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闇竜と騎士団  作者: 山﨑
273/293

273話

魔導学院への襲撃。この情報は驚くほど早くアルカンタ中に広がった。貴族の令息令嬢が多いというのが一番の理由だろうか。

学院生が集まっていたホールの外まで攻め込んだ襲撃者たちは、警備を強めていた国軍によって一網打尽にされたと報じられた。この事が書かれた号外が街の至る所でばら撒かれ、それを読んだ民は恐怖を感じると共に、国軍への信頼を強めた。その効果もあってか、武門の公爵家への風評も幾分か落ち着いたように見える。

これらが全て露見していた予定通りの結果である事は、ドラグ騎士団と国軍上層部、そして国の中枢たる国王と重鎮達だけが知るところであった。


しかし、その襲撃者の中に別の一団が混じっていた事はドラグ騎士団と国王、そして宰相しか知らない。それは世界の秘密にも繋がる重要な案件に関わる事から、それだけの人数に絞られているのである。

当然、竜脈について知らないドラグ騎士団の団員には伝えられていない。つまり、準騎士には秘匿されている。


零番隊であるカリンにはその情報が入ってきたが、竜司の護衛をしていたため襲撃者にエルフが混ざっていたなどと知る由もなかった。そのため、先に報告を受けていた暁の部隊員から聞いた時は大いに驚いた。

なんでエルフが?と真剣に首を傾げたカリンだったが、暁の部隊員も理由まではまだ知らされていないという。それならば仕方ないと気持ちを切り替えた二人は、今日も護衛任務をこなす為にそれぞれの行動に移って行った。


一方、襲撃があった事から翌日から休校となっていた学院だが、二日もすればまたいつも通りの日々が始まった。

襲撃があったという理由で、親元に連れ戻された学院生もいるようだ。魔導大会から二日たったその日、クラスにいたのは三分の二といったところだった。


「おはよう。襲撃があった夜、ちゃんと寝られたかい?」


それでもいつも通りに登校していた竜司から、教室に入って来たばかりのカリンへと声がかけられる。その様子はどこか心配そうで、あの程度の襲撃であればカリン一人でも倒せた事を考えれば、その心配を受けるのはなんだか心苦しい気がしたカリンだった。


「おはよ。竜司くんこそ、一人で寝られたの?」


それを面には出さずに、揶揄いを含めて言い返してみる。すると案の定、竜司からは少し不貞腐れたような雰囲気が伝わってきた。


「もう子どもではないからね。カリンこそ、まだ子どもじゃないか。如何に武芸が達者でも、あのドレスでは…」


そこまで言って言い淀んだ竜司は、少し顔を紅くして俯いた。その急な変わり様に驚いたカリンだったが、下を見て黙った竜司を見て、あっと何かを察したようだった。


「向こう向いてるから、今のうちだよ。」


そう言って竜司とは反対の方向へ身体ごと向くと、はやくはやく、と急かす。一体何を急かされているのか分からない竜司がポカンとしていると、噛み合わない二人の近くからクスクスと笑い声が聞こえてきた。


「カリンさん、おそらく貴女が思っているような理由ではありませんわ。竜司殿下は先日のカリンさんのドレス姿を思い出して…」


「スピア嬢っ!」


スピア公爵令嬢エリアーナである。何やら楽しげに微笑みながら近づいて来た彼女は、持っていた革鞄を机の横に引っかけてから席に腰をおろす。そして後ろの席に座る竜司とカリンの方へ身体を向けると、更に楽しそうな笑みを深めて竜司を見た。


「あ、エリアーナさんだ。おはよう!」


慌てて令嬢に声をあげた竜司の方を見ないように手で壁を作ってから、カリンは令嬢に挨拶を送る。それにおはようと朗らかに返す令嬢は普段と変わりなく、しかし竜司を見るとまた揶揄いを含めた笑みを深めるのだから居た堪れない。

令嬢が何故そんなに楽しそうなのか分からないカリンだったが、令嬢が見ていたら竜司が困るではないか。そう思えばカリンの正義感はここで令嬢に注意をする事に躊躇いなど余裕で蹴り倒す。


「エリアーナさん、今竜司くんはちょっと人に見せられない状態だから、見ないであげるのが良いんだよ。ほら、竜司くんもはやく閉めて?」


カリンは声を顰めて令嬢に言う。当然、横に座る竜司にもそれは聞こえた。だが閉めるとは?

