37話
お読みいただきありがとう御座います。山﨑です。
今回、若干血が流れます。苦手な方は隊長達の食事シーンまでで読むのをやめる事をお勧め致します。
時は少し遡り、最終試験である面接試験会場前の廊下。
一人の男が騎士に案内されていた。男は前を歩く騎士に気取られぬよう、目線だけで騎士団本部の見取り図を頭の中に作る。その行動は、この男が入団試験を受けた理由であった。
窓から見える訓練所、先程曲がった角に会議室。記憶せねばならない事は多い。別行動で入団試験を受けた同僚はどうなっただろうか。そんな事が頭を過ぎるが、今はそれどころでは無い。自身が受けた命令を熟す必要があった。
周りに視線を忙しく動かしていたため、男は前を歩く騎士が立ち止まった事に一瞬気がつかなかった。
「こちらです。どうぞ。」
騎士はノックして扉を開け、男に入室を促す。どうやら騎士はここまでのようだ。出来ればこの騎士からも情報を集めたかったが、時間が来てしまったようだ。見取り図だけに集中していた自分に情けない気持ちが湧き上がるが、反省は後でいい。今は面接試験だ、と気持ちを切り替えた。
「失礼します。」
そう言ってから入室した部屋には、五人の面接官が座っており、その後ろには別の騎士が立っている。
一脚だけポツンと存在する椅子に、着席の許可を得て座る。
男はこの張り詰めた雰囲気に、どこか懐かしさを感じながら背筋を伸ばした。入室してから頭を下げ、椅子の右側に立つ。許可を得て座り、拳を軽く握って膝に置く。これは背筋が伸びる事にも役立つ。
さぁ、面接を受ける者の基本は出来た。後はどのような質問が来るか、だ。
「さて、今回最終試験まで残ったわけですが…。本日はどちらからお越しに?」
最初は当たり障りの無い質問からだった。事前に決めておいた自身の設定を思い返しながらも、詰まる事なく答えられたと思う。これはこのまま受かるのでは、と男が考えていた時だった。
「では次に。ドラグ騎士団の入団試験を受けた理由をお聞きしても?」
来た。
男はついにその質問が来たかと思うが、表情には出さないよう気をつけながら、自身の設定を答える。
「私はずっと騎士に憧れておりました。そして、剣術を磨き、私もドラグ騎士団で護国の騎士となりたいと考え、今此処におります。先程の試験では、まだまだ自分の実力を出しきれたとは言えません。あのまま続けていれば私が勝っていたでしょう。それ程に剣術を磨き、騎士となるべく精進してきたのです。この剣が、皆様と共に民を護る剣として振るわれる日が待ち遠しく思います。」
言ってから少し焦る。少し自信過剰に聞こえる言い方だったかもしれない。これは失敗したか?と面接官の様子を伺うが、先ほどまでと変わらず面接官は笑顔だった。
その事にホッとしていると、女性の面接官から声をかけられた。
「貴方は今、仕えるお方がいらっしゃる様ですが…。そちらはどうなさるのでしょうか。」
男は固まった。ホッとしていた一秒前の自分が恨めしくなるほど、背筋を冷たい何かが垂れたような気がした。
「な、何のことでしょうか。私は現在フリーです。普段は冒険者として活動しておりますが。」
なんとか言葉を捻り出すが、動揺が少し出てしまったか、と内心は混乱の極致だった。これ以上何か聞かれる前に、まずは心の動揺を抑えなければならない。バレないようにコッソリと深呼吸をし、一度目を閉じてゆっくり開く。
しかし、再び開いた目に映った面接官の表情に、またも背筋が凍った。そこには、絶対零度の瞳で己を見つめる面接官がいた。
「おや、おかしいですね。貴方は現在、カルム公爵の寄り子である子爵家に仕えているとお聞きしておりますが。辞めたのですか?」
別の面接官から声がかかる。辞めていないし、自分の主は子爵だ。何故バレた、いや、いつからバレていたんだ、と更に混乱する男。最早取り繕って答える余裕はもう無かった。
「確かに冒険者登録もしているようですが…。最後に依頼を受けたのは六年前となっております。子爵家の退職金は六年も働かずに食べる事が出来るほど貰えないはずですし、そもそも子爵家に仕えたのが六年前のようですね。」
「六年間剣の修行だけで過ごしていた、と?しかし貴方のご実家は遥か南、南の国との国境付近の町でしょう。こちらに暮らしながら修行する生活をするお金はどうしていたのでしょう。」
もう男の精神力はゼロだった。どこか他人事のように、やめてあげて!と言っている幻聴が聞こえそうだ。
