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闇竜と騎士団  作者: 山﨑
264/293

264話

暦の上での夏が過ぎ。未だ残暑で気温は上がるものの、朝夜はグンと冷え込む頃。夏の青々しい木々は少しずつその密度をへらし、道を隠す落ち葉が目立ってきた季節。

魔導学院では生徒も教師達も慌ただしく動いていた。その理由は、近いうちに行われる魔導学院恒例の大会にある。


魔導大会。これは魔導学院の生徒が全員参加する、この学院での学びを披露するための大会だ。

魔道具師などの生産職を目指す生徒は、己が作り上げた作品を展示する事で評価を得る。普段教室として使用される部屋を展示室として利用し、様々な生徒の作品を飾るのである。


魔法を用いて何を成すのかは、生徒一人一人の自由だ。そのための学びを学院は提供し、生徒は腕を磨く。これは学院としても生徒としても大事な大会で、すべての生徒がどこか浮き足だったような雰囲気を全体で醸し出している。


しかし本大会の目玉は展示ではない。戦闘魔法師として腕を磨く生徒の、トーナメントによる模擬戦。これを見るためにアルカンタ以外の都市からも多くの客が訪れるのだ。

貴族は勿論、商家や冒険者、傭兵。そして何より、宮廷魔法師と王家が訪れる。これは王立魔導学院である事と、将来有望な生徒に唾をつける為でもあった。

そのような目的の客は多く、客同士の熾烈な勧誘合戦が行われるのも恒例の事だ。


更に、今年は例年以上の注目が集まっている。それは東の国皇子である竜司が参加するという事や、飛び級で最高クラスに飛び込んだ平民がいる事、そして昨年と一昨年の個人の部優勝者であるスピア公爵令嬢がいる事。

公爵令嬢の三連覇か。飛び級の天才か。そして、東の国の皇子はどこまでやれるのか。客の興味は最高クラスであるAクラスに集まっている。


東の国は今年から交流を本格的に始めたものの、未だその文化の違いから理解が深まっているとは言えない。グラナルド貴族の一部が、東の国は弱小国だと言い張るのも知らないからだ。

今年の竜司の活躍によって、今後の東の国に対する反応は大きく分かれる事になるだろう。それが分かっている竜司も、カリンと行動を共にしつつも武技に魔法にと鍛錬を重ねてきた。

今では彼の実力も上がり、並の生徒では敵わなくなっている。近接戦闘の授業で模擬戦をしても、彼を下すのはカリンただ一人になっていた。

しかし大会は魔法主体である事が推奨されるため、魔法同士の戦いでどうなるかは分からない。何故なら、このような大会があるにも関わらず、これまで魔法実技の授業で模擬戦をしてこなかったからだ。

よって、対人戦といえる授業を行なっているのは近接戦闘の授業のみ。戦いの手段は違っても、対人戦に慣れているのとそうでないのでは大きく異なる。そのため、夏季休暇を終えた後の近接戦闘の授業は、受講者が一気に増えた。


カリンと竜司は変わらずこの授業を受けていたが、そこにスピア公爵令嬢も合流した。更に彼女の友人も加わったことで、カリンを指導者としたチームが出来たのである。

授業の前半は、教師による型の指導。これは選んだ武器によって異なるため、毎回それ専門の教師が代わる代わる訪れるのである。その教師の専門が槍であれば、槍を選んだ生徒が教師から教えを受ける。他は事前に教わった型をひたすら繰り返すのである。

この時間でカリンは令嬢の友人たちに指導を行った。当然、竜司も一緒である。

教師の中には刀を専門とする者がおらず、竜司に指導するために新任の歴史教師がこの時間を担当する事になった。が、そう滅多に来れる訳でもないため、ほとんどが個人修練となっている。

因みに、この新任は暁の部隊員である。


そんな盛り上がりを見せる近接戦闘の授業だが、大会では武器の使用は禁止されている。そのため真剣に取り組む者は多くなく、それが怪我に繋がると注意される生徒も多い。

しかしそこで怪我をしても、回復魔法の授業を受けている者が実習として訪れており、その者達が怪我人をどうんどん治療するため、寧ろ怪我人大歓迎といった様子になっているのも毎年恒例であった。


「またやってるのね…。あそこだけ異様な雰囲気だわ。」


近接戦闘の授業中、スピア公爵令嬢の友人がポツリと呟いた。その声は呆れが多分に含まれており、それに釣られて視線を向ければ、確かに呆れるような雰囲気がそこにはあった。


