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闇竜と騎士団  作者: 山﨑
221/293

221話

夜。アレックス達は里の長から言われた通り、エルフの民が使用する集会所にて寝泊まりの準備をしていた。

エルフからはささやかではあるものの夕食が準備され、それを有難く受けて部隊内で時間をズラしながら食事をしたところだ。


夕方まではほとんどの者が里の中で動き回っており、負傷者の治療やダンジョンの現状の聴き取りを行っていた。また、アレックスはエルフ族の長老と呼ばれる王の側近と話をし、王から言われた詳細の説明を受けていた。

それぞれで動いた数時間を擦り合わせるために小隊長以上が集まり、集会所の中央で火を囲みながら報告会を行う。そしてその周囲で部隊員が静かに食事を摂ったり休んだりしており、傍聴席に囲まれた裁判のような形での報告会になっていた。


「んじゃ、怪我人はもういないんだな?」


ゆいなの報告が終わったところでアレックスがそう問えば、ゆいなは頷いてから一つ補足をした。


「あぁ。だが回復魔法だけでは体力は戻らん。怪我が治っても今夜が山の者もいるだろう。それに備えて小隊を置いてきた。奴らなら何かあっても対処出来る。」


怪我を治しただけでなく、まだ容態の安定しない者の側に部下を置いてきたゆいな。ドラグ騎士団の目的はエルフ族の救援。既に亡くなっていた者は兎も角、彼らが到着したからには誰一人死なせるつもりなどない。

だが、それも怪我人の生きる意志の強さによるだろうというのが治療した部隊員の意見だった。痛みによる苦しみは取れたが、体力が減っている状態での回復魔法によって更に体力が奪われている。このまま死ぬ方が楽だと思ってもおかしくはなかった。

そのため、そういった患者の家族を呼び側につけたのだ。家族からの励ましを受ければ、生きていたいという気持ちも持ち直すだろうと判断して。

そしてそれは功を奏していた。意識を失っていた患者も、家族が側に来て声をかけると次第に弱くなっていたバイタルが安定してきたという報告があったのだ。

これにはゆいなやアレックスを含めた責任者側の者も、治療を担当した部隊員も安堵の様子を見せた。


そんな報告の次は、ダンジョンの様子を見に行った小隊からの報告だった。

彼らは数小隊で動きダンジョンの周辺と入口からすぐの部分を調査していた。そこから得た情報と、実際にダンジョンに入って惨敗したエルフの戦士から聴き取りをした事柄を纏めていたのである。


「ダンジョンねぇ…。俺は随分とダンジョンに潜ってねぇけど、お前らは?」


腕を組んだ姿勢で唸りそう言い出したアレックスに答えを返したのは、部隊長であるゆいなだ。


「私たちは任務で何度も潜っている。だが他の戦闘特化の部隊に比べれば少ない方だろうな。何せ、私たちがダンジョンへ入るのはダンジョン以外に目的がある時だ。」


ゆいなが率いる亜人部隊は諜報部隊であり、そんな彼女らがダンジョンへ入る理由は冒険者と異なる。情報を主に扱うゆいな隊は主な活動域が南の国周辺になる。それは大陸南部に獣人族などの亜人種が多い事が理由であり、同じ種族であれば情報も集めやすいだろうといった狙いがある。

逆に北部は鉄斎隊の活動範囲であり、西の国や東の国は両者どちらも担当したり、他の部隊による諜報活動も行われている。


ダンジョンに入る理由はその時によって異なるが、魔物討伐が理由になる事はまず無い。ダンジョンへ入る冒険者からの情報収集であったり、危険度の高いダンジョンの地図を作成するためであったりと、名声と金銭を得る為に入る冒険者とは違うのが分かるだろう。

しかしその分、彼女達は様々なダンジョンの構造や生息する魔物の傾向を熟知している。それも今回の任務にゆいな隊が選ばれた理由の一つだ。


「なるほどなぁ。なら、明日は戦闘力特化の小隊と情報収集に長けた小隊を組ませる。んで、まずはゆいなが行ってこい。俺は二小隊くらいと一緒に留守番しとく。もしかしたらまだ怪我人なんかも出るかもしれねぇしな。どうせ留守番は必要だろうし。」


あっけらかんと言ったアレックスに、ゆいなは黙って頷く事で了承の意を見せた。そして何やら考える様子を見せた彼女の頭の中では、明日の編成を考えているのだろう。


たっぷり数十秒考えたゆいなが顔を上げると、それを黙って待っていたアレックスと目が合う。待たせた事を詫びる様に一度目を伏せたゆいなだったが、アレックスはニコリと笑って微かに首を振ったのだった。


