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闇竜と騎士団  作者: 山﨑
245/293

245話

「失礼します。制作科より科長殿がいらっしゃいました。」


「どうぞ。」


コンコン、という音の後に聞こえてきた科長の訪問を告げる声。それに部屋の主人は分かっていたようにすぐ反応を返した。その声を受けて部屋内部の扉近くにいた執事服を着た少年が扉を開く。

扉の向こうから現れたのは、宣告通りドラグ騎士団制作科を率いる科長だった。


「失礼する。今良いか。」


普段と同じように厳しい顔つきをそのままに、感情の分からぬ表情で述べた科長。断りを入れている者の表情ではないが、これが彼の標準装備である事は事実。部屋の主人も特に気にした様子はなかった。


執事の少年はそんな科長にペコリと頭を下げると、部屋の中央に置かれたソファに科長を案内する。科長がソファに座るのを見届けた後はすぐに部屋の隅へ移動し、彼に出す紅茶をカップに注いでまた戻ってきた。

貴族の屋敷などでは客が来た際、客が部屋に到着してから紅茶を淹れるか、時間が分かっていれば先に淹れて飲めるようにしておく事が多い。

だがここでは、この部屋に向かってきている気配や足音で来客を判断しており、到着と同時に淹れたてを飲む事が出来る。故に突然の訪問でもすぐに紅茶が提供され、しかも来客の好みの飲み物が出てくるという世界最高のもてなしである事は間違いなかった。


そんな常識離れした特技で紅茶を淹れている執事の少年の藍色の髪は、少し長くなってきたのが鬱陶しいのか、たまに前髪を横に分けるような仕草をしている。目元まで伸びた髪によって見え隠れする水色の瞳が周囲を観察し、紅茶を給する手つきは見た目の年齢とそぐわない程洗練されていた。


「美味いな。アイルの茶を飲むと帰ってきた気がする。」


科長がボソリと呟けば、執事の少年アイルは無表情のまま頭を下げる。アイルが褒められて嬉しそうなのは、寧ろこの部屋の主人の方だった。

だが、その主人が口を開くよりも先に、科長の言葉に物申す者が現れる。その声は科長の背後から聞こえてきた。


「それは私の淹れる茶ではそう思わなかったという事ですかな?」


ほっほ、という笑い声と共に届いたその声に、科長は厳しい顔つきに額の筋を追加してピクリと片眉を上げた。科長に慣れた者が見れば、上機嫌だったところから一気に急降下したのが見て取れただろう。

だが子どもの前でそれを出す気はないのか、もう一口紅茶を飲んでから音を立てずにソーサーへとカップを戻した。


「紅茶を淹れる技術は弟子に抜かれたな。セトよ。」


老執事セトに対し口撃を返す事は忘れなかったが、それで少しはストレスを逃す事が出来たのか、額の筋は消えている。

そんなやり取りを変わらず無表情で見ているアイルと、これまた変わらずに穏やかな笑みを浮かべて見守る主人。言い合いが始まるかと思われたこの部屋だったが、セトはほっほ、と笑うだけで何も返さなかった。

つまりは、科長の言葉を認めているという事だろうか。それを疑問に思ったのは、弟子と呼ばれたアイル自身だった。


「科長様。そのように仰っていただきありがとうございます。ですが僕はまだ修行の身。世界中の茶葉や飲み物を知り尽くした師匠には敵いません。…ですが、いつか越えてみせます。」


アイルが口を開いて長く話すのは珍しい。だがその内容もまた珍しかった。特に最後の部分は、ハッキリ言葉にした事はない。本気でそう思っているのが伝わる真剣な様子に、科長もセトも驚いた表情でアイルを見ていた。


「アイルに足りないのは経験と知識さ。それはまだセトの一割も生きていない歳で得られる物じゃないからね。このままその気持ちを忘れなければ、セトくらいすぐに追い越せるさ。」


