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闇竜と騎士団  作者: 山﨑
27/293

27話

ユリアとアイシャ王女は、王族が使うプライベートサロンにいた。二人ともヴェルムに恩がある者同士、更に年代も同じ女性となれば、打ち解けるのに時間はかからなかった。

二人は、たまに時流の話をしながらも、ほとんどはヴェルムの話で盛り上がっていた。


「ふふ、まさかユリア王女もヴェルム様に救われていたなんて。彼の方は本当に様々な場所で人助けをなさっていますのね。しかし、ユリア王女がドラグ騎士団に所属なさっていたなんて…。羨ましいですわ!」


話し込んでいた事で冷めてしまった紅茶も、気分の高揚で火照った身体を冷やすのに丁度いい。通常のお茶会といえば、二〜三時間で終わるものだが、二人のお茶会はそれでは終わらないだろう。部屋の隅に待機していた侍女たちは、早い段階で二人の王女から下がるよう言われ下がっている。


アイシャ王女の言葉に、微笑みながら隊員時代の話をしようとユリアが口を開いた時、遠慮がちなノックの音が聞こえた。


「ご歓談中失礼致します。王太子殿下がお見えです。如何なさいますか。」


声をかけてきたのはアイシャ王女が南の国から連れてきた侍女だった。ユリアの侍女ならば、王太子が来た段階で既に扉の向こうに待たせた状態で声をかけて来ただろう。王太子と側室から生まれた第二王女など、立場の違いが分かりきっているからだ。


「後にしてもらって。今大事な話をしておりますの。面会の約束もしておりませんわ。」


アイシャ王女は、展開していた盗聴防止結界を解除して素気なく言う。侍女から了承の返事を聞いた後、また魔法を使おうとした。


「今回は私が。先程そういう約束でしたもの。」


しかしユリアがそれを止め、指の動きだけで盗聴防止結界を張る。その発動の滑らかさを見てアイシャ王女は驚き、嬉しそうに笑った。


「まぁ!流石ドラグ騎士団員ですのね。あまり長い期間ではなかったと仰るものだから、王女待遇でなかったといってもそこまで訓練されていたとはちっとも思いませんでしたわ!素晴らしいです。私も国で一番の魔法士の方に教えを乞うておりますが、ここまで効率的に素早く魔法が使えるようにはなりませんの。あぁ、やはりドラグ騎士団で訓練出来るのが羨ましくてたまりませんわ。この結界、どうやって練習しましたの?」


アイシャ王女は前のめりでユリアに訊ねる。ユリアは苦笑しながらも自身が行ってきた訓練を話して聞かせた。

時折相槌を打つ以外は真剣な表情で話を聞くアイシャ王女は、実際の年齢よりも幼く見えた。


ユリアのドラグ騎士団での話で盛り上がる二人。その時、またもノックの音が響く。その瞬間ユリアは結界を消した。

今度はアイシャ王女も苛ついた顔を隠さず、声が聞こえて来る前に誰何を問う声を上げる。


「なんですの?今良いところだと言っているでしょう?今度は誰?」


明らかに機嫌の悪いその声に、扉の向こうにいる侍女が焦る様子はない。淡々と言葉を発した。


「失礼致します。ドラグ騎士団団長様がお見えになっておられますが。如何なさいますか。」


普段、この侍女は如何ですか、などとは聞かない。アイシャ王女が嫌がる相手で断れる状況の時のみそう言う。今回は断るはずがない相手だったが、侍女の意地悪である。小さい時から王女の側に仕えてきたのだ。これくらいはいつもの事である。


「なっ…!お通ししなさい!ヴェルム様が一歩たりとも足を止めるような事がないよう全ての扉は事前に開きなさい。誰か、席の準備を。」


中々にあり得ない指示を出しながら、新しい席を準備させるアイシャ王女。ユリアは苦笑しながらそれを見ていた。しかし、内心は大層驚いていた。先程会談の場で、国王である父はヴェルムのブレンドした茶を届けさせると言っていたのにまだ来ない。もしかして…。と思いながら、部屋に入ってきて準備をする侍従たちをぼんやり見ていた。