そこでやっとヒントを得た竜司は、見ないように必死なカリンの行動と閉めるという言葉で頭を回転させ、そして答えに辿り着く。

即座に下を見て確認した竜司は、閉め忘れなど存在しない事をその目で見た。


「カ、カリン?別にズボンはきちんと履いているよ。前は開いてない。本当だ。」


男として不名誉な勘違いは正しておかねばなるまい。確かに、東の国では着物や袴ばかりのためズボンの前にボタンが付いているのは未だに慣れない。

しかし慣れないからこそ毎日そこだけは必ず点検してから部屋を出るのだ。間違いなど起こさない。

何故カリンが勘違いしたのかは分からないが、その勘違いだけは絶対にそのままにはしておけなかった。


「あれ?そうなの?だって竜司くんが顔を紅くして下を見てるから…。ボタン取れてたのかなって。」


無事に勘違いは訂正された。しかし竜司の災難はそれで終わらなかった。


「だからそれは、先日のカリンさんのドレス…」


「スピア嬢っ!」


またも令嬢が口を挟むのを、竜司はもう一度止める。しかしそれをニヤニヤと笑顔を浮かべて見ている令嬢に、彼は恨みを込めた視線を送ることしか出来ない。

何故令嬢に己が顔を紅くした理由がバレているのかは分からない。だがこの数ヶ月、令嬢の賢さと察しの良さは身に沁みて知っている。

先ほどの竜司の様子を、カリンへの想いを知った上で見ていれば誰でもわかる事だというのは、竜司にも予想がつかなかった。


「なになに?私のドレスがどうしたの?」


中々答えが得られないカリンは、先ほどから答えをくれそうな令嬢に興味津々な様子で食い下がる。カリンが声をかけると嬉しそうにカリンへ顔を向ける令嬢は、魔導大会で戦った時からどこか雰囲気が違う気がした。

カリンへの言葉遣いも態度も変わらないが、より彼女の感情が見える気がする。それが彼女の素である事に気が付かないカリンではないが、そこまで懐かれるような事があっただろうかと少し首を傾げたい。

だが今はそれよりも竜司の事だ。顔が紅かったのがズボンのボタンではないのなら、体調不良だろうか。しかし横目でチラリと様子を窺えばそれも違うと分かる。結局考えても分からない事は聞けば良いとばかりに、ねーねーと微笑む令嬢に強請ってみせた。


「ですから、カリンさんのドレス…」


「スピア嬢っ!」


三度目も竜司に邪魔されてしまった。そんなに聞かれたくない事なのかとカリンが少しだけ肩を落として諦めると、その様子に慌てた竜司は立ち上がってカリンへとよく分からない言い訳を並べ始めた。


ちがうんだ、いや、その。


まるで浮気を咎められた夫のようにしどろもどろなそれは、見ている令嬢にとっては滑稽でしかない。遂に笑みを浮かべるだけでなく声を出して笑い始めた令嬢をひと睨みするが、笑い始めた令嬢は尚も笑う事をやめなかった。いや、やめられないのだろう。苦しそうにお腹を押さえて笑うその姿は、完璧な淑女としての彼女とは異なる、年相応の可愛らしい姿だった。


令嬢が笑っている理由など分からないカリンも、そんな楽しげな令嬢の様子を見て不思議そうだ。周囲のクラスメイト達も令嬢の笑い声に驚いているが、唯一彼女を睨む竜司だけは不機嫌だというのを隠しもしない。

やっと落ち着いた令嬢が目尻をハンカチで軽く拭う。涙が出るほど笑っていたのかと思えば、カリンも拗ねたような気持ちは何処かへ行ってしまうのだった。


「エリアーナって、笑うともっと可愛いよね。」


そしてつい口から溢れた本音が、今度は令嬢の動きを止めた。そして顔を紅くしたかと思えば、先ほどの竜司と同じように下を向いてしまう。

これはカリンでも分かる。恥ずかしいのだろう。そして、そんな令嬢を見てカリンは遂に答えを得る。


「そっか、竜司くんも恥ずかしかったんだね!…ん?でも何が?私のドレスが恥ずかしかったの…?え、そんなに似合ってなかった?」


「「まさかっ!」」


カリンがたどり着いた答えに、異口同音の否定が突きつけられる。同年代の友達など出来たことのないカリンには、その答えに辿り着くのは難しかった。

代わりに思ったのは、二人とも仲が良いなぁ、というほのぼのとした感想だけだった。














ドラグ騎士団本部、団長室。

いつものように執務机に向かって書類にペンを走らせるヴェルムは、書き上げた書類から手を離しペンをペン立てに置いた。

ふぅ、と一息吐けば、集中が散っていくのを感じる。


そんな様子を見ていたのは、ソファに座るアレックス。彼は団長室に来てから三杯目の紅茶を飲み干すと、それまで読んでいた書類から目を離して顔を上げた。


「読み終えたかい?」


アレックスよりも先に顔を上げていたヴェルムが、その様子を見て声をかける。彼の前には音もなく近づいたアイルから新たな紅茶を差し出されたところだった。

それに微笑みを向けて礼の意を表したヴェルムは、黙ったまま考えるような様子のアレックスに視線を戻す。アレックスはヴェルムを見ていたが、思考は別の方に飛んでいるらしい。

