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闇竜と騎士団  作者: 山﨑
253/293

253話

東の国が中央の国と交流を持った事は、大陸中に驚きと共に広がった。これまで東の国は、北の国としか交流を持っていなかったからだ。

ただでさえ近年、中央の国グラナルドの領地拡大や西の国の王都が大混乱した事件もあり、否応無しに中央の国への注目度が上がっていたところであった。


北の国と交流をしていたと言っても、そのやり取りは大々的ではなかった。そのため、東の国が遂に中央の国を足がかりとして大陸に目を向けたのだと、各国の首脳達は警戒度をグンと上げたのである。

しかし反面、中央の国と南の国はそこまで危機感を持っていなかった。それは東の国の態度を直に見た中央の国と、それを中央の国から聞いた南の国だからこその反応であろう。


北の国は東の国大使へとそれとなく聞いてみたりもしたが、この件は皇子である竜司に一任されているという回答しか得られなかった。それもあって北の国では、中央の国と東の国への監視を強める結果になった。




「てことで、北の国から侵入した諜報員は全部捕らえて国軍に引き渡しました!」


褒めてくれと言わんばかりに頭を突き出しながら言った少女は、彼女の期待通り薄緑の髪をかき混ぜるように撫でられながらご満悦な表情を浮かべてウットリとしている。

撫でているのは少女が心から敬愛する騎士団の団長だ。


「よくやったね。これからも国境線は注意して監視しておいてくれるかい?」


団長、ヴェルムがリクの頭から手を離して言う。リクはその手をどこか未練の残る目で追いながらも、任せろという意思を盛大に込めて力強く頷く。

そんなリクに頷きを返したヴェルムは、もう一人己の部屋へと訪れていた体格の良い男へと目を向けた。


「こちらはまだ動きがありません。竜司殿下は上手く学院生に溶け込めているようです。」


茶色の差し色が入った隊服に、隊長の身分を示す腕章。五番隊隊長のスタークである。彼の率いる五番隊は現在、東の国から使節団と共に留学生として中央の国に訪れている皇子、竜司を施設の外から護衛する任務に就いている。

三番隊と五番隊、どちらも違う任務に就いていながらも同時に報告に来たのは、ただ単にタイミングが合ったからという理由以外に無い。

団長室を目指していたスタークに、こちらも団長室を目指していたリクが走って追いつき、その背中に飛び付いたからそのまま張り付けたまま歩いて来た。それだけだ。


「そう。なら大丈夫だね。カリンもどうにか彼と仲良くなれたみたいだし、かのクラスは暁から部隊員が担任をやっているからね。仮に侵入されても問題は無いよ。」


ヴェルムは穏やかに言うが、その言葉をそのまま受け取って甘えるような者はこの騎士団にはいない。ヴェルムとしては、無理しないでね、という意味を込めて言っているのだが、スタークはそれを理解した上で侵入なんぞさせんと気合を入れ直していた。

スタークの気持ちも分かるためヴェルムは苦笑を浮かべるだけに留めているが、どちらの考えも分かるリクは楽しそうにニコニコと笑顔を浮かべている。


そんな三人三様の様子を見せる団長室だったが、ヴェルム専属執事のセトが所用から帰ってきた。彼が入って来たのは隣の部屋に通じる扉で、そこはセトとアイル専用の待機部屋だ。


「ただいま戻りました。…おや、お二人ともいらしておりましたか。任務ご苦労様です。」


団長室を訪ねて来ていた隊長二人を見るや、執事の立場からではなくもっと上の立場からの言葉を投げるセト。ご苦労様という言葉は下の者に使う言葉である為、それを敏感に感じ取ったスタークは直ぐに席を立った。

セトは執事でありながらも、零番隊の一部隊である特務部隊の部隊長である。そして、零番隊全体の副隊長でもあった。そのどちらかの立場から主人に報告する事があるのだろうと察したスタークが立ち上がったのだが、すぐにヴェルムがスタークへ穏やかな笑みを向けた。

これはここにいて良いという意味だろうか、と若干首を傾げたスタークだったが、直後ヴェルムがセトへと頷きを送ったことで自身の予想が正しかったと理解しソファへ座り直したのだった。


「失礼しました。では報告を。」


セトはヴェルムとスタークの両者に謝罪を込めて頭を下げた後、キリッと凛々しい顔つきで頭を上げるとすぐに報告を始める。そこに普段の好々爺然とした様子はなく、真面目な部隊長の顔があるのみだった。


「カリンからの報告は以上ですな。次に職員として潜り込ませた…」


それからも特務部隊としての報告は続き、そこにはスタークが把握していない内部での細々とした問題などが挙げられていた。

スタークはそれを聴きながら、ヴェルムが己をここに残らせた意味を知る。ここでセトの報告を聞いておけば、学院の施設周辺を警護する自分たち五番隊へわざわざ報告せずとも共有出来る。一石二鳥と言えば聞こえは良いが、ようするに面倒を端折っただけに過ぎない。

スタークが敬愛してやまない団長は、こういうところを面倒くさがる時がある。効率化といえばそこまでだが、おそらく狙ってやっている訳ではないだろう。スタークがこの日この時間に報告に来るなど予想できるものではないのだから。


