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闇竜と騎士団  作者: 山﨑
257/293

257話

「隊長!エルフ族の伝令が到着しました。本部までお越しいただけますか。」


ここはグラナルド西部。目の前に広がる大森林は深く暗く、先の見通せない程の規模を誇る。

大森林の入り口には草原があり、そこに野営地を築いていた二番隊は現在訓練の真最中だ。


隊長用の大きな天幕の外から声をかけた隊員は、中から聞こえた許可の声に見えないと分かりながらも敬礼を贈る。同時に、はっ!と声を上げてから駆け足で離れていった。


「来たね。予想より随分と早いけど。」


天幕の中で呟いたのは二番隊隊長のアズール。同僚からはアズと呼ばれる彼の髪は深蒼で、サラリと真っ直ぐに伸ばしている。今日はリクから貰った手作りの髪紐で一つに纏められているが、その日によって髪型を気分で変えるくらいに彼はお洒落だ。


その呟きを拾う者はいない。隊員の告げた本部というのは野営地の司令部であり、作戦時などでは作戦司令部と呼ばれるそれだ。ある程度大きな天幕の中に、周辺の地図や上げられた報告書などが置いてある。

つまりは作戦時における情報の全てが集まる場所であり、アズは隊長として指揮を執る際はそこにいる事が多い。だが今回はアズに指揮権は無い。精鋭であるアレックスが指揮官に任命されたからである。


アズは飲みかけていた紅茶を一気に呷ってから木のカップを机に置く。タンッと軽い音を鳴らして置かれたカップの取手には、ナイフで削ったような傷跡で"アズ"と彫られている。

さて、と立ち上がったアズが水属性魔法を発動させる。すると魔法によって生まれた水が、カップの汚れを洗い流して消える。


指揮官殿を待たせる訳にはいかない。エルフ族の訪れを告げた隊員の気配を追いながら、アズはパサリと天幕の入口を潜った。











「ようアズ。休憩中に悪いな。」


アズが本部に入ると、軽く手を挙げて挨拶するアレックスが目に入った。アレックスは休憩中に呼び出されたアズを気遣っており、アズはそれに穏やかな笑みを向けて否定した。


「いいえ。休憩といっても待機ですから。」


任務に出ているのだ。途中の休憩が邪魔されたところで、優先事項は変わらない。己の休憩を理由に、切羽詰まっているだろうエルフを待たせる訳にもいかないだろう。

そんな事はアレックスも承知だが、それでもそう言ってしまうのはアレックスの優しさか。言われた者によってはそれを試されていると感じて不快感を示してもおかしくない。

だが短い付き合いとはいえアズもアレックスの事は理解しているつもりだ。彼がそんなつもりで言った訳が無いと分かっている。

案の定、アレックスはアズの返事に軽く頷いて笑った。


「失礼します。エルフ族の伝令をお連れしました。」


「おう、入ってもらってくれ。」


アズが椅子に座ったのと同時、外から隊員が声をかけた。正に狙った通りのタイミングだったとほのほのしているアズだが、周囲はアズの事を機嫌よさそうだなぁ程度にしか考えていない。

アズとて理解してもらおうなどとは思っていないし、己だけが達成感を得ているという何とも言えない幸福感すらある。


「失礼する。王より書簡だ。すぐに返事をくれ。」


偉そうな態度で現れたのは、エルフ族の男性だった。目の堀は深く鼻筋の通った整った顔つきに、アズの身長とそう変わらない身体。煌めく金髪に白い肌は、エルフ族が確かに見目麗しいと言われるだけはある。

若い見た目でも実年齢は人族と大いに開きがあるというのだから不思議だ。


エルフ族は昔から好事家から狙われてきた。里を出る者は多くないため、町や村に住むエルフは昼間であってもその手先に狙われ捕まったりもした。

グラナルドでは奴隷を禁じる法があれど、エルフを捕える者はエルフを奴隷ではなくペットあるいは愛玩動物であると宣った時代もある。


アズとて、アルカンタではエルフの生まれ変わりではないかと噂される事がある。だが個人の魔力属性によって髪色に変化が出る人族と違って、エルフの多くは金髪だ。逆に人族に金髪はそこまで多くないため、それを理由にアズがエルフの子孫である説は否定される。

そのようなことを噂するのは、アズの隠れファンクラブであったりその整った容姿を僻む者たちではあるが。


「書簡、ね。」


アレックスは二番隊隊員が伝令から受け取った書簡を片手で受け取って呟く。木の筒に入れられたそれは確かにエルフ族の王家のみが使用できる紋章がついており、送ってきたのが王家だという事は分かる。更に言えば、先ほど伝令は王からだと言った。ならば王からドラグ騎士団に宛てた手紙なのだろう。


