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闇竜と騎士団  作者: 山﨑
32/293

33話

ドラグ騎士団三番隊の隊長リクは、グラナルド王国首都アルカンタではアイドルのような扱いを受ける。それは、リクの容姿もさることながら、街の治安を護るドラグ騎士団の隊長だという理由も強い。

他の隊長格は、あまり街を出歩かない。それは、アズのような女性不信や、サイのようにナンパが煩わしいから、など様々に事情がある。


そんな中、リクは寧ろ頻繁に街歩きをしている。

本人は巡回警備だと言う。そして街の者は皆、リクの前で諍いなど起こさないため、本当にリクの街歩きは治安維持に貢献していた。


今も、お気に入りのウサギのぬいぐるみにしか見えないリュックを背負い、屋台のおじさんなどに気軽に話しかけながら歩いていた。


「おう、リク様!今日は少し寒いから、うちのスープでもどうだい!」


リクが見ていた方向とは違う屋台から声をかけられ、リクは笑顔で振り返る。

そのままトテトテと歩き、声をかけてきた屋台の親父に返事をした。


「わー!おいしそう!おじさん、それ一つください!」


リクはウサギのリュックを前にまわし、ウサギの首の後ろに手をやり留め具を外す。正に首の皮一枚繋がった状態になるウサギ。リクは中からカップを取り出し、魔法で水を出して洗う。そして風を生み出し乾燥させた。

屋台の親父にカップを差し出すリクは笑顔だ。余程そのスープが好みなのだろうか。


「リク様が好きな腸詰をサービスしとくからな!はいよ、お待ちどうさま!熱いから気をつけてくれよな!」


親父は寸胴からスープをたっぷりと注ぎ、リクへ手渡す。

親父の言う通り、肉の腸詰が通常の売り物より大きい物が入っていた。


グラナルド王国では、魔物の無害化や産業利用の研究が進んでいる。

この腸詰に使用されている肉は、畜産化が成功した豚型魔物の肉である。また腸は、これまた畜産化が近年成功したばかりの羊型魔物の腸である。この羊型魔物は、羊毛は衣服に使用されている他、雄に生える立派な角は楽器や武器などに使用される。また、蹄や腱なども余す事なく使用される。畜産化してすぐに好事家たちの目に留まったのは、この魔物の乳で作ったチーズだった。栄養価が高く、芳醇な香りのチーズは、グラナルド西方特産のワインとよく合うのだ。


リクがスープを受け取り、その場でカップをフーフーと冷ます姿に、屋台の親父もほっこりとした笑顔で見ていた。いや、親父だけではない。その周囲の屋台の店主たちや、道を行く通行人たちもほっこり笑顔で眺めていた。

そんな注目をものともせず、リクはやっと一口飲む。そして浮かべた満面の笑みに、周囲の人たちからズキューンと何か撃ち抜かれたような音が聞こえた気がした。


その後もリクは様々に声をかけられ、たくさんの商品を渡される。手に持てない袋に入った物は、店主たち自らウサギのリュックに入れてくれる。騎士団本部から出てきた時はヒョロヒョロに痩せていたウサギも、通りを抜けベンチが設置された公園にたどり着く頃には、パンパンに太っていた。それどころか、首は留め具で留める事が出来ない程に入っているため、リクが歩くたびに首の皮一枚で繋がった首が揺れる。

リクの今日の髪型はポニーテールのため、薄緑の癖っ毛がもしガイアのように赤かった場合、ウサギの首から流れる血のようにも見えたかもしれない。


リクが広場のテーブル付きベンチに腰を下ろそうとした瞬間、ベンチにクッションが置かれる。しかしそれを置いた人物は見えない。勿論、透明化の魔法を使用している護衛隊員だ。基本的にリクには常に数人の護衛隊員がついている。リクの素性が元王女というのもあるが、一番大きな理由は隊員たちの自主性だろう。彼らはリクに、快適に過ごしてもらいたいだけなのだ。何しろ、リクが笑顔で過ごす日々が彼らの幸せなのだから。


