34話
ドラグ騎士団の入団試験は、世界中から受験者が集まる。偶に、非公式ながら他国からの推薦で来る者もいる。貴重な戦力を他国へ出すのは如何なものかと思うが、それぞれ思惑はある。しかしその全てが、ヴェルムや零番隊の友人からの推薦だ。悪意あっての物ではない。
今回の受験者の中にも、そんな他国の推薦を受けた者がいた。
「おや、随分と若いね。同じ受験者としてライバルだが、今は同じチームの仲間だ。協力して合格しようじゃないか。」
そう言って握手を求める背の高い男。細身だが長身で、槍を背負っている。商業区から来た少年は、握手を求めた手が自身の顔の高さにある事に驚きつつも、恐る恐る手を差し出してしっかりと握った。
男は微笑みながら握手を交わし、さて、と呟いた。
男が見る方向には、二人の男女。同じ班の者たちだ。
「あんたたちかい?私の班は。よろしくね。まずは代表者を決めよう。今回は料理だし、料理ができる者が良いだろう?誰がやる?」
片方の女性が男の視線に気付き、男と少年それぞれと握手しながら、誰を代表者とするか問う。すると、その後ろから獣人族の男が声をあげながら近づいてきた。
「おう、俺がリーダーをやってやる。それでいいだろ?見たところ、ガキに青年、それに女だ。俺がやるのが当然だろ?」
しかし、女性はそれを無視して男と少年に話しかける。
「あんたたち、どっちか料理は出来るのかい?私は悪いが料理はからきしでね。刃物の扱いには慣れてるが、破壊専門でね。生産性は皆無なのさ。」
「なら俺がやろう。料理は戦いの訓練になると、一通り教えられた。やらないよりマシってだけだが、少年が料理人とかじゃないなら俺がやる。」
男もすんなりそう言う。少年も別に料理人という訳ではない。頷いてから、よろしくお願いします。と頭を下げた。
それを見ていた獣人族の男は、無視された腹いせか、怒りに震えている。
「じゃあ決まりだな。くじを引いてくる。何を引いても恨むなよ?」
戯けた様子でそう言いつつ、くじを引くために料理長の元へ歩いていく男。
「少年はいくつなんだい?見たところ、まだ成人してすぐだろう?」
長身の男をボーッと見ていた少年は、女性から声をかけられてハッとなる。
「そうですね。僕は去年成人を迎えました。今年16です。」
「やっぱり。若いと思ったんだ。なんでまたドラグ騎士団に?」
少年の返答が予想通りだったのか、女性は心配そうな顔をしながらも受験の理由を問う。しかし、少年が答える前に女性がまた声を出した。
「あぁ、すまない。理由なんかそれぞれだね。それこそ、騎士になりたいから来てるわけじゃないやつもたくさんいるからね。この会場だけじゃない。他のグループもたくさん受験者がいるんだ。毎回千人は越えるって話だよ。」
少年は驚いた。この会場だけが全てだと思っていた。それでも多いなと思っていたのに。まさか他の場所でも地面から壁と机が生えてきて紙が飛んできて立ったまま試験を受けるのだろうか…。などと考えていると、女性は笑いながら少年の背中を叩いた。
「なに心配そうな顔してるんだい!この騎士団に入りたいって事は、夢があるんだろう?ならそのためにあんたが頑張るんだ。他は関係ないよ。さっきリーダーのデッカい兄さんも言ってただろう?ライバルだけど今は仲間だって。なら、今は仲間としてお互い利用して、後でもし戦うことになったら戦う。それだけさ。ほら、リーダーが戻ってきたよ。」
愉快そうに笑いながら、女性は長身の男へと向かって歩き出す。少年もその背を追いながら、未だに憤る獣人族の男へ視線を動かし、すぐ逸らした。
「どうですかな、今回の受験者は。推薦組が数人いましたが、そちらは兎も角。どうやら今回も結構な数の鼠が紛れ込んでいるようですしな。」
紅茶を淹れながらにこやかに不穏な事を言うセト。
ヴェルムは苦笑しながらも頷いて報告書を見る。
「毎回ご苦労な事だよ。しかも昨年と同じ者を送り込んできてるところもあるみたいだね。それでバレないと思ってるのが不思議だけど。全部で百人くらいかな。まぁ、今回は少ない方だよ。」
毎回、入団試験を行うたびにそういった者が紛れ込む。その目的は様々だが、どれも騎士団に悪意ある者たちだ。合格して中から情報を流そうとする者、普段は侵入が難しい騎士団本部に、受験者として紛れ込んで情報を盗もうとする者。偶に、本部内の地図を作る事を目的とした者も来る。
今日も、既に二十人程が捕縛されている。
「団長、五番隊から報告です。捕まえた者の中にカルム公爵の手の者が。二番隊隊舎へと一直線だったようですが。」
アイルが消していた姿を現して言う。
「あぁ…、それはカルム公爵というより、公爵令嬢の手の者だね。後で何かに使ったりしないから、処分しておいて。」
ヴェルムが困った顔でそう言うが、このように個人的な理由で間者を忍び込ませる者もいる。困ったものだが、まだそういった方面の問題の方が可愛げがあるとも思うヴェルム。
「おや、まだ諦めておられないご様子ですな。アズール殿も気が気でないでしょうな。」
ほっほ、と笑うセト。アイルは相変わらず無表情。しかし、無表情の中にもどこか同情的な表情に見える。アイルはアズと仲がいい。それもあるのだろう。