「最近、あの子に群がる男子が増えてないかしら。寧ろあの子に治療してもらう為に態と怪我してるのでは?」


隣にいた別の友人が同意するように言ってから、持っていた木剣をおろす。彼女達はカリンから受けた指導を懸命にこなしていた。今は休憩といったところだろうか。


「陰口を言うものではありませんわ。ほら、カリンさんから教えていただいた素振りがまだ残っておりますわよ。」


それでもスピア公爵令嬢から注意を受ければ、そうですわね、と令嬢らしい微笑みを向けて再度木剣を持ち上げる。これがお茶会などの光景であれば会話も華があるのだが、残念ながら持っているのはティーカップではなく木剣だ。着ているのもドレスではなく運動着である。


「まぁ、気持ちは分かりますが…。」


視線を戻して素振りを始めた彼女達は、公爵令嬢の呟きを拾えなかった。しかし彼女達よりも少し遠くにいたカリンにはしっかり聞こえており、その会話を含めた全てを把握した上で苦笑を浮かべるのだった。


彼女達が話していたのは、回復魔法の授業で実技として派遣されている生徒と、それに群がる近接戦闘の授業を受けている男子生徒の事である。

治療しているのは、とある伯爵令嬢。近年伯爵家の庶子として家に迎えられた令嬢だ。伯爵令嬢は慈愛の笑みを浮かべて怪我をした生徒を治療している。それに頬を赤くしてただ見ている患者は、熱かと心配されて額に手を置かれ、更に顔を赤くして照れていた。

カリンはそんな光景を横目でチラリと見てから、なんだか胸がムカムカしてきたため目を逸らした。


「なんだあれ、気持ち悪いな。」


そして呟いた言葉は、隣で素振りをしていた竜司にばっちり聞こえた。


「ん?あぁ、あの子か。カリンはあんなもの見なくていい。そろそろ手合わせしよう。」


竜司はあっさりと流して手合わせに誘う。カリンとて見たいわけではないため、これまたあっさりと頷いて木剣を構えた。

素振りをしていた公爵令嬢達はそれを見て手を止め、観戦の姿勢に入る。最近出来たいつもの光景であった。













魔導学院の敷地は広い。とは言ってもドラグ騎士団の本部程ではないが。しかし騎士学校と同じく訓練の為の施設が多く、また魔導書などを保管する図書館も併設するためそれなりの面積を持っていた。

そんな広い敷地を、ただ一人の侵入者ですら許さないとばかりに監視する集団がいる。ドラグ騎士団五番隊である。


彼らは竜司を護衛する為におり、外部からの侵入を防ぐ役割を与えられている。仮に侵入されても、中には職員として潜入している零番隊がおり、護衛対象の横にはほとんどの時間を共に過ごしているカリンがいる。

それでも、まずは侵入されない事が大事であるのは間違いない。そのために五番隊は毎日二十四時間体制で敷地を監視しているのである。


普段行なっている国内の諜報活動も並行しているが、そちらはほとんど三番隊に任せている状況だ。これに関しては三番隊隊長のリクも任せろと胸を叩いていた。

人員を交代させつつ、敷地に不審者が侵入していないかを見張る。しかもそれを学院関係者に悟らせないようにするという徹底ぶりだ。

当然ながら学院長はこの事を知っているが、教員ですら通達されていないのである。


「最近、不審者が増えましたね。」


五番隊隊員が言う。彼の言う通り、魔導大会が近づいているためか、諜報員が増えてきたのは事実だ。この日だけでも捕まえた数は片手で足りない程で、これが毎日となると確かに多い。

その分、暇なこの任務に刺激があるのは良いのだが。


「大会当日は外部から多くの者が来る。それまでに来賓がどこで過ごすかなどの情報が欲しいのだろうな。後は罠を仕掛けたりする可能性もあるが。これから忙しくなるぞ。気は抜くな。」


「はい。承知しました。」


隊員は上司に敬礼してその場を去る。五番隊隊長のスタークからも常々言われている、気を抜くな、という言葉。五番隊にとってこの言葉は常に敵地にいるつもりで行動しろという大事な言葉である。

東の国では、常在戦場という言葉があるという。いつだって戦場の真ん中に立たされているかの如く気を張り巡らせろという意味だが、これを実践しているという東の国の侍という戦士を真似ているかは分からない。

だが五番隊は隊長であるスタークを深く尊敬している。彼の言葉ならばいつだって受け入れて行動に移せるのだ。


今日も五番隊は任務をこなす。これから忙しくなっても、いつでも気を抜かないだろう。

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