声をかけられているのは気付いているようだが、言葉を発する程にはまだ整理出来ていないという事だろうか。考える事が苦手なアレックスの事だ。すぐに思考に飽きるだろう。

そう考えたヴェルムが微笑んで紅茶に手を伸ばすのと、アレックスが声を発したのは同時だった。


「とりあえず流れは分かった。だが、カリンやら暁やらが就いてる任務にどうしてエルフが出てくるんだよ。別件じゃねぇってか?」


アレックスは、エルフの里に関する任務で指揮官に任命されている。今回の魔導学院襲撃事件にエルフ族が関わっていた事から、アレックスはここに呼ばれて報告書を読む羽目になっているのだ。

アレックスは護衛任務とは関わっていなかったため、それに関する情報を何一つ持っていなかった。そのため護衛任務に関する書類を全て読む羽目になり、それで紅茶を三杯も飲む程の時間がかかったという訳だ。


「下町の聖女、って知ってるかい?」


どこか苛立った様子で告げるアレックスに、ヴェルムは問いかけを返した。疑問に質問で返された形のアレックスだったが、ヴェルムがわざわざ聞いてきたのなら今回の件に関わる事なのだろうと意識を変えた。

しかし聖女などという大層な名前は聞いた事がない。グラナルドの歴史には聖女の名前が度々出てくるが、今は四番隊隊長のサイサリスがそう言われていたはずではなかっただろうか。だがそれには"下町の"などという場所を指定する枕詞はついていなかったはずだ。

どういう事だと首を傾げれば、それだけでアレックスが知らない事を悟ったヴェルムは苦笑してから一つ頷いた。


「下町の救護院で働いていた、聖属性魔法の遣い手の少女がいたんだ。現在は実父に引き取られて貴族籍に入れられているよ。爵位は伯爵。下町の平民が伯爵令嬢になった訳だね。」


ヴェルムの説明を聞いてもピンとこないアレックス。彼がアルカンタに戻って来て数年も経っていない。その時には既に下町の聖女は伯爵令嬢になっており、下町を彷徨くようになったアレックスの耳に入っていないのも無理はなかった。


「ほぉ?んで、その聖女さんがどうしたって?」


だがアレックスにしてみればそんな小娘が己とどう関係するのかが分からない。まさかエルフ関係から外されてその令嬢初心者の護衛でも任されるのかと警戒すれば、そんなアレックスの気持ちを見透かすように首を振ったヴェルムを見て肩の力を抜く。


「その娘なんだ。エルフ族が攫おうとしたのは。」


「あぁ?なんでまた聖属性魔法使いなんざ。…ん、まさか。」


「そう、そのまさかでね。今エルフの里では治療師が足りていない。ゆいな隊から潜入させている部隊員も、回復魔法は極力使わない方向で指示しているしね。」


エルフ族の者が襲撃に加わっていたのは、聖女を攫うためだったと報告を受けている。そしてその理由が、エルフの里で治療をさせるためだとも。


「なんで人攫いにまで手を出してんだよ…。ほんっと使えねぇな、あの王はよ。」


苛立ったアレックスは髪を掻き乱して盛大にため息を吐く。その目は随分と冷え込んでおり、かなり怒っているようだ。ゆいなと共にエルフの王と話をした時、何ならその場で斬り捨てておけば良かったと真剣に考えている。


エルフ族は他種族と関わる事を極力避けており、里に他種族を入れるのを忌諱する。そんな彼らが己の都合で人族を攫い奴隷のように治療を強要するというのは、エルフ族が昔人族から受けた扱いをそのままやり返しているだけである。

やられたらやり返すような精神性であるのなら、エルフがこれ以上世界樹の守護者を名乗る事はなくなるだろう。ドラグ騎士団から受けた恩を既に仇で返しているのだから。


「王子からはまだ連絡無しか?」


エルフ族最後の頼みである王子。彼は一度失敗しているが、それでも今の王に任せるよりは良いからとヴェルムやアレックスに生かされてきた。

今回の件を止められなかったのか、気付かなかったのか。その違いだけでもドラグ騎士団の動きは変わるだろう。ある一種の期待を込めたアレックスに、ヴェルムは笑みを返した。


「そろそろそちらも決着をつけないといけないね。」


そう言うヴェルムの瞳は、漆黒の中に吸い込まれそうな闇色の灯を宿している。その瞳を見てゴクリと唾を飲んだアレックスは、やっと事態が動き出す事にやる気を出している。生来我慢する事が得意でなかったアレックスにとって、ここまでの"待て"は辛かったようだ。

王族として生まれ育ちある程度の自制は出来るものの、思いついたら即行動の節がある彼に時間感覚の長いエルフの相手をさせる事はストレスもあったのだろう。

それが今、餌を目の前に涎を垂らしながらも健気に飼い主の"良し"を待つ飼い犬のように、爛々と目を輝かせてヴェルムを見ていた。


「では部隊を招集しよう。」


ついにエルフとの問題に決着をつける時が来た。

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