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闇竜と騎士団  作者: 山﨑
287/293

287話

それは冬の寒空が広がるよく晴れた日だった。中央の国グラナルド王国では、建国記念祭が間近に控えており民達もどこか浮き足立って見える。

周辺各国からの使節団が行う派手なパレードも終わり、例年ならばそのまま民達はお祭り騒ぎに移行するはずだった。だが、今年は大通りに人が多くない。否、確かに人は普段よりも多くごた返しているのだが、建国記念祭という一年で最も人が溢れるこの時期ということを考えれば、確実に人が少ないのは誰の目にも明らかであった。

その理由は一つ。首都アルカンタの彼方此方に立てられた立札に貼り出された紙。これに書いてある事が原因である。


"◯月◯日 正午 大闘技場にて騎士学校と魔導学院の交流試合を行う"


つらつらと他にも書いてあるが、要約すればこういう内容であった。義務教育という法律から逃れられない国民は須く文字を読む事が出来るため、こうして立札が立てられてもすぐに情報を得る事が出来る。

あっという間に広まったその情報は、民達を大闘技場に吸い寄せるに十分な効果を発揮していた。


「ほら、お釣りだよ。お客さん観光かい?それなら是非大闘技場に行かなくちゃ!俺もこれから店閉めて観に行くんだからよ。」


祭という稼ぎどきに店を閉める店主も居るほど、初めての試みに民の心は躍っている。とにかく娯楽に飢えているアルカンタの民は、こうした国主催の催し事に全力で乗っかる傾向にあった。

時代の流れから見れば、その傾向は南の国との同盟が成り立ったその時からだというのがよく分かるのだが、今は良いだろう。


立札を読んでいない観光客に催促する店主も、その客が店を出れば慌てて店を閉め始める。そういった光景は至る所で見る事が出来、アルカンタに店を構えて者は大抵が大闘技場に向かう。

可哀想なのは大店の丁稚や奉公人達だろう。店主やその家族が観戦しに行く中、店の番をしなければならないのだから。




今回、騎士学校の生徒と魔導学院の生徒での交流試合が実現したのには、国王や公爵家、学院長やヴェルムが動いたという事情がある。単に生徒同士の交流と切磋琢磨を狙うという理由もあるが、それは表向きの理由でしかなかった。

そもそも、この二校は仲が良くない。騎士学校でも戦闘魔法を教えてはいるが、主に扱うのは武具の習熟についてであり、魔法は補助的な考えの下に教育が為される。逆に魔導学院では武器を使った戦闘の授業は本格的ではなく、履修する生徒も多くない。その分、詠唱に時間をかけてでも高火力な魔法を教えたり、人々の生活に役立つ魔法の開発を行ったりと、魔法に多様性を求めているのが魔導学院だ。


騎士学校は魔導学院を、引きこもりの巣窟などと呼ぶ。だが魔導学院は騎士学校を、脳筋の集まりなどと呼ぶためにどっちもどっちだと言えるだろう。

騎士学校出身者は近衛騎士になる者も多く、国立である魔導学院に対して大っぴらに文句を言う事は出来ない。だが卒業生である騎士達が魔導士を嫌っている姿を見る機会は多く、その影響もあってか学校同士でも仲が悪くなるという悪循環があった。


そんな二校が交流試合をすればどうなるか。誰もが想像出来る通り、相手を視線だけで殺せるのではないかという程に殺気の込められた視線がぶつかり合っていた。


「第一試合、開始!」


交流試合の内容は多岐に渡る。個人戦として登録した生徒がランダムに配置された個人トーナメントや、三人一組で登録したチームが戦う団体トーナメント。そして、騎士と魔導士が小隊を組んで戦う混合トーナメントが目玉だろうか。

他にも、魔道具制作を主科として履修している学院生が作った魔道具を、ペアを組んだ騎士学校の生徒が使用して競う魔道具トーナメントなどもある。


秋に生徒達への布告がされて以来、急ピッチで進められたこの交流試合。主催が王家でありドラグ騎士団と国軍、そして宮廷魔導士までもが賛成している事を聞かされれば、貴族出身が多い生徒達から表立って文句など出るはずもなかった。

寧ろ、各校で行われる大会で成績の振るわなかった生徒は、挽回のチャンスとばかりに気合を入れている。そういった切り替えの速さも、国一番の教育機関である事の現れかもしれない。


