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闇竜と騎士団  作者: 山﨑
33/293

33話

「行ってらっしゃい。頑張るのよ。あなたなら大丈夫。お母さん応援してるからね。」


グラナルド王国首都アルカンタの住宅地。商業区周囲にあるその住宅地は、商業区に店を持つ町民が多く住む。

その中の一軒、玄関先で少年が母親から激励の言葉を受け取っていた。


「分かってる。絶対に合格してみせるから。安心して待っててくれよ。じゃあ、行ってくる。」


少年は母親に向け、真剣な表情を浮かべてそう返す。母親はもう一度、行ってらっしゃい。と言って手を振った。

家を出て歩く少年の背中が見えなくなるまで、母親は玄関先から動かなかった。







「おはようございます。受験希望者は門から入ってすぐの場所に騎士が待機しておりますので、そちらに集合して下さい。」


ドラグ騎士団本部の各門では、門番が大忙しだった。理由は簡単、今日はドラグ騎士団入団試験がある為だ。

普段四人配備の門番だが、本日は外に四人、中に六人となっていて、更に受験者を中へ案内する騎士も順次門へ来る。

一定数集まると案内をするので、また別の騎士が待機するために来るという流れになっている。


中の人数が多いのは、主に受験者の監視が目的だ。

ドラグ騎士団は世界的に有名な騎士団であり、入団希望者は星の数程いる。しかし、入団試験を受けに来るのは入団希望者だけではない。悪意を持つ者や、ただの腕試しで来る者が一定数いるのだ。

そのような者たちが勝手な行動をしないよう、目に見える範囲に騎士を配置し、更に見えない所からも三番隊と五番隊が共同で監視している。


母親に見送られ商業区周囲の住宅地から来た少年も、今はドラグ騎士団南門に並んでいた。

緊張しているのか、その表情は固い。腰の剣帯の位置を何度も調整している。

少年の番が来ると、門番から挨拶された。


「おはようございます。ご用件は受験希望でよろしかったでしょうか。」


「は、はい!おはようございます!えっと、入団試験を受けに来ました!」


緊張して少し詰まりつつもそう言い切った少年に、門番は笑みを浮かべて身分証の提示を求める。

少年は慌てながらもズボンのポケットから小さな板を取り出し門番に見せた。

これは、アルカンタに住む民は皆持っている物で、町民なら一目で町民と分かるようになっている。市民になると材質が良くなるので、そちらも一目で分かる。ちなみに、貴族も持ってはいる。門の通行などでわざわざ身分証を提示する事などほとんど無いが。


「はい、確認致しました。では、あちらで名前を記入してからあちらの騎士の所へ向かって下さい。」


あちら、と言う度に掌を上にして方向を示し、次の行動を指示する門番。名前を記入するのは、臨時で出された長机だ。そこにも騎士が居て、羽根ペンを貸し出している。


「ありがとうございます。今日はよろしくお願いします!」


そう言って門番に頭を下げる少年。門番は、頑張ってくださいね、と返す。はい!と少年が返事をすると、門番はしっかりと頷いてから次に並ぶ者へと声かけを始めた。

少年は門番の指示通り名前を記入し、同じく入団希望者であろう人が集まっている場所へ向かう。


少年がその集団に近付いてすぐ、騎士が声を張り上げた。


「今集まっている者たちは着いて来い!試験会場まで移動する!」


騒ついていた集団も、移動が始まると静かになった。様々な施設が目に入るが、少年はその一つ一つに感動していた。


(あぁ、あれがきっと隊舎だ!何番隊だろう。凄い、凄いなぁ。俺もいつか隊員になるんだ!今日は絶対に失敗出来ないぞ。頑張れ、俺!)


少年は自身に喝を入れながら歩いていたため気付いていなかった。少年のすぐ後ろの者が、少しずつ離れていこうとしている事に。


それは特徴の無い男だった。強いて言うのであれば、騎士団に入団試験を受けに来たにしては剣などの武器を持っていない事だろうか。魔法主体の戦いをする者も、普通は杖やナイフを持ち歩く。それすら持っているように見えないのは、街中なら兎も角、この場では違和感があった。


騎士の案内で歩く集団から、その男が離れた。そしてすぐに物陰に隠れる。

集団が見えなくなったことを確認してから男は動き出す。向かうのは先ほど通過した時に見えた隊舎だ。

しかし、男が隊舎にたどり着くことはなかった。隊舎を目指して歩き始めて三歩。それだけで彼の行動は終わった。

気を失った男を見下ろし、念話魔法で報告する五番隊隊員。手刀を首筋に当てた格好のまま念話魔法を使用していた。


「了解。処理します。」


念話魔法で使うのに、中々難しいのが"念"を届けるという事になる。三番隊や五番隊は優先してこの魔法を練習するが、念話魔法自体が難しい魔法であるため、このように声を出さないと送れない者も多い。完全に"念"だけで会話できる者が少数だろう。更に、魔法の発動を気取られないように出来る者は更に一握りで、隊長格や零番隊くらいのものだろう。







