28話
五番隊隊長スタークが、騎士団本部で部隊の訓練を行っていた時、本部入口が騒がしいと報告があった。どうやら客のようだ。何事かと、騒がしい東門へと向かう。そこには、門番として立つ騎士と揉めている様子の者がいた。
その騒動の元の相手は、どうやら騎士であるらしかった。互いに武器を抜かないまでも、険悪な雰囲気は遠くから見ても分かる。二人で対応しているのを見るに、一人が報告に、一人が黙って俯瞰している。残る二人が対応にあたっていたようだ。
「どうした。なんの騒ぎだ。ここはドラグ騎士団本部だぞ。お前たち、客ならもてなし、そうでないならお引き取り願え。」
巨躯のスタークが姿を現すと、騒めきが鎮まる。もう一度、何があった、と問うと、黙って騒ぎを俯瞰していた騎士が敬礼してから話しだした。どうやら押しかけてきた騎士たちはその制服を見るに、近衛騎士であるらしいが、下っ端に用を話すつもりはないと言っているらしい。鉄格子の門の向こうで騒いでいる。戦時は分厚い壁のような門だが、こういった平時は向こうが見えるよう鉄格子の門が閉められている。今はその鉄格子を挟んで言い合っているようだ。というより、一方的に近衛騎士が言い募っているようにも見えた。
ドラグ騎士団としては、用も分からない者を勝手に本部に入れるわけにはいかない。然りとて、事前に訪問の先触れもなかったのだから、止められて当然だ。
スタークはため息を吐いてから近衛騎士の方に向き直り、よく響く声で言った。
「お勤めご苦労。同じ国の騎士として歓迎したいところだが、こちらも組織である故に用も分からず武装した者を敷地に入れるわけにはいかん。貴殿らも騎士ならお分かりであろう。中に入れるかどうかは用件次第だ。ここで言えぬのなら、大人しく戻られるが良い。」
スタークは丁寧な口調で言ったが、近衛騎士たちは逆上した。口々に、平民の分際で、近衛騎士と貴様らを一緒にするな、と怒鳴っている。鉄格子で遮られているとはいえ、一触即発の雰囲気にさてどうしたものか、と考えていると、後ろから声をかけられた。
「おう、スターク。時間稼ぎご苦労さん。団長から指示受けたから来たぜ。おい、橋を戻せ。団長の命令だ。抜き打ちで橋の点検するぞ。」
騎士団本部の周りは、とても深い堀がある。そこには澄んでいるのに底が見えない程の水が流れていて、それぞれの門に繋がる橋を渡らねば出入りは出来ない。この橋は大型の魔道具で、特注で作った収納可能な橋だ。通常の城や砦の橋は、歯車によって巻き上げられる跳ね橋だが、この橋は違う。
門が聳える地面に収納されるのだ。当たり前だが、砂や土が入り込んだら詰まってしまうため、定期的に動作確認の点検とメンテナンスが入る。ヴェルムはそれを指示したとの事だった。
門番をしていた騎士たちは、はっ、と声を揃えて行動を開始する。門の両側にある、門番の警備室に一人が駆け込むと、魔法が発動する気配がした。それからすぐ、音もなく対岸の橋の端が引っ込み始める。近衛騎士たちは、己が立っている橋が前に移動する形となり、後退りながら後方を見る。段々と街へ繋がる橋が引っ込む姿を見て、気付いた者から怒声が響く。
「おい、何をしている!さっさとこの門を開けろ!このような事をしてただで済むと思うのか!私はジャクソン侯爵家の者だぞ!貴様らなぞすぐに首を飛ばせるということを知らんのか!」
中年の騎士がそう言うと、周りの近衛騎士たちも挙って己の家名を名乗る。貴族の自己紹介合戦の様相になってきた門外を見て、ガイアが笑う。
「こいつら面白えな。そんな立派なお家なら、その家の力で堀を飛び越えるか、門を破るでもしたらどうだ?おっと、その腰のもん抜いたら俺たちも交戦の意思ありと見做すぜ。魔法も同じくだ。あぁ、身体強化するくらいならかまわねぇぜ。俺たちドラグ騎士団は日頃から常に強化してるからな。それくらいなら当たり前だ。ほら、素手で突破してみろよ。」
最大限の煽りだった。その上、お貴族様にゃ無理かぁ?と続けて煽っている。どんどん迫る後ろからの恐怖に、前からの罵倒。近衛騎士たちは反応が綺麗に分かれた。後方にいた身体強化をしてすぐ橋を駆け出した者と、前方にいる素手で門を持ち上げようと必死になる者だ。しかし、この門はただの鉄ではなかった。ヴェルムがしれっと空間魔法から出した、オリハルコン製の門である。世界一硬いと言われるオリハルコンだが、実は相当に重い。このオリハルコンで作った武器を使う者もいるにはいるが、あまりに重いため、身体強化が息をするようにコントロール出来ないと取り扱えない。それが四メートルを越える門としてそこにあるのだ。横幅はもっとある。流石に人間の手でそれを持ち上げるのは無理があった。
