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闇竜と騎士団  作者: 山﨑
269/293

269話

「こうやさい?」


「そう、後夜祭ですわ。…その顔、知らない振りをしても駄目ですわよ。ちゃんと先生の話を聞いておきなさいとあれだけ言っていますのに。」


「えぇー。だって知ってる事しか話さないじゃんか、先生たち。それにドレスコードがあるなんて知らないよ。」


「現にこうして先生が話していた事をカリンさんは知らなかったではありませんか。まずは話を聞くべきですわ。」


「むー。だってー。」


「だっても勝手も聞きませんわ。次からはきちんと先生の話を聞くこと。よろしいですわね?」


「…こうして教えてくれるんだから良いじゃんか。」


「よろしいですわね!?」


「…はぁい。」


表彰式の開始が遅れるアクシデントがあったものの、それ自体は滞りなく終わった。そしてそのまま行われた魔導大会の閉会式も、例年より多くの観客に見守られて無事に済んだのが先ほどの事。

例年、表彰式と閉会式の間には数時間の空きがある。しかし今年は決勝戦自体が予定よりも押していた事や、表彰式の始まりも遅れた事によって、表彰式を終えたらすぐに閉会式に移行せざるを得なかったのである。


そのため客席を立つ観客は一人もおらず、なんと国王陛下も閉会式に残ったのだ。毎年閉会式で学院生に言葉を贈る学院長も、この時ばかりは緊張を見せた。

去年もその前も、学院長は壇上で学院生に対し少し砕けた様子で後夜祭を楽しむように言うからだ。だが今年はそうもいかず、かといっていつも通りに話せば国王陛下や貴族に何を言われるか。

困った学院長は結局、いつも通りの言葉を丁寧に変えて話す事にした。


「三日間、お疲れ様でした。一年生は入学から半年、学院での目標は決められたでしょうか。二年生は去年の経験を活かす事が出来ましたか。三年生は、集大成として力を発揮できましたか。それぞれの想いがあるとは思いますが、魔導大会、皆さんだけはまだまだ終わりません。今宵の後夜祭では、学年クラス関係なくしっかりと互いの頑張りを称え合い、これまで以上に切磋琢磨出来るよう仲良くなってください。」


無難な挨拶になってしまったが、まさか雇い主でもある国王陛下の前ではっちゃけた姿を見せる訳にもいくまい。

因みに、例年はこう言っている。


「お疲れ様でした。保護者や友人、来賓の方々は既に帰りました。これからは皆さんの時間です。そう、後夜祭!学院生っ!夜通し楽しむ準備は出来ているかぁ!全員、係の指示に従って片付けに取り掛かり、二時間後にホールへ集合!以上、解散っ!」


流石にこんな姿は見せられまい。普段は物静かで学院生からの質疑にも丁寧な対応をする学院長が、まさかここまでノリよく学院生を煽るなどと大人は思わない。

勿論、学院生の中にはこんな学院長の姿を親に伝えている者は多い。だが大人は誰も信じないのだ。子どもの言う事よりも、大人が自分で見たものを信じるのは仕方ない事だろう。それが元宮廷魔法師であり数多の教え子を持つ人格者と呼び声高き学院長であれば尚更。


閉会式に立った学院生の一部など、この学院長のハジける姿を今日見られるか急遽賭けをしだした者までいた。流石に保護者の前でそんな事をする程自分を見失っていなかったか、学院長は無難な挨拶をしたに過ぎなかったが。

この事が学院生からの失望に変わらなければ良いが、おそらくは大丈夫だろう。貴族子弟が多いこの学院には、物分かりの良い賢い子どもが多いのだから。

社交界という戦場に片足を突っ込んだ者が多いのは、当然ながら学院長のこの対応に理解を示す者が多いという事に他ならない。

それでも、多少は期待していたというのが事実としてあるにはあるが。


そんな無難な閉会式が終わって二時間後。辺りはすっかり暗くなっているが、学院生達が集まるホールは爛々と燭台に火が灯されている。天井には豪華なシャンデリアが吊るされ、そちらは掃除が大変だろうと思えばそんな事はなく、よく見れば火が灯ったように見えるだけで煤などが出ない灯りの魔道具である事が分かる。


