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闇竜と騎士団  作者: 山﨑
227/293

227話

アレックスが率いる迷宮核破壊班が戻って来たのは、エルフの戦士たちが里へ戻ってから三日も過ぎた頃だった。

ダンジョンの入口を監視する任に就いていた部隊員がそれに気付き、直ぐにゆいなへ念話魔法で連絡を取ったことで部隊に共有され、仮宿となっている集会所では慌ただしく彼らの帰還を迎え入れる準備が行われた。


破壊班の面々が機嫌良く帰ってくる中、アレックスは連絡を受けてすぐ現れたゆいなと共に、エルフの王が住まう四本の大樹に足を向けている。

これは休むより先に報告を、という考えからであり、ゆいなも一度は休む事を提案したがそう言われては同意せざるを得ない。報告が早いに越した事はないため、アレックスが良いなら良いという判断もそこにあったのだろう。


大樹へ向かう中、アレックスは疲れた様子一つ見せずにゆいなへと簡単な報告を行っており、寧ろ元気過ぎるその様子にゆいなは安心しながらも報告を黙って聞くのだった。


「ってな訳でな。魔物の分布も大体分かったし、ボスを倒して核も破壊した。これでこれ以上デカくなる事はないはずだ。後は様子見しながら落ち着くのを待つしかねぇ。」




ダンジョンは成長する生き物である。そう唱えたのはダンジョンの調査を生涯の目標に定めた学者だった。

その学者が発表した論文の内容は、今では冒険者たちダンジョンに関わる者全てにとって常識となっている。


そんな論文の一つに、ダンジョンの核についての考察もあった。

その論文には、"迷宮核とはダンジョンの心臓そのものであり、それを破壊されれば迷宮として成長する力を失う。しかし不思議な事に、宝箱は変わらず出現する上、ダンジョンの構造物を破壊できぬという根本的機能は失われない。これはダンジョンが産まれた時点で確定された事柄であり、そこに心臓の有無は関わらないものだと考えられる"、などと書かれている。


では核の破壊は無意味なのかと言われればそうではなく、これ以上ダンジョンが大きくならぬようにするためにも核の破壊は必須である。

何より、天竜であるヴェルム自身が迷宮核の破壊を求めた。それには理由があり、ヴェルムはこう語っている。


"ダンジョンというのは異質なんだよ。この世界の均衡を崩しかねない、ね。核を破壊したダンジョンは抜け殻のような物だけど、核があるうちはこの世界にとって脅威となり得るんだ。"


世界を見護る天竜だからこその言い方ではあるが、ドラグ騎士団はそれを念頭に置いて新発見されたダンジョンの核を破壊する任務を負う。

具体的に言えば、そもそも迷宮核とは世界を根底から支える竜脈と呼ばれる魔素の河から、魔素を吸い上げてしまうのである。

それが際限なく続けば、次第に竜脈を流れる魔素が減る。結果、世界に還元される魔素が減り、魔素無くして生きられない世界の生き物たちは死に絶える事になるだろう。

そうならないための核破壊であり、探索なのだ。


加えて、核を破壊する事でスタンピード発生の期間を引き延ばすことが出来る。これに関しては先ほどの学者の論文に書いてある。


"迷宮核を破壊する事で起こる最も大きな影響は、スタンピードの頻度低下である。これは核から何かしらが供給される事でスタンピードが早まるのではないかという考察に基づいており、であれば逆説的に核を破壊すればスタンピードの頻度を低下させられるのではないかという考えから実験されたものだ。

長年核が破壊出来なかったダンジョンで、遂に冒険者が核を破壊した。それによってそのダンジョンからスタンピードが起こる時期がズレたという報告もある。

もっと複数の検証が必要ではあるが、核を破壊する事が最優先なのは変わらないため、簡単に検証しようと提案出来ない現実が実に残念である。人々の安全に直結する故、道徳心のある我輩には無理な提案であった。"


この学者が言うところの、何かしらが供給される、という点においては、ヴェルムの言うように竜脈から魔素が吸い上げられているという事になるのだろう。

まだまだ謎の多いダンジョンではあるが、人々にとって害であり益でもあるそれに関わって生きていくしか人族には道がないのだ。

研究によって少しずつ謎が解明され、有効資源として更に活躍の場が増えるようになるのを期待するしかない。

まだ魔物が生まれる理由すら明確に解明出来ていない人族にとって、その子宮となり得るダンジョンの秘密は魅力的で謎深き存在なのだろう。







アレックスとゆいなは互いにここ一週間程の活動について端的に報告し合いながらも歩みを進め、世界樹からさして遠くない四本の大樹に辿り着いていた。

自然主義であるエルフの里だけあって、木材のみで作られた重厚な扉を護る戦士に会釈されながら通り抜けた先には、王の世話をする長老が立っていた。

こちらがアレックスの帰還を伝えていないのに用意周到なそれに内心で驚きながらも、二人は長老へ挨拶し彼の先導で王の下へ進む。里に着いたばかりの日に案内された経路と同じ道を辿っている事に気付いた二人だったが、となれば向かう先も先日と同じ謁見の間なのだろう。また宙に浮く建物へ向かうのかと辟易とした感情を抱きながらも歩く二人は、こっそりと顔を見合わせ共に苦笑するのだった。


