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闇竜と騎士団  作者: 山﨑
266/293

266話

「さぁっ!商人も農民も貴族様も!そして国王陛下もご照覧あれ!本日は魔導大会最終日、全ての部門決勝戦でございます!」


魔導学院にあるコロシアムでは、初日よりも多くの観客が集まっていた。毎年大盛況の中開催される魔導大会の、一番の注目がここに集まっているのである。

戦闘魔法を熱心に教えておらずとも、誰もが使える魔法を派手に相手へと向け合うこの試合は、魔法に詳しくない者でもぱっと見で楽しめる分かりやすい競技というのもある。

学院生は皆頭が良いためか、買い出しなどでアルカンタを歩けば民は尊敬の目を向ける。生活魔法の括りに入る魔法しか使えぬ民は、それを専門的に学び彼らの生活を豊かにする魔法師の卵である学院生を大事にしているのだ。


それもあってか、コロシアムの中は人で溢れている。一般入場は出来ないものの、学院生から招待された者は入る事が出来るからだ。

地元の家族、首都で世話になっている店の店主、友人、実に様々な関係者が目当ての学院生を応援しようと詰めかけている。


コロシアムに入りきれない程の来場者が毎年来るため、校舎の廊下には遠目でも良いからと押し寄せた平民が多数窓辺に陣取っていた。招待されてもコロシアムで見る事が出来ない平民は多いが、それでも校舎から声援を贈って彼らを応援するのだ。

コロシアムは校舎が建っている場所よりも幾分か低い位置にあり、そこからなら多少遠くても舞台の様子が見える。

国王よりも高い場所に平民が多数集まるのは不敬だという意見もあるが、国王はそれを笑って許しているのだ。客は国王ではなく子どもを応援しているのだから、と。


そんな人の数も多く激しい盛り上がりを見せる学院。生徒会の面々はこれを乗り切れば一息つけると一層気合いを入れている。

決勝戦に出場する学院生は、入念に身体を解して舞台に入場する時を待っている。これから選手は全員が舞台へ上がり、国王からの言葉を受けるのである。

これが彼らの名誉であり、更に優勝者へは国王や高位貴族から直々に優勝旗や賞状を授けられる。これは末代まで語る事の出来る程名誉な事であり、実際に平民で優勝した者は現在宮廷魔法師として活動しながらも、貴族からですら一目置かれる存在になっている。


誰が栄誉を手にするのか。ここに集まる自分の他全てが敵であり、越えるべき壁である。

司会者の合図によって万来の拍手の中姿を現した学院生たちは、皆揃って真剣な表情をしていた。


「ふむ。皆良い顔つきだな。今年も期待出来そうだ。」


初日と同じく貴賓席に座る国王が、楽しそうに頬を上げて顎を摩りながら言う。特別誰かに語りかけた訳ではなかったが、しかしそれに言葉を返す者がいた。


「三年個人の部は優勝者が決まっているよ。あぁ、団体もかな。」


今日も今日とて気配もなく国王の後ろから現れたヴェルム。だが国王は予想していたのか、内心ですら驚く事なく平然としていた。それに気付いたのかどことなくつまらないような雰囲気を醸し出したヴェルムだったが、それを周囲にいる近衛騎士たちに悟らせない事くらいは慣れたものだ。

逆に近衛騎士たちは、ヴェルムが声を発するまで視界に入っていたはずにも関わらず気付けなかった事に驚いている。先日もこうして突然現れたヴェルムを見て、今度こそは接近に気付いてみせると息巻いていた近衛騎士は、惨敗という形になった。


「あぁ、お主の弟子がいるのだったか?ウェポンマスターだという。」


国王が楽しそうにヴェルムへ言葉を返せば、ヴェルムは少しだけ意外そうに眉を上げた。カリンが護衛として入学したのは報告していたが、まさかウェポンマスターである事まで話したりはしない。国王にとって必要な情報ではないからだ。

