220話
なろう様のサイトが変わって慣れるのに時間がかかりそうです…。特に、次話更新の際何ページ目か分からないのが目下の悩みですね…。
そんな訳で遂にエルフの王と対面です。
エルフの里の奥。王が住まう巨木の周囲には、里の様々な機能が集約されている。
里の戦士が使用する武器庫。世界樹の世話を受け持つ巫女の家。王の従者の家など。人族が王城に住まい政治の機能をそこへ集めるのと同じように、エルフも王や世界樹に関わる事は全てその辺りに集められていた。
それもあってか里に入ってすぐよりも静かで、世界樹に近付いているためか何となくではあるものの空気が違った。
そんな空気の違いを感じながらも、アレックスは案内の青年を置いて王の住む巨木の外側に設置された階段を上がる。それに着いていくゆいな隊も、心の隅では先ほど感じたすぐにでも死にそうな弱々しい気配を心配しながら、ただ黙ってアレックスの後を追う。
部隊員同士、互いの気持ちなど聞かずとも分かる程に年月を共にして来たが、今は己の役目を果たすのみと切り替えが上手くいった者と、そうでない者に分かれているのは誰もが理解していた。
切り替えが上手くいかない者は獣人族に多く、その理由は種族の特性だろう。獣人族の中でも集団で暮らす事の多い種族は、仲間の無事を第一に考える。そのため誰かが傷付けば総員で助け、他者からの傷であれば徹底的に報復する。
そんな種族に生まれた部隊員は、先ほど感じた弱々しい生命反応の無事を祈る気持ちが強くなってしまうのだった。
「おい、お前の家族じゃねぇだろ?」
狼人族の男に向かって隣の虎人族の男が小声で話しかければ、狼人族の男はため息を吐き出してから額に皺を寄せた。
「あぁ、分かってる。だが中には団長と仲の良い奴もいたかもしれねぇ。俺たちみたいな群れを作る種族以上に仲間を大事にする団長なら、そいつが死ねば悲しむかもしれねぇだろ。」
狼人族の男は真剣な目をして言った。確かに、と同意する。気持ちを切り替えさせるために話しかけたはずが、結果的に虎人族の男も気持ちを切り替える前に戻されてしまったようだ。
そんな二人を見ていたエルフ族の女性が、呆れたように息を吐いて頬に手を当てる。何故か美男美女ばかりのエルフ族だが、彼女もその礼に漏れない。
その整った顔を二人の獣人族に向けると、美しい容姿とは裏腹に厳しい現実を言い放つのだった。
「あのねぇ…。団長は友達よりも家族が大事な方よ?長年の付き合いがある友達なら兎も角、エルフなんて数百年前に一度会ったきりでしょ?なら知り合いみたいな感じでしょう。そんな相手にあなた達が気を向ける必要はないし、そもそもゆいなちゃんが助けに行ったじゃない。なら大丈夫よ。私たちは私たちの仕事をするの。ほら、シャキッとしなさい!」
女性に喝を入れられた二人の獣人族。世話の焼ける、と呆れた様子のエルフをそのままに、二人はいつもの威勢を取り戻していた。
そんなやり取りを音だけで把握していたアレックス。ゆいな隊の仲間想いな面と、何より団長を強く想う姿勢に強い共感を得ていた。
「ゆいな、お前良い部隊育ててんじゃねぇか…。」
彼がポツリと呟いた言葉は、少しだけ騒ついていたゆいな隊を一瞬で鎮めさせた。そしてすぐに含みのあるニヤニヤした笑いが多数アレックスへ向けられた。
まさか聞かれていたとは思っていなかったアレックスは咳払いなどしてみせ視線を散らすが、それでも彼らが機嫌良く破顔するのは止められない。はぁ、とため息を吐いてみせてもそれは変わらず、言わなければ良かったが結果的には雰囲気も落ち着いたから良しとする、という心情にたどり着くのだった。
アレックスは長らく他大陸を一人で巡っており、その大陸でもドラグ騎士団ほどに強い者はそこまで多くなかった。いてもそれは単独の武力であり、全ての能力を一定の基準まで引き上げその上で一芸に秀でるなどというドラグ騎士団の方針で生きて来た者など、一人もいなかった。
耳が良い者はいたが、それを活かして狩人をしたり斥候になったりしており、アレックスと肩を並べて戦える武力は無かった。そんな者でもやはりアレックスと比べれば聴力や気配察知の範囲や精度は劣り、精鋭部隊の最低限が専門家より専門家である事が分かる。
つまりは、周囲に信頼できる者が多くなかった二百年を過ごしたアレックスにとって、呟きを拾われるという記憶自体が遥か過去なのであった。それを失念していた事を悔いながらも、皆の雰囲気が明るくなり切り替えられるならそれで良いと、己を道化とする道を選んだのだった。
「お前ら、帰ったら俺と手合わせしようぜ?自分のやるべき事に無心で向かえねぇやつは諜報部隊失格だからよぉ。みっちり扱いてやるよ。」
