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闇竜と騎士団  作者: 山﨑
259/293

259話

魔導学院の校舎を歩く集団がいた。内訳は男四人と女一人。その内の一人は男性教師であり、何も知らない者が見れば教師に集まる生徒三人に見えただろう。授業で分からないところでもあったか、それとも単に教師と仲が良いのか。

だが実情は違う。どこからどう見てもこの集団の主役は女子生徒であり、五人の中で真ん中を歩く女子生徒に男四人がその気を引こうと、懸命に話しかけているのだ。

それはまるで王を守る親衛隊のようであり、他の誰からも女子生徒に話しかけさせないという強い意志を感じる。

はっきり言って異常な光景だが、ここが貴族家の者が多く集まる学院とはいえ、年若い男女が集まれば恋愛の一つや二つ、当然のように起こるものだろう。


だがこの五人は少し事情が異なる。周囲から突き刺さるような目は呆れに満ちており、しかしそれを直接男四人に向ける事はない。多くの女子生徒から目を向けられるのは、この集団の真ん中を歩く一人の女子生徒であった。


彼女の身分は伯爵令嬢。中立派に身を置く伯爵の庶子である。当然だが当主には妻がおり、その娘もいる。女子生徒の義姉となる娘は、すでに成人しており嫁に出ていた。そのため屋敷に暮らすのは伯爵と夫人のみ。そこに庶子である彼女が引き取られてきたという形だ。


彼女の母は伯爵邸に勤める下級侍女であり、伯爵の手付きとなって妊娠が発覚した後に子どもが生まれる前に退職の形を取らされている。

ある程度の支援金が毎月送られてはいたが、それだけでは母娘で生活する事は出来ない。そのため母は針子として働き、娘は義務教育で訪れていた学校で聖属性魔法の才能を見出され、治療院で訓練しつつ患者を治療する事で給金を得ていた。


母親は元から身体が強い方ではなく、娘が十歳を過ぎた頃に倒れ、母の治療のためにも金を稼ぐ必要があった娘はとにかく働いた。そして現在は下町に暮らしていた頃とは打って変わり、彼女は伯爵令嬢という立場を得た。だが娘の懸命な看病の甲斐もなく生みの母は亡くなっており、簡単な葬儀を済ませた後一人暮らしを始めたばかりだった。

伯爵家の遣いが突然現れて、父親の下へ案内すると告げられた時は随分と驚いたものだ。それを告げた使用人らしき男の身なりが良かった事もまた、それを助長していた。


彼女が下町で暮らしていた頃についた呼び名が"下町の聖女"である。首都アルカンタには聖女と呼ばれる金髪の美女がいる。それと同等に語られる程に彼女の献身は人々の心を掴んでおり、その噂をドラグ騎士団も把握していた。

強力な聖属性魔法使いではないが、そもそも聖属性魔法が貴重であるため、毎日治療院には多くの貧しい民が列を作っていた。

患者一人一人と丁寧に言葉を交わし、真摯に治療を行うその姿に感謝と尊敬を込めたその呼び名は、貴族に届くほどだったのだ。だからこそ、伯爵家も彼女を戸籍に入れる決定を下したのだろう。


そして彼女は魔導学院への入学を果たす。才能、努力、運、そして財力。全てが噛み合った奇跡のような確率だっただろう。仮に高位貴族であっても入試において不正は出来ないという魔導学院において、実技一辺倒だった彼女は文字通り必死に勉強したに違いない。

庶子という生まれにも負けずにそれを果たした彼女のクラスはBクラスだが、最低クラスでない事のほうが驚きだろう。最高学年である三年生のクラス分けは余程の事がない限り変わらない。それでも留年せずに残れる事だけで庶子など関係なく将来は安泰だ。

平民も多くはないとはいえ在籍しているのだから、それは当然である。


そんな人生大逆転の生活を送る彼女は今、四人の男性に助けられながら学院生活を送っている。彼女の周りには常に四人のうち誰かがおり、どれも学院では女性人気の高い見目の整った者ばかりだ。

侯爵家子息、大商会の商会長子息、宮廷魔法師の子息に教師である。この四人は全員、昔から決まっている婚約者がいる。その婚約者達が彼女に虐めなどせぬように見張っているというのが彼らの言い分であり、しかしそれを信じている者など学院には誰もいないのだからいっそ滑稽ですらあった。




そんな男四人と女一人の集団が歩いていると、前方から歩いてくる三人組が目に入った。ここは学院の敷地内であるため、仮にすれ違った者が上位の者でも遜る必要はない。だがそれは挨拶をしなくて良いという訳ではなく、権力を盾に脅したりしないようにね、という上位者向けの規則なのである。


だが今回は、低位の者がそれを勘違いした。


ドンとぶつかった肩によって、侯爵家子息はよろめいた。前方などこれっぽっちも気にしておらず、肩がブツかっても普段なら気にしなかっただろう。だが彼の機嫌は見事なまでに急降下したのである。


「おいっ!ぶつかったら謝るのが筋だろう!どこに目をつけて歩いている!」


「あぁ、悪いな。だがそちらも前を見ずに廊下の真ん中を歩くのはやめた方がいい。怪我をするぞ。」


ぶつかった相手に怒りの表情をむけた侯爵家子息は、その勢いを穏やかな様子で流す相手に一瞬だけ唖然とするしかなかった。如何にここが学院であっても、他国の王族に尊大な態度はとれないからだ。


