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闇竜と騎士団  作者: 山﨑
228/293

228話

エルフの王との謁見を強制的に切り上げたアレックスとゆいなは、互いに黙ったまま四本の大樹を出た。

とりあえずの目的であるダンジョンの調査とエルフの救援に関してはもう終えているため、王との交渉が上手くいかなかろうと問題など無かった。

だが、面倒な事態になったのは確かだ。この事態を巻き起こしたアレックスの考えが分からないゆいなは、二人が大樹を出てからやっと口を開くのだった。


「何故あんな真似を?王が馬鹿なのは分かっていたではないか。何か考えあっての事だろう?教えてくれ。」


アレックスが無意味に交渉を決裂させる心配などしていないゆいなから見れば、先ほどの行動は理解の及ばないものだった。そんなゆいなの考えを見越していたかのように笑うアレックスだったが、その笑みをスッと消すと真面目な表情でゆいなを見返す。


「ヴェルムはな、エルフの固い頭を解したいのさ。柔軟な考えが出来なきゃ、これからエルフの里を襲うだろうダンジョンの脅威から身を守れない。あの王が最初から俺たちに頼んでいればこうはならなかったんだぜ?でもヴェルムの予想通り、王は目の前の脅威が去った途端、俺たちに高圧的な態度を見せた。つまり、荒療治が必要だってこった。この先は俺たちの仕事じゃなくなるかもな。」


そう言うアレックスの瞳は仄かに感情が揺れており、それだけで彼がエルフに対して何かしらの期待をしていた事が分かる。それを見たゆいなは、彼がこの里に来た際に発した呟きを思い返していた。


大伯母が入れなかった場所、と。確かにそう言っていたと記憶している。それは、アレックスの祖母フロースの姉がエルフでありエルフでない事を示していたのかと気付いたゆいなだったが、それ故にどこかエルフの里に夢を見ていたのかもしれない、などと益体の無い事を考えるのだった。


「後は団長との交渉次第になるのだろうな。残念ながら私たちの任務はここで終了だ。部下も残念がるだろう。少しずつ民と打ち解けて来た所だったからな。だが、団長のお考えだと言えば、奴らのことだ。喜んで帰還するさ。」


部隊員の事を話せば申し訳なさそうに眉尻を下げたアレックスを見て、ゆいなはフォローも込めた言葉を繋げる。それにゆいなの気遣いを見たアレックスは、感謝の気持ちも込めた視線でゆいなを見返すのだった。

それにゆいなはフッと笑いながら晴れ渡った青空を見上げる。どうしてこの男が今回の指揮官に選ばれたのか分かった気がしたからだった。


ただその場にいたから頼まれただけだとは思いもしないゆいなだったが、結果的にヴェルムの株が上がった。

おそらく、ヴェルムがこの場にいれば否定したのだろう。

私はそんな事まで考えて任命したわけでは無い、と。

だが幸か不幸か、ヴェルムはこの場にいなかった。













「おう、お前ら!撤収指示が出た!半刻後に出発だ。来た時より綺麗にしてから撤収するぞ!忘れ物なんかすんなよ!?」


ゆいな隊の中隊長である熊人族の男が、その大きな声を轟かせて部下に指示を出していた。その指示によって慌ただしく動き出した部隊員達は、突然の撤収命令にも関わらず迅速に効率的な動きで準備を始めるのだった。


「撤収かぁ。突然てことは、何かあったなこりゃ。」


「何か…?あぁ、核破壊班が帰って来てすぐだもんな。大方、エルフの王がアレックスさん怒らせたんじゃねぇか?」


「あり得るな。んじゃ、俺は掃除の方にまわるぜ。お前は荷物の纏め係な。」


「あいよっ。任されたぜ。」


軽く言い合う部隊員達の予想は概ね正しく、それだけかの王が胡散臭いと感じていたのだろう。

そんなやり取りはそこかしこで見られ、部隊員達がこの様な事態に慣れている事が窺える。彼ら諜報部隊は発つ鳥跡を濁さずといったように、施設を利用する前よりも綺麗にする事を信条としていた。

それは任務において潜伏などの必要があった際に、彼らの痕跡を残さないようにする後始末とはまた違う行動が求められる。

部隊長のゆいなの指導によってそれを身につけさせられた彼らは、特に掃除には殊更気を使う。亜人部隊である彼らには、獣人族が多いからである。

獣人族は年に二度、換毛期が存在する。体毛が抜けやすくなるその季節は、彼らの痕跡である抜け毛の処理に多大な精神を使って片付けなければならないのだ。

種族特性ではあるが、それをゆいなは許さない。昔はドワーフ族が使用した部屋など酒臭くて入れなかったが、それですら矯正してみせたのだから彼女の指導の強さが分かるだろう。