丸められた少し厚い紙を広げて目を通すアレックス。その間は誰も声を出さず、奇妙な緊張感がその場を支配した。

やがてアレックスが書簡から目を上げると、黙ってそれをアズに差し出す。読めという事だろう。その意図を察したアズが両手でそれを受け取りサッと目を通す。

そこには予想通りというか読み通りというか、とにかく分かりきった事が書いてあった。


「返事を貰おうか。」


まるで話し合いなぞさせんと言わんばかりに返答を急かす伝令。彼はそこそこ立場ある者なのか、その態度は随分と大きい。座っているアレックスとアズを見下すように見る彼からは、どう見ても歓迎している様子は見受けられなかった。


「アレックス。どうやらまだ意思の疎通が出来てないみたい。」


「だな。んじゃ帰るか。」


アズが少しだけ悲しそうに言えば、アレックスはニンマリと笑って呆気なく帰還を口にした。

アズの様子は見た目がどこか手の出せない清廉とした雰囲気を纏っているのもあり、悲しそうな瞳を浮かべさせたのは自分だという罪悪感が、見た者に襲いかかる。エルフの伝令も今まさにその感覚に襲われており、自分のせいでこの高貴な者を悲しませたのでは、と謎の焦燥感と戦っていた。


だがそんな無益な戦いもすぐに終結する。アレックスの言葉を受けて二番隊副隊長がすぐに動いたからだ。副隊長はアレックスとアズに向かって無言のまま敬礼を向けた後、本部天幕から出ていった。それからすぐに、全体撤収準備!と張り上げた声が聞こえてくる。

本気だ、と感じた伝令は焦った様子でアレックスに食ってかかるしかなかった。


「ま、待て!書簡を読んだのだろう!何故撤収になる!畏れ多くも王が里への立ち入りを許可しているのだぞっ!」


そう、書簡には里への滞在許可が長ったらしくも尊大な言葉でつらつらと書かれていた。更に、条件のようなものまで追記されていたのである。


ドラグ騎士団は里へ入った後そのまま大迷宮へ向かう事。その後は大迷宮にて夜を過ごし、魔物の殲滅が終わり次第そのまま里を通って大森林を出る事。里の民とは関わらない事。

これらを守れないならば里への立ち入りは禁ずる、と。


要約すればこのような事が書いてあった。アレックス達からすれば、ダンジョンの攻略は済んでいるため今更ダンジョンに潜る必要性を感じない。だがそれでもいつ溢れ出すか分からないダンジョンが棲家の近くにある恐怖は分かるため、要請に従って部隊の派遣を決めたヴェルムの命に従っているだけだ。

ならば里へ行ってどうするか。二番隊に組み込まれる形で着いてきた四番隊の治療班がいる。ダンジョンに挑戦して重傷を負った他の里の戦士達を治療するのが今回の目的だ。

つまり、王の意見に従えばそれは叶わない。エルフの王族が枕を高くして眠る為に働かされるなど言語道断だろう。


上が無能だと下が苦労するの典型を見た形だが、何より人の生命が掛かっている場面で頭を下げられない者に差し伸べる手はない。

エルフ族には悪いが重傷者はそのまま死んでもらうしかないだろう。アレックスが下した結論はそういった物だった。


伝令が書簡の内容を知っているかは分からない。だがその傲慢な態度にはドラグ騎士団に対する敬意は見受けられない。

太古より自然を守って生きてきたエルフが、全体的にプライドの高い生き物だという事は知っている。ドラグ騎士団に所属しているエルフが違うだけだ。

違うというのも語弊があるかもしれない。彼らはプライドなどすぐに捨てざるを得ない訓練の過酷さに屈しただけだ。それは零番隊にいるエルフでも変わらない。

上には上がいるという現実を知った。それだけあれば、無駄でちっぽけな自尊心など掃いて捨てる程の価値しかない事に気付ける。ただそれだけの話である。


とはいえ、焦る伝令はそんなものは知らない。エルフこそが生物の頂点であると教えられて育った彼からすれば、王という絶対の存在から齎された慈悲を這いつくばって喜ぶべきなのだ。

目の前で彼を無視する二人が天竜の眷属である事は知っている。それどころかこの野営地にいるほとんどがそうなのだと予想すらした。

だがそれが何なのか。如何に天竜といえど、世界の根底を支える世界樹の守人たるエルフの王から慈悲を賜れば、その眷属程度の存在なら泣いて喜ぶべきではないのか。


しかし帰られたら困る。大迷宮からいつ魔物が這い出してくるか分からない。明日か、明後日か。それとも一年後、十年後なのか。その恐怖と戦いながら毎晩眠りにつけるほど彼の神経は図太くない。

実際、里への立ち入りを許可する書簡だとしか聞いていない。だからこそその書簡には里への立ち入り許可が書いてあるのだと信じている。そしてその信仰に似た思い込みは正しかった。