現在、大闘技場では個人戦が行われているところだ。会場の警備には国軍が数多配置され、貴族用の観覧席には各貴族を護衛するために騎士が着いている。

騎士というのは基本的に国王に忠誠を誓うのだが、そうなれば万が一の際に護る対象が国王になってしまう。全員が国王を護る必要などないため、この期間は誰がどの貴族家を護衛するかという取り決めまであった。

当然ながら貴族家には私兵もいるため、首都に連れて来ている各家の護衛が存在する。そのため、国軍の騎士はどちらかと言えば主催者側からの連絡役といった意味合いが強いだろう。だが有事の際はその貴族家を護るために私兵と協力するのである。


そして、民が集まる客席や会場の周囲を護る者達がいた。


「わぁ!一番隊だっ!カッコいい!」


「あっちには二番隊がいたわ。なんて美しいのかしら…。」


そう、ドラグ騎士団だ。民から絶大な信頼を寄せられる五隊が、これ見よがしに多数配置されている。民はそれだけで喜び、心底安心して会場に入っていく。ドラグ騎士団が護っているのであれば、万が一もない。そう思える程に彼らの実力に対する信頼は本物であり、そしてそれを実現できるだけの実績と能力が彼らにはあった。

そして、聡い者は気付く。ドラグ騎士団が貴族や王家ではなく、民の側にいる事に。

貴族が座る観覧席は国軍が護っており、そうなれば必然的にこの警備の主導は国軍が握っているのだと気付くのだ。それがどういう意味を持つのか、少し考えれば誰もが分かる程に民は賢い。


「やはり、軍務卿や将軍の権力の方が上なのかねぇ。ま、俺たちは日頃からドラグ騎士団に世話になってるし、そっちの方がいいんだけどな。」


「あぁ、違いねぇ。」


そんな会話がそこかしこで行われる程、ハッキリと上下関係が見える配置だった。

しかし内情としては違う。有事の際はドラグ騎士団に指揮権が譲渡される取り決めになっており、姿が見えないだけで貴族席や王家の周囲にもドラグ騎士団は配置されている。だがそれは騎士としてではない。

貴族達が観戦しながら飲む酒や、軽食程度の食事。これらを運ぶ給仕が、全てドラグ騎士団の団員なのである。

ドラグ騎士団零番隊、特務部隊。セトを部隊長とするこの部隊が中心となり、ドラグ騎士団本部でメイドや侍女、執事や給仕として働く者達がその指示を受けて行動しているのである。


この本部で働く者たちの所属は、内務長官の麾下にいる者もいればセトの部下である者もいる。ヴェルム専属執事であるセトは執事達の取り纏め役でもあり、しかし普段の仕事の割り振りは内務官からの指示で動いている、という訳だ。

当然ながら、彼らは準騎士の経験を経てその立場に立っている。つまり、戦闘能力も相応に高い。冒険者で言えば、Aランク冒険者など片手で制圧できる程度には。

寧ろ彼らの中には、戦闘にも優雅さを求める凝り性な者が多い。執事や侍女は主人の陰でありながらも優雅であれ。セトのこの教えを受けた彼らは、一心不乱に剣を振り回すような戦闘を好まない。静かに美しく、そして優雅に。主人のために最高の茶を淹れるが如く、どこまでそれを再現できるかという事において、その探究は主人であるヴェルムも若干引くほどだ。


そんな彼らが貴族達に振る舞うのは、本部本館に勤める料理人達が作った絶品の料理である。必要な資金は全て王家から出すという言質がヴェルムによって齎された結果、料理長をはじめその部下達も気合を入れてその腕を振るっている。

これに関しては、国王からヴェルムに要請した事だ。ドラグ騎士団が作り給仕すれば、万が一にも毒の問題は出てこない。周辺各国から立場ある者が多く訪れている今、陰謀の場所に選ばれては困るからだ。そのために必要な金は出し惜しみしない。そういう部分で大胆になれるのが、現国王ゴウルダートという者だった。


「お待たせしました。こちら鮭のムニエルに御座います。」


昼から始まったという事もあり、貴族の中には昼食をここで済ませようという者もいる。そんな者にはある程度のコース料理を出せるようにもしていた。

貴族位としては中程の伯爵という立場にいる貴族も、同じように考え観覧席にて家族と食事を摂っていた。


「うむ。アルカンタでこんなに新鮮な鮭が食せるとはな。魔道具というのは凄いものだ。」


鷹揚に頷きながら口についたソースをナプキンで拭う伯爵に、その妻らしき豪勢なドレスに身を包んだ女性も頷く。優雅にカトラリーを操るその姿は、貴族教育のレベルの高さを物語っていた。


