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闇竜と騎士団  作者: 山﨑
246/293

246話

小柄な女性はここ数日間、驚きの連続だった。

その驚きは、自身の祖母が唯一の友だと言い遺した存在と出会った事から始まった。それから数日は住んでいた町が所属する領の領都へ行き、都会とはこういう物なのかと開いた口が塞がらなかった。

だが、先日国境を越えた際には、中央の国の文明レベルを肌で感じ、立ち寄った町では一般市民ですら西の国の貴族や富豪のような服を着て歩いているのを目撃した。

ドラグ騎士団を名乗る集団に保護されてから支給された服が豪華な物だと思っていた彼女は、中央の国からすれば普通であることをここで知る。


更に、路上で販売されているホットドッグやスープの露店。建ち並ぶ雑貨屋や鍛冶屋、薬屋などの店構えは、西の国では大きな街にしか無いものだ。

何より、二国の大きな違いとして町の清潔さがあると彼女は感じていた。

西の国では道端にゴミが落ちており、馬車が主要な移動手段のため、通りには馬糞が落ちている。家庭で出た排水や汚物などは近くの川に流されるため、町全体が臭いのだ。

それに比べて中央の国は臭く無い。何故かと同行者に聞けば、代表して祖母の友が懐かしむような表情で答えてくれた。


「グラナルドはね、初期投資を惜しまないの。下水道を整備してからしか建物を建ててはいけない決まりが出来てね。三百五十年も前からそれは法律として活きているの。それより前は旧東の国や北の国が建築に関して優れていたのだけど、今ではグラナルドが一番になったわね。」


歴史を含めた説明に、何事も理論で考える彼女の頭はそれをすんなりと受け止めた。側から見ると、若い女性と女の子が下水について語り合うという、何とも言えない光景が広がっている。

だがそれを言及する者はおらず、誰からも止められることのないまま二人の会話は続く。


「では、汚水はどこに流れるのですか?その辺に捨てない事は分かるのですが…。」


「家の中を通って、町の地下に作られた下水道を流れるの。そこにはスライム処理層があってね?スライムが綺麗にした水が流れて、その先にもう一つスライム処理層があるの。二段階の処理層を通した後、近くの川へ流れる、という行程になるわね。」


昔はスライム処理層は一つだった。しかしそれだけでは足りないという結論が出たのは二百年も前の事。

魔物であるスライムは、テイマーからすれば初めてのテイムに丁度いい練習用の魔物だ。だが戦闘能力は低く、動きも遅い。

テイマーの半数は冒険者や傭兵になり、残りのほとんどは牧場や農業に力を入れる。が、冒険者や傭兵にスライムを連れて歩く余裕のある者はいない。そのため、拠点とする町や村で初めての相棒を働かせるのだ。


預けられたスライムは、地下の下水道に送られる。これがスライム処理層である。処理層一つにつきスライム何匹、と決められており、更に処理層の大きさによってもスライムの数は変化する。

その規定を突破していないといけないため、行政はテイマーに声をかけてスライムを集める事になる。それでも足りない場合は、テイマーが追加でスライムを連れてくるなどの処置が必要になる。


当然ながら、テイムした魔物や動物が働いた分はテイマーの報酬となるため、処理層に複数のスライムを預けているテイマーはスライムの数だけ報酬が支払われるのである。


この処理層のスライムを管理する仕事もあり、異変などがあればすぐに魔物医師に見せる事になる。そこまでしてやっと下水というのは完成され、その恩恵を受ける町の人々は、テイマーを名乗る存在に会えば感謝を伝えるくらいの事はする。つまり、町の人々にとってもスライム処理層は常識であり、町が綺麗なのは当たり前なのだ。


それに関連して、町で不法投棄をしたりゴミを散らかす者がいると、こう言うおばちゃんが現れる。


"折角スライムが綺麗にしてくれるのに、アンタはポイ捨てするのかい!?魔物でも綺麗にするのに、アンタは魔物以下だね!"


と。

町を綺麗に維持できない者は魔物以下。その認識で育つため、町や村は綺麗に保たれているのである。




「あれはなんですか?」


所長の説明に納得し、ならば次と言わんばかりに質問を再開する小柄な女性。彼女は子どもなのではなく、成人していて尚、隣を歩く所長の胸より下までしか身長がないのだ。

これは彼女が妖精族である事が理由である。妖精族は皆身長が低く、大人になっても人族の子ども程しか伸びない。

逆に獣人族の一部には像人族などの大柄な種族もあり、そういった者と妖精族が並ぶと、大人と子どもという認識すら出来ない程に対比が生まれる。その名の通り、人と妖精にしか見えなくなるのだ。


