表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
闇竜と騎士団  作者: 山﨑
261/293

261話

夏。雨の多い雨季を乗り越えてたどり着いたその季節は、容赦なく大陸に太陽の光を届ける。大陸南部は連日猛暑が続き、地域によっては熱中症で死人が出る事もある危険な季節である。

そんな夏は義務教育の学校も長期休暇に入る。学校によってはたんまりと宿題を出され、休みといえど勉学を怠る事なかれ、という教師の愛が詰まっているそれに悪戦苦闘する子ども達を見る事が出来た。

義務教育での学校は夏休みを長く取る訳ではない。この夏休みは教師達のためにある物で、秋や冬だと雪に閉ざされて移動も困難になるため、それぞれの地元に帰るためには夏しかないのである。

子ども達は夏という季節から、親の手伝いが多くて忙しい。そのためこの長い休みで家の仕事を手伝い、学校中心の生活から家族中心の生活を取り戻す意味でもこの夏休みは必要なものだった。


では学校は完全に閉鎖されるのかと言われればそうではなく、教師の中にはその村や町出身の者もいるため、そういった者が持ち回りで必ず誰か教師がいる状況を維持している。

それは、子ども達が学校に来る事があるためだ。夏休みの間も学びたい子どもや、親から仕事の手伝いよりも学びを優先しろと言われている子どもは、自主学習として開かれた一つの教室を目指してやってくる。それの監督が、持ち回りの教師の役目だ。

更に、昼頃になれば子どもが増える。それは夏休み中でも毎日提供される給食が目当ての子どもだ。家庭によって経済状況は異なる。給食を食べられるかどうかは、そのまま生きるか死ぬかに直結する家庭があるのだ。

そんな状況を国が放置しておくはずもなく、国の未来たる子どもを一人でも健康に生かすために、給食は夏休み期間中でもほぼ毎日提供される。


この給食を作っているのは学校に雇われた近所の主婦である。町の規模になると、レストランや食堂の見習いが日替わりで学校に来て作っているという。

その分安く雇う事が出来る上、見習い達も腕を磨く事が出来る。各領地の領主から出された金銭でやりくりするのも、学校長の腕の見せ所である。




そんな中、首都にある三大学校もそれぞれ夏季休暇に突入していた。

首都にあるだけあって国中から集まるため、夏季休暇は帰省の事も考えて随分長く取られている。十二ある月の内、三ヶ月近くが休みになるのだ。これは遠方の領地出身の者の為に与えられた時間でもあるが、教師にも恩恵がある。


夏季休暇の間は、教師達それぞれの研究を行って良いのである。

教師達は国最高峰の学校で教鞭を執るだけあって、それぞれが専門家である。その専門家とて、己の研究を抱えている者がほとんどだ。生徒がいない間、その研究を存分に進められる。それでいて給料も出るのだから最高の職場だろう。

そこまでしてやっと繋ぎ止められると考えられる程に、学者というのは偏っており偏屈なのである。その貴重な頭脳を後進のために活かしてほしい、と言われて頷くような学者はほとんどいない。だからこその夏季休暇であり、生徒は年に一度でも家族とゆっくり過ごす事が出来、教師は何にも邪魔されず己の研究を進められる。

誰しもにとって必要な物が夏季休暇だった。


三大学校の一つ、魔道学院にも夏季休暇が存在する。留学生として東の国から訪れている竜司も、この夏季休暇の間に一度、己が治める港町を中心とした領地に戻るという。

兄である源之助が道中の護衛に名乗り出ており、竜司はそれに即決で頷いている。源之助はその時既にヴェルムから許可を得ており、根回しの良さを感じさせた。


そんな夏季休暇に入る直前、竜司はいつも共に学院での時間を過ごしている女子生徒二人に声をかけた。


「カリンは夏季休暇どうするんだ?」


いつまでもカリンさんと呼ぶ竜司に怒ったカリンが、さん付けをどうにかしろと宣言してから既に一月近く経っている。やっと呼び捨て出来るようになった竜司は、慣れたようにカリンへと質問を飛ばした。