アレックスのその言葉に、ゆいな隊はピシッと固まったような気がした。もうすぐ巨木に入ろうとしているのに、なんというタイミングで恐ろしい事を言うのか。
そんな彼らの心情をよく表したその表情を見て、冗談だと告げるアレックスの気持ちは晴れた。どうもこの男、何百年経とうと中身は子供であるらしい。
エルフの里は余程危機的状況だったのか、それとも客などいないからか。王との面会は巨木の虚の入り口に立っていた番人によって案内され、すぐに叶うのだった。
「ホゥ、一本ではなく複数の巨木を繋いだ形でしたか。いやぁ、見事なものだ。」
鳥人種の中でも梟人族と呼ばれる男が周囲を見渡しながら言う。そこは謁見の間であり、四本の巨木が宙に造られた建物によって繋がれたまさにその部分に位置している。
王がここに来るまで待機と言われれば、知的好奇心旺盛な彼はモノクルに手を添えながら部屋の内部をその場から動かずじっくりと観察しており、種族の特性から可動範囲の広いその首を存分に使って楽しげにしていた。
「お、おぉ…。首から下動いてねぇのに首だけ動いてて気持ち悪いな、おい。だいぶ見慣れたと思ってたけどよ。」
獅子族の男がそう言えば、梟人族の男はグルリと首を彼に向け、まんまるな目をパチクリと瞬かせた後にまた部屋へと視線を戻した。
怒ったのかと思い焦った獅子族の男だったが、その様子にホッと安堵の息を吐いた。しかし。
「種族特性を気持ち悪いなどと言うのは御法度ですよ?貴方のその鬣、毛むくじゃらで気持ち悪いわ、なんて女性から言われたら嫌でしょう?…まぁ、私の首は確かに動きすぎてて気持ち悪いなと自分でも思いますが。」
しっかりやり返された獅子族の男は、その反論出来ない正論とその上で自虐までしてみせた梟人族の男に完敗した。その賢しい姿はあまりに梟人族らしい姿で、舌戦とはいえ完敗した姿はあまりに獅子族らしからぬ姿だった。
そんな二人のやり取りを見ていた栗鼠族の女性が、梟人族の男に話しかける。それは興味津々といった風で、種族特性もあってか身体が小さな彼女は子どもがなんでなんでと親に聞くようですらあった。
「ねぇねぇ、なんでわざわざ大事な謁見の間を宙に浮かせてるの?巨木の中に作ればいいのに!渡り廊下だけなのって不安じゃないの?」
そんな質問を受けた梟人族の男は、そうですねぇ、と言ってから首をグルリと回す。左右に半分ずつ回してから戻った彼が説明するも、その説明に驚いたのはドラグ騎士団の面々だけではなく、入り口に立つ警備も同じだった。
「この造りになっている理由は幾つかあるんですが、今の私たちに関係があるのはこれでしょうか。単純な話、もしここに来た者が敵であった場合すぐに処理出来るからですよ。この建物自体の入り口は四つ。そしてこの部屋の入り口は二つ。一つは王が使用するでしょうから、私たちが使うのはもう一つになります。それはここから多少距離がある造りになっていますし、逃げる際はそれだけで時間を稼がれてしまいますね。」
話の見えない説明に、栗鼠族の女性は梟人族の男に合わせて首を傾げている。その角度が自分の限界まで来ると身体を使って捻りだし、その鏡合わせな姿が面白いのか周囲も笑顔で見守る姿勢だった。
「つまり、宙に浮いたこの建物を何らかの方法で崩壊させられるのでしょう。敵と分かれば王が巨木まで引く時間を稼ぎ、敵が出てくる前に建物ごと地に落とす。結構な高さがある上に、建物によって逃げ場なく死を迎える。あぁ、結局私たちには関係ない話でしたね。建物が落ちようと傷など負いませんし、もしそうなれば王が逃げる前に仕留められますから。」
彼の発言にゆいな隊は概ね同意を見せた。不穏な発言が一部混ざっていたが、警備に立つエルフ族の戦士から射殺さんばかりの鋭い視線を受けるだけに留まり、それらを全て無視している梟人族の男には無意味であった。
「なるほどー!つまり、敵だったら簡単に処理出来て便利って事だ!凄いね、見ただけでよく分かるねー。」
彼の説明を受け改めて周囲を見渡す部隊員と、その事実を暴かれた上それを知っても不安そうな雰囲気にならない事を疑問に思う警備。
そしてそれらを理解した上で梟人族を褒める栗鼠族の女性がいた。
「ホゥ、ありがとうございます。ほら、よく見てください。木目が統一されて美しいですが、あれはいざ落とした時に綺麗に崩壊するように組んであるのです。崩さず生活する分には問題ありませんが、落ちる時は空中で既に分解し始めるのでしょうね。」
すごいすごいと褒める栗鼠族に、満更でもない様子で説明を付け足す梟人族。謁見の間には王の物らしき足音が近付いていたが、アレックス達は敢えてその足音を無視して雑談を続けていた。
王のご到着!