「団長ってさ、時々優しさとサボり癖が混ざるよね。」


スタークに向けてかなり抑えられた囁き声が聞こえて来た。それはテーブルを挟んで対面に座ったリクからで、グイッと前のめりになって口元でヴェルム達の方向に手で壁を作っている。

そんな事をしてもヴェルムには聞こえているだろうが、わざわざ念話魔法を使用する訳でもないそれは聞かれても構わないのだろう。

事実、その声を聞いたヴェルムがチラリとリクを見ていたが、特に反応は無かった。リクはニシシ、と悪戯が成功した子どものような笑みを見せた後、ウサギが描かれたマグカップを握ってココアをコクリと飲んだ。


「最後に、スピア公爵家が竜司殿下の滞在中の後ろ盾を名乗り出たと報告が。国王陛下はそれを受けたようですな。」


東の国は過去、グラナルドから国土を削り取られている。その記憶は老年の貴族の心にまだ残っており、グラナルド貴族の中では東の国に対する評価が低いままだ。

そのため、竜司が来た事をグラナルドからの侵略を恐れて人質を差し出したのだと勘違いする者がいる。そういった者から竜司を守るための護衛ではあるが、スピア公爵家という王家と繋がりの強い貴族が後ろ盾になるのであれば、余程の馬鹿でない限り手を出そうとは考えないだろう。

目に見えぬ最強の盾よりも目に見える強大な抑止力の方が今回は有用であった。


「へぇ、スピア公爵家がね。あぁ、そういえば御息女が学院に在籍していたね。」


ヴェルムが記憶を辿るように宙を見ながら呟けば、セトはそれに頷いて肯定してみせた。学院に足を運んだ事のないヴェルムが生徒の事まで覚えているとは思っていなかったスタークだったが、竜司を迎えるにあたってスタークも学院生の全てを調べたのだから、ヴェルムも名簿に目を通すくらいはしたのだろう。そう思えば、ヴェルムが一生徒のことを知っているのも頷けた。


「どうやらクラスも同じようでしてな。カリンや竜司殿下の事を気に入った様子ですぞ。その令嬢が父である御当主にかけあったのがキッカケのようですなぁ。」


セトは既にいつもの好々爺然とした執事モードに戻っていた。報告は終わり、これからは執事として、という表れなのだろう。


「娘に強請られて後ろ盾を了承したのか…。いや、勿論利益不利益を考えてなのだろうが。」


報告が終わったならば口を出しても良いかと、スタークがポツリとこぼす。するとヴェルムはスタークを見て、明らかに困ったように苦笑してみせた。

その理由が分からないスタークだったが、その答えはヴェルムではなくリクから齎される事になる。


「スピア公爵はね、娘さんにとぉっても甘いんだよ!今回も多分ちゃんと考えたんだろうけど、少しくらい不利益があっても気にしない!って感じじゃないかなぁ。」


どう?当たってる?と言わんばかりにヴェルムを見たリク。それに釣られるようにスタークもヴェルムを見れば、先ほどよりも眉尻が下がったヴェルムの表情だけでそれが正解なのだと告げていた。


「彼も悪者ではないんだよ。政に関しては頭もキレるしセンスも良い。領民には慕われているようだし、武官ながら周囲を見渡す視野も持っているけど…。」


褒めながらもボカすような言い方をするヴェルムは、ハッキリ言って珍しい。何でもハッキリ明言するヴェルムから言葉が続かない事に、スタークは内心で大いに驚きつつもその続きを待った。だが期待したその続きが彼から紡がれる事はなく、代わりに専属執事の口から音が紡がれるのだった。


「スピア公爵は親バカですからなぁ。十八歳になった令嬢の婚約者が決まらぬのも、その深すぎる愛が足枷となっているからでしてな。ご令嬢が婚姻を結べるのは当主が死んだ日だ、などと言う不敬者もいる始末ですぞ。」


ほっほ、という快活な笑い声と共にもたらされた情報に、スタークは呆気にとられるしかなかった。諜報部隊としてスピア公爵の情報は持っているし、実際に見かけた事は何度もある。

凛々しく、実戦向きな筋肉の鎧に身を包んだ武人であったはずだ。貴族であるが故にスーツを着ればそれが覆い隠されるが、いざ戦場に立てば剥き出しの剣が歩いているような錯覚に陥る程、鋭い殺気を撒き散らす男であったと記憶している。

アクス公爵家と同じく武門の家で、東の国が大陸へと侵攻して来た時の戦争では、先代当主がファンガル伯爵と競うように戦功を立てていたものだ。


戦場で鬼神の如く働く武人も、娘の前では愛好を崩すのだろうか。戦場での姿を知っているが故に想像が出来ないその姿を、スタークは無理矢理想像してみたが無理だった。

そもそも、スピア公爵令嬢の顔を知らない。スタークの頭では当主とそっくりな女傑が浮かんでいた。

よく手入れされた輝く金髪の似合う可憐な女性である事を知らないため、彼の脳内では筋骨隆々の女性がドレスを着て踊っている。だが想像であるが故にそれを指摘する者はこの世に存在しなかった。