かと言って、走り出した騎士が無事だったかと言うとそうではない。走り出した時には既に遅く、ジャンプしたものの届かず堀に落ちる者や、橋の端に辿り着いて届かないことを悟り、慌てて戻ってきて門を持ち上げるの作業を手伝おうとする者もいた。
結果的に、門にしがみついたまま難を逃れた者以外は皆堀に落ちて行った。唯一の救いは、鎧を着ていなかった事だろうか。もし鎧を着ていたのなら、重さで溺れていただろう。いや、着ていなくても溺れている者が多いようではあったが。
そんな騒動を経て、スタークとガイアは本館にやって来ていた。団長室に向かう途中、珍しくセトと遭遇した。
「おう、セトのじーさん。あれで良かったのか?」
ガイアが軽く手を挙げながら言うと、好々爺然とした笑顔で顎を触りながら笑うセト。
「何もかも想定通りですな。いやぁ、お二人とも良い仕事でした。お疲れ様です。これで後はルールに則って手紙でも先触れでもする知識を得られたでしょうな。由緒正しい貴族の方々に、我ら騎士団から教えられる事があるとは。重畳重畳。」
「相変わらず食えねぇじーさんだぜ。どっからどこまで団長の想定通りだ?まさかじーさんの発案じゃねぇだろ。」
ガイアが嫌そうにそう言うと、ほっほ、と笑っていたセトが更に笑みを深める。そのままチラリとスタークを見ると、スタークは眉間に皺を寄せてため息を吐いた。
「ガイア。先程セト殿が言っていただろう。"何もかも想定通り"と。つまり、門で起こったことは最初から分かっていたことだし、俺が時間稼ぎをしてガイアが堀に落とし、その報告に向かう途中でセト殿と出会い、ガイアが苛つき私が宥めるのまで全て含んだ上でだ。おそらく、この後団長室に行って報告しても、全部見たかのように対応されるぞ。」
そこまで言ってから大きな手を顔の高さまで上げ、眉間を揉む。こういう時にいつもリクから怒られるからだ。スターク眉間に皺寄ってるよ、と。
「チッ。食えねぇのはじーさんだけじゃなかったか。団長も人が悪いぜ。分かってんなら面倒を避けるくらいしろっての。こりゃ何か強請るか。おいスターク、さっさと団長室行ってなんか美味いもんでも強請ろうぜ。」
そう言ってズカズカと歩いて行くガイアに、スタークはもう一度ため息を吐いてから後を追う。二人の耳には、セトのほっほ、という笑い声がいつまでも耳に残っていた。
またも門が騒がしくなったのはその日の夕方だった。どうやらまた近衛騎士が来ているらしい。門番は代わっていたが、その日の騒動の顛末をしかと引き継いでいたため、何の問題もなかった。それどころか、次は南門に二人来る、という団長の預言通り、近衛騎士は南門に二人の近衛騎士が来た。
「今朝は失礼した。此度はドラグ騎士団団長に宛てた手紙を持参しておる。直接渡すよう指示を受けているため、中に入ることをお許し頂けるだろうか。」
そう言って黙った近衛騎士は、朝の騒動にいた騎士ではなかった。随分と礼儀正しい奴が来た、と門番の騎士は思い、通常通りの対応をする。
「こちらで武器を預からせて頂くが宜しいか。」
しかし、その問いに答えたのは、礼儀正しい騎士ではなかった。その隣に立っていた若い騎士が、あからさまに嫌そうな顔をして難癖をつけてきたのだ。
「おいおい、騎士団っていうから少しは期待したのに、常識も知らないのか?騎士の剣ってのはな、国王陛下から直接賜った、命よりも大事な物なんだよ。それをどこの馬の骨かも知らない平民なんぞに預けると思ってるのか?これだから平民が騎士なんて名乗るのは反対なんだ。下々の者を守って良い気になってるだけなら、騎士じゃなくて自警団を名乗るんだな。」
確かに、騎士の剣とはそういう物である。しかし、武器を携帯する事が叶わない場では預けるのが普通だ。預かる側もその事は分かった上で預かるのだ。騎士の宝を踏み躙るような真似はしない。しかし、この若い騎士はそれを知らないようだった。
礼儀正しい騎士がすぐに諌めるが、若い騎士は知らぬ振りだった。
「そうか。ならば本部内の立ち入りは許可できぬ。大人しく帰られよ。」
門番は冷静にそう返すが、若い騎士は更に言い募ってくる。おそらく上官であろう礼儀正しい騎士の言うことを聞かない辺り、若い騎士の方が爵位が上なのかもしれない。
片や冷静に諌め、片や口悪く罵る騎士。そんな二人組を見ながら門番は対処に困っていた。すると、近衛騎士二人の後ろから声がかかった。