そんなホールの外で、カリンとスピア公爵令嬢は何やら言い合いをしていた。どうもカリンが先生の話をちゃんと聞いていなかった事が問題になっているらしい。

事の発端は、学院の制服で歩いているカリンを令嬢が見つけた時に遡る。その時既に明るく豪奢なドレスに身を包んだ令嬢は、後夜祭開始の直前になっても会場に現れないカリンを探していた。

やっと見つけたカリンはほのほのと笑って令嬢に挨拶をしたが、後夜祭にその格好で行く気かと尋ねると首を傾げてみせたのである。


「まったく…。返事だけはするのに何一つ言う事を聞いてくださいません。それで、その格好で行くつもりではありませんわよね?」


「えっ?後夜祭は制服じゃ入れないの?」


「いえ、そんな事はありません。平民でドレスを調達出来ない方もいらっしゃいますし。」


「なら良いじゃん。私は平民だし問題ないよ?」


あっけらかんと言うカリンに頬をヒクつかせる令嬢。確かに平民はドレスを持たない者もいる。しかし学院にいる平民はほとんどが裕福な家に生まれた者ばかりで、金に困っている貴族よりも資産の多い平民など幾らでもいるのである。

当然ながらそんな学院生はドレスコードを押さえてくるし、布地を扱う商家であれば学院生をモデルに使って貴族達に売り込みをかけに来るだろう。将来国や領地を引っ張る存在がこれだけ揃っているのだ。こんな商売のチャンスを棒に振るような商人は存在しない。


「問題あり、ですわ。」


カリンと反して何やら真剣な令嬢は、一度だけため息吐いてから真面目な顔をして指を立てた。もう一方の手は細くくびれた腰に添えられている。スラっとした長身の彼女がドレスを着てそのような姿勢をとるのは、何故だかすごく似合っている気がした。


しかしそれはそれ。生まれてから一度もドレスなど着た事がないし、そもそも興味すらない。一般的には平民女性の憧れである事は知っているが、その程度だ。

双子の弟アイルに執事服がよく似合うとは思うものの、カリン自身は服に頓着しない。赤子の頃から制作科お手製小児用の団服を着ていたし、零番隊に入ってからはそれが隊服に変わった。

任務で他国へ赴く際は現地で他の民と合うその地での服を購入して着用している。そのため私服と呼べる服などほとんど持っていないのだ。


各国の偉方がするような礼儀作法を身につけていないからか、そういったものが必要な任務をまわされた事もない。

特務部隊として様々な地へ送られるカリンだが、貴族の屋敷に潜入捜査する任務などは他の部隊員にまわるのである。カリンは専ら戦闘系の任務ばかりだ。

これは彼女が希望した事だが、腕を磨きながらも師父の役に立てる一挙両得な任務であり、部隊長であるセトもそれを認めているのだから今まで問題になったことなど一度もない。


しかしここにきて、仲良くなった令嬢からドレスはどうしたと詰め寄られている。しかしカリンの頭に浮かぶのは、歳の近いリクがドレス姿でパーティーに向かう光景のみ。

あまりに普段の生活とドレスが結びつかないためか、自分がそういった格好をする想像すら出来なかった。


「…やっぱりいいよ。私には制服があるから。それに、ダンスだって出来ないもん。」


色々想像してもやはり興味が持てないカリンはそう言って令嬢に断りを入れる。折角出来た友人が求めるなら着ても良いが、そもそもドレスなど持っていないのだから仕方ない。

だが、目の前の友人はそれで許してはくれなかった。


「いえ、わたくしのドレスを貸して差し上げます。ですから着替えを…」


「その必要はありません。」


身長もスタイルも随分と異なる令嬢のドレスなど着れるわけがないだろうと呆れたカリンが断ろうとした時。横から別の声が乱入した事で二人の意識がそちらへ向く。

近付いていた事もその気配がよく知るものだった事もあって、カリンは声をかけずにいた。令嬢と離れたら話しかけてくるのだろうと思っていたその人物は、カリンの予想外な事に今ここで話しかけてきたのである。