「我が領でも食べられれば良いのですけど…。流石に海が遠すぎますわ。」


残念そうに言ってはいるが、事実であるために仕方ない。この伯爵が持つ領地はグラナルド北西部であり、グラナルド王国が持つ海は南東部。流石に遠いため海の幸を日常的に味わうのは難しいだろう。

夫婦で残念そうにしているのを不思議に思ったのか、行儀良く座って珍しそうに鮭を食べている男の子が微かに首を傾げた。


「お母様。これは鮭というのですか?美味しいです!」


だが疑問よりも己の味覚を刺激したその味に驚いたのか、興味津々といった様子で鮭を見ている。そしてなんとも嬉しそうに母親へと報告をすれば、母親の憂い気だった表情もにこやかなものへと変わった。


「ええ。この鮭は海で獲れる魚ですよ。でも…鮭とはこんなに美味しいものだったかしら?」


小首を傾げて宙を見る母親に、確かにと呟きながら伯爵も悩む。中央の闘技場では学生が激しい剣撃で熱い試合を繰り広げているが、この席の周囲はどこか長閑であった。


「御歓談中に失礼致します。本日この観覧席にて召し上がる事の出来る全て、ドラグ騎士団の手で管理及び調理されております。素材の調達からの全てを当方が行なっておりますので、何か疑問など御座いましたら幾らでもお申し付けくださいませ。」


そんな一家に声をかけたのは、この席の給仕を担当している団員だった。その言葉に食いついた伯爵が興味を持ったのか視線を団員へと向ける。黒のお仕着せに白いエプロンがよく似合う女性団員は、その視線を真っ直ぐに受け止めた。


「ほう。では、我が領でも海の幸を堪能できる方法があると?」


敢えて挑戦的に言う伯爵だが、本来は優しく穏やかな笑みを絶やさない温厚な性格をしている。貴族として毅然とした態度を取らねばならない首都で、気を張っているというのもあるだろう。だがその目は子どものように輝いており、己の領をより良くしたいという気持ちが存分に表れていた。


「勿論に御座います。ところで、あちらの席に座られております子爵家の方々とはお付き合いが御座いますでしょうか。」


「ん?いや、無いが。」


静かにスッと動いた団員の手に釣られるように視線を向けた先には、伯爵家と同じように談笑しながら食事をする一家があった。伯爵にとっては縁も無く、首都で顔を合わせた事があるような無いようなといった間柄の貴族。何故今そのようなことを聞くのか分からない伯爵は、訝しげに変えた視線を団員へと戻した。

それを見た団員はニッコリと微笑み、更に言葉を続ける。その言葉によって伯爵はより疑問を深める事となった。


「伯爵領ではワイン産業が盛んとお聞きします。そちら、あちらの席に進呈しては如何でしょうか。」


「何が言いたい?ハッキリ申せ。」


団員が何を言いたいのか分からない伯爵と、その流れを見守る母息子。若干剣呑な雰囲気になりかけてきたが、団員はヘッドドレスを揺らして少しだけ首を傾げたかと思えば、静かに声を潜めて話し出した。


「あちらにおられる子爵家の領地は、グラナルド王国唯一の海を持つ伯爵領の隣に御座います。御当主の奥方はその伯爵家から嫁がれており、海産物の優先的な卸先として子爵家があるので御座います。また、御当主は大のワイン好きと伺っておりまして、中でも伯爵様の領地産のワインを好むとか。しかしアルカンタまでと同じ距離を更に北西に進まねば辿り着かぬ地。滅多に手に入らないワインを随分と高い金額で取り寄せているようです。」


少しだけ屈んで話したかと思えば、その内容は伯爵にとって有益どころでは無い内容だった。それを同じく聞いていた母息子も、驚いたように団員を見ている。

スッと背を伸ばした団員がまたニコリと微笑めば、緊張したような気持ちはどこかへと霧散していく。代わりに湧き上がるのは、期待に満ち溢れた感情だった。


「うむ。我が領地のワインをあの席に。」


「かしこまりました。」


こうして貴族同士の連携がまた一つ増える。今回の交流試合ではこれもまた一つの目的だった。国内貴族の疎遠な部分を、少しでも埋めようという計画である。

これは国内貴族同士の連携が上手くいっていない状況を嘆いた国王が、ヴェルムに相談した事が始まりであった。どうせならついでに解決してやろう。そう言ってニヤリと笑ったヴェルムを、国王は相談した事を少しだけ後悔しながら見たとか。

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