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闇竜と騎士団  作者: 山﨑
236/293

236話

「炎帝に喧嘩を売っただと!?私兵団は何をしとるかぁ!!」


公爵家の私兵団員四人が、炎帝によって殺されたという報告を受けた公爵。彼は現国王とも縁戚で、その権力のままに王都でも好き勝手に振る舞う傍若無人な者という認識をされている。

歳は五十を越えた辺りだが、すでに孫もいる歳で家督を息子に譲らず、未だ権力を握ったままなのがその評価を裏付けていた。


そんな公爵は執事からの報告に青筋を浮かべ、次いで焦ったように爪を噛む。彼の頭の中では、炎帝と対立した際の対処が様々に提案されては却下されてを繰り返していた。


「旦那様、如何なさいましょう。」


執事が困ったような表情で指示を請うも、思考に没頭する公爵はそれに答えなかった。己の考えを纏めるように何やら呟いてはいるが、それが執事に向けたものではない事を、長年この主人に仕える執事は知っている。


「炎帝だと…?何故あの何もない町に…。ローブを見れば炎帝だと分かるだろう…!何故手を出した…!馬鹿者どもが!」


纏まらぬ考えに苛立つ公爵は、急に何か思い立ったようにペンを取る。そして何やら書いたかと思えば、書き上げたそれを執事に渡した。


「これを至急、国王へ送れ。炎帝は確か、王が皇太子だった頃に護衛をしていたはず。ならばこの問題も片付けてくれるだろう。」


その護衛契約が、王族の資格無しと見限られて終わった事を知らない公爵。更新されなかったという事は何か問題があったのだと想像も出来ない公爵の頭では、これが最善だと判断するのが限界なのだった。


「承りました。私兵団についてはどうなさいますか。」


手紙を銀のトレイで受け取った執事が重ねて問い、その問題があったか、と頭を抱える公爵を見る。トレイを抱えたまま主人の答えを待つ執事は、悩む主人を見てため息を堪えた。


コンコン


そんな時、部屋の扉を叩く音が耳に届く。公爵が顔を上げ、誰何して返ってきたのは、公爵の腹心である伯爵家当主の訪問を告げる声だった。

公爵はそれを聞き疑問を浮かべながらも許可を出す。それからすぐに扉を開いて入ってきたのは、壮年の男性だった。


「どうした、先触れも出さずに。火急の要件か?」


貴族との面会では、身分の上下関係なく先触れを出すのが礼儀である。いついつにどんな用事で伺ってもよろしいですか、と先に知らせるのだ。

逆に、それもなく突然訪れるのはその時間もなかったという事に他ならない。それを問うた公爵は、炎帝の問題に重なってまだ問題が続くのかと辟易している。だがそれを表情に出す事などしないのは、王家に連なる貴族として当然の事だった。


「先触れ無しの訪問、誠に失礼致します。公爵様に逸早くお知らせせねばと焦った次第でして。」


やはり火急の要件だった。全力でため息を吐きたい公爵はそれを懸命に堪えながらも、鷹揚に頷く事で威厳を示してみせる。顎髭を触りながら為されたそれは、確かにそれだけみれば威厳があって動揺のない姿だった。