穏やかに微笑む部屋の主人が、アイルを擁護した。だがそれに反発したのは、槍玉に挙げられているセトだ。

彼は、ほっほ、と高く笑ってから言葉を紡ぐ。


「お言葉ですが我が主人。アイルが歳を取ればこの私めも同じだけ歳を取るという事をお忘れではありませんかな?まだまだ若いもんには負けてやりませんぞ?」


挑発的な表情で言うセトだったが、その姿は負けず嫌いの子どものようですらあった。それが可笑しかったのか、主人はキョトンとした後に声をあげて笑う。

釣られたように科長がフッと笑えば、言ったセトもほっほ、と笑い始めた。

無表情が標準装備のアイルも、この時ばかりは少しだけ口角を上げていたように見えた。







「報告だが、まずはこれを見てくれ。」


笑いが落ち着いた頃、紅茶を一口飲んだ科長はマジックバッグから魔道具を取り出してテーブルに乗せた。

団長室のテーブルは世界樹の落ち枝を使用して作られており、他にも希少な素材を用いているため値段の付けられない物になっている。因みにこれを作ったのは科長であり、作った時と変わらず美しい光沢を見せるテーブルを、この部屋に来るたびにコッソリ楽しんでいる。


「これが報告にあったやつかい?見たところ、何かを取り込んで中で加工する…?いや、変換…、か。何かに変えて出す魔道具、かな。」


見ただけで構造をある程度理解し、中の魔法陣も見ずにその機能を予想するヴェルム。そもそも魔道具について科長と共に夜通し話し合えるだけの知識があり、ヴェルム自身も魔道具を作るため、この場にいる者達はそれに然して驚いた様子はなかった。

科長はそんなヴェルムの見解に、満足そうな頷きを返す。既にこの魔道具がどういう機能を持つのか調べていた科長からすれば、初見でここまで判るヴェルムの観察眼が鈍っていない事を知れた結果となった。


「これは例の泉の源に作用する。魔素を魔力に変換し、特定の場所に集める機能を持っているようだ。」


科長は勿体つけもせずに己が分析した結果を述べた。腕を組んだまま真剣に言う彼に、ヴェルムはなるほどと頷きだけを返す。ヴェルムもまた、彼と同じように真剣な表情で魔道具を見ていた。


「つまり、公爵と技術者の間に違う目的があった、という事かい?」


ヴェルムが言っているのは、今回の件でドラグ騎士団が動く事になった本来の理由だ。公爵家、もしくは当主単独による竜脈への手出しかと思っていたが、そうではないのか。そう聞いているのである。

それに頷きを返した科長は、後にカサンドラから正式な報告があると前置きした上で言葉を続けた。


「公爵は錬金術師にのせられた形になるだろう。ゆいな隊の話では、不老不死の秘薬を求めていたという事だった。次代に家督を譲らずに過ごしていた事からも、信憑性はある。」


ある夜、公爵家当主の寝室を襲ったのはゆいな隊だった。公爵と話をしたのは一人だったが、実はその周りに他にもいたのである。

公爵が騒いでも誰も来なかったのは、周囲にいた部隊員が遮音結界を張っていたからだ。警備は誰一人怪我などしておらず、侵入者がいた事すら知らない。

今は当主が変わり、前当主は政務を手伝いながら息子に政務を引き継ぎつつ、少しずつ手を離しているのだという。


「では、これは魔道具師の独断かい?」


公爵の命令でないのなら、この魔道具を作った魔道具師が犯人なのか。それを問うヴェルムに、科長は一部否定を込めて首を振ってから言葉を紡ぐ。


「尋問をしたゆいな隊からは、魔道具師が借金の返済を迫られていたと聞いている。その借金をした先が、魔物学者の友人である事も分かっている。その学者は珍しく金持ちだそうでな。金を返す当てが無いのなら、研究を手伝うように言われたようだ。」