そんな部隊員達が撤収準備を続ける中、アレックスは里の長に世話になった礼を告げるために長の家まで来ていた。

長の家には他に長の家族が住んでいたが、今は出ているのか長以外はいなかった。しかし、アレックスも予想しない人物がいたのである。


「もう帰られるというのですか…?まさか、何か問題でも?アレックス殿達が戻られたと、先ほど聞いたばかりなのですが…。」


相変わらず腰の低い長に、アレックスは苦笑を浮かべて頬を人差し指で掻いた。この里の家は全て木材のみで作られており、まるで森の中にいるかのような清涼感がある。

そんな中でもそんな気分になれない程度には、そこにいる人物に首を傾げざるを得ないのだった。


「お前達の王から随分な態度を取られてな。さっさと帰れと言われて来たところだよ。んで?なんだってその王の息子がこんな所にいる?まさか見送りって訳じゃないだろ?」


アレックスが訝しげな視線を向けるのは、長の隣に座るエルフの王子であった。何故そこに王子がいるのか。アレックスにしてみれば、エルフの王族とは物事の先も見えぬ愚か者という評価である。だが目の前の彼は違うのかもしれない。一応そんな風に考えての質問だった。


「父は…、王は愚かにもその様な事を言ったのか。だから私は反対したのだ。エルフ族だけで今後ダンジョンを管理するのは難しいと。」


王子の発言によって、意外に思ったアレックスは右の眉を上げる。その表情の動きに、王子は多少気分を害したようだったが、アレックスの先ほどの発言を思い出してその気持ちを鎮めた。どうやら、この王子は話が通じるようである。


「王はどうせ、褒美をやるなどと宣ったのだろう?其方達に必要なのはそんな物ではなく、今後も支援を頼むという低頭だったのだろうが…。」


王子が続けてそう言えば、アレックスは苦笑を浮かべながら首を振り、それを否定するのだった。


「まさか。頭下げて乞い願えとは言わんさ。俺は与えられた物は返すように心掛けてる。相手に尊大な態度を取られれば、それに返す様にしただけだ。エルフの王子はどうだ?俺に何を返させる?」


アレックスの言葉は同じエルフともほとんど会話した事のない王子には難しいものだった。だが、元々賢いのだろう王子は、その言葉に時間を使って返答を模索している。

それがたっぷり数秒経った時、顎に手を当てていた王子は意を決したように顔を上げて、真っ直ぐアレックスの瞳を見た。


「まずはエルフの王族を代表して謝罪を。更に恥を上塗りするようで申し訳ないが、我らエルフには大迷宮を管理する力は無い。放っておけば、いつか飽和してまた民に襲いかかるのだろう?であれば、そちらの望む対価によって二つの願いを聞いてもらえないだろうか。」


知性の宿るその瞳には、決意と先を見据えた視野の広さが見えた。アレックスはそれを見て一つ頷くと、腕を組んで考えを纏める。彼の頭の中では返答によって変わる未来が色々と予測されているのだろう。


「王子。その提案はエルフの国全体の決定と捉えてよろしいか?つまり、王子ではなく王として関わる事になる、と。」


アレックスは自身の言葉の通り、与えられた物は返す事を信条としており、その言葉遣いは王に対する物と大きく異なっていた。これはアレックスが王子をそう遇する必要があると感じたからであり、それだけで王子の願いは一つ叶えられる可能性が高まった。


「それは分からない。だが、私の全てを賭けてでも父を、王を説得してみせよう。これは親子の問題ではなく、国の問題なのだ。今日は私の名で集会所を開放しよう。まずは大迷宮を攻略した功労者を労わせてくれ。」


それは王子の覚悟だった。里を去るように言った王の言葉を、王子の身分で覆す。それだけで反逆と捉えられてもおかしくないが、その結果すら引き受ける覚悟が彼の言葉には含まれていた。

アレックスはそれにニヤリと笑うと、何日もダンジョンに潜っていたため髭の伸びて来た顎を触りながら頷く。


「良いでしょう。王子のその覚悟に賭けてみる事にします。では我らドラグ騎士団は、王子の言葉にのみ耳を傾けましょう。」


アレックスのその言葉と自信溢れる態度は、自分の行動が正しいのか分からないまま突き進む王子にとって、太陽の光のように道標となるのだった。

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