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闇竜と騎士団  作者: 山﨑
291/293

291話

「団長。今よろしいですか。」


国王との話し合いを終えたヴェルムが、国軍関係者の集まる観覧席に戻ると言って去った老人を見送った後、リクと並んで歩いていた所に声をかけられた。周囲には人の姿は見えない。しかしその声はヴェルムもよく知る団員の声であり、冷静で低い声は五番隊に所属している中隊長のものである。

和やかな微笑みを浮かべたまま、声の方へと振り返る。そこには敬礼の姿勢を取ったままの、ヴェルムが予想した通りの人物がいつの間にか敬礼をした姿勢で立っていた。


「何かあったのかい。」


いつもと変わらぬ微笑みを浮かべたままヴェルムが問う。交流試合の会場で何かあったかとそちらの気配を探るも、騒動などが起こっている様子もない。ならば経過報告か。そんなことを考えながら目線と口頭で用件を問えば、中隊長は鋭い目つきをそのままに真一文字に閉じた口をゆっくりと開く。

五番隊の面々は総じて真面目な性格の者が多いが、この中隊長も例に漏れない。そのため喫緊の報告なのかどうかはその表情から推測する事が出来ないが、真面目な彼がリクのように元気いっぱいに報告する姿も見てみたくはある。


「は。先ほど遂に本命がかかりました。このまま計画通りに進行する旨、隊長から言付けを頂戴しております。」


ヴェルムの願望は叶わなかったが、その言葉は期待通りの内容であった。ほんの少しだけ笑みを深めたヴェルムを見上げていたリクも、自身の敬愛する団長が楽しそうでご満悦だ。そんな楽しげな二人の雰囲気に疑問を挟むことなく、ヴェルムからの言葉を待つ中隊長。言葉を発する前から変わらぬ美しい敬礼姿のまま、真剣な表情でヴェルムの胸元を見続けている。

これは多くの団員に見られる様子で、尊き団長の目を見続けるなど不敬、と考える者や、吸い込まれそうなほど深い漆黒の瞳に捉われそうになるから、という者など様々な理由があるからだ。別にヴェルムはそんな事一々気にしたりはしないが、家族の意思を尊重しようという考えの下に容認している。放置しているとも言う。それが少し寂しいなどとは思っていない。多分。


「よし。では予定通りに次の段階へ進もう。大丈夫、この先の事まで皆と共有しているからね。予想外の事があれば、臨機応変に。」


ここにいない五隊の隊長達や隊員、他の団員達全てを信頼しきった強い眼差しでヴェルムが言う。それにリクは力強い頷きをもって同意を示し、ヴェルムの胸元を見ていた中隊長もその言葉に視線を上げた。

それは無意識の事だったに違いない。彼がヴェルムの目を見ないのは、誠に尊き天竜であるヴェルムと目を合わせるなど、という考えからではあったが、今この瞬間ヴェルムの目を直接見た事に後悔など生まれようがなかった。むしろ、目を上げた自分を内心で大いに誉めたくらいだ。それ程に、ヴェルムからの信頼を浴びるという事は彼にとって名誉なことであった。


「臨機応変、承知しました。では失礼致します。」


そう言った中隊長が姿を消すその瞬間、真一文字に結ばれたその口の端が僅かに上がっていた事を二人は気付いただろうか。仮にリクが気付いていたとしても何も言わないに違いない。何故なら、リク自身が中隊長以上に笑みを深めていたからだ。想定外の場面で気を引き締め直す結果となった事に、リク自身、大いに満足し期待以上の成果を齎す事を胸に誓う。

そんなリクへ視線を一瞬だけ向けたヴェルムは、音にならない程に軽く息を吐いて笑みを苦笑へ変える。しかしそれは苦笑でありながらもどこか少し満足そうに見えた。









ヴェルムへと連絡が届いた頃、アルカンタから西に少し進んだ街道沿いから少し外れた場所を、一般人の目に留まらぬ速度で疾走している零番隊の一部隊がいた。彼らが向かう先は大森林。多くの者を知らないが、世界中の魔素を調整する世界樹を中心とした、グラナルド王国の首都アルカンタより何倍も広い敷地を誇る、エルフ族が護る地である。

何故彼らがそこへ向かっているのかと言えば。ヴェルムの元へ届いた報告に関係する。


「ホゥホゥ、あの戦闘などとは無縁の王子がダンジョンにとは…。自殺行為も甚だしいですな。」


走りながらも偶に滑空するように空を滑る梟人族の部隊員が、その種族特性を十全に発揮したその可動域を使って真後ろに首だけを向け楽しげに言う。その光景に長年の付き合いがあっても感じる恐怖を隠して苦笑しながら頷く他の部隊員達は、欠片も恐怖や疑問を抱いた様子の無い栗鼠族の女性部隊員に返事を押し付けるようにして見た。