魔道具師は金が無かった。公爵家お抱えの錬金術師とは違い、魔道具師は今回の件で雇われただけに過ぎない。それでも結果が出れば十分な報酬が得られたはずだが、それでは足りない程に借金が嵩んでいた。

そもそもなぜ借金が増えたかと言えば、それは単純にギャンブルによる出費だった。


西の国はギャンブルが禁止されている。そのため、ギャンブルをしようと思えば違法な場所へ行くしかない。そうなれば当然、入場料だけでも高額になり、賭け金も額が大きくなる。

一晩で動く金は膨大な物となり、国の中枢たる貴族や天竜教の立場ある者まで来るため、国も取り締まる事をしなかったのだ。

今代国王はそれを必要悪だと考えているのか、天竜教の力が弱くなった今でも摘発に動き出す気配は無い。そのため変わらず賭博場は盛況であり、件の魔道具師もそこに入り浸っていた過去があった。

魔道具は高く売れるため、基本的に、魔道具師の資格を持つ者は食うに困る事はない。しかしこうして身持ちを崩す者や、新たな魔道具の開発に費用を充てるためいつでも金欠、という者も少なからずいた。


魔道具師は国家の資格であり、自分が制作した魔道具を売るのにもその資格でもって許可を得る必要がある。つまり、作るのも売るのにも魔道具師という資格が必要になるのだ。このシステムのために、商業ギルドなどが絡む魔道具店に無資格の者が作った魔道具が並ぶ事は無い。

だが、無資格の者が作った物は無資格の者が己で売るか、闇商人と呼ばれる者たちの手に渡って裏取引されるのがほとんどだ。

そのため各国ではこのような魔道具を厳しく取り締まっているのだが、大した成果は挙げられていないという。


グラナルドはドラグ騎士団が厳しく目を光らせているためか、魔道具師を名乗る無資格の者が蔓延る事はない。だが国内貴族の領地などには目が届かぬ事もあり、地方に行けば教育も届かぬ事があるため、住民が無資格の者の店だと知らずに買っている店もあるのだとか。

これは住民が、そもそも魔道具師になるために国家試験を受けなければならない、という知識を得ていないのが大きな理由だろう。


今代国王ゴウルダートは、国内の教育レベルの均等化を目指しており、それは次期女王となった娘ユリアも同じ志を持っている。

であれば、この先どんどんと教育のレベルも上がり、国民が危険な魔道具に手を出す事もなくなっていくだろう。


しかし、西の国は違う。西の国も魔道具師は国家資格だが、様々な小国を飲み込んできた歴史から、地方の治安は悪く犯罪組織も多いため、裏取引される魔道具の数の方が、正規の魔道具よりも多いという現状がある。

それでも国家資格を持つ魔道具師は優遇されるため、無理な生活をしなければ安定した生活を送れるのは確かだった。


借金が膨らんだ件の魔道具師が、公爵家に雇われる事が出来た理由。これも魔物学者の伝手であった。

つまり、本当の黒幕を見つけるとなれば、その魔物学者に辿り着くのである。


「なるほどね。今君がそうして黒幕を明かすって事は、もう処理は済んでいるのだろう?」


科長から流れを聞いたヴェルムが、少しの時間目を瞑ってから科長に言った。確信の見えるその表情には、確かに家族への信頼が含まれている。

その心地よさにフッと笑った科長は、当然だとばかりに力強く頷いてみせた。


「今はゆいな隊が其奴を確保している。だが面白いのはここからだ。」


科長が勿体ぶって話す言葉に、興味を惹かれたように身を乗り出すヴェルム。だがそれきり口を閉じた科長に、ヴェルムはまず自分で考える事を強いられているのだと理解し、少しだけ苦笑してから予想を立てる。部下が主人に取る態度では無いはずだが、それを許す程度には時間もあり、何よりヴェルムは科長を信頼していた。

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