「では、エルフを中心とした小隊と、今晩怪我人に張り付いている小隊を残そう。何かあった時に動けるように休ませておいてくれ。エルフの小隊は民への情報収集にでも使ってくれ。」


ゆいながそう言うと、アレックスは嬉しそうに何度も頷いて感謝を伝える。そして集会所の隅にいたエルフ族の部隊員たちに目を向けると手を振った。


「おう、お前ら明日はよろしくな。」


同時にそう言えば、彼らからも機嫌良く手が振られる。拳を胸にドンと叩きつける者もおり、閉鎖的なエルフ族とは思えない社交性の高さを窺わせた。


「おう!任せてくれよな、アレックスさんよ!」


「お任せください。ゆいなさんとアレックスさんの指示に従います。」


「ゆいなちゃんのご指名だもの。頑張るわ。」


「僕はエルフ族じゃないけど、頑張ってお手伝いするね。」


口々にそう言うエルフを中心とした小隊を頼もしく思うアレックス。昼間に発した、良い部隊を育てているという言葉は、やはり間違いでは無いと改めて実感するのだった。


「では儂の小隊にゆいな嬢は入るとえぇ。ウチはドワーフ中心じゃからな。どうしてもエルフとは反りが合わんでな。責任者がおれば多少のトラブルも回避出来るじゃろ。ダンジョン内にまだ生存者がおるかもしれん。その時に役立ってくれや。」


アレックスがエルフ小隊と遠距離でコミュニケーションを取っていると、中隊長であるドワーフ族の男がゆいなに提案した。ゆいながそちらを見れば、火の周りにいるドワーフ族の男だけでなく、その後方で固まっていた小隊が手を挙げて歓迎している。

部隊長は前線に出る事が少なく、しかし出なければならない時もある。そういった時はこうして状況に合わせた仮編成で部隊長を組み込み、それぞれのバランスを整える必要があった。

それを考えるのが部隊長の仕事だが、今回は率先して誘ってくれたドワーフ族中心の小隊に世話になる事にしたようだ。ゆいなは笑ってその提案に乗っていた。


「私が行動を共にする以上、明日ダンジョンで酒の匂いをさせていた奴は磔にしてやるからな。今日は程々にしておけ。」


笑顔から一転、鋭い視線を向けた先には彼らがコッソリ飲んでいた酒瓶があった。それは既に何本も床に空の物が置いてある事から、大酒飲みのドワーフ族が報告会の途中でも酒盛りをしていた事が分かる。

ハッキリ言えばいつもの事であるため、酒を飲む事自体はゆいなも注意しない。だが、ダンジョンという命の危険と隣り合わせの場所で身内から酒の匂いが漂うのは御免被りたいのであった。


「へいへい。おうお前ら、今飲んでるやつで最後にしとけや。」


中隊長が振り返って言えば、ういー、と素直に返すドワーフ達。背が低くずんぐりむっくりしている彼らが集まって床に座り込む姿は、寒い冬を寄り集まって耐える熊のようであった。


「ほんと、お前の部隊は面白ぇな。」


アレックスがそう言って笑えば、釣られて周囲も笑いだす。部隊の恥部を見られた気分のゆいなではあったが、これが自分の部隊なのだから仕方ないかと肩の力を抜いた。

エルフの里に来ているのはゆいな隊の全員ではないが、いつかアレックスと部隊の全員で共に任務を遂行出来る日が来れば良い、と思うのだった。













朝。エルフの民もまだほとんどの者が寝ている時間。アレックス達ドラグ騎士団はダンジョンの入口がある世界樹の根本に来ていた。


「おうし、お前ら準備は万端だな?昨日も言ったが、目的を忘れるな。今日はダンジョンの調査だ。んで、エルフの戦士の遺品があれば持ち帰ってこい。もし生存者がいれば可能な限り救出を。それぞれに与えられた役割をきっちり果たしつつ、全員が傷一つなく帰ってこい!」


ダンジョンへ突入する者に向けてアレックスが喝入れも兼ねた檄を飛ばす。その姿を真剣な目で見ている部隊員たちは、アレックスが言葉を終えると共に全員が揃って敬礼を返した。

それに頷いたアレックスが彼らの前から退くと、今度は部隊長であるゆいなの声が先頭から響く。


「では行くぞ!本日中に帰還する事を義務とする!…時間合わせ!」


同時に部隊員は全員が腕時計を見る。作戦の開始時刻であったり、報告する時に必要な時間。それを秒単位で全員が合わせておかねば、その報告や作戦開始、終了に誤差が生まれてしまう。

それを防ぐために作戦開始前に必ず時計を合わせるのだ。

これはドラグ騎士団の準騎士以外の者に配られており、彼らは各々好きな形で時を知る。それは腕時計であったり懐中時計であったりと様々だが、作製は必ずドラグ騎士団制作科である。