そんな事に気付きもしない栗鼠族の部隊員は、小さな身体を更に屈ませながら疾走しつつも、視線は前を走る梟人族の部隊員へと向けている。そして周囲の期待に応えてか知らずか、のんびり笑ってから楽しげな表情を隠しもせずに言葉を返した。


「何人か里帰りしてて良かったよね!あ!問題が起こったのが獣人国だったら、その役目はきっと私だったかも!?」


あははー、と笑いながらも、目の前で風を切るように優雅に走る梟人族の部隊員を真似してか、翼のように両手を広げて気持ちよさそうに目を細める栗鼠族の部隊員。走りにくい姿勢である事は否めないが、それでもその速度は緩められていない。元より部隊が移動する速度は全力から程遠い速度ではあるが、それは種族柄あまり脚の速くないドワーフ族や大柄の獣人族が楽に走れる速度を維持しているためだ。

栗鼠族である部隊員はそれらと比べれば走るのが得意であるし、零番隊ともなれば一番脚が遅い部隊員でも、一般人の目に留まらぬ速度で走る事に何の無理も無い。そのため、体力速度共に余裕のある彼女にとって、この移動は散歩と然してかわらないものであった。


「ホゥ、この部隊はエルフ族よりも獣人族の方が多いですし、貴女が選ばれるとは限りませんな。そもそも、普段の任務でも本部の食事が恋しいと泣いている貴女が、長期で獣人国に戻るなど出来るのですかな?」


茶目っ気たっぷりにウインクなぞして揶揄う梟人族の部隊員だが、その首は綺麗に真後ろを向いており、更にはその状態で首を傾げて見せるのだから見た目がとても恐ろしい。彼は梟の容姿が多く出ている獣人でもあるため、顔は梟と大差ないためそこまでではあるが、ヒトの特徴が多く出た、ヒトの顔をした梟人族がそれをすればただの恐怖映像でしかないだろう。そういう梟人族は周囲からの評価を気にしてそういった姿を見せない者がほとんどだが。

しかし、種族特性としてか梟人族は獣人族の中でも賢い者が多く、学者や教師といった職に就く者が多い。特に学者の梟人族は周囲からの評価など気にしない者が多く、無意識で首を回転させる姿に悲鳴を上げられた事がある者がほとんどだという。


そんな彼が栗鼠族の部隊員に言えば、それはやだー、と軽い返事が返ってくる。言いつつも笑っているのは、元よりたらればの話であるためだ。このやり取りに関しては二人のいつもの風景であるためか、周囲の部隊員達も気にした様子はない。だからこそ、梟人族の部隊員の首が傾げられるのに合わせて自身も傾げてみせ、その限界が来ると、ウッ、となっているのだが。


「お前達。もうすぐ予定地へ到着だ。休憩は無しでそのまま入るからな。先日習得した魔法を準備しておけ。」


そこへ彼らの所属する中隊を代表する中隊長から指示が飛べば、各々意識を切り替えて返事を返す。先日習得した魔法というのは、目的地である大森林の奥深くにあるエルフ族の里へ入るためのものである。

エルフ族の里は、ハイエルフや古代エルフと呼ばれる王族が里の周囲に展開している迷いの魔法によって護られている。森を彷徨っていたら勝手に辿り着いた、などということが一切無いように、方向感覚を里の外へと向かわせる古代の魔法によって外敵の侵入を防いでいるのである。

それを無効化させるための魔法もまた古代の魔法で、言葉を紡ぐだけでも魔力を消費するという古代語によって成されるその魔法は、自身と周囲を迷いの魔法の影響から脱する効果がある。


なぜ零番隊がそれを使えるのかと言えば、実際に見て体験したから、である。以前エルフ族の里に訪れた際、案内役のエルフ族が使用するのを幾人もが見ていた。そしてその時に里へ来た部隊員は全員がその魔法を身に受けており、零番隊となった際に受講する古代語の講義を受け修めた彼らにとって、それを再現する事など造作もなかったのである。

里へ来なかった部隊員にもそれは共有されたのだが、現在彼らが使用している魔法はエルフ族の使う無意味な言葉を省略した、改訂版とでも言うべき新しい魔法だ。中には敢えてエルフ族が使用する魔法をそっくりそのまま使用している変わり者もいるが、彼らはそれを様式美だと言っている。つまりは遊び心である。


大森林の入口が目の前に来た頃、全員が魔法を使用した事を脚を止めずに確認した上で、速度を落とさずにそのまま森へと突入していく。障害物があろうと無かろうと変わらない速度のその移動は、大森林の浅域で採取や狩りをしていた冒険者に知覚される事なく通り過ぎて行った。何やら風が吹いたかと思えば、また何もなかったように静まり返る大森林を見て、危機管理の行き届いたベテランの冒険者は撤退を決意したとかしなかったとか。

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