「前置きはよい。何があった。」


内心ではどんな問題かとビクつきながらも、それを見せずに伯爵へ問う。伯爵は丁寧に頭を下げてから、やっと本題に入るべく息を吸った。


「どうやら炎帝が公爵様の領内に来ているようです。公爵様のご計画に利用できるのではと思い参った次第。」


自信ありといった表情でそう言い切った伯爵。だが目を向けた先の公爵は、何故かワナワナと震えていた。

はて、公爵と炎帝には蟠りなど無かったはずだが。そう考えて捻りたい首を懸命に抑える伯爵だったが、その答えは彼の主人から怒声となって得られた。


「知っておるわ!先ほど馬鹿な私兵団が炎帝と揉めて四人殺されたという報告を受けたばかりだ!何が火急の要件だ!何が利用出来るだ!もう遅いではないか!」


一息で怒りを声に乗せ、部屋の外まで響く声量で怒鳴り上げる公爵。

伯爵はそれを受けて耳に痛みを感じながらも、その自身ありげな表情に変化はなかった。その様子すらも鬱陶しく感じた公爵は、更に怒りを増して額の筋を増やす。

だが、伯爵が発した言葉にその時を止めた。


「そうでしたか。遅くなり申し訳もありません。ですが、それは私兵団の失態でしょう。責任者を斬り、その上で炎帝に和解の申込みを。その席でご計画への協力を打診するのです。勿論、国王陛下には内密に。」


炎帝、カサンドラの性格を知らない伯爵は、自ら集めた炎帝に関する情報を基に、炎帝の性格を予想していた。

それは、気分屋であるということ。炎帝にとって気に入る依頼であれば、得られる物が少なくとも引き受けるだろうという予想があった。

それは、炎帝がこれまでに受けた依頼を独自のルートで伯爵が入手していたからこそ出来る予想。独自のルートとは当然、冒険者ギルドの運営幹部の抱き込みである。


それに多額の資金を投じている伯爵だからこそ、公爵は重用している。そして頭の回転が速い伯爵は、公爵に降り掛かる問題の多くに助言し助けてきた実績があった。

故に、公爵はニヤリと笑って伯爵の意見を肯定する。今回も彼の助言によって解決する。公爵がそう考えるのも当然のことだった。


「炎帝と言えど所詮は冒険者。報酬を高くすれば受けるであろう。」


そう言ってニヤリと笑う公爵に、伯爵は首を振った。己の予想と違う反応をする伯爵に、公爵は笑みを消して目を向ける。それが睨みに変わる前に、伯爵は口を開くのだった。


「炎帝は報酬の高さで依頼を決めません。実際に、銅貨一枚で平民の子どもから失せ物探しを引き受けています。子ども好きだという噂もここから来ているのでしょう。他にも気に入らなければ依頼を受けないというのは有名です。そこで、公爵様のお孫様に協力してもらうのは如何かと。」


「孫?孫は皆、王都のアカデミーに通っておる。今から呼び戻しても無理ではないか。」


公爵の言う通り、公爵の孫は王都の公爵邸に住みながら学校へ通っている。だが、伯爵はそれに違うと首を振る。

違うのならば一体誰に、と口にしようとした公爵だったが、思い出したように眉を上げて伯爵を見た。


「まさか、病弱で寝込んどる奴など使えんだろう!」


そう、公爵には身体が弱く日のほとんどをベッドで過ごす孫がいた。学校へ行ける歳になっても身体が弱いことを理由に入学しておらず、成人まで生きられるか分からないため教育もしていない。

ただ生きているだけの孫に、公爵は関心を寄せていなかった。


「お孫様を救うために、という形で計画の一部をお話になるのです。計画の目的はそれと違いますが、炎帝を動かすためならばそのような方便も必要でしょう。炎帝はおそらく、情に厚い類の者。病気を治すために祖父が立ち上がった、という話を聞けば、協力してくれるものと信じております。私兵団が焦っていたのも、時間がないからだと言えばよろしい。」


伯爵がスラスラと述べる作戦に、公爵は感激したように瞳を輝かせた。これしかない、と思えるほど完璧に聞こえたその作戦を、公爵が全面的に認めるのに時間はかからなかった。













「姐御!王都のクランハウスにここの領主から連絡が来たらしい!」


カサンドラが私兵団を殺してから二日。カサンドラ隊の部隊員から報告を受けたカサンドラは、罠にかかった獲物を見る肉食獣のように獰猛な笑みを見せた。


「いいねぇ。掛かった。アタシらはそっちの方面から仕留めるって忍者っ子に言っときな!行くよ!」


イエッサー!