では情報源はどこか。少しだけ思考を巡らせて予想をすれば、幾つか候補が浮かんできた。


「あぁ、ユリア王女かな。」


そしてその一つを挙げて見れば、今度は国王が意外そうに眉を上げる番だった。どうやら幾つかある候補の内、正解を引き当てたようだ。


「そうだな。ユリアがよくしてもらったと話す者の中に、丁度お主が報告に挙げた名前があったと思い出してな。後でユリアに確認すれば、やはりその者であった。私の記憶はまだ衰えておらんらしい。」


まるで歳をとった老人のように語る国王だが、彼はまだ中年といって差し支えない年齢だ。働き盛りの年齢であるため、政務に忙しい日々を過ごしながらもなんとか身体を壊さずに過ごせている。

彼の護衛として付き従う近衛騎士だけでなく、零番隊も身を隠して警護しているため、絶対的な安全を保証された中仕事を行えるというのは確かに良い事だろう。本人は零番隊が警護している事など知らないが。


茶目っ気多く言う国王は、その目を初日よりも幾分か輝かせているのがわかる。世間からは政治に優れた賢王と呼ばれる彼だが、実は武闘派である事など近衛騎士たちは知っているのだろうか。

今でも気晴らしも兼ねて剣を取り、国軍と共に訓練所で汗を流している時がある。その時は近衛騎士が護衛に就かないため、もしかすると知らない者もいるかもしれない。


そんな国王は魔法にも理解があり、使用できる属性は少ないものの多少の魔法を使う事が出来る。知識は教わった範囲を全て覚えている程度の物だが、自分に出来ない事を子どもがやるという事に興味を持っているため、毎年この時期は魔導大会を楽しみにしてすらいた。


「たしかに、ユリア王女とは仲良くしてもらっていたみたいだね。彼女がまだ覚えていたとカリンに伝えておくよ。きっと喜ぶ。」


「世話になったのはユリアだがな。まぁあやつも寂しくしておる。たまにはお主も顔を見せてやれんか。」


長年の友の会話は気安く、近衛騎士としてはヴェルムの立場を知っているため追求しない。忠誠を誓った国王が唯一対等な関係として大事にしているヴェルムを、どこか尊敬するような有り難がるような目で見る近衛騎士たちに、当然ながらヴェルムは気付いている。

それを知って、国王に心から仕え壮健を願う臣下を得られて良かったなどと考えていた。


「たまには、ね。彼女も忙しいだろう?最近はどこかの過保護な親バカのせいで政務に忙しいみたいだ。」


己の考えなど面には出さず、ヴェルムは多分な揶揄いを含んで言う。それを見ていた近衛騎士は一瞬ヒヤッとしたが、直後国王が声を上げて笑ったことで肩の力を抜いた。


「親が親バカで何が悪い?娘には苦労をさせたくないと思うのが悪いことか?どうせ苦労する羽目になるのなら、私が少しでも軽くして楽な治世に出来るように土台を作ろうとするのも悪いことか?甘やかし大いに結構。これで調子に乗るようなバカな娘であれば皇太女になぞしておらぬ。まぁ一度失敗したからこその改善だな。」


カルム公爵とその娘であった令嬢、そして血縁の当時の王妃、王太子、第二王子、第一王女の事を言っている。国王にしか言えぬ果てしないブラックジョークを笑える者などいるものか。