だがその一点のみが合っていても、それに至る過程が彼の想像と違いすぎた。


だからこそ分からない。何故ドラグ騎士団が撤収準備をしているのかが。

だからこそ分からない。二番隊の隊長から差し出された書簡に目を通した彼なら、喜び勇んで王の指示に従うのに。


「何故だ!?書簡には里への立ち入りを許可する旨が書かれているではないか!」


だからこそ問いかけた。まるで未知の概念に出会ったかのように混乱して。常識が違う他国へと紛れ込んだかのような気分だった。


「お前、目はちゃんと付いてんのか?そこに書いてるだろ。これらを守れる場合は立ち入りを許可できぬ、ってな。入れねぇなら帰るしかねぇだろ。俺たちはここにキャンプしに来た訳じゃないんだぜ?」


アレックスは膝に踝を置くという雑な脚組みをし、横になった膝に肘を立ててその手に顎を乗せる。王族とはとても思えぬガラの悪さだが、何故か似合うと感じてしまうのが不思議だ。

アズがやれば周囲から全力で止められる事は間違いないその姿勢を、ほんの少しの羨望を持って見つめるアズに、幸か不幸かアレックスは気付かなかった。


「なっ!お前達の目的は大迷宮に巣食う魔物の討伐だろう!そのためには里への立ち入りが必要だから許可を求めたのではないのか!」


伝令が熱くなって怒声を上げるが、アレックスは不適な笑みを浮かべるだけであった。だが座っていて更に屈んでいるにも関わらず、遥か高みから見下ろされているような感覚に伝令は襲われている。威圧感といえばいいのか、存在感といえばいいのか分からなかった。

しかしそこにあるのはただただ圧倒的な何か。戦士ではない伝令の彼には、それが魔力の解放による威圧だというのは分からない。彼にとって魔法とは生活のために使う物であり、他者を威圧するために使う物ではない。


魔法の扱いだけで言えば他種族より遥かに抜きん出ているエルフ族が、その程度の知識しかない事に呆れた様子のアレックス。彼は笑みに明らかな侮蔑を混じらせて見上げているのに見下ろしているままフンと鼻で笑ってみせた。


「話が食い違ってる奴を寄越すなよ。俺たちはエルフ族から"請われて"来たんだ。俺たちがダンジョンに入れてくれって頼んだ訳じゃねぇ。あんまりグダグダ言ってると消し飛ばすぞ?」


先ほどよりも更にガラを悪くしたアレックスは、最早誰がどう見ても王族ではない。裏社会の王だと言われても信じるような全力でガラの悪いその様子に、アズは軽く笑ってからやれやれと肩を竦めていた。

この対照的な二人を前に、伝令はもうどうしていいか分からない。オロオロとするしかなく、考えも纏まらなかった。


「アレックス。帰りましょう。僕たちに出来ることは終わったと思う。」


事態を動かしたのはアズだった。伝令の男は気付いていなかったが、副隊長が出した撤収準備の指示はブラフだった。二番隊の隊員達は全力で本部天幕内での会話に聞き耳を立てており、副隊長の魔法によって外の音は中へと聞こえないようにされていた。


「だな。やるなら最後まで気を抜かずにやってほしいもんだ。あいつを選んだのは失敗だったかもな。」


二人にしか分からない会話で進められるこの流れで、伝令が唯一分かったのは騎士団が帰るという一点のみ。それでは困るのだ。だが流れは彼が口を挟む隙もなく進んでいく、無情なまでの急流となっていた。


「仕方ないですよ。他にいなかったんですから。」


アズがそう言えば、アレックスは少しだけ眉間の皺を伸ばして笑う。未だにその笑みは凶悪ではあるが、多少マシになったであろうか。


「それはそうだな。っていうかアズ。敬語やめろよ気持ち悪ぃ。」


揶揄うように言うアレックスだが、アズには揶揄うような視線を向けながら伝令への威圧はやめない。器用なものだと感心しているアズは、アレックスの言葉に大袈裟に不貞腐れてみせた。


「アレックスは一応指揮官なんですから、任務中はこうすると言ったではありませんか。」


そう言って拗ねたようにそっぽを向くアズに、アレックスは今度こそ苦笑した。


「お、お前達…」


だがそこに伝令の男から怒りを堪えた声が割って入る。即座に表情を凶悪なガラの悪さに変えたアレックスは、その続きを言わせない。


「あぁ?まだいたのか。俺たちも帰る。お前もさっさと帰れや。」


アレックスの言葉に、アズの副官が動く。この一部始終を本部天幕内で見ていた副官は、近年中隊長から隊長副官に大抜擢された英才だ。空気のようにそこにいて必要な時だけ動く。これを徹底できる優秀な副官である。


そんな副官が伝令の腕を掴んで外へ連れ出す。伝令は何やら叫んでいるが、その音はアズの元へ届かなかった。副官が器用にも伝令の頭部だけに遮音結界を張っているのである。外からの音を断つのではなく、内から外に漏れないように張られたそれは、見事に伝令の言葉を遮ってみせた。


「王子が出してきた救援要請に、王が条件をつける、か。やっぱりまだ王位は変えられないのかな。」


アズが呟いた独り言に、アレックスは返事をしなかった。しかし同じことを考えていたアレックスはそれにニンマリと笑っていた。

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