冒険者の騎士たち特別班は、順調に採取活動を行なっていた。練金科と魔道具などの製作を受け持つ製作科、そして零番隊隊員カリンの協力で作り出されたマジックバッグを背負った所長が、襲い掛かる魔物に見向きもせず薬草などの採取に勤しんでいる。
特別班はチョロチョロ移動する所長の場所を常に把握しつつ、護衛をしていた。
街で治療薬などを販売する錬金術師も、冒険者に護衛を頼み薬草採取に出かける事は多い。何故なら、冒険者に薬草採取の依頼をしても大抵の薬草が採取の仕方が悪く、薬に使用できない物が多くなってしまうのだ。誰が依頼を受けるか分からないためこの様な事が起こるが、かと言って指名依頼にすると報酬が嵩む。
それなら自身で採取する方が良い、という発想になるのも仕方ない事だろう。
しかし、所長を見て分かるように錬金術師はマイペースな者が多い。所長は言動も丁寧で他人に気遣いが出来るが、多くの錬金術師はそうではない。そのため、好き勝手に素材に突進し魔物の注意を引きつけてしまう者がいるのだ。
冒険者の中でも、錬金術師の護衛依頼は受けるなと言われる。しかし、錬金術師が売る薬の恩恵を一番受けているのもまた冒険者だ。そのため、冒険者ギルドが報酬を上乗せする形で依頼を出す事もある。
特別班六人は元冒険者だ。錬金術師の依頼など何度受けたかも分からない。
この所長の行動は、六人からの提案であった。
「あ、その魔物は窒息させてください。切ると血が使えなくなります。」
採取だけではない。偶にこうして魔物の狩り方も指示される。多くの冒険者はこれが嫌で受けたがらないが、彼らはドラグ騎士団のベテラン騎士である。こういう縛りがある方が訓練になるよ、とは一番隊の女性の言葉である。
「よし、じゃあ動きを止めて魔法で仕留めるぞ!」
「私は警戒しとくね〜!」
そんな掛け合いをしつつ、彼らはオーダーに忠実に護衛を続けるのだった。
「あ〜疲れた〜!このまま数日ってマジ〜?」
「マジだ。良い訓練になったろ。今回もボーナス付くらしいからな。戻ったらパーっとやろう。」
「お、いいな。それなら美味い店を隊長から聞いたぞ。何でも東国本島の料理だとかで。団長と仲が良い店主と娘がいるそうだ。」
「なに?よくやった!よし、そこに行こう!」
「いいわね。所長さんも如何ですか?素材が集まったら忙しくなるのは承知していますが…。」
「あら、いいんですか?このマジックバッグがあるので、全員が戻るまで調合はしないんですよ。素材の下準備くらいしかする事は無いので、是非ご一緒させてください。」
「所長も来るんですか!?いぇーい!色々話聞かせてくださいよ!」
一番隊の女性、リーダーの青年、二番隊の男、三番隊の男、五番隊の女性と順番に話し出す。所長も打ち上げに参加が決まり、特別班は野営のための小さな洞窟で盛り上がっていた。
今日の夕食は料理長たち料理人が作った弁当である。マジックバッグの効果試験のために色々と詰め込んでくれたのだ。時を止める魔法ではないため、流石に作りたてとはいかないが、まだ湯気が出ている物もある。時は止められないが、ゆっくりにする事は出来たと製作科が太鼓判を押した物である。これがあれば世界の情勢が変わるだろう。
「明日はどこまで足伸ばす?」
只管サラダを食べ続ける一番隊の女性が、リーダーの青年に向かって問いかける。
スープをカップで飲んでいた青年は、チラリと所長を見てから口を開いた。
「そうだね、予定では明日はこの先の湖周辺の素材を集める事になっているけど。それは今日の素材採取がどこまで上手くいったかにもよるかな。」
「あ、そっか。所長!どうですか?今日のあがりは。」
「あがりって…。」
フォークで野菜を差しながら所長へと問う女性に、青年は呆れ顔を向ける。しかし質問の答えは気になるのか彼も所長へ視線を向けた。どうやら他の班員も気になる様で、気付けば全員所長を見ていた。
マジックバッグの中をゴソゴソしていた所長は、全員が自分を見ている事に驚き、少し考えてからまた少しだけマジックバッグを漁り、頷いてから口を開いた。
「そうですね、すみませんが明日は午前中、今日と同じ所の周辺を。まだ少し足りない薬草が幾つかあります。午前に集まろうとそうでなかろうと、午後は予定通りで構いません。湖周辺もうまく行けば明日で終わりですので、そうしたら後は山頂付近になります。」
所長の丁寧な説明に、青年は礼を言った。つられて班員たちも礼を言うので、所長も頭を下げた。
「ご面倒をおかけしますがどうぞよろしくお願いします。」
頭を下げたままそう言う所長に、班員たちは慌てた。
「頭上げてください!私たちは任務で来ているんですから、所長の行動が最優先ですよ!それに、その素材がいつか自分達の命を救うかも知れないのですから。所長は気にせず、満足いくまで採取してください。」
代表でリーダーの青年がそう言うと、おずおずと頭を上げてにへら、と笑う所長。勢いよく頭を下げていたため、瓶底メガネがズレてしまっており、それを慌てて元の位置に戻していた。
「おい、見たか?噂は本当だったんだな。」
「えぇ、そうみたい。初めて見たわ。」
リーダーと所長が話しているのを横目に、二番隊の男と五番隊の女性がヒソヒソと話していた。
それは、所長に関する噂の一つだ。
曰く、所長がメガネを取るととんでもなく美人らしい、というものだ。メガネをしていても顔立ちは幼く手足はスラッとしているため、猫背な所を除けばスタイル抜群の所長。しかし、そのメガネを取った所を見た団員は殆どおらず、最早噂というより伝説となっていた。しかも、その噂についてセトに尋ねた猛者は、ほっほ、と笑いながら肯定するセトを見たと言う。
そんな噂の真相を知った特別班五人は、何処となく優越感に浸るのだった。