「王は大層喜んでおられました。謁見までに褒美を考えておくようにとの仰せです。」


長老が歩きながら前を向いたまま二人に話しかける。二人はその言葉に怪訝な表情を浮かべたが、前を見たままの長老の視界に入る事は無かった。

救援要請を受けて来たアレックス達にしてみれば、これは任務でありその報酬は給与という形で騎士団から与えられる。よって褒美を受け取るなどと考えてもおらず、二人の頭に浮かんだのはどうやって断るかという一点のみだった。

このような事は度々ある事で、地位ある者を救ったりした時は大抵こうなる。行きずりで助けたのならば兎も角、任務によって救ったのならば褒美など必要ないのだ。

だが、地位ある者にとってはそうでない事も理解していた。地位や権力を持つ者が助けられたのに褒美も渡さなかったとなれば、周囲から批判を受けるのは確実だからである。そんな面子を保つための褒美は、素直に受け取っておく方が楽な事もある。そういう事態が予想される場合は、事前にヴェルムから指示書と共に指示を受けるのだ。


しかし今回は違う。エルフは他種族との交流を絶っており、気にする面子はない筈。それでも褒美をと言う辺り、こちらに断られる事も想定しているのだろうか。

分からない事は考えても仕方ない精神のアレックスは早々に思考を放棄しており、何も気にせず長老の先導に従って歩みを進めている。

逆に色々と考えてしまう性格のゆいなは、王の言葉の真意を測ろうと思考を巡らせていた。


「どうぞ、この先で王がお待ちです。」


ゆいなの思考が中断させられたのは、先日と違う場所に案内されたからだった。然りとて四本の大樹の間に浮かぶように建てられた建物である事に変わりなく、しかし謁見の間とは違う部屋であるらしかった。

気配を探れば、部屋の中には先日覚えた王の気配が。他にも壁や天井の裏に複数の気配があり、これは護衛なのだろうと予想できる。敵意などは感じられず、中でゆっくりしている様子の王の気配を感じれば、本当に褒美を与えるつもりなのかもしれないと感じるのだった。


そんなゆいなの思考とは関係なく、扉をノックしてから手をかけた長老。ノブを捻る前に己の名を告げると、中から一言、入れ、とだけ返事があった。


「お待たせ致しました。アレックス殿とゆいな殿をお連れしました。」


扉を開けてから頭を下げた長老は、二人を連れて来たことを告げると二人へ中に入るよう手で合図を送る。

入ってみねば状況は変わらないと、二人はその合図に従って部屋に入り敬礼を王に向けるのだった。


「ご苦労。下がって良い。」


王は魔物の革で編まれたソファにゆったりと座っており、案内して来た長老へ投げやりに指示を出していた。それに深く頭を下げた長老が部屋を出て扉を閉めると、そこでやっと二人に視線を向けて鷹揚な態度で茶を飲む。

これがエルフ族相手であればそれで良かったのだろうが、生憎アレックスもゆいなもエルフではなかった。


本来であれば王が何か言うまで敬礼を解かず黙っているのが正解なのだろう。だがアレックスは敢えて敬礼を解き、王の対面に置かれたソファへと勝手に腰を下ろした。

その意図をすぐに把握したゆいなも敬礼から直り、アレックスの後ろに休めの体勢で立つ。ソファに座り脚を組むアレックスと、その後ろに立つゆいな。対面する相手を威圧するようなそれは、相手が小物であればあるほど効果的である。

だが相手は王。そのような威圧は意味がなかった。しかしそれも分かった上でのこの行動であるとゆいなは予想していた。


「時間がもったいねぇから報告だけしとくぞ。迷宮核は完全に破壊した。これ以上ダンジョンがデカくなる事は無い。規模で言えば最大級、難易度も高いと言えるだろうな。スタンピードまでの期間はまだ分からんが、このダンジョンの異常性を考えりゃあ長いって事はねぇ。数年おきってとこだろうな。」


王に話しかけるとは思えぬ言葉遣いのアレックスに、周囲で身を隠しながら聞き耳を立てている護衛らしき気配が雰囲気を変えた。

だがそれは、他ならぬ王自ら手を挙げた事ですぐに収まるのだった。


「ふむ。ならばお主たちの仕事は終わった事になる。褒美に関してはお主のその態度を許す事で帳消しとしよう。この里から疾く去ると良い。」


部屋に入るまで明らかに機嫌が良かった様子の王。だがアレックスの態度に苛立ったのか、その表情は硬く機嫌が急降下したのが分かる。それでも不遜な態度を改めないアレックスには、何か考えがあるようだった。


「ん?良いのか?言っとくが今回の任務がここで終了となれば、今後ダンジョン内の魔物を間引くのはお前達エルフだぜ?たかだか浅層域で全滅した戦士しかいないエルフだけでそれが出来んのか?まぁいいか。知った事ではないしな。ゆいな、お前の部下にいるこの里出身の奴に言っとけ。今日が見納めだってな。」