声を揃えて敬礼する部隊員たちは、既にノリノリである。カサンドラがこういう笑みを浮かべた瞬間から、彼らの狩りが始まるのだ。

炎の部族と呼ばれた彼らは、狩猟民族だ。その本領がこれから、嫌というほど発揮されるのである。







「忍者っ子とはな…。カサンドラも中々舐めた事を言う。我らもこうしてはおれん。私兵団を片付けるぞ!」


応っ!


カサンドラ隊から連絡を受けたゆいな隊も、部隊長を揶揄われたままではいられない。それぞれに気合の入った表情で行動を始め、いつしかそれは二部隊の競争の形を作り出していた。




「若いって良いわねぇ。」


ボソリと呟いたのは、それを見ていた所長だった。隣に立つ科長はそれを聞いて腕を組み、慌ただしくなった野営地を眺める。


「お前とカサンドラの歳は大して変わらんだろう。」


厳つい顔でそう言った科長だったが、己の肩までしか身長のない所長に下から睨まれて押し黙る。

女性に歳の事を話題にするのは失礼だ、というのは聞いた事のある科長だったが、自ら歳について話した時も同じなのか、と新たに学ぶのだった。


「うむ。精神年齢に関してはカサンドラが随分下だな。」


結局、上手くないフォローを繋げるしかなかった。













翌日。

カサンドラ隊の中隊が、公爵領の領都へ足を踏み入れた。

領主たる公爵に招かれたのだと、彼女たちが門を通った時には既に噂が広がっており、天下にその名を轟かせる炎帝が公爵の命に従ったのだと考えた領民たちは、残念な気持ちと期待とでせめぎ合う心を表すように、控えめな歓迎をしてきたのだった。


「なんすかね、この中途半端な歓迎ムード。やるならもっと派手にやれやって思うんすけど。」


部隊員が隣を歩く小隊長に文句を言っている。それを小隊長が鼻で笑うと、周囲にいた部隊員も釣られるように笑うのだった。


「お前、わかんねぇのか?領民からすれば、税金も高いし陳情も聞かねぇ公爵の味方に炎帝がついたって思うんだぜ?」


「でも、もしかしら、そんな気持ちもあるからこその中途半端な歓迎なんだろうな。」


「ま、俺らからすればもっと歓迎してほしいとこだよなぁ?なんせ、結果を知ってるんだからよ。」


「だな。お前の気持ちは分かるぜ。」


口々にそう言われて、やっとこの歓迎が中途半端な理由を知る部隊員。なるほどぉ!などと手を叩きながら歩くその様子を、領民は会話を聴き取れないながらも楽しそうな炎帝一行に、淡い期待を含めた視線を向けた。


「しょうもない事話してんじゃないよ。ほら、アンタらは街で情報を拾ってきな!」


賑やかな小隊にカサンドラからの指示が飛べば、彼らはすぐに緩んだ表情を引き締めて頷く。そして掻き消えるように姿を消した。

その光景に、領民たちは騒めきながら驚く。だが炎帝一行の様子が変わらない事に、事件ではないと判断した領民たちは、流石は炎帝の部下だ、と口々に言うのだった。







一方、大森林近くの小さな町では。

ゆいな隊によって私兵団が駐留する町長の屋敷が包囲されていた。


「作戦開始まであと少しだ。俺たちの侵入ルートは頭に入れたな?目標の確保を最優先とする。他には目もくれるな。」


ゆいな隊は私兵団を制圧する事に決めた。事前にカサンドラの紹介で冒険者ギルドのマスターにも面会し、協力も取り付けている。

協力とは言っても、冒険者がこちらに手を出さぬように願っただけだが。


屋敷を見張っていた小隊から、明日にも私兵団が動くという情報が上がってきた。そのため、その前に私兵団を制圧し、竜脈に何をしたのか確認するのが今回の目的だ。


頭と手を同時に攻める。二部隊で競争のようになっている今回の任務だったが、やり方としては非常に効率的な流れが零番隊に訪れていた。

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