時計は大陸中に広まってはいる。しかし所持しているのは金持ちだけであり、庶民が気軽に手を出せる物ではない。それは内部の部品が精密であり、並の職人では作る事が出来ないという事が大きな理由である。

そのため庶民は鐘の音で大体の時刻を把握し、昼の鐘が鳴れば休憩、夕方の鐘が鳴れば業務終了、といった生活リズムが出来ている。

当然ながら、腕時計のような小さな時計はほとんど存在しない。貴族や富豪、大商人でも持っておらず、グラナルドに限って言えば、保有しているのは国王と宰相、ユリア王太女と後数人くらいなものである。

それらはドラグ騎士団からの贈り物であり、ドラグ騎士団以外にこのような小さな物を作る技術はまだ無い。


そんな時計をゆいなのカウントを聞きながら見る部隊員達。彼らの目は真剣そのもので、いつものように種族関係なくわちゃわちゃと騒ぐ彼らはいない。零番隊である事の誇りを胸に、作戦開始には雰囲気が切り替わるのだ。


そしてゆいなのカウントが零になる時。ほとんどの部隊が姿を消した。

単純に速く移動した小隊や、魔法によって姿を消した小隊もある。これはダンジョンに突入するにあたって彼らが考えた速攻の戦術であり、ダンジョンだけでなく建物の制圧などでも多用する物だ。

突撃力のある小隊が猛スピードで先行し、その後を姿を隠した隠密小隊が追従する。これは魔物相手にも有効で、ダンジョンの踏破速度を上げたい時に使用するのである。


「おー、速いなー。部隊であの速度が出せるなら、戦場でも十分通用するな。」


そんなゆいな隊を冷静に分析するアレックスは呑気で、まだ突入していない小隊を見て何やら考えている。アレックスも腕時計を見ている辺り、数を数えているのだろうか。そしてアレックスが腕時計から目を小隊に向けた瞬間、次の小隊がダンジョンに突入していくのだった。


「おぉ、やっぱりか。突入のタイミングとしては完璧だな。」


彼が言っているのは、これがダンジョンではなく建物だった時の事を想定している言葉だった。

建物に突入する際に混乱を齎す第一陣は、突入から既に数秒経っている。仮に内部に敵がいた際、第一陣は殲滅ではなく目標に向かってそのまま進むのだ。例えば人質があった場合、敵が対処する前に目標まで辿り着くのが任務。

そして後発は、第一陣が通過した際の混乱から数秒で立ち直る。当然まだ冷静ではないだろうが、何事か把握するのに数秒もあれば十分なのである。そこに追撃をかけ目標の手前まで侵攻するのが第二陣の存在だ。

再度混乱させ敵を惑わし、第一陣の退路を確保する。もしくは第二目標があればそちらへ向かう。

結果、敵はどちらを追えば良いか分からず指揮が乱れ、続く第三陣に対応できなくなるのだ。


そしてアレックスが予想したタイミングで第三陣が突入して行った。

己の予想が当たっていた事にご機嫌な様子のアレックスは、そのまま最後の突入まで見送るつもりのようだ。


「しかしまぁ、初見でよくこのタイミングが分かりますね。アレックスさんって市街戦の指揮した事あるんです?」


ふと隣に立っていた同じく見送りのエルフ族の男が声をかける。その疑問は他の見送りの部隊員も持っていたようで、声には出さないが同じようにアレックスを見て答えを待っていた。

そんな彼らにニヤリと笑みを返したアレックスは、次の小隊が突入するタイミングで指を鳴らしてから自慢げな表情を浮かべた。


「仮にも王族だからな。戦術論は一通り学ぶんだよ。それと、兄が王太子で俺は予備だったからな。アルカンタの治安維持に衛兵と協力して尽力してたって訳だ。その時に色々戦術を考えてなぁ。思いついた一つがこれだ。ま、衛兵の練度じゃ実現は不可能だったけどな。」


そう言うアレックスの表情はどこか誇らしげで、それでいて微かに寂しそうで悔しそうな表情も内含していた。

その意味や理由を察知出来ない者はここにはおらず、あー、と反応に困る部隊員は何かを隠すように後頭部を掻いた。


「おいおい、お前が気にすんなよ。今もそんな精鋭の指揮を執る立場じゃねぇが、お前らの代表としてここに来れて良かったんだぜ?これで一つ俺が考えた最強の戦術が有用だって分かったからな。」


その時にはもういつもの笑みに戻っていたアレックス。質問をしたエルフ族の男もそれに合わせて笑い、それから示し合わせずとも全員が突入を待つ小隊へと視線を向けた。

そして、アレックスたち留守番組は全員が指を鳴らす。それと同時に小隊が突入を開始するのだった。

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