楽しそうにケラケラと笑う国王を、近衛騎士たちは貴賓席周囲の席に座る貴族たちに聞かれやしないかと不安で仕方なかった。

当然、貴族たちに聞かれて困るような今、そのような発言を国王がするはずもない。ヴェルムが遮音結界を張っていると気付いているからこその発言である。

もし近衛騎士がその事実に気付いていれば、きっとこう言ったに違いない。なら自分たちにも聞こえないように張って欲しい、と。


「清々しいまでの開き直りだね。まぁそれがゴウルらしいか。ユリア王女も可哀想に。ずっと放置されていたかと思えば溺愛されて。家出させたままにした方が良かったかな。」


やれやれと呆れたように息を吐き出して首を竦めるヴェルムに、国王の雰囲気が変わる。さっきまでの和やかな雰囲気はどこへやら。


「それだけは許さん。ユリアをお主の下にやれるか。今まで共に過ごせなかった分、私と時間を共にするのだ。ユリアは絶対お主にはやらんからな!」


「こんな面倒な保護者付きの王女なんていらないよ。曰く付きはもう手一杯だ。」


「なに!?お主、ユリアをいらんと言ったか!そこへなおれ!叩っ斬る!」


「あぁ…、面倒くさいな。」


「誰が面倒くさいだっ!」


あれ、ほんとにこの二人って仲良い…?と思った近衛騎士は多分正しい。















「よく竜司くんを倒せたね。流石は公爵令嬢!」


何も持たず警戒もしていない状態のカリンが、いつもと変わらぬ笑顔で対戦者に言葉をかける。そう、相手はスピア公爵令嬢だった。

昨日の決勝トーナメントで、令嬢と竜司は最終戦として戦ったのである。そこで劣勢だった令嬢は奥の手として難易度の高い水属性魔法を操り、竜司の意表を突いて勝利した。彼女としては対カリン用の奥の手だったが、それを使わねば負けていたのだから後悔は無い。

しかし改めて舞台で相対すると、カリンは何の警戒もしていないというのに隙がこれっぽっちも見当たらない。

どこからどんな魔法を使ってもいなされそうで、どうにか光明を見つけてから試合が始まって欲しいと切に願っている事など、盛り上がる観客は気づいていないだろう。


「お褒めにあずかり光栄ですわ!しかしカリンさん、昨日のがわたくしの全力だと思われては困りますもの。手加減は無しでお願いしますわ!」


今日は余程気合を入れてきたのか、いつもよりも髪がしっかりセットされており、首から上を見れば舞踏会へ参加するのではないかといった風貌だ。

だが始まる舞踏会ではなく魔法による武闘会。舞うのはドレスではなく砂埃や火の粉、水滴であろう。

化粧までキッチリとした彼女は、団体戦の決勝が終わった後だとは思えぬ凛々しさである。疲れは欠片も見えず、寧ろ先ほどまでより調子が上がっているようにも見えた。


「いいね。団体戦であれだけ力を抜いてたんだもん。それでも優勝したし、個人の部も優勝を狙う気持ちは分かるよ。」


カリンは優しい笑みを浮かべながらも、どこか余裕ある態度を崩さない。だが、一度口を閉じた瞬間に一気に纏う空気を変えた。

なんと例えるかは分からない。だが明らかに戦闘モードへと入ったカリンに警戒度を一気に引き上げたスピア公爵令嬢が構えを取るのと同時、再びカリンから言葉が飛び出した。


「でもね、私も師父から優勝しろって言われてるんだ。ねぇ、スピア公爵令嬢。ウェポンマスターが扱う武器に、魔法も含まれるって、知ってる?」


言葉の最後は、審判の教師が発した始めの合図によって掻き消された。だが公爵令嬢は何故かハッキリそれが耳に残り、ゾワッと背筋を何かがなぞる感覚に我に返って身を捩った瞬間、令嬢の顔があった空間に水属性魔法の水槍が飛んでいったところだった。


「くっ!…我が魔力を用いて水よ逆巻け、渦水っ!」


魔法の詠唱が必要なのは、一般的には当然の事だ。毎日何回も使うような生活魔法であれば無詠唱で発動できる者もいるが、戦闘用の魔法となればそうもいかない。

しかし本来はもっと長く詠唱する魔法を省略して咄嗟に使える公爵令嬢は、やはり武門の貴族家として優秀なのは間違いない。


だが令嬢が放った魔法は一歩も動かないカリンが手を払うだけで霧散してしまう。カリンは初日からここまでこのような高等技術を披露してこなかったため、無詠唱で初級程度の魔法が放つ事が出来る生徒だと思われてきた。

