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闇竜と騎士団  作者: 山﨑
35/293

35話

ドラグ騎士団本部、入団試験会場の一つである野外炊事場に一匹の栗鼠が駆け込んできた。

受験者たちは休憩時間であるため、その場から離れる事は許されていないが各々好きに過ごしていた。

騎士団員も周りに立っているが、抜け出す者がいないか見ているだけで、栗鼠には見向きもしない。


「お、よしよし。よく来たな。ご苦労だったな。ほら、胡桃だ。」


栗鼠が肩に乗り驚いた顔をした料理長だったが、背に背負った筒からメモを取り出し、中を読んだ後魔法で燃やした。

そしてポケットから殻の付いたままの胡桃を出して栗鼠へと与える。栗鼠は一鳴きして胡桃を受け取り、肩の上でそのまま殻を開け始める。

料理長の肩に屑が散らかるが、気にした様子もなく他の騎士と話している。受験者たちはそれを気にしている様子だった。


「四つだ。ここで二つだとよ。俺からは許可しか出せんがな。」


料理長が騎士との会話に小声でそう挟み込んだ。

言われた騎士たちは普段と変わらない会話をしながらも、明らかにその小声に頷いた。その内の一人、受験者が居る方向に顔を向けた騎士が、背に回した手でハンドサインを送る。それを見た騎士が静かに姿を消した。







「そろそろ休憩は終わりだ!ここでの試験の結果を伝える!」


料理長が声を張ると、散開していた受験者たちが集まる。料理長の横に立っていた騎士が、合格者の番号を言う。数人呼んだ段階で、騎士は一度呼吸を入れた。


「今呼ばれた番号の者はこちらの者について行くように!」


そしてそう言うと、別の騎士が手を挙げ、自身について来るように言う。

そしてまた口を開いた合格者を発表していた騎士に、待ったの声がかかる。


「おい!こんだけ受験していて失格とはどういうことだ!しかも試験は調理だと?そんなに料理人が欲しいなら料理人を募集しろ!巫山戯てんのか!?」


ここにいるほとんどの者が思ったであろう言葉を告げる受験者に、騎士は眉間に皺を寄せながら言葉を紡ぐ。


「では、同じように考える者はこちらへ。別の騎士に案内させよう。さぁ移動しろ。」


騎士がそう言うと、やはり不満なのか移動する者が多い。商業区から来た少年は悩んでいた。


「あの、合格者がこれだけとは言われてないですよね。あちらに移動しては失格になるのでは…?」


同じ班を組んだ獣人族の男が移動しようとするのを見て慌ててそう言うが、んなこたわかんねぇだろうが!と怒鳴られてしまった。最後まで騎士の話を聞かなければ分からないのでは、と思うものの、やはり不合格なのだろうかと不安が過ぎる。

ふいに少年の肩に手が置かれ、少年の頭上から声が降ってきた。


「大丈夫だろ。おそらく少年の言う通りだ。さっき呼ばれたのはどれも違う班からだった。つまり、別の会場に向かうんだろうな。他の会場の合格者と合流してまた試験、ってとこだろ。次は俺か少年が呼ばれる。その次が残った方だな。」


長身の男だった。彼は目を細めながらそう言い、ニヤリと笑う。しかし、少年には看過できない事があった。


「何故ですか!?それが正しいかは分かりませんが、お兄さんの言葉がもし正しいなら、お姉さんが不合格という事になります。僕たちはチームで試験を受けました。あの獣人族の方が落ちるならまだ理解できます。協調性を見るであろう試験で、あれだけ自分勝手な行動をしていたのですから。しかしお姉さんは違います!誰よりも協調性があって、沢山助けてくれたじゃないですか!彼女が不合格なら僕もお兄さんも不合格ですよ!」


そう、男の言葉には女性の存在がなかった。それが少年には怒りという形でしか表現出来なかったが、思っている事はそれが全てだった。食後に少し話した時、仲良くなる切っ掛けとして二人のことをお兄さん、お姉さんと呼ぶことを許してくれたのだ。二人は自分を少年と言うが、その通りなので仕方ない。少なくとも、自分達三人は同じ結果が出ると思っていた。それなのに。


「なんだ?まだ気付いてなかったのか、少年。この人、騎士団員だぞ。」


「…?…!?」


憤る少年の時が止まった。見事に固まった。それはもう、彼一人が時間という概念から取り残されたかのように。しかし彼の時は動き出す。そしてたっぷり息を吸い込んで、男に口を塞がれた。