カリンにとって誰より馴染み深く、そして己と同じくらい大事な存在。何故ここにいるのか、何の用なのか。その姿を令嬢に見せても良いと判断する理由は何なのか。

それら全ての疑問を含めた視線をそちらへ向ければ、カリンと同じ見た目で執事服を着た男子がこちらへ歩み寄ってくるところだった。


「え…?か、カリンさんが、二人…?」


やはり令嬢は混乱している。それはカリンにとってあまりにも容易に想像できる結果である。

確かに双子の片割れが来ればこうなるだろうとは思うが、ここまであからさまに動揺しなくても良いではないか。

そんなほんの少しの暗い感情を目に乗せて令嬢を見れば、彼女はカリンとアイルを交互に見ながらまだ混乱していた。

普段は頼れるお姉さんのような令嬢が、ここまで混乱するのは珍しい。その姿を見られただけで良しとするかとカリンが微笑めば、そこでやっとアイルが何か包みを持っている事に気がついた。


「アイル。何、それ?」


片割れに挨拶を省略して直球な質問を投げれば、アイルはいつも通りの無表情で手に持った包みに視線をやってからカリンへと手渡す。そして告げられた言葉は端的だった。


「ヴェルム様からカリンに。着替えの手伝いまで申し付けられてる。」


着替えということは服だろうか。そこまで分かればカリンとて馬鹿ではない。ヴェルムが何をアイルに持たせたか想像が出来た。

しかも着替えの手伝いまで申しつけるという事は、一人で着替えるのが難しい服。つまりドレスなのだろう。

先ほどまで毛ほどの興味もなかったドレスが、敬愛する師父から贈られたというだけで急に宝物のような気がしてくるから不思議だ。

数分前のカリンなら想像も出来なかった、早く着てみたいという欲求。それをストレートに瞳へ乗せれば、無表情なアイルに呆れが浮かんだ気がした。


「アイル…?貴方、カリンさんのご兄弟か何かですの?」


二人のやり取りを見ているだけだった令嬢が、やっとここで息を吹き返した。そんな令嬢にアイルは、今気付いたのか、と言わんばかりの白けた目を一瞬だけ向ける。

しかしそれは変わらず無表情の中での話。アイルを誰よりも知るカリンはそれに気付いたが、令嬢は全く気付かなかった。


「アイルは私の双子の弟です。今は師父の執事をしています。」


「…どうも。アイルと申します。カリンがお世話になっています。」


カリンに紹介されてしまえば、見知らぬ他人ではいられない。カリンと違って礼儀作法を修めたアイルは、貴族社会で紹介というのは物凄く重要視される事を知っている。

しかし発揮されるのは最小限の礼儀であり、アイルにとって敬意を示すべきと感じた相手にしかそれは行われない。

アイルから見れば令嬢は見知らぬ他人に過ぎず、未だアイル自身が敬うべき相手だとは思っていないのである。唯一、姉であり片割れであるカリンが関わっている相手という一点のみで、自己紹介をして頭を下げるという接し方になっている。

これがヴェルムやセトの友人などであればもっと丁寧に接しただろう。

カリンが既に令嬢を友人だと認識していると知らないが故の行動である。


「双子…?カリンさん、双子でしたの!?でも、親はいないと…その、以前仰っておりましたわよね?」


グラナルドでは双子の存在は珍しくないが、他国では未だに双子を忌諱する風習があるところも存在する。そのためどうしても双子が出世する事は少なく、特に他国とのやり取りがある外務官に双子が就職するのは難しい。