彼ら護衛隊員の行動は単純である。周りに見えぬよう姿を消し、リクの補佐をする。リクが店で何かを貰えば、リクが去った後支払いをする。リクが座るならクッションを挟む。風が強ければ魔法で弱める。寒ければ暖め、暑ければ冷ます。言うだけなら簡単だが、実際に熟すのは無理難題も良いところだろう。

実際、ヴェルムはこの護衛隊員の存在にため息を吐いたが、訓練になるし好きにさせなさい、と容認している。

この護衛隊員は、休日の者が就くのだ。つまり、休日返上で護衛している。しかもその行動が訓練になるというのだから、ある意味最も訓練に熱心な隊だろう。

騎士団内で一番休日を楽しみにしている者が多いのが三番隊なのだから、何とも言えない。


「んー、次はどこいこうかなー?」


とりあえずすぐ食べないといけない物を食べたリクは、鼻歌を歌ってご機嫌だ。次に行く場所を考えながら空を見上げ、首を傾げる。公園にいた他の町民も、その姿を見て笑顔になっていた。


それからリクは、職人街へ足を向けた。普段そちらには行かないリクに、護衛隊員は動揺するも黙ってついて行く。

リクが来たのは、ボロボロでやっているのかも分からない店だった。どうやら鍛冶屋らしい事はかろうじて分かるが、外から見える範囲では人のいる気配は無いし、商品も見当たらない。リクは気にせず、朽ちかけた扉を開けて店に入っていった。そしてそのまま、店の奥へと進む。

やがて奥から、カンカンと何かを叩く音が聞こえてくる。

そして現れる隙間から光が漏れる扉。リクはそこで初めてノックして中からの返事を待つ。普段、ノックはしても返事を待つなどしないリクの特異な行動に、護衛隊員たちは困惑した。


「なんだ、またヴェルムか?それともサイか?勝手に入ってこい!」


中から聞こえて来たのは、ガラが悪く汚い言葉遣いの返事だった。


「失礼します。」


リクはいつもの元気いっぱいの声ではなく、非常に落ち着いた声でそう言って扉を開ける。そして静かに入室すると、手で護衛隊員たちに"待て"の合図を出し、一人で入室した。

普段とあまりに違うリクに困惑し続ける護衛隊員だが、リクの指示に従わない道理はない。大人しく入口で待つことにした。


「あぁ?知らねぇ嬢ちゃんが来たな。迷子か?…いや、その隊服。嬢ちゃんもヴェルムんとこのもんか。何の用だ?」


そこにはサイと似た人物がハンマーを片手に座っていた。リクはスカートではないが綺麗なカーテシーをして挨拶をする。


「突然の訪問をお許しください。私、ドラグ騎士団二番隊隊長、リク・ラ・イェンドルと申します。現在はリクと名乗っております。伝説の鍛治師、ブルーム卿にお会いするために参りました。」


普段のリクからは想像出来ないお淑やかさだが、これはセトが叩き込んだ宮廷作法である。過去のトラウマやその他の理由によって、精神も見た目も十代から変わらないリクだが、このようにやろうと思えばお淑やかに振る舞う事が出来る。が、無理をしているのは確かだった。


「ハンッ!そんな無理に畏る事はねぇ。嬢ちゃんの話は聞いてる。ヴェルムから、ここに来るだろうって話もな。いつも通りに話せばいい。サイが可愛がってるってんなら、俺にとっても親戚みたいなもんだ。何より、あのヴェルムの家族なら俺が大事にしない理由がねぇ。で、何の用だ。」


男はそう言って手をしっし、と払うように振る。リクはそれを受け、ありがとうございます。と小声で言ってから緊張を解いた。


「あのね、団長とさっちゃんたち隊長のみんなにお礼がしたいの。私は、縫い物が得意なの。だから、編み込みに入れられるパーツを作ってもらえないかって。そこに加護とか入れられたら、みんなを護るおまもりになるかなって。」


リクの切り替えの速さは最高レベルだろう。しかし、そんなリクに男は笑みを浮かべ、頷いてから具体的なことを聞き始めた。

二人の相談は、遅くなるまで続けられた。







別の日、リクは街を歩いていた。今リクが向かっているのは、天竜を崇める教会だ。一般的に天竜教と呼ばれるその宗教は、大きな街には必ずと言っていいほど教会がある。大陸中で信仰されており、これを国教とするのが西の国、つまり天竜国ドラッヘだ。