「まぁそこまでしましょう。さて、もう一度伺わせて下さい。ドラグ騎士団の入団試験を受けた理由をお聞きしても?」
そして止めが刺された。
「隊長、残しておいた五名、全て捕縛しております。処理はどの様に致しましょう。」
五番隊隊舎、隊長室で報告を受けていたスターク。今日の流れは全て団長の想定通りだった。
今回の試験では三番隊と協力して、二隊で処理をする予定だった。しかし、終わってみれば何と言う事はない。全て団長の想定通りになってしまった。それが悔しいと同時に、これだから団長の背を追いかけるのは楽しいのだ、と思う自分が情けない。
三番隊隊長のリクは、団長の言う通りになるのは見てて面白い、未来予知みたい、とはしゃぐ。
団長の筋書き通りに行くのを見るのが楽しい気持ちは分かるが、その予想を自身が立てられるようにならねば諜報隊の名折れだとスタークは考える。この場にリクがいれば、スタークの眉間に手をやって揉みほぐしていた事だろう。
そんな予想はつくのに、何故団長と同じ予想はつかないのか。まだまだ成長が足りないな、と独りごちる。
しばらく考えた後、背後関係が洗えているのであれば良い、と部下に返す。流石に雇い主の下へは帰せないが、殺す事は無いだろう。魔法で誓約をさせ、どこか田舎に放ればいい。
退室する部下を見送り、肘掛けのついた椅子の背もたれに沈み込む。スタークの大きな身体がすっぽりと包まれる、特注の椅子だった。
「今日は皆んなお疲れ様。新しく迎える事が出来たのは少しだけど、皆んなの後輩になる。早く慣れる事が出来るよう、気遣ってあげてくれ。」
ヴェルムのそんな言葉で夕食が始まる。ヴェルムの周りには隊長五人が揃っていた。
「団長!あの槍使い、ウチが貰って良いんですよね?新人研修終わったらそのまま引き抜いていいですか?」
食事を始めてすぐ、ガイアがヴェルムへと問う。槍使いというのは、ファンガル伯爵推薦の長身の男の事だった。
「うーん。確かに彼は火の属性が強いみたいだけどね。彼は水もそこそこ使える珍しいタイプだよ。大抵は打ち消しあってどちらかに偏るはずだからね。」
ヴェルムが上を見ながら思い出すように言うと、その言葉にアズが反応した。
「では二番隊でも活躍できる可能性がありますね。ガイア、そうとなればまだ決められませんよ。」
「なに!?いや、アイツは俺が貰うからな!そもそも、アズんとこにはあの性格じゃ馴染めんだろ!」
アズとガイアが言い合っていると、サイがヴェルムへと声をかけた。
「団長、孤児院出身の聖属性の彼女は流石に四番隊に引き抜いても良いですよね?」
孤児院出身というのは、アルカンタに複数存在する天竜教の教会に併設する孤児院の事で、冒険者の親が亡くなり独り身になった子どもや、捨て子などの様々な境遇の子どもたちが育つ孤児院である。その孤児院には、リクやカリンなどが頻繁に寄付をしに出かける。
その孤児院出身の女の子が、今回騎士団の入団試験を受けていたのだ。
「うーん。それもまだわからないね。彼女は気付いていないようだけど、風属性も持ってるからね。リクの隊とも話さないとね。別に、三番隊に入れば諜報をしなくてはいけない訳ではないし、四番隊に入れば治療をしなければいけない訳でもないからね。本人と話し合うのが良いよ。それと、ファンガル伯爵推薦の彼とは違って、彼女はまだ体力が大人ほどにはないからね。数年は新人騎士として基礎を固めてもらう事になるんじゃないかな。」
ヴェルムがそう言うならそうなのだろう、と騎士団の者は思う。勿論、任務に関する事は、何故、と考えるよう指導を受けているため考察はする。それは、ヴェルムが態と細部まで語らない事が多々あるからだ。しかし今はその様な場面ではない。つまり、ヴェルムの言葉を丸々信じても良いはずだ。とするならば、孤児院出身の女の子は数年は入隊出来ないだろう。ならばその時に話し合えば良いか、とサイは食事に戻った。
「団長、あの五名はどう致しましょう。」
サイが黙ったのを見て、スタークがスプーンを置いてからヴェルムに話しかける。それに合わせたのか、ヴェルムもスープを飲んだ後スプーンを置き、少し考えてから答えた。
「カルム公爵関係が二名。西の国が一名、東の国が一名、西の小国が一名だったかな?まぁいつも通りで良いよ。国内の者は田舎に放置。他国の者は雇い主の目の前に転移で送るよ。」
