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闇竜と騎士団  作者: 山﨑
232/293

232話

ヴェルムから任務を任されたカサンドラ隊とゆいな隊の二部隊は、指示書に従い西の国に潜入していた。

二部隊の潜入方法は異なり、ゆいな隊は諜報部隊らしく様々な身分に偽装してそれを成した。それは商人であり、冒険者であり、旅人であり、旅芸人であり、吟遊詩人であった。

ゆいな隊は亜人ばかりであるため、比較的人族に見た目が近い者が人族に成りすまし、獣人族などの特徴的な見た目を持つ種族の部隊員は、それらの部下や丁稚、あるいは奴隷として入国する事になる。


これには、西の国の思想が原因として存在する。天竜教を国教とする西の国は、教皇が天竜からの天啓を得られる唯一の存在とされ、その教皇は人族からしか選ばれない。

この教皇を決めるのも天竜とされており、天啓を聞いた教皇が次の教皇を指名する事になっている。

そのため、人族は天竜に選ばれし種族であるという認識が強く、亜人種は人権を認められてはいるものの、社会的に地位を得ることを難しいのだ。


しかし、ゆいな隊の部隊員がそれを厭う様子は無く、嬉々としてその役を演じる事の出来る猛者たちばかりである。闇夜に乗じて不法入国した部隊員も僅かにいたが、そちらよりも丁稚や奴隷に扮する方が人気だったというのだから不思議な部隊だ。


一方カサンドラ隊はと言えば。彼女は西の国王都に屋敷を持つ身分である。冒険者の活動拠点を国が縛る事など出来ないために、カサンドラは自由に拠点を動かし続けている。

だがそれでも、国境線に一度姿を現せば。当然ながら兵たちに囲まれ歓迎を受けるのだ。これはカサンドラ隊が西の国で様々に活躍してきたからであり、国の意向ですら気分次第で跳ね退けるカサンドラに憧れを持つ国民は多い。

そもそも、謎の多い帝という地位に居ながらも、顔は見せないものの頻繁に民と交流する彼女らは、人気もそれに応じて高いのである。

そんなカサンドラ達を国に繋ぎ止めたい新国王だったが、既に何度もフラれ続けており、今では王城に顔を出す事すら無くなった。勧誘がしつこ過ぎたからかと言えば違う。カサンドラが可愛がっている双子の姉、カリンに一目惚れだなんだとちょっかいをかけたからだ。

姐御と呼ばれる事も多いカサンドラはそれだけ歳下の面倒見が良く、団内最年少の双子には特に目をかけている。

その溺愛振りはカサンドラの苛烈な性格を知る者ほど驚き、同時に納得もする。彼女は懐に入れた者には愛情深いのだ。


西の国王都が蝙蝠族による襲撃を受けるまでに、カサンドラ隊は冒険者として様々な活動を行ってきた。その結果、西の国のどこに行っても彼女達は歓迎されるのである。

そして、それは国境線付近の街でも同じだった。


西の国とグラナルドは、大森林とその内部に存在する山脈を隔てており、国同士の交流は大森林を挟んだ南北の二ヶ所によって行われている。

今回、零番隊の二部隊が任務を受け向かうのは、その二ヶ所から丁度間、つまり大森林のすぐ西にある公爵領だ。

ここを治める公爵は、先々代国王の弟から公爵家を名乗っており、その王弟が婿入りするまでは侯爵家として西の国に仕えていた。

西の国は侵略国家であり、民の食い扶持が無ければ奪えば良い、の精神を真剣に話し合うことの出来る国家である。そんな西の国に長く仕えてきた侯爵家だったが、領地の場所が大森林の横であり、他の周囲は既に西の国となってしまっていた。

そのため、領地を広げるためには大森林へ手を出すしかなかった。それは公爵家となってからも変わらず、彼らはいつも大森林へと冒険者を送り込み、木の一本でも良いから領地を広げようと躍起になっていた。


そんな公爵家で、一体何があったのか。竜脈についてどの程度知っているのか。

それを確かめる事が二部隊の任務であり、潜入方法は違えど集合場所を大森林の内部に設定した。エルフの縄張りを犯さぬように迂回しながらそこへたどり着いた部隊員が、結果的には一番乗りとなって野営場所の準備をしている。

それに遅れながらも二番目にたどり着いたのは、カサンドラ率いるカサンドラ隊の中隊だった。


「おやぁ?ゆいなの嬢ちゃんはまだ来てないのかい。…あぁ、これは先に街で聞き込みでもしてるね?まぁいいさ。アタシらと嬢ちゃんの得意分野、それぞれ活かしていこうじゃないの。」