「あら、お客様かしら。近衛騎士さんが此処に何の用でしょう。」
四番隊隊長、サイサリスだった。黒を基調に黄色の差し色の隊服を身に纏っており、ぴったりとしたその制服は彼女の抜群のプロポーションを際立たせている。仕事用のフレームレスメガネの位置を片手で戻し、首を傾げる。その姿を見た途端、これまでしつこくドラグ騎士団を罵っていた若い騎士が固まった。近衛騎士団の制服から出ている肌色という肌色全てが紅くなり、熟れた林檎のようになっている。
「これはブルーム隊長。門前で騒いで申し訳ない。此度はそちらの団長殿に手紙を持参しております。直接渡すよう指示を受けておりますので、中に入りたいのですが。見ての通りこの馬鹿者が騒ぎ出しまして。お騒がせしました。何やら静かになったようですので、武器を預けて入らせて頂こうかと思います。」
礼儀正しい騎士は、静かになった若い騎士の腰から鞘ごと剣を取り上げ、自身の物と一緒に門番へ渡す。門番はサイへ目礼して礼を示し、二振の剣を受け取った。後ろでは預かり証を書く騎士が見える。
「団長に用でしたら、私も今から団長の元に向かいますのでご案内致します。どうぞお入りください。」
サイはそう言って先導し、礼儀正しい騎士とすっかり大人しくなった若い騎士が続く。
三人が去った後、門番四人は心の底からサイに感謝した。
「失礼します。四番隊隊長と近衛騎士団の方がお見えです。」
団長室の扉がノックされた後、騎士の声が響く。書類仕事をしていたヴェルムは、部屋の隅に立つセトを見て頷いた。
セトが扉を開けると、騎士の言う通りサイと近衛騎士二人が入室してきた。
入室してまず一礼した礼儀正しい騎士は、頭を上げてから口を開いた。
「お忙しい所に申し訳ない。王太子殿下より書状を預かっております。」
そう言って懐から手紙を取り出し、セトに渡す。セトは受け取ってからすぐヴェルムの元に持っていき、セトから手紙を受け取ったヴェルムは手紙の表裏を確認し、頷いた。
「確かに受け取ったよ。お仕事ご苦労様。他に何かあるかい?」
ヴェルムがそう言うと、少し呆気に取られた礼儀正しい騎士は、咳払いして姿勢を正した。
「失礼ながら、王太子殿下からの書状です。今すぐに開封し返答をお書き頂けるものとばかり。」
真顔でそう言ったが、内心は混乱の渦中にあった。
「なんだ、こやつは。王太子殿下からの書状の意味分かってるのか?失礼にも程があるだろう。この騎士団は本当に馬鹿の集まりなのか?」
若い騎士は部屋に入ってから一度も身じろぎせず大人しくしていたが、流石にヴェルムの態度が頭にきたようだった。しかし、言ってからすぐサイがいる事を思い出し、バツが悪そうに黙った。
ヴェルムは相変わらず笑顔のまま、礼儀正しい騎士の方を見て言う。
「おや、君たちは返事を貰ってこいと指示を受けているのかな。それに私は急ぎだとは一言も君たちから聞いていないが。君は言ったね、直接渡すよう指示を受けている、と。なら君の仕事は終わりだ。帰って良いよ。セト、お客人がお帰りだ。門まで案内をつけて。」
なっ、と言葉に詰まる騎士二人。追い討ちをかけるようにセトが退室を促す。有無も言わせぬ早業で、二人の近衛騎士は部屋を追い出された。そしてそこに待機していた騎士が案内を申し出て、二人は返事を預からないまま本部を後にする事になった。
「して、書状は読まれますかな?」
セトがヴェルムに向かって言うと、ヴェルムは微笑んだまま首を横に振った。
「サイの報告が先。優先順位はしっかり付けていかないとね。」
そう言うヴェルムに、サイは笑顔で頷いた。王太子というビッグネームよりも部下である自分を優先した事を咎めるつもりは一切ない。それどころか、内心喜んでもいた。
その後王太子からの書状が開封されたのは、その日の夜遅くになってからだった。
お読みいただきありがとう御座います。山﨑です。
物語がゆっくりとしか動いておりませんが、そういう作品だと思って温かく見守って頂けると幸いです。
じつは、こんな作品にブックマークを付けてくださる神のような方がいらっしゃいまして。その方は投稿を始めてすぐにブックマークしてくださっております。
初投稿してから一月が経ちましたが、その一件のブックマークが山﨑の心の支えとなり、15万文字を越える作品へと成長しております。本当にありがとうございます。
これからも、読者の皆様の生活に一つの華を添えられるよう、精進して参りたいと存じます。
どうぞ宜しくお願い申し上げます。