しかし今やった事は簡単そうに見えて全く違う。向かってくる魔法と同じだけの魔力を練り込むか、より良い質で上書きするか、多くの魔力を使ってうち消すしかない。

それを手を払うだけでやってみせたカリンに、観客席からは一瞬の静寂の後に爆発的な歓声が湧いた。


「はい、お返し。」


同じくこれまでそんな技術を見た事がなかった公爵令嬢だったが、カリンならば出来てもおかしくないと考え意外と冷静であった。だからこそ、軽く言われて放たれた自分が放った渦水の魔法よりも遥かに大きな同じ魔法が向かってきても、冷静にその対処法を考えられたのかもしれない。


「水の魔力よ、来たりし敵より我を守れ!水壁っ!」


しかし大きな渦水を止めた水の壁は、彼女の想定より多くの魔力を使用してしまう。魔力が足りなくなれば生命にも関わるため、本大会では魔力切れになる前に舞台の外から見ている教師が止めに入る事になっている。

だが公爵令嬢はまだ魔力の底が見えた訳ではない。そうでなくては決勝へなど来れるはずもなかった。

とはいっても、令嬢の魔法は軽く払われ、相手の魔法を相殺するのにこちらは多大な魔力を使用している。たったの一往復の魔法で、歴然たる壁が聳えている事を改めて思い知らされたのである。


「もう終わり?ガッカリだなー。今からでもスペア公爵令嬢に名前変える?」


カリンは周囲に聞かれぬよう遮音結界を舞台に張ってから挑発する。流石に公爵家の令嬢を侮辱したと言われては、後々面倒くさい事になる。だがこの挑発は彼女にとって今必要な事だった。


「誰がっ!予備ですか!わたくしは諦めたりしませんわ。この魔力が尽きる寸前まで貴女に魔法を放ってみせます!」


カリンの想定通りに挑発に乗った令嬢。それを見てカリンは満足そうに頷いてから結界を解いた。これ以上余計な会話は必要ないと判断しての事だ。




それから数分、公爵令嬢の怒涛の魔法攻撃が続いた。舞台を動き回って多角的に魔法を発動させ、虚偽も混ぜて多彩な攻撃でカリンを攻めた。

カリンはそれを楽しそうに笑いながら全て捌き、時折不十分な威力で放った令嬢の魔法を打ち消しては同じ魔法を使って返した。


「どうやら、スピア公爵令嬢は良い好敵手が見つかったようだな。あれでは試合ではなく指導だ。」


二人の試合を見ていた国王が呟く。彼は魔法が得意ではなくとも、目は肥えている。繊細で美しく無駄のない魔法を使うとある竜が、夜遅く度々勝手に私室へやって来るからだ。

そんな友であり契約相手であるヴェルムが使う魔法と、よく似た使い方をする少女。流石に弟子だと言うだけはあるな、などと別の方向で感心していた。


「先ほどの挑発。あれも良かった。スペア、か。ふふふ。」


何故遮音結界を超えて国王がその会話を知っているかと言えば、当然ながらヴェルムの仕業である。

彼は空間魔法の応用で結界内と国王の周りだけ空間を繋げたのである。所謂、魔法を用いた盗聴だ。

空間魔法自体がごく僅かしかいないため有名ではない上、仮に空間魔法が使えてもこれは難易度が桁違いのため習得できるかも怪しい。そんな事に力を使うのであれば、風属性や地属性の集音魔法を練習した方が良いだろう。


「いやぁ、私の弟子は中々面白い言葉を考える。これはスピア公爵を見かけたら笑ってしまいそうだね。」


ヴェルムが国王の呟きに反応を返し、国王はそれを想像してまたクスクスと笑う。

静かに観戦していたのに急に始まった二人の劇場に、今度は仲良くしてくれよ、と近衛騎士は願わずにいられなかった。

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