「やぁ、君はアイシャ王女の側付きだよね。こんなに大きく綺麗になっていたのか。という事は、アイシャ王女も大人の女性になったということか。これはプレゼント選びを失敗したかな?どうも久しく会っていない者との再会は感覚がズレてしまうよ。元々大人だったら簡単なんだけど。」


ヴェルムは、王城内の王族プライベートゾーンを歩きながらそう言う。数歩前を歩くのは、先程扉の向こうからアイシャ王女たちに声をかけた侍女だ。


「有難う御座います。団長様はお変わりないようで安心致しました。差し支えなければ、そのプレゼントを拝見しても宜しいでしょうか。」


侍女は器用に首だけ横を向き、視界にヴェルムを入れながら返事をした。ヴェルムは頬を人差し指で掻きながら、空間魔法から大きな縫いぐるみを取り出す。

それは、黒竜だった。黒い身体に小さな翼がついている。かなりデフォルメ化された竜だ。その見た目は単純に可愛い。本物の竜など、可愛いとは真逆の存在だ。それでも可愛いという感想が出るほど、流線形でお腹が出た竜は可愛らしかった。


「これなんだけど。流石に大人の女性にこれをあげるのは難しいね。何か別の物にしよう。」


そう言って空間魔法に押し込もうとすると、侍女が止めた。


「いえ、おそらく殿下は気にされないかと。もし万が一お気に召さないようでしたら、私の方で受け取らせて頂きたく。」


侍女の目は縫いぐるみに釘付けだった。むしろアイシャ王女の気に召さないでほしいという願いが透けて見えるその態度に、ヴェルムは苦笑した。


そんな話をしながら歩いていると、急に侍女が速足になる。ヴェルムとの距離をどんどん離す侍女に、首を傾げながらも歩く速度は変えないヴェルム。

二人の王女が茶会をしている王族プライベートサロンの扉の前まで来ると、素早くノックしヴェルムの到着を告げ、返事が来てから扉を開く。そしてヴェルムに頭を下げる。この時丁度ヴェルムは扉の前まで来ており、一度も足を止めなかった。つまり、この侍女は王女の命を遂行しただけである。


「まぁ、団長様!こちらから出迎えもせず失礼を致しました。さぁどうぞ、おかけください。」


アイシャ王女は立ち上がってヴェルムを出迎えた。それだけでヴェルムに対する扱いが最上級なのが分かる。

ユリアも立っていた事から、尚更ヴェルムが特別な客なのが分かる。


ヴェルムは部屋に入る時、小さな声で侍女に、ありがとう、と声をかけてから入室する。その後アイシャ王女に礼をし、突然の来訪を詫びた。アイシャ王女がとんでもない、と歓迎して席を勧めると、やっと頭を上げたヴェルム。しかし、座らずに部屋をぐるりと見渡し、ユリアを見た。


「ユリア王女、今日は何人かな。」


謎な質問だったが、ユリアは答えた。


「いえ、今日は誰も。ヴェルム様がいらっしゃったのは、父上のお願いでしょうか。それなら今日はいない理由が分かるのですが。」


何のことか想像がついたアイシャ王女は黙って会話を聞いている。


「なるほど。では摘み出して良いのかな?そういう事だから、君たちは下がりなさい。」


一言目を呟き、最後の一言を部屋中に向けて言うヴェルム。少し待ち、溜息を吐くと指を動かして魔法を使用した。すると、壁や天井からくぐもった声が聞こえ、それきり大人しくなった。


「さて、邪魔なものはなくなった。今日はゴウルからお願いされてこちらに来たよ。アイシャ王女は本当に久しぶりだね。随分と魅力的な大人の女性になっていて驚いたよ。ユリア王女も、ここ数日忙しかっただろう。元気そうで安心したよ。二人は仲良くなったんだね。何か共通の趣味でもあったのかな。」


そう言ってから空間魔法から茶筒を数本取り出す。それをテーブルに並べ、アイシャ王女に言う。


「私がブレンドした物だよ。どれが良いかな。気に入ればどれでも好きな物を好きなだけ持って帰って構わないよ。味見がしたかったら私が淹れるから。」


そう言ってユリアにも見えるように置く。アイシャ王女は目を輝かせて紅茶を選び始めた。大好きなヴェルムがブレンドした茶を、ヴェルムが淹れてくれると言うのだ。これで喜ばないヴェルム好きはいない。