リクが向かっているのは、正確に言えば教会ではない。その敷地内に併設された、孤児院である。ご機嫌で歩くリクの横には、零番隊隊員カリンがいた。


「ねぇリク様。二人で孤児院行くのって随分久しぶりですね。帰りに何処か美味しいもの食べに行きませんか?」


カリンがご機嫌なリクにそう言うと、リクもいいねいいねと乗っかる。孤児院に着くまでの間、二人はどこの店の何が美味しいなどと姦しく過ごした。




「まぁまぁ、リク様にカリン様!ようこそお越しくださいました。お二人が一緒に来られるのは随分と久しぶりですね。一度にお二人のお元気そうな顔が見られて感無量です。さぁ、どうぞ。」


出迎えたのは、老婆のシスターだった。少し腰が曲がっているが、それでも元気に教会でシスターをやっている。彼女は昔、天竜様の声を聞いたとして教会に巫女として担ぎ上げられた人物である。

ヴェルムも、もう一頭の天竜もそのような事はしないが、天竜教がそれで良いなら良いじゃないか、とヴェルムは笑い飛ばした過去がある。

実際にこのシスターが聞いたという声が何者かは分からないが、彼女の心根はとても澄んでいる。身寄りの無い子どもを集め孤児院を開いた彼女は、正しく聖職者と言えるだろう。


孤児院の施設内に案内され、椅子に座って待つこと少し。すぐにガヤガヤと騒がしい集団がリクとカリンが待つ部屋へと押し寄せた。


「リク様とカリン様だー!二人とも来るなんて!遊ぼう、遊ぼう!」


5歳程の女の子が口火を切って部屋に突入すると、途端に部屋は建築現場並みの騒音に包まれる。それからしばらく、リクとカリンは孤児院の子どもたちと遊んだ。リクは主に、女の子たちとままごとなど。カリンは主に男の子たちとかけっこや木登りなどだ。

疲れたのか、小さな子たちが昼寝を始める。すると今度は、年長組の男女が二人の近くに寄って来た。


「リク様、カリン様。その、今日もお願いしても良いですか…?」


代表で最年長の男の子が前に出て何やら頼み事をする。それを二人は笑顔で了承し、眠る年少の子たちに布団をかけてから庭に出た。


「折角二人いるんだもん、魔法と武術で別れようか。」


庭に着いてすぐ、リクの一言で孤児たちは二組に分かれる。そして、リクとカリンの前にそれぞれ並んだ。

そう、この孤児院で年長の子どもたちは、リクとカリンから戦闘を学ぼうとしているのだ。リクからは魔法を。カリンからは武術を。

孤児院出身の子どもは、中々良い仕事に就く事が難しい。差別云々の問題ではない。例えば商人はどのようにしてなるか。商品を準備したら商人になれるわけではない。商品を売る場所や、仕入れルートの構築。そもそものスタートに金がいるのだ。職人も似たようなもので、まず弟子入りするところから始まる。大抵は親が口利きをするものだが、その親がいないので孤児には厳しい門となる。

結果、孤児の多くは冒険者になる。単純に力があれば成り立つというものでもないが、学もない金もないでは他になれる職が少ないのも確かだ。


「ほら、そんなに発動に時間かけてたら食べられちゃうよ!」


孤児院の庭にリクの叱責が響く。基本的にリクは誉めて伸ばすタイプだが、たまにこうして檄が飛ぶ。珍しい言葉に、孤児たちは寧ろこれだけは絶対にダメなのだ、と意識に強く刻む。


「はい、これで十回死んだ。そろそろ覚えて来たかな?」


淡々と同じ技をかけられ続け地面に転がされる男の子。歳は十二ほどだろうか。カリンも十二だが、カリンより背の高い男の子を転がしては拳を突きつける姿に、見ていた子どもたちは、次は俺!いや、俺!と手を挙げて主張する。そしてカリンが指名した子がまた同じ技をかけられ続ける。見て学び、受けて学ぶ。そしてまた見て学ぶ事で一つの防御が完成する。カリンはヴェルムから地獄の反復訓練を受けているため、教える時もこのように反復させる。