「ここで呼ばれるまで待機だ!待機中に問題を起こした者は失格となる事だけ覚えておけ!」


騎士の案内によってたどり着いたのは、どうやら訓練所らしかった。しかし、地面に枠組みとしてラインが引いてあるだけで何もない。これでどうやって訓練しているのだろうか、と少年が周りを観察していると、他の受験者も数人が訓練所を観察している事に気付いた。

果たしてどんな試験内容なのだろうか。それが気になって仕方ないが、どうやら最初は身体を動かす試験になるのだろうと予想する。騎士になる試験なのだから、筆記もあると考えて良いだろう。だが、外の訓練所で筆記試験はやらないはずだ。ならば身体を使う試験になる。

そんな予想をたてながら少年は訓練所を観察していた。


「おはようございまーす!一つ目の試験、担当官となりましたカリンと申します!よろしくお願いします!」


この訓練所に少年たちのような集団が二つ追加で現れてからだった。

突如、ピリついた雰囲気に似合わぬ明るく元気な子どもの声が響いた。

しかし、その声が自身を担当官だと言うと、受験者たちの間に緊張が走る。少なくない人数が、カリンを見て呆れ顔や逆に苛立ちを見せている。

子どもかよ、なんだあのガキ、などと声が聞こえて来そうだ。


「では皆さん、最初の試験は筆記試験となります!そちらに移動して、少しずつ間を空けて並んでください!」


筆記試験と言われて困惑する受験者たち。それもそうだ。仮にここで試験用紙を渡されても、机も無ければペンもない。どうやって筆記試験をすると言うのだ。

受験者たちの心の声が一致した瞬間だったが、カリンはそんな事お構い無しと移動を指示している。


困惑しながらも整列する受験者。良く見れば、訓練所の地面には等間隔で印が付けられており、そこに立っていれば良かった。


「はーい、皆さん足元の印の場所に立っていてくださいねー!そこから動かないように!先にペンをお配りします!箱からペンを取って、お隣さんに渡してください!」


カリンは大きな声を出して指示している。その姿はまさに、頑張る子どもそのものであった。そんなカリンにホッコリしている者もいるが、カリンは試験の担当官。見た目で侮ってはいけない、と気を引き締める受験者が多かった。


ペンが行き渡ると、カリンが一番前で台に上がり手を挙げた。注目がカリンに集まると、騒ついていた訓練所が静かになる。受験者全員が注目したのを確認すると、カリンは一つ頷いてから声を張る。


「では皆さん、あとニ十秒で試験開始です。試験が開始してからの私語は失格と見做します。魔法も禁止です。皆さんに配ったペンはインクが入っているので、墨壺は必要有りません。あ、勿論カンニングも即失格ですよ!それでは頑張ってくださいね!」


カリンが言い終わると同時に、受験者の後ろと上以外を囲む壁が現れる。上から見るとコの字に見えるそれは、壁だけでなく机にもなっていた。立ったまま物が書けるようになったその壁付き机に、受験者たちは驚きを隠せない。

更に、数枚の紙がそれぞれの机に飛んでくる。そんな魔法は見たことがない。立て続けに起こる未知の現象に、受験者たちが混乱する。何もない野外の訓練所が突然、筆記試験会場になったのだ。驚くのも無理はない。

しかし、そんな受験者に追い討ちがかかる。


「あと五秒ですよー!制限時間は一時間!…それでは開始です!」


カリンの言葉にすぐ反応し、ペンを持って試験に挑む者。未だに混乱していてボーッとしている者。そして、騒ぐ者。


「78番、4番、56番、失格!」


試験開始から十秒、遂にそんな声が響いた。呼ばれた番号は、受験者の目の前の壁に彫られている数字だ。

あまりに怒涛の展開すぎて、ボーッとしていた少年。その声にハッとして、自身の目の前に彫られた数字を確認する。自分の番号ではなかった事に安心し、それから今は何の時間なのかを思い出し、慌てて試験用紙を捲る。