それからしばらく紅茶の話で盛り上がり、更に空間魔法から出てきたヴェルムの手作りケーキで最高潮に達したお茶会は、二人の王女にとって記憶に残る茶会となっただろう。晩餐の時刻が近づき、ヴェルムがそろそろ帰るかと考え始めた頃。そういえばプレゼントを渡していなかったと思い出した。

しかし、あのような縫いぐるみを大人の女性にあげて良いものか。騎士団員なら気にせずあげるのだが。


そんなヴェルムの悩みをいち早く察知したのはユリアだった。


「ヴェルム様…?どうかなさいましたか?何かお気に触る事でもありましたでしょうか。」


少し不安げにそう聞くユリアを見て、アイシャ王女もハッとしてヴェルムを見る。二人の美女に不安げな表情をさせてしまったヴェルムは、まず謝った。


「あぁ、すまない。そういうわけじゃないよ。ただ、少し悩んでいたんだ。」


ヴェルムの悩みと聞いて、何もせずにいられない王女二人は、すぐさま悩みを聞き出そうと動く。


「私たちで良ければお話を伺いますわ。ヴェルム様の悩みは崇高で私たちでは何のお力にもなれないかもしれませんが、話すことで気が楽になることもありますわ。さぁ、どうぞお話しになってください。」


アイシャ王女がそう言うのに合わせ、ユリアも激しく頷く。ヴェルムは困った。仕方ないので少し茶番でも入れるかとアドリブで話す事を決めた。


「哀れな男の話なんだけど、聞いてくれるかい?」


ヴェルムが眉尻を下げてそう言うと、二人は聞く姿勢を正して頷いた。ヴェルムは小さく息を吐いてから口を開く。


「その男は、友人がいるんだ。その友人の友人と新たに友人になった。そして、その新たにできた友人には子どもがいたんだ。男はある日、その友人の子どもが怪我をしようとしたところを助ける。友人と子どもには大変感謝された。それから十年以上会っていない。しかし、子どもが一人で男が暮らす街に訪ねてきた。勿論男は喜んでプレゼントを買いに行ったのさ。小さかった子どもが来ると思って、小さい子どもにあげるような、大きな縫いぐるみをね。しかし、よく考えれば分かるだろう?それから十年以上経っているんだ。子どもはとっくに大人になっていたのさ。男がそれに気付いたのは、子どもに会う直前。悩みに悩んだそうだ。大きくなって立派になった子どもと話す間。縫いぐるみを渡すか渡さないかをね。」


そこで話を区切り、二人の王女を見る。

ユリアは何かに気付いたようで、苦笑している。なんなら慈愛の目を向けられている気がする。男が誰か分かったようだ。

反面、アイシャ王女はとても真剣に考えていた。


「それで、その男性は結局どうなさったのでしょう。」


アイシャ王女の質問に、ヴェルムはヒントを出すつもりで言う。


「まだ悩んでいるよ。」


するとアイシャ王女は大仰に驚いて、今もですの!?と言った。ユリアが堪えきれなくなって小さく笑うと、アイシャ王女はユリアを見て何かに気付く。こほん、と小さく可愛らしい咳払いをしてからヴェルムに告げる。


「その男性は、迷っていないで大人になった子どもに縫いぐるみを渡すべきですわ。その相手もきっと喜びます。寧ろ、自分を助けてくれた方が自分の事を考えて選んでくださったプレゼントですもの。その辺の石だろうと大事にしますわ。家宝にする勢いで大事にしますわね。断言致しますわ。」


完全にその男が誰か分かって言っている。何なら、久しぶりに会った子どもが自分だと分かって言っている。アイシャ王女の心の内を覗けばきっと、

(縫いぐるみ!?ほしい!!それよりヴェルム様私の事思って縫いぐるみ選んじゃうなんて可愛いらしくて仕方ありませんわ!)