そう、ぶうかった相手は東の国皇子、竜司である。

竜司は先んじて謝罪を述べて非を詫びた上で子息の行動を軽く注意した。本来ならば他国といえど頭など下げてはならない存在が、これで手打ちにしようと歩み寄ったのだ。その意味が分からないようでは貴族子弟など名乗れない。

侯爵家子息はすぐにそれに気付き、態度を改めようと背筋を伸ばしかける。だが彼にとって、そして竜司にとって厄介な事に。その場には侯爵家子息が見栄を張りたい相手がそこにいた。


「ひ、東の国皇子といえど、ここはグラナルドが誇る魔導学院。そこの生徒として在籍しているのならば、ここの規則も知っておろう。今回は貴殿の謝罪を受け取ったという事で収めようではないか。」


その一言は、その場にいたほとんど全ての者が耳を疑う内容だった。好いた女子に気丈な姿を見せたい虚栄心は理解出来る。しかしその相手と場が只管に悪かった。

何度も言うが、相手は他国の皇族なのだ。たかだか侯爵家程度に赦してもらうような立場ではない。しかも間の悪い事に、その場にはより明確に立場が上の者がいた。


「貴方、ご自分が今何を仰ったか理解しておりますの?」


スピア公爵令嬢。グラナルド王族との血縁である、公爵家の令嬢である。貴族としての出世は陞爵であるが、それで上がれる爵位は侯爵まで。それよりも上の立場である公爵には、何をどうしても上がれないのだ。その方法は一つ。王位を継がぬ王子を婿に迎える事だけ。

現在グラナルドには王子がおらず、実質的に現状では新たな公爵家が生まれる事はあり得ない。

仮にスピア公爵令嬢が伯爵位から下の家門に嫁いだとしても、その生まれが公爵家である事に変わりはないため、侯爵家を継ぐ訳でもない子息からすれば死ぬまで頭を下げ続けなければいけない相手なのである。


「ス、スピア公爵令嬢…。この私が何を言ったかですと?そ、それはもちろん。私の寛大な心で今の事は無かったことにしようという意味ですが?その意味が分からぬほど、スピア公爵家の教育は遅れておいでか?」


だが既に他国の皇族に尊大な態度をとった後だ。天竜の血を継ぐと自称する東の国の皇族にあの態度をとれたのだ。自国の公爵家などに恐れはない。ここが学院という場所だというのも、彼の態度を大きくさせる一因であるのは間違いない。


「なっ…。貴方正気で…」


「あ、あの!」


怒りに震える公爵令嬢の言葉を遮ったのは、何処から湧いたか分からぬ自尊心に塗れた侯爵家子息ではなかった。

先ほどから侯爵家子息以外の男三人に護られるように囲まれていた、伯爵令嬢その人である。


彼女は男達の囲いからスッと抜け出し、それを心配そうに見る彼らへは一瞥もくれずに前に出た。

そもそも社交界では、己よりも高位の貴族から声をかけられるまで、下位貴族は話しかけられないのが常識だ。それを堂々と破り、更には言葉に被せてみせた彼女のそれは、ここが学院だから赦されているという事すら忘れているのだろう。そのくらい、彼女は周囲を見ていなかった。


「あの、貴方のお名前を聞いても良いかしら…?」


そして告げられた二の句。その内容は先ほどの常識はずれな乱入よりも強い衝撃を伴って周囲に届いた。

ここは教室ではなく廊下である。この場の当事者八人以外にも、多くの学院生がいた。そんな中で彼女は、目の前に立つ一人しか目に入っていないとばかりに一点を見つめている。


返事がない事を疑問に思っているのか、小さく首を傾げながらも尚数歩進む。彼と近付くにつれてその身長差が目線の高さに現れるようになった。

竜司は東の国の生まれにしては背が高い方だった。大陸の人族成人男性の平均と同じくらいの身長である彼は、目の前に何故か進み出てきた伯爵令嬢に比べれば大きい。

後一歩もすればぶつかるという距離まで近づいた彼女は、やはり返事が貰えないことを疑問に思っているように小首を傾げていた。


「どうされましたか?もしかして、先ほどぶつかった際に怪我でも…?」


竜司を心配するその目は、彼女が本心でそう言っているのだと伝えてくる。この場にいた当事者の内の一人であるカリンはそれを見て、下町で育ってよくこんな箱入り娘みたいな娘に育ったな、などと関係ない事を考えていた。


「竜司殿下。我が国の者が失礼をしました。次の授業はあちらですわ。参りましょう。」


伯爵令嬢の行動が突飛すぎて、誰もが混乱していた時。逸早く立ち直ったのはスピア公爵令嬢だった。彼女は竜司に移動を促し、竜司の後ろに立ってボケっと立っているカリンを目線で急かす。その目線で何を求められているか把握したカリンは、そっと竜司の背に手を当てて移動を促した。

この辺り、公爵令嬢である彼女には出来ない促し方である。その場にいる者で適材適所を見出すその力は、公爵令嬢として申し分ない力を持っていると言えるだろう。


「あ、あぁ。行こう。ではまた。」


竜司は既に、なんだコイツは、と頭が混乱していた。カリンは呆れていたし、伯爵令嬢を囲む男達は、何故東の国の皇子に?と疑問しか浮かんでいない。お陰で当事者のほとんどを混乱させたままにその場は解散となる、はずだった。


「…あの!人の言葉を無視してはいけませんよ。貴方が皇族ならなおさらです。」


その場の空気が凍った。気がした。

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