それもあってか、貴族でも双子が生まれると片方を分家や寄子、寄親に養子として出すというのが多いようだ。


したがって令嬢が双子という存在に馴染みがないのは当然と言えた。

であれば彼女の驚きようも特別な事ではないだろう。


「二人で師父と家族に拾ってもらえたんです。アイルは師父の執事に師事しているんですよ。」


「あぁ、だから執事服…。」


カリンの説明に納得を見せた令嬢が少しだけ考える仕草をとった。その瞬間を見逃さないアイルは、カリンへと視線を戻して包みを指差す。


「時間がない。もう後夜祭が始まるでしょ。」


胸ポケットから懐中時計を取り出してカリンへ見せれば、確かに後夜祭が始まるまで後少しだった。

ホールの方からはザワザワとした気配が流れてきている。大人数の気配がする事から、ほとんどの学院生が集まっているのが分かった。


「そうだね。着替えなきゃ。アイル、手伝って。」


「勿論。そういう指示を受けてる。」


「よし、じゃあこっち。」


トントンと話の進む双子に、令嬢は慌てて思考を打ち切った。今なんと言っていただろうか。そう、手伝うと言っていた。

だが目の前のアイルと名乗る者はどう見ても男性。カリンと双子なら歳も同じなのだろうが、双子とはいえ異性に着替えを手伝わせるなど言語道断。許される事ではないのだ。


「お待ちなさい。我が家の使用人が待機しています。お貸ししますからアイルさんはお帰りなさいな。双子とはいえ異性が着替えを手伝うなど…。」


一旦そこで区切ったのは、決して令嬢を見つめる無表情に怯んだ訳ではない。いつ見てもコロコロと笑って表情豊かなカリンと同じ顔で浮かべる無表情が怖いなどと思った訳ではないのだ。断じて違う。はずだ。


だが令嬢が言葉を止めたのは事実。その隙を逃すような甘い者はここにはいなかった。


「お言葉ですが、これはヴェルム様より受けた命令でございます。貴族家とはいえご令嬢のお言葉に従う義理はございません。ですがそのご配慮と御心だけ受け取らせていただきたく思います。では、失礼します。」


最近長い言葉を吐くようになったなぁ、などとカリンが考えているとは知らず、令嬢はアイルの早口な言葉をただ聞いていることしか出来なかった。

だが、アイルがそう言ってすぐに踵を返した事で我に返り、止めなくてはという謎の使命感が蘇る。


「お、お待ちなさい。ヴェルム様とやらは公爵家よりも偉いのですか?こんな事を友人の弟に言いたくはありませんが、仮にも公爵家のわたくしが友人と認めた相手が着替えに男性を伴ったなどと言われては困るのです。」


一瞬で考えた動機にしては上出来だった。なんならこれを思いついた自分を褒めてやりたい。

何処からともなく湧き上がるやりきったような達成感が彼女を包む中、その言葉にピクリと反応したアイルがもう一度こちらを向いて姿勢を正した。

友人に権力など翳したくはなかった。だが双子だからと言って許される問題ではないのだ。カリンが向かおうとしているのは更衣室であろうが、そこに男性が入ればどうなるかわからない。

友人と認めたからには、名を呼ばせる事に決めたからには。カリンにそういう余計な問題を起こさせる訳にはいかなかった。

しかし彼女は知らない。相手が何者なのかを。


「ヴェルム様をご存知でない、ですか。では貴女はこの国を誰が護っているのか知らないのですね。加え、カリンは更衣室ではなく寮で着替えます。そちらは家族であれば入れますので。」


アイルはそれだけ言ってカリンの腕をとって歩き始めた。些か強引なアイルをただ見ているだけで成すがままのカリンは、それに異議を言うでも振り払うでもなかった。ただただ、アイルの事をじっと見ているだけ。


そんな二人が去ったホールへと続く廊下で、残された令嬢はアイルの言葉を脳内で反芻していた。そしてそれは次第に独り言へと変わる。


「グラナルドを護る…?つまりグラナルドの守護者。それは国軍?近衛?いいえ、違う。…護国騎士団。そう、ドラグ騎士団。団長の名は…」


カリンの正体がずっと気になっていた。なぜこんな天才が世に埋もれていたのか。

だが違ったのだ。埋もれていたのではない。何か目的を持って此処へ来たのだ。では目的とは?公爵家令嬢である自分と接触するため?いや違う。それなら二年前から何かしらあったはず。

今年来たのは違う理由だ。


そこまで分かれば一つしかない。


「竜司殿下、ですわね。」


東の国から留学生として訪れている竜司。彼の護衛か何かであれば納得出来る。いつも行動を共にしている事も、あの強さも。

そしてその指示を出している人物。名前は知っている。だがそれは初代騎士団長の名前としてだ。しかし令嬢は聞いた事がある。とある噂を。


護国騎士団の団長は創設以来変わっていない、という噂。


まさか本当に。いや、代々その名を継いでいるのかもしれない。それしかない。

そこまで考えて一つ頷いた令嬢。カリンとアイルが去った方向をぼんやりと見て、今は彼女のドレス姿を楽しみにしようと思考を切り替えた。


「ヴェルム・ドラグ、ね。」


意外な師父の正体に納得しながら。

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