となっているに違いない。


苦笑しながら頷いたヴェルムは、ならそう言っておくよ。と返した。その上で、話は変わるんだけど、と空間魔法から例の黒竜縫いぐるみを取り出す。その縫いぐるみは大きい。ヴェルムが入ってきた時から部屋の中で待機していた侍女に渡すと、侍女が素早く危険が無いかチェックする。しかし、いつもは直ぐにチェックが終わる侍女が、ほんの数秒時間をかけた。それに目敏く気付くのがアイシャ王女だ。


「あら、貴女もそれが気に入ったの?残念、それは私がヴェルム様から頂いたのよ。あげないわ。」


そういえば先ほど、アイシャ王女がいらなかったら貰う、と言っていた事を思い出す。少し残念そうな表情を見せた侍女だったが、大人しく下がった。

そして、ユリアも羨ましそうに見ている事に気付いたヴェルムは、予め用意しておいた物を空間魔法から取り出す。


「ユリア王女はこれね。ユリア王女は歳が分かっているからこういうのだけど、アイシャ王女は本当にそれでいいのかい?」


そう言ってユリア王女に渡したのはイヤリングだ。聖属性の魔力を増幅させる機能を持たせた魔道具である。

ユリアは嬉しそうに受け取って早速耳に着ける。アイシャ王女に褒められて嬉しそうだが、黒竜の縫いぐるみにたまに視線が吸い寄せられていた。


「さて、そろそろ私は戻るよ。長い時間居座ってしまって悪かったね。更に悩みまで聞いてもらって。お礼は後ほど届けるから。まだしばらく滞在できるのだろう?また誘ってくれたら嬉しいな。では。」


そう言って去るヴェルム。二人の王女は立ち上がって頭を下げて見送った。王族に頭を下げさせるヴェルムは、見るものが見れば不敬罪だ。別にヴェルムが下げさせているわけではないが、そんな事関係ない者から見ればそうなるのは仕方ない。


ヴェルムが去ったサロンで、王女二人は互いに見合って笑う。大きな黒竜の縫いぐるみを抱いたアイシャ王女は、座りにくいにも関わらず縫いぐるみを手放さなかった。ユリアも、耳元をずっと気にしている。


「縫いぐるみが嫌だと言うわけではなく、そういう大人を意識したプレゼントを頂けるユリア王女が羨ましいですわ。」


ボソッとアイシャ王女がそう言うと、ユリアも少し拗ねて言う。


「私も、イヤリングは勿論嬉しいのですが、そういった可愛らしい縫いぐるみでしかも黒竜だなんて。羨ましいです。」


二人して顔を見合わせて笑う。


「私たち、もう仲良しですもの。互いに名前で呼びませんこと?一々王女を付けるのは時間の無駄ですわ。なんなら、二人だけの特別な呼び名を考えても良いかもしれませんわね。」


アイシャ王女の提案に、ユリアも全力で賛成した。お互いに好きなもの嫌なものを言い合い、更に仲を深くしていく。


そろそろ晩餐の準備をしなくては、と解散の流れになっていた頃、扉がノックされ侍女の声が響く。

また王太子だろうか、と身構えたが、すぐに答えは帰ってきた。


「失礼します。ドラグ騎士団団長様より、アイシャ王女殿下並びにユリア王女殿下へ贈り物が届いております。」


先程言っていた礼だろうか。すぐに持ってくるよう言うと、侍女が大きな袋と小さな箱を持って現れた。

その中には、ユリア宛の大きな黒竜の縫いぐるみ。アイシャ王女宛のイヤリングだった。どちらも揃いになっている。


二人は大喜びして見せ合う。実は、この縫いぐるみやイヤリングはどれもヴェルムの手作りだ。帰って贈るだけなのですぐ届いた。

そんな事は知らない二人の王女は、どこの職人の作品だろうか、などと話し合っている。


それを見つめる侍女は、ニコニコしていた。普段は無表情で氷の乙女などと呼ばれる事もある彼女が笑っている姿を、アイシャ王女ですらほとんど見たことがない。しかし、今はヴェルムからのプレゼントに夢中で見ていない。

だから王女たちは気付かない。実はお礼の品はもう一つあったことを。そしてそれが、この侍女に宛てた物だったこと。二つの黒竜の縫いぐるみを作った余りで作ったため、小さくなってしまったが赦してほしい、との直筆の手紙が入っていたこと。二人王女は気付かない。きっとずっと気付かない。だがそれでいい。

はしゃぐ二人の王女を見つめながらニコニコ笑顔を引き締め、晩餐の準備をしなければ、と声をかける侍女。

侍女はこういう光景が幸せだった。

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