まだゆいな隊のどの小隊もたどり着いていない事を不審に感じたカサンドラだったが、それを口にしてから閃いた予想をも口に出す。その予想が己の納得がいくものだったのか、自問自答の形となったそれに満足そうに頷くのだった。


カサンドラは先に着いていた己の部下達を見やると、己と共に来た部下達に指示を出す。それは、野営地の設営手伝いと、周囲の偵察だった。

カサンドラが短く指示を出せば、彼らは敬礼でもって了承の意を表した後に消える。正確に言えば、走り去る、なのであろうが、素人の目には消えたようにしか映らない程の速度であった。


「お嬢。もう着いてましたか。遅参の段、御免なれ。とでも言うべきですか。」


指示を出した後、余る息を吐き出したカサンドラに、後ろから声がかかる。声は一つだったが、その気配は複数ある。馴染みあるその気配にカサンドラが振り向けば、そこには彼女が想像した通りの者、カサンドラ隊副部隊長率いる中隊がいた。


「爺、アタシより遅いってのはどういう事だい?まさか腑抜けたんじゃないだろうね。それに、それを言うなら白装束でも着てくるんだね。まったく。アンタはヴェルムの話を真に受け過ぎなのさ。あぁいう話は半分くらい嘘なんだからさ。」


カサンドラは、ただでさえ鋭い目つきを更に鋭くさせて爺を見る。彼女が言っているのは、昔にヴェルムと話した雑談の事だった。

爺が言った、"遅参の段、御免なれ"というのは、東の国がまだ戦乱の世であった頃の話である。後一歩で天下統一、といった大名の元へ現れた中堅大名が言った言葉だとかで、その大名が首を斬られる覚悟の現れとして死装束で現れたのだという。そこで放った言葉が先ほどの物で、だからこそカサンドラは爺に死装束でも着てこいと言ったのだ。

だがそんな解答すら予想していたのか、爺は飄々とした態度を崩さないまま、ニヤリと笑って宣った。


「そんな物を準備するよりも、一足でも早くお嬢の下へ向かうのが先決かと思いまして。そこまで言うなら次からは準備しておきましょうぞ。」


ほのほのと言うその顔に拳をぶち込みたいカサンドラだったが、グッと堪えてため息を吐く。

だが折角カサンドラが我慢しているのに、爺は余計な一言を追加するのだった。


「しかしまぁ、お嬢はいつまで経ってもノリという物を理解しませんな。そこは笑って、"今少し遅くば、その首が飛んでおったわ"という場面でしょうに。やれやれ…。」


部下の前だからか丁寧な言葉で話してはいるものの、爺の態度はカサンドラの堪忍袋の尾を引きちぎるのに十分な威力があった。

次第にカサンドラの顔がその髪と同じく真っ赤に染まり、額には大きな筋が浮かぶ。ブチッという音が聞こえそうなほどにくっきりと浮かんだそれを見ても、爺はまだほのほのと笑っているのだった。

それは爺にまだ運が味方している事を知っての行動だったに違いない。何故なら、カサンドラという火山が噴火する前に、どこまでも冷静な声が聞こえてきたからだ。


「すまない、カサンドラ。領都とここに一番近い街と村それぞれで情報を集めてから来たために遅くなった。まだ野営地の設営中のようだな。こちらも手伝おう…、ん?どうした。茹蛸のように赤くなって。」


ゆいなだった。普段から癖で気配を消す彼女の接近に気付かなかったカサンドラだが、爺は気付いていたのだろう。冷静であればカサンドラも気付いたかもしれないが、周囲に部下が複数いて爺もいる環境で、殺気を持って近付く存在に誰も気付かないなどあり得ない。

ゆいなが味方で良かったと一瞬考えたカサンドラは、それだけで怒りのやり場を失くしてしまったのだった。


「フン、なんでもないさ。嬢ちゃん達が来たなら設営は部下に任せな。アタシらは早速作戦でも練るとしようじゃないか。それから爺、アンタは大森林で今晩の飯でも集めて来な。」


重要な作戦会議に爺を参加させないという選択をしたカサンドラに、爺は慇懃に敬礼などしてみせた。それを見てまたも額に筋を浮かべかけたカサンドラだったが、どうにか堪えたようだ。ふぅ、と息を吐いて爺を睨めば、これ以上は良くないと考えた爺が大人しく大森林へと数人の部下と共に去るところだった。


「カサンドラ…。その、なんだ。」


「あぁん?」


「いや、お互い部下の扱いに苦労するな、と思ってな。」


ゆいなの呟くようなそれに目を丸くしたカサンドラ。しかしフッと笑うとゆいなの肩に手を回し、バシバシと叩きながら部下が設営したテントへ誘った。

部隊長同士にしか分からない、苦労を感じたのだろうか。だがこの日を境に二人の距離が近くなったのは確かだった。

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