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闇竜と騎士団  作者: 山﨑
224/293

224話

「リーダー。この先だ。気配は遮断されてるみたいだが、確かにいるぜ。」


ダンジョンの中層域だと予想される階層まで降りてきたゆいな達探索救助班は、通常の冒険者とは次元が違う速度で地図を作成しながらもエルフの戦士を捜索していた。

まさかこのような奥まで入り込めるとは思っていなかったのだが、前回の探索で他の班が重要な情報を持ち帰った事で方向性を変えたのだ。

それは、獣人族が主体となっている班からの報告だった。


人と蜘蛛が混ぜ合わされたような容姿の魔物、アルケニーの発見である。アルケニーの生態は特殊で、まるで蟻や蜂のように徹底的な上下社会を築く。

発見し捕獲した餌となる生き物を巣まで運び、巣で育てている幼体や女王の養分とするアルケニーは、他の魔物のように倒した相手をその場で捕食したりしない。鮮度まで気にする事もあるため、生きたまま繭に閉じ込められ幼体の餌とされる場合もある。


厄介な魔物である事は確かなのだが、ここに来て更に困った情報が入る。それは、他の魔物を捕獲したアルケニーが、階層を移動していたという報告だ。

通常、ダンジョンに生きる魔物は階層を移動しない。何故移動しないのかは判明していないが、階層を隔てる階段には魔物の嫌がる何かがあるのではないかというのが学者の見解である。

しかし、この世界樹の根元に現れたダンジョンでは、アルケニーだけでなく他の魔物も移動を自由にしていたという報告も上がった。


今回のエルフ族救援部隊の代表者であるアレックスは既に迷宮核を破壊するために奥へ潜行してしまっている。そのためこの情報を活かすべくゆいなが指揮を執りながらも救助を諦めていないのだった。


そんなゆいなが率いているのはドワーフを中心とした班だったが、その報告が上がってから前衛をドワーフ小隊、支援を獣人小隊としている。

索敵は獣人族が有利である事と、ドワーフ族の突破力に期待しての編成だ。零番隊である彼らはこういった臨時の編成には慣れており、ゆいなの決定に異議を唱える者など誰もいない。

後衛から外されたドワーフ達はつまらなそうにしていたが、別班で前衛に組み込まれると大喜びしていたので良かったのだろう。


「よし、アルケニーの歩行速度からしてまだ繭に入って数日だ。今助けられねば戦士は全滅する。火力には注意しろ。繭ごと焼き尽くすなよ!」


ゆいなが班員に目を向けて言えば、彼らも同じように真剣な眼をして頷きを返した。鉄斎隊と同じく諜報部隊である彼らの、鉄斎隊とは全く違う活動がここに始まる。







アルケニーは人の上半身を持つ魔物だが、言語を解する訳ではない。形が人であるというだけで、下半身の蜘蛛の部分が本体なのである。

食事は人の口からするようだが、その風景は犬が餌に喰らいつくのとそう変わりはない。手を使う事はあっても、それは人の食事とは大きく違った。


ゆいな隊がたどり着いたのは、ダンジョン内の広間のようになっている場所だった。そこではアルケニーが何百も生息しており、まさに蜘蛛の楽園といった光景が広がっている。

至る所に糸による巣が張り巡らされ、それに気を取られて進めば足元に伝う目に見えぬ程の細い糸に気付かないだろう。かなりの知能を窺わせるそれは、諜報部隊であるゆいな隊には一切の効果を及ぼさない。

そして、その罠がある事で安心していたアルケニーは思いもしない奇襲を受ける事になる。


「…よし、これで三匹目。次だ。」


ゆいな隊の真骨頂は、多種多様な種族の特性を活かした敵の撹乱にある。ここが戦地であれば、体躯の大きな獣人族の中隊が派手に敵を薙ぎ倒し、エルフや小柄な獣人族がその支援をしただろう。

しかし今回は救出作戦であり、敵に見つかるのはなるべく遅い方が良いという判断があった。そのため、獣人もドワーフも関係なく隠形で姿を隠しながらの潜行になっている。

散らばった彼らが少しずつアルケニーを倒し、その死体はマジックバッグへ片付ける。数百はいるだろうアルケニーに対して時間のかかる行動ではあるが、本命は彼らではなかった。


「よし、あれが女王の巣だな。行くぞ。」


ゆいなと兎人族の女性は二人で行動しており、他の班員が巣の周囲から少しずつ包囲を縮めるのに対し、二人は真っ直ぐ中央を目指していた。

広間の中央には巨大な蜘蛛の糸で作られた繭があり、その中央にはまるで玉座のように繭の上に誂えられた場所に腰を降ろす女王がいた。

アルケニーの身体は人族よりも大きく、背の高い獅子族などよりも背の高さがある。しかし女王は更に大きく、人の部分も女性のそれだがとにかく大きい。蜘蛛の部分はアルケニー一体よりも更に大きく、人の部分だけでもゆいなより大きいだろう。