「多少の不利益も、娘が請うなら跳ね除ける。それが出来るのが公爵という立場であり、将軍という権力なのだろうね。」


ヴェルムがため息混じりにそう言えば、セトがほっほ、と笑いながらも肯定する。スタークは変わらず脳内で令嬢の姿が迷走していたが、そういうものかと一応の納得をしてみせた。


「普通ならそんな無茶は通せないもんね。公爵だったり将軍だったりじゃなかったら、親バカじゃなくてバカ親って呼ばれてたかも!」


大変失礼なリクの発言に、否定を返せる者は誰もいない。別に本人の前で言う訳ではないため、ここでくらい好きに言わせれば良い。そう考えたヴェルムたちは敢えて何も言わなかった。















「王よ!何故かの者達を追い出したのですか!」


「命の恩人になんという事を!」


世界樹を守る里では、連日民による抗議が続いていた。彼らは四本の大樹からなる王が住まう樹上の城へと声を荒げている。

先日、他の里から戦士の応援が到着した。戦士達は世界樹と王を護るこの里の戦士を見下しており、指揮官であるエルフの戦士の命で意気揚々と大迷宮に乗り込んだのである。


結果は惨敗だった。多くの戦士がこの里の戦士と同様、重症を負って這う這うの体で里に帰って来た。幾人もの死者を出し、それでいてこの里の戦士よりも浅い層にしか到達出来なかったのだ。

これは彼らの名誉の為に伏せられていたが、治療にあたった里の治癒師などから少しずつ情報が広がり、民全体に広がるのに時間はかからなかった。


ドラグ騎士団が帰還してから他の里の戦士が来るまで、民達に怒りの感情はあれど爆発するほどではなかった。

しかし、他の里の戦士が来た時に長老経由で聞いた、王の言葉が彼らの怒りに火をつける結果となった。


"人族の国より来た余所者よりも、同胞たるエルフの戦士がいれば問題は無い"


民は王の言葉を信じた。だがそれはたった数日で覆される事になったのだった。

これまで里同士で親善試合などした事がないため、世界樹と王を護る戦士が一番強いと言われていても半信半疑であった事は確かだ。しかし今回、やはりこの里の戦士の方が強かったという事実を知った。

そして、そのエルフ最強の戦士達ですら敵わなかった大迷宮の魔物を、どう対処していくのかという点で民は怒りを見せているのである。


エルフ族は幼い頃より、王について世界樹の守護者だと教えられる。そんな王に仕え世界樹を護る事が、この里に生まれた者の使命なのだと。

大陸に存在する国々のように、王を頂点としている訳では無い。森の民であるエルフにとって、頂点とはまさに自然そのもの。その自然を管理維持する世界樹こそ、彼らにとって崇める対象であった。

つまりは、王というのは彼らの心を代表して世界樹に届ける仲介役でしかない。その王がとった行動を、これまで非難するような機会がなかっただけに過ぎなかった。


王の命は聞いて当然。そう考えるのは人族の国であり、エルフの常識から言えば少し異なるのが分かる。

ハイエルフである王族が特殊なのは確かだが、それを理由にドラグ騎士団を追い出した事を正当化はできなかった。


とはいえ、これまで一度たりとも王族を非難する民が出た事は無い。ハイエルフの寿命はエルフよりも遥かに長い為、永く生きた経験や知識を尊敬する事はあっても、その行動を非難するような欠点すら無かったのだ。

しかし今回は違った。ドラグ騎士団という外からの風を受けた民は、良くも悪くも知ってしまったのである。最強と思っていた戦士ですら、足元にも及ばない強者の存在を。

しかもドラグ騎士団は、里の治癒師が匙を投げた患者ですら救ってみせた。確かな医療技術と、魔物を駆逐する実力。エルフの伝統を尊重する姿勢と、受け入れながらも流されない芯の強さ。

それらを目の当たりにした民からすれば、王の行動は理解できない奇行に映っただろう。それでも長年信じついて来た王の言う事だからと、一度は納得した民。

だがそれを裏切られた形になった民が、王へ非難を集中するのは仕方なかったのかもしれない。


「王子に座を譲れ!」


「魔物が溢れたらどうするんだ!」


彼らを止める者もいた。だが連日続く抗議を聞けば聞くほど、それに賛同する者が一人また一人と増えていく。

里の長はそれを、黙って見ているしか出来なかった。彼が出来たのは、内密に接触したきた王子から手紙を受け取り、ヴェルム宛に己の魔法で飛ばす事だけだった。


「天竜殿…。貴方様の仰る通り、この里は閉じこもり過ぎたのかもしれませんのぉ…。」


長の家から見える場所で、今も抗議する民が見えた。その数は日に日に増えており、今では里の半分以上の民が大樹の前に集まっている。

こうなってしまえば、抗議よりも己の仕事をしなさいとは言えないだろう。己の無力さを痛感しながら肘掛けに肘をついて額を手で覆う。

堪らず吐き出されたため息には、長の悲壮がこれでもかと滲んで霧散した。

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