一刻ほどそうして過ごすと、立っているのはリクとカリンだけになる。

最後に二戦、リクとカリンが模擬戦をする。魔法主体と武術主体の二回だ。その日教えた魔法や武術を実際に使用し、強敵はどのようにして対処してくるのかも学ぶ。リクとカリンの実力が拮抗するからこその模擬戦だ。

勿論、魔法はリクが圧倒するし近接格闘はカリンが有利だ。どちらも織り交ぜたなんでもアリの戦闘で、二人はスコアを白黒交互に刻んでいる。

あくまで訓練で、殺し合いになればどうなるかは分からない。魔法の申し子とも呼ばれるリクか、空間魔法を駆使して数多の武器を扱うカリンか。互いに奥の手は隠しているものの、周囲が更地になるのが分かっているため本気では戦わない。


最後の二戦で本日の訓練を終了とし、孤児たちは傍に置いていた布袋を持って再度集合する。その袋には、変えの服が入っている。

カリンが庭に土壁で囲った部屋を二つ作り出す。リクが中で準備し、出来たのは風呂だった。

子どもたちは半分が風呂に行き、残りは小さい子たちを起こしに行く。


孤児院には風呂が無い。というより、一般の家庭に風呂は無い。普段は濡らした布で身体を拭くか、銭湯に行くのが定番だ。しかし、孤児たちにそんな金はない。年長の子たちは既に働いている者もいるが、十五歳になるまでは孤児院にいられるため、早く働き始めても小さな弟妹たちのために得たお金を孤児院に渡す者がほとんどだ。給料のほとんどは食費になるため、風呂に入る金などない。

だからこそ、リクとカリンはここで露天風呂を作って子どもたちを風呂に入れる。勿論、シスターにも許可はとってある。衛生状態が悪いと、病気になって孤児院全体が全滅する可能性もある。身綺麗にしていれば、仕事も探しやすくなるかもしれない。そんな思惑もあった。


孤児たちが即席露天風呂に入る間、二人はシスターに寄付をする。通常は金であるが、二人は金と一緒に食糧も寄付する。カリンの空間魔法から様々な食材を寄付し、珍しい食材があればそれを使用するレシピなども一緒に提供する。野菜に関しては、スタークの菜園で採れた新鮮な野菜だ。肉は、団員が任務で狩った魔物肉が多い。数日分の食糧を出し、孤児院地下の食糧貯蔵庫に保管する。最後に、リクが冷気の魔道具に魔力を充填して終わりだ。


毎度差し入れする度にシスターは深く深くお辞儀をして感謝を伝える。彼女は、二人が所属する騎士団の団長が天竜そのものである事を知らない。知らなくてもいい事だと二人は考える。

いつかここを出た孤児たちが、食うに困る生活にならない事だけを祈っていた。







騎士団本部への帰り道、二人はリクお勧めの喫茶店に立ち寄り、ケーキとココアを楽しんでいた。

孤児院には入って来なかったリクの護衛隊員だが、孤児院を出てすぐ一人また一人と集まって来た。姿は見えないが、カリンにはその位置も背丈も性別も分かる。姿を消すのは一般市民に対する気遣いと訓練が大きな理由だった。


「今日はたのしかったね〜!また一緒にいこ!」


ココアが入ったカップを両手で持ち、美味しそうに飲んでからリクが言う。


「ですね!今度は、差し入れの野菜を一緒に採ってから行きませんか?あの子たちも、リク様が手ずから収穫した野菜だって聞いたら、きっと嬉しいですよ。」


カリンの提案に、早起きが苦手なリクは少し悩む。しかし、孤児たちの笑顔が見れるなら、と早起きを頑張る事を決意。

それを見た護衛隊員たちは皆、見えない感涙を流していた。

その涙は、リクとカリンが手を繋いで本部に帰る姿を見ながらも流れ続けていた。

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