「おい、騒ぐな。おそらく他にも団員が紛れてる。俺たちは試験官から一番遠い場所で作業したのは覚えてるな?それなのに何故審査が出来る?考えてもみろ、料理の腕前だけ知りたいなら料理人を募集するだろ。つまり、俺たちは内側からも審査されてたって事だ。合格者が別々の場所に行くのもこれが理由の一つだろうよ。他の試験会場から合流したって言えば、騎士が紛れ込んでもわからねぇ。気付いてるやつは数人いる。大体な、強すぎんだよ。受験者にしては。弱ぇ奴を充ててるだろうけどな。それでも受験者のレベルを大きく越えてる。そして俺たちを見る目付きが違ぇ。あれは見定める目だ。だから分かったっつーのもあるけどな。良いか?理解したなら手離すぞ。」


男の説明に、少年はコクコクと頷いた。手が退けられると、もう一度大きく息を吸い込む。それに男は慌てるが、少年はそのまま大きく息を吐き出した。


「そういう事ですか。確かにそれなら色々と納得出来ます。で、お姉さん。本当ですか?」


二人の会話を聞いていた女性だったが、苦笑いを浮かべていた。そしてため息を吐いて一言。


「こりゃ、今日の晩飯は一品減るね。」


つまり予想は正しいというわけだ。バレるか賭けでもしていたのだろうか。当たっているならば、この先の展開は予想できる。このまま合格者として番号を呼ばれず、不合格者として姿を消すのだろう。そして、次の試験には別の者か、そのまま別の会場で参加するのではないか。


「では何も言いません。取り乱してすみませんでした。」


少年はそう言って頭を下げた。男は、おう、と言うのみ。女性は苦笑いのまま手を振った。





受験者たちが移動を終えると、そのまま騎士は口を開く。


「続いて45番!…」


更に番号が呼ばれる事に、受験者たちは首を傾げる。早々に気付いた者は、慌てて元の場所に戻ろうとしたが遅い。既に騎士から止められている。


「以上の者は、この者に着いて行くように!続いて…」


呼ばれた者の中には少年もいた。先導の騎士に着いて歩く途中、後ろから長身の男の番号が聞こえ、ニヤリと笑う姿を想像した。


難癖を付けた受験者と共に移動した受験者たちは、騎士の案内で本部外へと進み、そのまま解散という事になった。もちろん、結果に納得がいかないと意義を申し立てるが、案内した騎士からは毎回同じ言葉を返されている。


「無駄だ。騎士として、話を最後まで聞かずに早合点するなど言語道断。そんな者は騎士団には必要ない。」


それは全くもってその通りなのだが、ペーパーテストの後食事を作っただけで落とされる身になると、納得がいかないのも事実だろう。現に、帰ったら笑われるだけじゃ済まない、と叫んでいる者もいる。


そこへ、一番隊の隊員が数名通りかかる。


「お疲れ様です。予定通りに進んでおります。」


案内の騎士が敬礼と共にそう言う。案内の騎士は隊服を着ていない。つまり、隊員ではない。騎士団内では、隊に入隊する事が一つの出世であるため、案内の騎士はまだ下っ端になる。隊員の下っ端でも、そんな案内の騎士より上司になるのだ。


「お疲れ。不合格者か?こんなに出るか?普通。なんかあったのか…?いや、お前はそのまま職務を。誰かに聞くから。」


一番隊隊員の一人が答礼しつつそう言うと、案内の騎士は、はっ、と言って敬礼してからまた先に進む。

不合格となった者たちも、振り返らず進む案内の騎士に置いて行かれては堪らない、と着いて行った。


「大方、致命的な判断ミスでもしたんじゃないですかね?あっちから来たってことは、料理長の試験でしょう?試験内容に文句言った可能性もありますよ。俺の時も料理長の試験で、文句言った奴はゴッソリいなくなりましたからね。」


別の隊員が笑いながらそう言うと、周りの隊員も笑いながら同意した。


「それもそうか。俺は料理長の試験はどんなものか知らないからな。外も中もやった事が無い。ならお前らの言う通りかもしれんな。それか案外、発表の奴が区分けした時に勘違いして文句言ったかも知れんぞ。」


それはないでしょう、まさかそんなー、と周りの隊員に笑われるが、小隊長である彼の予想はズバリ的中していた。この一番隊第二中隊所属第六小隊の面々が、答えを知るのは夕食時になる。











