表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
闇竜と騎士団  作者: 山﨑
250/293

250話

大陸の各国は暦によって一年の始まりを一月と定めているが、グラナルド王国の年度はじめは春である。これは初代国王が定めた法であり、年始と年度始を同じにすると諸々で不都合だという理由がある。

他国には秋の始まりである九月に年度が始まる所もあるが、それぞれに理由がありその年度始は他国にこれといった影響を及ぼさないのだから不都合はない。とは言っても、貿易などで多少の混乱はあるのだが。


そんな新たな年度が始まったばかりのグラナルドでは、同じく年度始を迎えた東の国からの使節団を受け入れていた。東の国を治める皇族の皇子、竜司がその筆頭として来ているのである。

何故年度始に合わせたのかと言えば、竜司の留学の為だ。彼は魔法先進国であるグラナルド王国に、学院生として留学する事が決定した。これは東の国と中央の国とで交わされた条約が基になっており、信頼を表明する為に皇子を預けるという東の国のアピールに他ならない。


東の国は武力で島国を統一した国家で、大陸にも覇権を示そうと数十年前に侵攻してきている。その際に大陸東側の国家を滅ぼしており、その混乱に乗じて攻め込んだ中央の国によってその領地の南側三分の一を真っ直ぐ海に向かって削り取られていた。

それから東の国と中央の国は細々とした交流しか持っていなかったが、この度皇子である竜司が本島に働きかけた事で交流が成されたのである。


東の国は、皇族こそ天竜の血を引く一族だと宣言しており、天竜と関わりの深い中央の国はそれを無視し続けて来た。だが相手が歩み寄るのであれば話を聞くくらいはする国王の方針で会談が成立し、此度の留学へとつながった。


「殿下。こちらがご入学いただく魔導学院でございます。まずは学院長にご挨拶いただき、後に施設の案内に移らせていただきたく思います。」


東の国で侍と呼ばれる戦士を護衛につけた竜司は、首都アルカンタに存在する魔導学院に来ていた。留学の名のもとにこれから通う事になる学院を見学するためである。

既に新年度は始まっており、入学式も終わっている。だが新年度に合わせて来たはずの竜司は、思ってもいなかった理由で入学が遅れたのだ。


「殿下がここに足を運んだのだぞ?何故学院長は出迎えに来ないばかりか、殿下を呼びつけるような真似をするっ!無礼だろうが!」


竜司と護衛の他に、明らかに身分が高いと思わせる豪奢な格好をした男が声を荒げた。男は東の国の伝統衣装である袴を履いており、背に大きな家紋が描かれている羽織袴を羽織っている事から武家なのだと分かる。

竜司は武家の男を手だけで制すと、男はすぐに黙った。


「こちらから願い出た事だ。これから世話になるというのに、こちらが出向かぬとあっては朧の名が廃れよう。」


学院に通うのは十代後半の若者ばかりだが、竜司は既に二十を越えている。その年齢に見合った落ち着きと堂々とした佇まいだけで、武家の男は渋々ながらも小さな声で謝り下がるのだった。


「迷惑をかけた。案内の程、よろしく頼む。」


そう言った竜司の表情は正しく皇子の顔であった。それに内心で感心した案内役の教師はそれを表に出さず、綺麗な姿勢で頭を下げてから案内を始めるのだった。













「やぁ、いらっしゃい。東の国使節団の事に関してかな。」


一方、ドラグ騎士団本部本館の奥、団長室では。部屋を訪れた来訪者に部屋の主人であるヴェルムが和やかに声をかけていた。


「その通りです。流石は団長殿。」


同じように笑みを浮かべて肯定するのは、ドラグ騎士団零番隊の隊服を着た隊員である。名を源之助。東の国の元皇子であり、国の根本に関わる秘事を知ったが故に追放された過去を持つ。

源之助はヴェルムに救われて以来、溢れんばかりの才能を見せつけて零番隊にまで上り詰めた。その早さは騎士団創設より上から数えた方が早く、誰もが認める形で零番隊へと就任した時の記憶はまだ新しい。


勧められるままにソファへ座ると、すかさず差し出された湯呑みに礼を言う。彼の好みは渋めの緑茶であり、それを把握しているヴェルム専属執事の少年アイルにしてみれば、彼を迎えるのはそこまで難しくない。

熱いまま飲むのが美味い茶を猫舌だからと冷めた温度で出す方が余程難しい。冷ますが美味しい状態のままで、というのは矛盾しているようで無理ではないのだ。美味しい状態のままで、という部分のせいで難易度が劇的に上がっているのは間違いない。

それに比べれば源之助は熱々でも良い上、緑茶は沸騰してすぐの湯で淹れる訳ではないため、冷めないようにと急ぐ必要もない。楽だから良い、などと考えるアイルでは無いが、妙な余裕が生まれるのも確かだった。