全ての高さを合わせれば、四、五メートルくらいはありそうだ。

人の顔部分に表情はなく、全てのアルケニーが裸であるため女王も裸だ。他に人の部分が女性のアルケニーを見ていないのは、雌が生まれるのが女王となる個体のみだからである。


「ゆいなさん、私が先に行きます。トドメはお願いしますね。」


「…分かった。任されよう。」


兎人族の女性が穏やかな笑みでゆいなに提案すれば、ゆいなは少し考えてから頷き許可を出す。アルケニーは耳が良くないため声に出して会話しても発見される事は少ない。その分、振動に敏感なため歩くだけで発見される危険もある。

ゆいな隊は諜報部隊であるため、歩く時に地を振動させずに歩く事も可能で、二人はその技術を駆使して女王まで迫っていた。


「じゃあお先に。」


兎人族の女性がそう言えば、もう彼女はそこにいなかった。種族特性である強靭な脚力でもってその距離を一気に詰めると、手に出現させたククリ刀で女王の脚を数本、一太刀で切り落としたのだった。


言語を解さないとはいえ、声帯があるため声を出す事が出来るアルケニーだが、突然の痛みに女王が叫び声をあげる。それは広間の全てに轟いて反響し、その振動によってアルケニー達全てに女王の危険を知らせた。

すぐに全てのアルケニーが広間中央を向き一斉に動き出す。だがそれは別の乱入者によって妨害された。


「悪いねぇ…。お前達のおっかさんの下へは行かせられねぇんだわ。」


各地で班員が魔法を発動し、多様なそれでアルケニーたちの集合を防ぐ。突如出現した敵に驚き混乱するアルケニー達だったが、本能に従って目の前の敵を排除すべく攻撃を始める。

だが零番隊を相手にするには力が足りなかった。アルケニーが数百いたところで、ゆいな隊の一人でもいれば時間はかかっても全滅させられる程の実力がある。

そんな実力差がある上に、今回は司令塔である女王が既に重体である。更に、女王の悲鳴があがった段階でゆいな隊は中央に寄っていたため、彼らより内側にいるアルケニーはいない。全ての個体が外から零番隊の壁を突破して女王の下へ向かわねばならず、それが如何に難しい事かアルケニーたちは分かっていなかった。


「っし、上手く行ってるな。あとはあいつらが上手い事やってくれりゃ成功だ…!」


狐人族の男が近寄るアルケニーを斬り捨てながら呟く。彼の周りには仲間が誰もいないが、これは人数差があるため仕方ない。完全に包囲体制を築くには、一人が担当する範囲が広いのだ。

彼の言うあいつらとは、エルフの戦士を救出に向かった二人組の事だった。







「ホゥ、アルケニーの巣とは内部がこうなっているのですね。興味深い…。」


「ちょ、ちょっとぉ。早くしないとエルフさん死んじゃうかも…!」


「ホゥホゥ、そうでしたな。まぁ、死んでるかもしれませんがね。」


「そ、そんな事言ったらダメだよ。何のために私たちがここまで来たと思ってるの。」


敵地の奥にいて尚、のほほんとした態度を崩さない梟人族の男と栗鼠族の女性。二人はエルフ族の戦士を救出する大役を務める重要な役回りなのだが、そのようには見えないほど落ち着いていた。

否、栗鼠族の女性はまだ目的を忘れていないようだが、梟人族の男は興味津々で糸で出来た巣を観察しながら進んでいる。

二人は宙に浮いており、地に足をつけずに進んでいるため、歩く音や振動でアルケニーに見つかる事はない。当然ながら目もあるので見られればバレてしまうのだが、二人はこんな性格でも諜報部隊である。当然ながら姿を消す魔法など息をするように行えるほどの実力者だ。


「ホゥ。あちらですね。ほら、行きますよ。」


「え?あ、うん、行こ行こ。」


急にやる気になった梟人族の男に困惑しながらも着いていく栗鼠族の女性だったが、やる気になったのなら万事解決とばかりに考える事をやめた。今は生存者を見つける事が最優先だ。




「ホゥホゥ、ホーホーホゥホゥ!」


やがて二人は繭の中でも一つの空間にたどり着く。そこには、人がすっぽり入りそうな大きさの繭が何個も並んでいた。

何故か興奮した様子の梟人族の男だが、その理由を考える気もない栗鼠族の女性は繭に近寄り観察を始めるのだった。


「これ、壊していいのかなぁ?先に全部の繭見つけた方が良い?」


栗鼠族の女性がそのように問えば、謎の鳴き声を発していた梟人族の男が首をグルッと彼女に向けて声を止める。子どもが見れば夜手洗いに行けなくなる光景だったが、彼女は慣れているのかその口から答えが出るのを大人しく待っていた。