計算、歴史、宗教、貴族、地理、道徳など。様々な分野の問題が並んでいた。

計算は、首都の民ならば必ず分かるようなレベルの問題から、領地経営などでしか触れないような金額の計算まで。

グラナルド王国だけではなく、他国の歴史などに関する問題もあり、分野によっては一問も分からないのではないかと少年を焦らせる。

また、宗教の問題では、天竜教についての記述があり、その教義に対する私見を書く事を要求され、どの様に書くのが一番良いのかが分からない。

貴族に関してなど、市民どころか町民でしかない少年には訳が分からない事だらけだ。


それでも書けるところは書き、残り一枚となった試験用紙を捲る。その一枚は、戦闘に関する問題で埋め尽くされていた。しかし、少年が一番最初に思ったのは問題の内容ではない。問題の量だ。

最後の一枚だけ、やたらと問題が多い。これは先に全ての試験用紙を確認するべきだった、と悔やむが遅い。残りの制限時間も、時計が無いため分からない。焦ってはダメだと思うほど、問題を読む事を遅らせてしまう。やっと落ち着いてきて全ての問題に答えを書き終えたのと同時、カリンの終了を告げる声が響いた。


その瞬間、机がどんどん低くなっていき、壁も含めて地面に消えた。そして試験用紙はまた飛んでいき、担当官カリンの横に積まれていく。


一時間ぶりに周囲を見た少年は驚いた。

人数が少し減っているのである。確かに試験開始早々に失格者が出たのは知っている。しかし、その後は集中していて失格者が出た事に気付いていなかった。


「はーい、筆記試験お疲れ様でしたー!では、一番前の列から順番に、そのまま右手に進んでくださいねー!ペンを横に立っている騎士が持つ箱に入れてください!ペンを渡したら番号札を貰ってください!それが次の試験の番号札になりますから、忘れずに!」


カリンの声を真剣に聞きつつ、筆記試験の内容を思い返す。各分野、簡単な問題と難問の差が激しかった。特に戦闘に関しては専門的な知識がかなり要求されたように思えた。個人戦闘なら兎も角、具体的に魔物の名前を出し、その魔物の弱点、習性、討伐方法などを書く問題など、冒険者でもやっていないと分からないのではと思うような問題もあった。

しかし、それでも全力は尽くした、と次の試験に向けて気持ちを切り替える少年。次は戦闘試験だろうか、と予想する。

筆記があったのだ。次は戦闘だろう。

おそらく、ほとんどの受験者がそう考えているに違いない。




次に連れて来られたのは、またも野外だった。しかし、先ほどの訓練所とは違い、石で出来ているであろう椅子とテーブルがあり、煉瓦造りの簡易キッチンなどがある。

団員が野外炊事場と呼ぶそこに、受験者は集められていた。


「注目!番号札の色ごとに集合だ!時間は十五秒!ほら急げ!」


受験者たちの前に出たのは、中年の男性だった。その服装は、団員が着るものでも隊員が着る隊服でもない。厨房で着るコックスーツだった。

そう、彼は厨房の料理長。アズの師匠である。いつからいるのか誰も知らないと言うほど、昔からいる料理長。彼はヴェルムに誘われてから二百年以上、家族のために料理を毎日作っている。

そんな料理長が担当官の試験。そして野外炊事場。もう試験内容は分かるだろう。


番号札の色毎に分かれていた受験者。そのチーム毎に騎士がつき、更に細分化してチーム分けをする。そして班を作り、一班四人程度の班が多数出来た。


「これより、次の試験を開始する。調味料や素材は全てこちらで準備してある。各班、代表者一名がくじを引き、引いた食材で調理してもらう。騎士となれば遠征はいつもの事。その際野営するが、わざわざ料理人は着いて行かん。自分たちで素材調達、調理する必要がある。今回はくじによって素材を得るが、素材の内容は環境によって得られるものを集めてある。私が出すヒントはそこまでだ。ではくじを引いて食材を受け取った班から順次開始!出来た食事は一つ私の元まで持ってこい!他は諸君らの昼食になる。気合を入れて作れよ!」


料理長の言葉で慌てて動き出す班や、先に自己紹介をして結束を固める事を優先する班。実に様々な動きを見せていた。

お読みいただきありがとう御座います。山﨑です。


またも平日12時更新を逃してしまい、大変申し訳ない事です。

月曜更新分を予約していると思い込んでいた山﨑のミスで御座います。

楽しみにしていた方がもしいらっしゃいましたら、お詫び申し上げます。


別件になりますが、先日一件のブックマークについて感謝申し上げましたところ、本作品の評価ポイント(?)なるものが10pt増えておりまして。ブックマークが増えたわけでは御座いませんが、如何にしてそのポイントが増えたのかサッパリ分からない、なろう様初心者の山﨑です。

しかし、神のような読者様が何か行動に移してくださったのだ、と前向きに捉えております。

この場をお借りしてお礼申し上げます。

ありがとう御座います。やる気が出ます!


それでは皆さん、良い読書生活を。

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