はぁ、とため息を吐いたヴェルム。問題が起こらない入団試験など無かった。そう思えばいつもの事だ。しかし、騎士団だというのに、殉職がほとんど無いこの騎士団は、試験を行う毎に人数が増える。国中に支部があるため、そこに配置する人数も必要だ。しかし、新人を鍛えるのも一苦労であるために中々うまくはいかない。
苦悩するヴェルムを見て、ほっほ、と笑うセト。悪態の一つでも吐いてやりたいが、セトの淹れる紅茶は美味い。差し出された紅茶で買収されるヴェルムだった。
アイルも、そんなヴェルムを見ながらココアを飲んでいる。彼も茶の時間を共にしてくれるらしい。今日はゆっくり茶の時間を取れないが、報告書を読みながら飲む茶に、付き合ってくれる者がいるだけで心が落ち着く気がする。
心の中でアイルに感謝しながら報告書に目を遣り、一口飲んだ紅茶はやはり美味かった。
試験会場の一つ、野外炊事場では。二つ目の試験が終わろうとしていた。
調理中に失格になった班がいくつかあったが、それは仲間内で揉めて周りに迷惑をかけていた班だけだったように思う少年。
少年の班も、獣人族の男が何度か騒ぎを起こしたが、その度に女性から、あんたも失格になりたいのかい?との一言が飛び、大人しくなった。
「よし、じゃあ提出してくる。先に食べてていいぞ。」
そう言って料理を注ぎ分けた皿を料理長の元へ持っていく長身の。そうは言われても、今は仲間である男を待つつもりだった少年は、食べ始めた獣人族の男をチラッと見てから女性に向き直る。
女性も少年を見ていた。
「あんたは食べないのかい?あいつは既に食べ始めてるけど。」
女性自身もまだ皿に注いでもないのに、少年にそう問いかける。少年も、苦笑を返した。
「先程失格になった班が数班ありましたが、そのどれもが仲間内で揉め、周りに迷惑をかけていたように見えました。この試験でわざわざ班を作って料理を作らせる理由が分かりませんでしたが、おそらく団体行動出来る協調性を見ているのではと思いました。四人程度なのも、小隊規模だと考えれば納得が出来ます。ならば、彼は小隊長です。上官より先に食事を摂るなんてあり得ません。気付いたのが今なので、上官に提出に向かわせた事を後悔していますが…。まぁそれが無くとも先に食べる事はしません。我が家の決まり事で、食事は揃ってから、というのがありましたから。」
少年にしては珍しい長文を話したな、と女性は思う。今まで必要以外に口を開かなかったため、次の試験で戦闘になった時の事を考えて色々と話しかけていた女性。ここにきて少年がそこそこ良い家に生まれた事が分かった。家族揃って食事を始めるなど、ある程度裕福でないとあり得ない。また、洞察力も良い。気付くのが少し遅いが、冷静に考える事が出来ている。少なくとも、そこで少年の話を聞いて食事の手を止めた獣人族の男よりもマシだろう、と思った。
「あれ?先に食べてて良かったのに。待っててくれたのか?ありがとう。お待たせ。中々高評価だったよ。さ、食べよう。」
リーダーが帰ってきたので、女性と少年も料理を注ぎ食べ始める。互いに何か話す訳じゃないが、共に作った料理を食べるというのは新鮮で楽しかった。知らない者が作った料理など食べない、というのが普通に起こるこの世界で、こうして今日初めて会った者と共に調理し食事を摂るというのは不思議な事だ、と少年は思う。
皆が食べ終わると、まだ時間は残っているようだった。ならば、と女性が立ち上がり、まだ火が着いている調理台で湯を沸かす。淹れ始めたのは茶だった。飲むかい?と声をかけられ、少年は有難くいただく事にした。長身の男も飲むらしい。
「ん、これ美味しいな。なんの茶だい?」
一口飲んですぐそう言った長身の男に、女性はカラカラと笑いながら手を振った。
「そんな大したもんじゃないよ。これは果実の採れる木の葉だよ。お貴族様みたいに紅茶を飲めりゃ良いけどね。こうしてその辺に生えてる木から茶が出来るんだ。それでも十分だろう?」
褒められた事が嬉しかったのか、初対面の者から茶を受け取って貰えたのが嬉しかったのか。理由は分からないが女性は機嫌良く笑っていた。
「ほんとに美味しいです。果実が採れる木ならどれもでも良いんでしょうか。うちの庭にも果実が採れる木があります。試してみようかな。」
少年も美味しそうに飲み、自身の家にある木を思い浮かべる。帰ったら試そう、と考える少年にリーダーの男は、試験中だが大丈夫か…?と考えていた。
しかし、周りを見れば他の班でも、茶を淹れて飲んでいるところはある。この班は料理長がいる場所から最も離れた位置の班であるため、指示が出た時に気付けるよう、周りには気を配っていた。
ならば問題あるまい、と心中でケリを付け、茶の味を楽しむ男。また飲んでみたい、と女性に作り方を聞く事にした。
「これは、違う木だとまた違う味がするんだろうか。もしそうなら色々と試してみたくなるな。差し支えなければ、作り方を教えてもらっても?」
「あぁ、これかい?葉を採って数日干すんだよ。で、乾燥したそれを細かくする。便に入れときゃ発酵するから、し過ぎないように注意するくらいかね。木によって乾燥時間も変わるだろうし、細かい事は知らないよ。うちでは昔から飲むらしいからさ。だから持ってるってだけさ。気に入ってくれたならよかったよ。」
カラカラと笑う女性に、リーダーと少年はも釣られて笑った。