「あぁ。了解した。帰ったら他のエルフにも伝えよう。今のうちに帰郷しておかねば故郷は近いうちに無くなるぞ、とな。」


王への言葉を打ち切り、打てば響くようなやり取りで会話する二人。眼前の王を無視したその流れは、到底我慢の出来ることではなかった。王の様子をチラリと見れば、その手は震えており額には筋が浮かんでいる。

王とてアレックスに言われずとも理解はしているのだ。だが、核の破壊さえ上手くいけば後はどうにでもなると考えた結果がこれだった。エルフの王と呼ばれていても、海千山千を相手に言葉で戦う人族の王とは経験値が違う。

人族の王を身内に持つアレックスからすれば、エルフの王は純粋培養の箱入り息子でしかなかった。


「よし、帰るか。じゃあな、エルフども。二度と会うことはないだろうが、団長には上手く伝えといてやるよ。最期は里の滅亡を選んだ潔い王だったってな。」


アレックスはそう言うと立ち上がり、続くゆいなを連れて扉まで真っ直ぐ歩く。そのあまりに未練のない行動に、周囲に隠れている護衛達の気配が動く。だがそれは、アレックスの後ろを歩くゆいなから発された鋭い殺気によって縫い止められたかのように動けなくなるのだった。

その余波は王にも及び、ガチャンと音を立ててカップが割れる。手に持ったカップを王が落としたためだ。


邪魔する者がいなくなったため、止めていた歩みを再開させるアレックス。だが、彼が扉に手をかけた時にそれを引き留める声がかかるのだった。


「ま、待て。私が悪かった。落ち着いて話を聞くのだ。」


謝るなどという事を、生まれてこの方一度もした事がない王の謝罪だった。そんな生き方を曲げてまでした謝罪だったが、アレックスは然して興味がないように半身で振り返り王を見る。次いで出た言葉は本当にエルフへの感情が消え去ったかのように冷たく紡がれた。


「俺は落ち着いてるだろう?頭がイカれてるのはそっちだ。世界樹の管理はこっちで引き継いでやるから、勝手に滅びるでもなんでもしろ。ただし、俺たちとは関係ないところでな。」


エルフがこの世界にいる意味。それは彼らが自身で言うように、世界樹の管理である。他にもあるのだが、一番大きな目的はそこにあると言っていいだろう。

それを引き継ぐと簡単に言ったアレックス。だがそれは適当に言ったのではない。事前にヴェルムとも話し合った結果、最悪の場合世界樹の管理をドラグ騎士団で引き継いでも良いという結論になったのだ。

エルフが大迷宮と呼ぶダンジョン。これのスタンピードから自らの身を護れぬようでは、世界樹の管理者として生きていけない。

里への出入りや支援を約束し騎士団を頼るのであればそれでも良かった。寧ろそれが最善だっただろう。

だが王はその選択肢を自ら捨てたのだ。一度捨てた選択肢をもう一度選ぶような、そんな甘い事が現実で起こる訳もなく、アレックスはエルフを切り捨てる決定をした。ただそれだけなのだ。


そんなアレックスの態度に、白い顔を青くして尚も言葉を紡ごうとする王に、アレックスはようやく体ごと王に向き直って冷たい視線を向け直すのだった。


「天竜は世界樹の管理がしたくて眷属を寄越したのか?今回の援助は我ら森の民への恩返しではないのか…?」


王の吐く言葉は、アレックスには理解ができなかった。救援要請を受けたから来た。それだけだ。そこにあったのはエルフを救うためというよりは、世界樹に影響がないか調べるためという理由が強いのは否めない。

しかし少なからずエルフを救うためという理由は存在しており、だからといって恩返しなどという言葉はヴェルムの口から出てこなかった。

つまり、返すべき恩など無いのだろう。もしくはヴェルムが忘れているか。だが昔のことでもハッキリ覚えているヴェルムがそのような大事なことを忘れているとは考えにくいため、アレックスはそれをエルフの主観なのだと判断した。


「悪いが、こっちはお前達のために来たわけじゃないんだよ。世界樹のためだ。俺たちが管理する方が世界のためになるなら、俺たちはそれを実行するだけだ。お前みたいな王が決定権を持つならそうなるだろうな。救われて当然、さっさと帰れ、スタンピードからは護れ。おい、お前らがいる意味は何だ?」


アレックスが放った言葉は、王の心を粉砕した。現実を突きつけられる事に慣れていない王がそれに耐えられる訳もなく、姿の見えない護衛たちはその気配から、酷く動揺しているのが伝わってくる。

もうすでにゆいなから殺気は放たれていないが、それでも動けないでいるのは腰を抜かしたままか、判断がつかないかのどちらかなのだろう。


「もう出てくる言葉はねぇか?なら帰るぜ。じゃあな。」


言い放って部屋を出るアレックスに、ゆいなは黙って着いていくのだった。

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