エルフの声が響く。それでやっと視線を扉に向けたアレックス達だったが、座り込んでいた者が立ち上がる程度で綺麗に並び、臣下のとるような跪礼をするわけではなかった。代わりにドラグ騎士団の最敬礼で王を迎え、王もそれになにも言わなかった。
王は他のエルフと変わらぬ見た目をしていた。一つ違いを挙げるならば、金髪か茶髪しかいないエルフであるが王は銀髪であるという事。更に細かい事を言うならば、耳がエルフよりも少し長い。エルフ族は総じて耳の上部が尖っているが、ハーフエルフは人族よりも少し尖った程度であり、エルフは更に細長く尖っている。
王の耳はエルフのそれよりも少し長く、顔の縦の長さと同じだけ横に耳が伸びていた。
エルフの王は、実はエルフ族ではない。エンシェントエルフや古代エルフと呼ばれる種族であり、この世界に数十人しかいないとも言われる。
厳密に言えばエルフ族だが、寧ろエルフ族自体が古代エルフから分かれ栄えた種族であろう。数千年の時を生きると言われる古代エルフが、エルフ族の王である事。それはエルフ族しか知らぬ事実であった。
特別隠している訳ではない事は、外に出るエルフ達へ口止めをしない辺りに表れている。だがその美しすぎる容姿は、きっと人族の目に触れれば欲望の全てをもって手に入れたくなるほどの神秘的な雰囲気を醸し出していた。
「よく来てくれた、闇竜の眷属たちよ。まずは先に詫びねばならぬ。我が愛し子が無礼を働いたようだな。それに怪我人の治療まで。詫びと感謝を伝えよう。」
銀髪の麗人はゆっくりと穏やかにそう言った。そして微かに下げた頭は、王族の矜持などよりも誠意を大事にする性分を表しているようにも見える。
王が話し始めた事で敬礼をやめたアレックス達だったが、最初に謝罪から入る王に対し驚きと警戒を抱いた。
こうして相手の意表を突くやり方を好む権力者はやり難い。それを経験として知っている彼らは誰一人騙される事なく、とりあえずはその詫びと謝罪を受け取ったのだった。
「闇竜の眷属を呼んだのは、最早エルフだけでは対処できぬと考えたからだ。大迷宮は世界樹の地下に蔓延り、その膨大な魔力を吸い日々成長している。なんとしても早急に核を破壊してほしい。詳しくは別の者に説明させよう。」
表情の変化に乏しい王が真剣な様子で言えば、アレックスが代表して敬礼を返す。それに一つ頷いた王は、世界樹の落ちた絵だから造られた荘厳な玉座から立ち上がる。これで謁見は終了という事だろう。
それを感じたアレックス達は、王が来た時と同じく最敬礼で見送る。だが扉を出る際に王が発した言葉で、全員が苦笑いを浮かべるのだった。
「この部屋の秘密、闇竜の眷属だけで仕舞っておくといい。他種族がここに来る日が訪れるかは分からぬがな。」
そう言って去った王。謁見の間には変わらぬ表情の警備と少し気を抜いたドラグ騎士団が残された。