それにうーんと宙を見てから考えたカリンは、すぐに目線を竜司に戻してから明るいいつもの笑顔で答える。


「決まってない!まぁ家に帰ろうかなとは思ってるんだけど。他にやる事もないからねー。」


あっけらかんと言うカリンに、それを聞いていた周囲の生徒達はほんの少し同情した様子で二人の会話に耳を傾けた。

学院に通う平民の多くは、裕福な家の出である。所謂苦学生といった者は多くなく、才能に溢れているが金は無い、などという事は滅多にないのだ。

それは、そもそも才能があるかどうかを判断する基準にまで勉強を続けられない事が理由だ。金が無ければ良い教育は受けられない。だからこその義務教育だが、そこで埋もれてしまう才能は国が把握出来ていないだけで幾らでもいるだろう。

運良く才能を見出されても、その領地の学校に行けばいい。わざわざ首都まで出てくる金も出資者もいないのだから、金のない天才が首都に現れる事は滅多にないのである。


別にカリンが貧乏だとは彼女も一言たりとも言っていないが、彼女の後ろ盾などに関して情報がない為、首都出身の貧乏な家庭の育ちだと思われている。

夏季休暇でやる事が無いというのは通常あり得ない。貴族達はその間に社交を行い、情報交換や顔つなぎをするのだから。


だが、そんな同情の篭った視線とは違う態度をとったのが竜司だった。彼は見るからに嬉しそうにしていた。やる事がないと言うカリンに嬉しそうな笑みを向けたかと思うと、ちょっとそこまで、と言わんばかりの軽い感じで提案をしたのだった。


「じゃあ私の領地に来るか?港町なのだが、海の幸やすぐ近くの山の幸が色々あって、毎日の食事が楽しみになるはずだ。カリンが良ければ、招待しよう。」


その提案は非常に軽く言われたが、聞き耳を立てていた生徒達の間では激震が走っていた。それもそのはず、夏季休暇に己の家へと誘うのは、婚約者にする事だからである。もしくは恋人。だが二人の関係はどちらでも無いはず。では竜司の片思いなのか、と様々な邪推が生まれている事に彼は気付いているのだろうか。


だがそんな興味津々な生徒達を、更に驚かせる答えがカリンから齎される。


「え?ほんと!?良いの?じゃあほら、スペアさんも一緒に行こうよ!」


「だから誰が予備だと…!って、えぇ?わたくしがですの?あ、いえ、嫌とかではなくてなくってよ。…その、お父様にお伺いしてみますわ…。」


「うん!スペアさんも一緒なら楽しいよ。竜司くんのお家見るの楽しみだなぁ。」


「いえ、だから予備ではないと…!あぁ、もう…。カリンさんは意地悪ですわ。」


キャッキャと盛り上がる女子二人に、竜司は当然のようにスピア公爵令嬢にも是非と声をかけている。

これによってまた、生徒達の間で様々な予想が立てられるようになる。


カリンが本命だが友人関係を壊したくなくて令嬢も許可した。

実は令嬢が本命でカリンが一緒に行こうと言えば来るのではと先にカリンを誘った。

ただ単に友人を誘った。


若者の想像力は逞しく、他にも様々な予想がされては消えていく。貴族社会に生きる彼らだからこその発想が面白く、しかしそれを覗ける訳ではない三人は、周囲に盛大な勘違いをさせている事に気付いていなかった。













「あれ?源之助さんだ!お久しぶりです〜!」


カリンが元気に挨拶した先には、旅装を身に纏った源之助がいた。彼らは今、今年建ったばかりの東の国大使館にいる。大使館の中には東の国の者しか基本的には入れないが、今回は招待されているため厳重な身元確認の上で許可されたのである。

その際、カリンは身元を証明する身元保証人の欄にドラグ騎士団の団長の名があった事で一騒ぎあったのだが、それは割愛しよう。


「あぁ、カリン。久しぶり。今回はこちらが護衛故に、おとなしくしておくといい。」


源之助はまだ二十代後半だが、十代の頃にヴェルムに拾われてその才能を開花させ、瞬く間に零番隊へと昇格している。その点に関してはカリンとアイルの双子と似たようなものであるため、双子と源之助は仲が良い。同じ頃に騎士団へ来たというのもその理由の一つだろう。