いつも通りとは、今まさにヴェルムが言った方法である。国内の貴族などからの諜報員は本人の希望にもよるが、行方不明という事にして田舎に家族諸共引っ越しをさせる事もある。魔法で記憶を消した者もいるにはいるが、殆どは前者だ。
国外の者は、国際問題に発展する可能性がある。よって、一応国王に所属や目的を明記した手紙を送りはする。が、その対応についてもヴェルムに一任してもらっているため、転移魔法でお手紙を添えて送り返すのだ。次は無い、と。
それでもこうして諜報員が送り込まれるのは仕方ない事だ。何故なら、グラナルド王国に攻め込んだ経験のある国は口を揃えてこう言うからだ。
"ドラグ騎士団ある限り、グラナルドに手を出すな"
勿論、懲りずに定期的に戦争を仕掛けてくる国もある。上層部が入れ替わり、敗戦の記憶が無い者が攻めてくる事が多い。
上層部が変わらずとも一定の周期で攻め込んでくる国もあるにはあるが、それは極々一部の話だ。
そして何より、ドラグ騎士団は常勝無敗。そんな騎士団に諜報員が送り込まれるのは当然の事であろう。常に世界各国はグラナルドの動きを注視している。
ドラグ騎士団としても、アルカンタに入り込んだ諜報員は全て拠点をマークしており、三番隊、五番隊が常に監視している。中には、現地民として諜報員と偽りの友人関係になった者もいる。これも諜報部隊の実力の差だろうか。
「ん?カルム公爵って、今回は自分で送ってないんじゃないの?今忙しいだろうし。」
デザートのプリンを食べる途中、スプーンを咥えたまま首を傾げて問うリク。行儀が悪いぞ、とスタークに嗜められながら、それでもヴェルムを見上げたままだった。
「そうだね。でも、今回はカルム公爵じゃなくて、公爵令嬢が動いたみたいだね。」
既に食後の珈琲を飲んでいたヴェルムが、香りを楽しむために閉じていた目を片方だけ開けて言う。
その瞬間、アズの肩がビクッと揺れた。
自分に下心を持って近付く女性の存在を認識出来なくなるアズ。しかし、何故かカルム公爵令嬢だけはこうして反応を示す。理由は存在するが、それは後に。
「そっか!じゃあ、ドラグ騎士団じゃなくてあーちゃんの事調べに来たんだ!」
リクのその一言で、アズはテーブルに沈んだ。幸い、アズの食事は済んでいたためにサイからのお咎めはなかった。
ガイアは大笑い、ヴェルムとスタークは苦笑い、サイは困り顔でリクは首を傾げている。ずっと黙っていたセトの、ほっほ、という笑い声が嫌にアズの耳に残った。
「おい、もう全部答えた!だから帰してくれ!たのむ!」
騎士団本部の地下に声が響く。その声は必死で、今にも死の危険が迫っているかの様な逼迫感があった。
「ゆっくりしてくれていいんだぜ?俺の用事が済んだら次が待ってるからなぁ!あともう少し付き合ってもらおうかぁ!」
テンション高く相手の恐怖を煽っているのは、三番隊隊員だ。普段はこのような性格ではないが、犯罪者相手にはこのくらいで良い。舐められなければそれで良いのだ。寧ろ、尋問係は頭がおかしいと思われる方がいい。常識が通じない相手だと思わせられたら勝ちだ。
「おいおい、もうオネンネかぁ!?今オネンネしたら、次起きた時身体のどっか無くなってるかもなぁ!?」
煽る声に怯える声。やり過ぎて精神を壊さない程度なら何をしても良いという三番隊のルールがある。ちなみに、五番隊は只管冷静に問い続ける。そこそこにエゲツない方法で問い詰める事もあるが、犯罪者相手に淡々と問い続ける姿に恐怖する者は多い。
昔、五番隊の隊員が考案した拷問方法があった。それは、一切光の入らない場所で、メトロノームを同じ速度で鳴らし続けるという拷問だ。これで錯乱して情報を吐いた者は良かったが、最後まで情報を吐かない者は精神が壊れて死んだ。
今ではその方法は団内で禁止とされている。
因みに、リクやスタークも尋問係をやる事がある。スタークは尋問が苦手で、普段は部下に頼りきりだ。どうしてもやらねばならない時は、魔法で相手の身体を土で包み、頭だけ出す。そして、身体の一部が少しずつ潰されていく。敢えて土には穴が開けられているため、そこから血が溢れ出す。それを見て痛みと恐怖からすぐに情報を吐く。
リクは早い。まず無邪気な笑顔で片腕か足を魔法で切り飛ばす。そして、次はここね、と言って首を指す。それだけだ。少女が笑って自身の腕や脚を切り飛ばす所を見て、冷静でいられる者などそうはいない。大抵がすぐに喋り出すのだ。
今回は隊長達が出張る必要などない。隊員達はどれだけの情報を吐かせるかに燃えていた。