「ホゥ、ここと隣にもう一つ部屋があります。二手に分かれて一度に済ませましょうか。」


急に冷静に言った彼に栗鼠族の女性は黙って頷きを返し、彼が隣の部屋に移動するのを見送る。それから二人の行動はほとんど同じで、計画を立てずともやるべき事は互いに把握しているようだった。


そして数秒後。念話で隣の部屋から連絡が来ると同時、栗鼠族の女性から風属性の魔力が迸る。それは魔力から魔法となり数多の繭へと襲い掛かり、中身を一切傷つけずに糸だけを切り裂いた。

風はそれだけで終わらず、糸を裂いた後は柔らかな風へと変わり、繭の中から出てきた物や者を優しく受け止め宙に浮かべる。

隣の部屋でも同様の事が行われており、その部屋から聞こえるホゥホゥ言う鳴き声を聞いて彼女は顰め面を見せるのだった。


「ちょっとー!こっち多い!たすけてぇー!」


隣の部屋がどのような規模かは知らないが、生命反応を辿る限りこちらの方が繭自体も多かった事を知った彼女は、声をあげて梟人族の男に助けを求めるのだった。


「ホゥ、この程度余裕でしょうに。」


「ほら、半分こしよ!あそこからあそこまではそっちがやるの!」


「ホゥ…、仕方ありませんね。」


こうして二人はエルフ族の戦士を救出する事に成功した。その場でどう見ても他の魔物であったりする繭は放置したが、エルフが入っている繭は全て切り裂き保護する事が出来たのだ。

残念な事に、もう死んでいるエルフも何人かいたが、それでも数十人のエルフを救い出す事が出来たのである。


「さて、では派手に出ましょうか。」


「よっしゃあー!私に任せろー!」


脱出は派手に。そう指示されていた二人は顔を見合わせてから出る方向を決める。今更入り口まで戻る気など二人には欠片も存在しておらず、既に何個も魔法を発動しているにも関わらず更に魔法を使用しようとしている。

だがそれを隣の彼も止める気配はなく、寧ろ早くしろと言わんばかりに彼女を見ていた。


「そいっ!」


場にそぐわない明るく元気な掛け声が聞こえたかと思えば、繭が一気に焼け始めた。爆発した訳でも火を当てた訳でもなく、急に繭が燃え始めたのだ。


「ホゥ…?また随分地味な…、まさか。」


「そのまさかなのだぁー!さぁー燃え上がれー!」


梟人族の男が焦ったように首をぐるりと回した瞬間、繭全体が燃えていただけのはずが一気に火柱へと変わる。

ゴゥッという音と共に立ち上る火柱は、これ以上ないほど派手だった。

爆発させたり火を当てたりする事で対象を燃やすのは魔法使いとしては簡単な部類に入る。だが彼女が使用した魔法はそういった魔法ではなく、そもそも火属性魔法ですらない。

彼女は繭を水属性魔法によって乾燥させ、風属性魔法で振動させて摩擦を生み出し繭全体を一斉に発火させた。そして空気を一気に送り込む事で火柱としたのだった。




「ケホッ、ホ、ホゥ…。なんと遠回しで高度な技術を使っているのか…。ケホッ。」


炎から出てきた彼は無傷で、救出したエルフにも被害はない。しっかりと薄い水の膜で覆われており、さながら水結界のようである。


「この人たちはきっと守ってくれるって思ってたから問題なかろうなのだぁー!ということで、無事任務完了!!」


彼の後から炎の中から脱出した栗鼠族の女性は、豪快に笑いながら腰に手を当て、フサフサした先の曲がった尻尾を振りながらご満悦である。

当然ながら彼女も自らが浮かばせていたエルフ達の周囲に真空の膜を張る事で炎から守り通しており、彼らは意識のない中二人に火傷も無くしっかりと守られていた。


そんな二人の耳に、燃え盛る繭を挟んだ向こうから轟音が届く。二人はその方向へ目を向けると、顔を合わせてからニヤリと笑った。


「ホゥ、どうやらあちらも片付いたようですな。早いところ合流致しましょう。もうお守りはこりごりです…。」


「まだ少ししか浮かせてないのに、もう疲れちゃったの?まぁいいや、はやくいこう!」


「いえ、この場合のお守りは…。ホゥ、いえ、なんでもありませんよ。」


彼の苦労は皆と合流するまで続くのである。

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