次の試験は戦闘だった。やはりと言うべきか何というか。騎士団入団試験を受けておいて、戦闘が無いなどあり得ない。やっとか、といった雰囲気の受験者たちの間にも、次第に戦闘を行う張り詰めた空気が漂うようになった。


「はじめっ!」


戦闘開始の合図と共に、剣を手に駆け出す受験者。ルールは殺し以外何でもあり。凡そ騎士とは思えぬそのルールの説明があり、始まった戦闘試験。

少年は、案内される途中に説明された、隊舎の訓練場を見渡す。何番隊かは知らされていないが、これが隊の訓練場なら、この規模の訓練場があと四つは存在する事になる。その事に驚く気持ちが強く、戦闘への緊張は無かった。

それもその筈、この訓練場は、朝筆記試験を受けた訓練所よりも広い。

なるほど、だから訓練所と訓練場を言い換えているのか、などとどうでも良い事を考えている内に、少年の番が来てしまった。


「まずは礼を!それでは、はじめっ!」


番号を呼ばれて行った先には、小柄な騎士が立っていた。

そう、戦闘試験の相手は騎士なのだ。騎士が相手なら勝てなくて当然、と考えた少年。そういった理由もあって緊張はしていなかった。

しかし、負ける前提で挑むのも可笑しな話である。そのため、如何に自身の実力を見てもらうかに注力していた。


まずは様子見、と剣を騎士に向けながら、相手である小柄な騎士を観察する。騎士は剣を持ってはいるが、片手で軽く握るのみ。少年の家の近くにある剣術道場では見たことのない構えだった。というより、構えなのかも分からない。そして、隙だらけに見えて隙がない。先ほどから、こちらが少し動くだけで微妙に立ち位置を変えられており、攻めるタイミングを見失っていた。


何時迄も攻めない少年に、困ったように笑う小柄な騎士。態とか偶然か、視線が少し少年の後ろに行ったその瞬間、少年は駆け出した。

小柄な騎士相手に大振りは無意味。そう考えた少年はコンパクトに振る事を意識し、相手の肩口を狙う。

受け止められると思ったその軌道は、剣と剣がぶつかる直前、力を込めた瞬間にぶつからなかった。


剣は、目標の身体や剣など、ぶつかり合う瞬間にトップスピードにするのが基本だと少年は教わった。ぶつかるより前でも後でも、一番力が乗る瞬間が来てはいけない。

そう教わったからこそ、剣同士がぶつかる瞬間を見定めて力を込めたのだ。なのに、自身にとって完璧だと言えるタイミングで剣はぶつからなかった。それどころか、何にも当たらない。そこで力を入れて止めてしまうのは、隙を生む行為だと知っている。そのため、敢えて振り切った後、返す剣で相手に下段から上段に向けた切り上げを行う。

しかし、これも空振りに終わった。


「いや、中々に良い剣筋してるね。こりゃ将来が楽しみだね。もう十分だよ。君はあっちに行ってね。」


呆気なかった。こんなに簡単に避けられたことなど無い少年は、肩透かしを食らったような気分だった。

避けられたなら次は当てる、と気合を入れたところだったのだ。まさかもう終了なのか、もしかして剣も当てられないから不合格か、とも思ったが、あっち、と示された方で別の騎士が微笑んで手を振っている。仕方ないので剣を鞘に収め、頭を下げて礼を言ってからその騎士の元へと向かう。


釈然としない気持ちだったが、出迎えた騎士の一言でそれも晴れる。


「合格おめでとう。最後の試験があるから、次はこっちだよ。」


合格していた。

何故合格したのか分からない少年は、微妙な表情のままだ。しかし、騎士には礼を告げていた。

そんな少年に同情的な目を向け、騎士はボソリと口にした。


「独り言だけどさ。少年の剣筋、綺麗で速かったなぁ。流石に二番隊の中隊長殿には当たらないスピードかも知れないけど、うちに来れば皆挙って少年に剣を指導するだろうなぁ。俺は剣は専門じゃないし、羨ましい気持ちはあるけど。ま、将来期待されてる奴が入るのは良いことさ。」


独り言、と先に言われているため、少年は何も返せない。しかし、合格の理由は分かった。ならば後は次の試験に向けて切り替えるだけである。

気持ちが切り替わった分、目つきも変わったのだろう。

案内する騎士は、それをチラッと見てから頬を上げる。面白い人材が入ってきそうだ、と楽しげであった。

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