「彼は魔導学院に留学生として入学するようだね。この国の魔法を学びたいというのは本当みたいだけど。」


ヴェルムが穏やかに微笑むと、源之助は湯呑みをテーブルに置いて一つ頷く。何やら話があって来たのは分かっていたが、使節団のというよりは弟である竜司の事についてだったのだろう。

ヴェルムが竜司の事を話題に挙げれば、源之助は笑みを深めながら息を吸った。


「その竜司の事で相談が御座いまして。どうにか護衛に就けないものかと。」


単刀直入に言う彼は基本、回りくどい言い方を好まない。今回も要望を素直に告げた彼に苦笑したヴェルムだったが、源之助はヴェルムのその表情が否定に繋がらないと分かっている。

信頼と敬愛が混ざった視線で真っ直ぐにヴェルムを見る源之助にくすぐったさを感じながらも、ヴェルムは指を一つ立てて魔法を使用した。

ハラリと源之助の前に着地したのは、一枚の紙だった。


目線で問うよりも先にまず記載された情報に目を通すのは流石の騎士か。読み進める内に明るくなる表情は、そこに書かれた事が己の要望に沿うものだったからであろう。

読み終えた源之助がパァッと輝かせた表情のまま顔を上げると、ヴェルムは変わらず穏やかに微笑んだまま補足をし始めた。


「見ての通り、ゴウルから我が騎士団に依頼があってね。護衛という名目で既に何人か送り込んでいるよ。増員も可能だと言われているから、君を送るのに無理はない。ただ、君は東の国に顔が割れているからね。側付きで来た武家の者とは面識もあるだろう。何か対策を考えなければいけないね。」


源之助の手元にある紙には、ヴェルムの言ったようにグラナルド王国の国王ゴウルダートからの依頼が記載されていた。これは国からの正式な依頼であり、東の国との戦争で勝っているグラナルドの貴族たちからすれば、皇子が来たのは交流ではなく人質だと考える者もいる。

そのため反東の国意識がある貴族の子息や令嬢も通っている学院で、皇子に対して無礼を働く者がいないとも限らなかった。それが国際問題になる程の問題が起こせば、皇位継承権を持つ皇子を預かったグラナルドの責任問題となる。それを防ぐための護衛である。


「ふむ…。であれば、変装して事務員などになれば問題はないでしょうか。」


「そうだね、そこが解決するなら私としては構わないよ。」


とんとん拍子で進む会話が、貴族にも話していない国家機密の話であるとは誰も思わないだろう。しかしこれがドラグ騎士団のいつもの事であり、その情報を漏らして良い相手など分かっている。

本来であれば追い出された元皇族である源之助が護衛に入るなど言語道断かもしれないが、ヴェルムは源之助と竜司の絆を知っている。その上で源之助が竜司を直接守りたいと言うのであれば、その程度を叶えられないはずもなく。ヴェルムはただ、家族の想いや願いを優先するという方針はそのままに、その上でどうするのが一番良いかを考えるのが己の役割であると考えていた。


元々、敢えて護衛の依頼を源之助に伝えなかったのだ。何処かから聞きつけて頼みに来るならそれはそれで良しとした上で、源之助がいてもいなくても護衛に支障などないように人選をして送り込んでいる。

魔導学院の学院長はヴェルムとも面識があり、そこに国王からの命が加わればあちらも受け入れざるを得ない。護衛送るね、という連絡に対し、いいよ!と軽く返事があったのは事実だが。


「やはり髪色や瞳の色を変えるのが良いのだろうか…。」


どうやって変装するかを真剣に考える源之助に、ヴェルムはほのほのと笑って茶を啜る。今日も最高の腕で淹れられた緑茶はひどくヴェルムの口に合った。

アイルを見て褒めるように目を細めてみせれば、無表情の向こう側にポンッと花が舞ったように見える。勿論それは幻覚だが、アイルを良く知る者は皆同意するのだから、確かに花が舞うのだろう。


「カツラではいざという時にズレる可能性がありますからな。髪を染めるのが良いでしょうな。」


源之助の呟きに乗っかったセトがそう言えば、源之助は笑んでからここぞとばかりにセトに相談をし始める。そんな二人を眺めたヴェルムも話に入り始めると、団長室にはどうやって変装するかの意見が溢れ出した。




「ちなみに、既に入っている護衛には誰が…?」


「あぁ、想像がつくのではないかい?教師や生徒、事務員に食堂のスタッフ。全部で何人だったかな。」


「我が特務部隊から数人、精鋭から一人、後は暁から派遣されておりますな。学院周辺は五番隊が警備をしております。」


「随分と過剰な護衛というか…。それだけの仲間が竜司を守ってくれていると思うと、なんだか嬉しく思います。」


「何を言っているんだい?君もその一員になるのだろう。普段は兄弟として話せる訳じゃなくとも、二人になれる機会は訪れると思うからね。その時にゆっくりと話すと良いよ。護衛対象の心も守ってこその護衛だ。」


「ですな。源之助殿は竜司殿下の御心を守るための護衛だと思っていただければ。」


「なるほど。兄として、ドラグ騎士団として。全力で竜司をお守りします。」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