最早人生の大先輩と呼べる者ばかりなドラグ騎士団において、同年代というのは貴重だ。それが十歳以上離れていたとしても。

源之助は刀の達人であり、ウェポンマスターであるカリンとは手合わせを幾度も行ってきた。互いに競うように鍛錬し、互いに溢れ出る武術の才能を見せつけ合うように境地を目指した。

刀一本で無数の武器を扱うカリンに対抗する源之助は、同じく刀の達人であるヴェルムを目指してその腕を磨いている。精鋭のアレウスであったり、鉄斎、暁のリーダーなども刀を使うため、若き才能と喜んで手合わせをしてくれたものだ。


零番隊で最年少は双子だが、その次が源之助なのである。なれば三人が仲良くなるのも必然で、今は二人とも同じ人物の護衛をしているが、担当が違う為顔を合わせる事は少ない。

それもあっての久しぶりという発言であった。


「おとなしくってなによ!源之助さんが対処できない敵が来ても助けてあげないよー?」


揶揄うように言う源之助に、カリンも同じように揶揄うような目で見ながら言う。その後二人はニヤリと笑ってから声を上げて笑った。

そこに、複数の足音が近付いてくる。それにすぐ気がついた二人はそちらへ目を向けると、それぞれ今の仕事に相応しい表情へと変わる。

やって来たのは、二人の護衛対象である竜司とその他東の国の者だった。


「そこな傭兵は殿下のご学友と知り合いでしたか。」


竜司の斜め後ろに立つ男が言う。彼は東の国大使館に常駐する外務官である。今は大使の役目を竜司に明け渡しており、竜司が学業で行えない大使の仕事を代わりにやっている。とはいっても、その肩書が彼の下にあった頃とやる事は変わらないのだが。あくまで代理という形に変わっただけだ。

温厚そうな見た目は、話す人に警戒心を抱かせ難い。だが外国の首都に乗り込んで自国のために動く人物が本当に温厚な訳もなく、その瞳の奥には歴戦の強者のような雰囲気が見え隠れしていた。


「大使代理殿。こちらのカリン殿は、自分が世話になった方のお弟子さんなのです。まさかこちらでお会い出来るとは思いもせず。大変失礼致した。」


そう言って頭を下げる源之助は、今回傭兵として護衛に参加している。傭兵団の一員とはいっても、その傭兵団はドラグ騎士団零番隊、暁の面々であるが。

暁は冒険者であったり傭兵であったりと様々に姿を変えて大陸を歩いており、今回はたまたまグラナルドにいたという理由で護衛に選ばれている。という事にしている。


更に源之助は竜司に正体を明かしており、しかしそこからカリンの正体がバレてはいけないため、少し変装もしているしカリンとの関係を竜司に明かしてもいない。

前からの知り合い程度に収めることを事前に話し合っていた。


「源之助さんはすごく強いんだからね。道中安全なのは確かだよ!」


カリンがにこやかに言えば、大使代理は穏やかに微笑んで嬉しそうにカリンを見た。次いで竜司を見れば、竜司は何やら嫌そうに顔を顰めている。


「代理。その目をやめろ。カリンは同級生だ。飛び級の天才だぞ?見た目通りと侮るな。」


竜司はカリンを見定めるような目を向けた大使代理に苦言を呈すが、代理はそのようなつもりでいた訳ではない。勿論、皇子の学友として相応しいかどうかは見定めるつもりだったが。


「やめろと言うに…。まぁいい。準備が出来たら出発だ。既にスピア公爵令嬢も到着している。あまり待たせるのも悪い。」


竜司の後ろに立つ複数人から様々な思惑の篭った視線を受けながら、カリンはニコリと笑って元気よく頷いた。

愛想よく振る舞う彼女に、警戒を解いている者もいる。だがそんな女子相手でも警戒を解かない警備担当もおり、そういった者達の視線は容赦なくカリンを貫いている。

だがカリンとて零番隊。そのような視線に一々心乱されるような柔な鍛え方はしていない。

カリンはニコニコと笑いながらも、東の国のお土産何にしようかな、などと考えていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