「あれはね…」


「所長。そろそろ夕食にしましょう。」


嬉々として説明を始めようとする所長に、背後から声がかかる。言われて辺りを見回せば、既に太陽は傾き、遠くに橙色の光が真っ直ぐに伸びていた。


「あら。じゃあ説明はご飯を食べながらにしましょうか。」


「はいっ!」


白衣の女性と小柄な女性が微笑みながら語らう姿に、町行く人々も温かい笑顔を向けた。













「えぇ!?…え、えぇ?」


彼女はもう驚き尽くしたと思っていた。立ち寄った町で驚き、道中の川や森、草原を見て西の国との違いに驚き。

錬金術師である彼女は植物などを採取したがり、所長の解説付きでグラナルド特有の植物や、他国にあっても生態の異なる魔草なども見た。

彼女にとって毎日が驚きと興奮の連続で、もう十分驚いたと発言する程には毎日表情をコロコロと変えた。


一般人に国境越えの旅は辛いだろうと、ゆいな隊が準備した馬車がある。それに乗っての旅は二週間程続いたが、それでも飽きる事のない程には充実した旅だったのだろう。

夜はグッスリ眠り、夜番をするゆいな隊の小隊に元気が出るからと自ら茶を淹れたりもした。


しかし旅慣れぬその身に、国を跨ぐ移動は酷だったのだろう。昼間に馬車で寝落ちする事が増えてきた。

だがそれももう終わりである。何故なら、旅の終着である中央の国首都、アルカンタに到着したからだ。


アルカンタが見える距離に近づいた頃、妖精族の女性はスヤスヤと寝息を立てて眠っていた。

この一行を護衛するのはゆいな隊の二小隊で、本隊やカサンドラ隊は既にアルカンタに帰還している。やっと見えてきた目的地を見せてあげようと、所長が軽く彼女の肩を揺すって起こした末に発した言葉が、先ほどのものである。


「あれが目的地、首都アルカンタよ。」


これまで立ち寄った町で様々な説明を受けた彼女は、その度にこう付け加えられていたのを思い出す。


"アルカンタだともう少し大きい物が見れるわ。"


"アルカンタではこれを更に規模を増して行っているわ。"


目の前にある物ですら驚きだったのに、首都はもっと凄いと言われても、彼女には想像も出来なかった。だがそれがいざ目の前に現れると、開いた口が塞がらないのも無理はない。

現在彼女がいるのは、アルカンタより南西部にある小高い丘である。遠くから見るアルカンタは、草原の中に堂々と聳え立つ高い壁に囲まれており、この距離でもハッキリと分かる巨大な城は、確かにそこに王が住むと言われれば納得できる威容があった。

そこから少しだけ左に目を向ければ、真っ白な城のような物が目に入る。それを指さした所長が驚きで言葉を失う彼女にそっと声をかけた。


「あの丘に建つ城の左にもう一つ城が見える?あれがドラグ騎士団本部の本館。"白亜の騎士城"なんて呼ばれる事もあるわね。別に石灰石で作られてる訳じゃないのだけど。」


クスクスと笑って言う所長に、やっと驚きから返ってきた彼女は釣られるようにその指の先を見る。確かに白い城が目に入り、その呼び名がつくのも仕方ない事だと思った。

他にも、壁を越えてその目に入る建物は多い。時計台であったり博物館であったり。劇場や美術館も見えた。

それらの説明を受けて満足した彼女の様子を見て、馬車を停めていたゆいな隊が出発の号令を出す。

彼らは馬を休ませるために停まっていた、と言うが、彼女は己のために停めてくれていた事を知っている。この二週間、食事や護衛などに気を配ってくれた二小隊に、彼女は感謝の想いで一杯だった。




遠くで見れば小さい壁も、いざ目の前に立てばその巨大さが分かる。自分ではよじ登る事すら出来ないと分かる程に大きなそれは、外界と内部を隔てる圧倒的な存在としてそこにあった。

ドラグ騎士団発行の身分証明書を見せれば難なく門を通過する事が出来、馬車はカポカポと音を立てて首都に入る。馬車の中から見渡す景色は、確かにこれまで立ち寄った町とは次元が違うと言っていい程に別世界だった。


「わぁ…!」


まるで自分が御伽話の世界に入り込んだような錯覚に襲われた彼女は、ただただ周囲を見て驚くしかない。旅の疲れもあって、夢の中にいるような自分でないような感覚にいるのだろう。

そんな彼女を見てクスリと笑う所長には、その感覚は分からない。所長はこの場所で生まれ育ち、ここに町が出来る過程を見てきたからだ。自分が想像できない別世界に足を踏み入れた経験などない。

だが、目の前で嬉しそうに楽しそうに周囲を見るのに忙しい妖精族の女性を見て、なんとなくだがその気持ちが分かるような気がした。


「楽しそうで何よりですね。早くアルカンタに慣れると良いですが。」


御者をしているゆいな隊の部隊員がこっそり所長に言えば、所長もそれに笑顔で頷きを返す。


「えぇ。でもきっと、あっという間です。皆んなと過ごした時間も、あっという間だったもの。」


ドラグ騎士団がまだ魔法隊であった頃からいる所長。その時はまだ少女だったが、今では団の高齢者グループに入れられてしまう程に歳を取った。

あの頃は皆自分より歳上ばかりだったのに、今では自分より歳下ばかりになっている。時が経つのは早いものだ、と考えるが、それを一瞬で振り払う。そんな事を考えるのは年寄りみたいで嫌だ、と謎の抵抗である。


「そうですね。私が入団してからも既に二百年以上経ってますからね。」


御者をしている部隊員がそう呟けば、所長はその声で現実に戻ってきた。そして部隊員が入団した頃を思い出せば、なるほど確かにそのくらいは時が経っている。


「あら、そんなになるのですね。貴女が入団した時は、やんちゃで手が付けられない子だったと記憶しています。」


揶揄うような目で御者の後頭部を見る所長に、御者は耳まで真っ赤にして頭を掻いた。


「ちょ、ちょっと…。それ、彼女には言わないでくださいよ?というか、忘れてください。お願いします。」


慌てた御者に、ふふふ、と口元を隠しながら笑う所長。しょちょ〜、と情けない声を出す御者を、他の小隊員が揶揄い始めるのに時間はかからなかった。


世界は様々な事件が起こっているが、今日もアルカンタは平和なようだ。

一月近く離れていた本部に近付いていく馬車に揺られながら、キミアという名の女性は嬉しそうに微笑んだ。


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