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闇竜と騎士団  作者: 山﨑
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216話 世界樹と大迷宮

「ってな事があってよ。大伯母を紹介したかったのは分かるが…、給仕姿の嫁さん見て喜んでる爺さんもまだ良いんだよ。でもその歳知ってるとなぁ…。」


ドラグ騎士団の本部本館、団長室で愚痴を溢しながらアイルの淹れた茶を飲むのは、先日祖父と共にハーフエルフの営む喫茶店を訪れたアレックスだった。

彼はその日の出来事を部屋の主人であるヴェルムに向けて苦労した想いと共に吐き出しており、それを聞くヴェルムは書類に何やら書き込みをしながら時折相槌を打っている。

部屋にはそれ以外に音を出す物は時計しか無く、アレックスが話を止めると自然に時を刻む音とヴェルムがペンで書き込む音だけが一定のリズムを刻んでいた。


そんな静かな空間も、この場にいる者にとって苦になる事はない。二つの音にカップをソーサーに置く音が合いの手を挟めば、またアレックスの愚痴という名の主旋律が始まるのだった。


「婆さんの容姿はエルフの血を引いてるってのは知らなかったし…。身内の贔屓目を抜きにしても確かに整ってるとは思うが。そういや、ハーフエルフだから里に入れなかったとか言ってたけどよ。そんなに厳しいもんなのか?」


アレックスが愚痴もそこそこに新たな疑問を思いついたかのようにヴェルムに問う。するとヴェルムは書類から顔を上げ、少し困った様に笑ってから書類を横に退ける。

組んだ両手に顎を乗せ軽くを息を吐き出す様子に、アレックスは何か拙い事でも言ったかと先ほどの言葉を思い出すも、特に思い当たる事はなかった。

ならば何故そんな物憂げな表情なのかと気になって見れば、その視線に応えるようにヴェルムがアレックスの名を呼んだ。


その声にアレックスは、空気が変わった事を悟る。ほのぼのした雰囲気から一変、真面目な空気に変わったのだと分かる。

怒られるような事はないはずだが、目の前の友であり目標であり、今は上司でもある彼から何を言われるのか。微かな期待と興味、そして高揚感がこの短い時間でアレックスの胸を満たすのだった。


「アレックス。気になるなら行ってみるかい?」


それは唐突な質問で、名を呼ばれただけで湧き上がる高揚感もそこそこに、また新たな疑問が生まれた。


「行くって何処に…、まさか、エルフの里か!?」


聞き返そうとした途中でその答えに辿り着いたアレックスは、驚いた様子でヴェルムに質問の内容を変える。その答えは、誰でもないヴェルムが頷いた事で花丸を付けられた。

しかし答えが分かっても、アレックスの混乱は益々深まるだけだった。先ほど己が言ったはずの、エルフ以外に入る事が出来ないという事実。それは絶対の掟の筈で、半分とはいえエルフの血を継いだ大伯母ですら入れなかったという話をしたばかりだ。

一気に聞きたいことが増えたアレックスは、まずは落ち着こうとテーブルに置いたカップを手に取る。しかしその中身は先ほど自分で飲み干したばかりだった。

そんな事すら忘れる程疑問が渦巻いているのかと客観的に自分を見れば、少しずつ落ち着いていくのを自覚する。


アレックスが一人であたふたしているのを、ヴェルムはクスリと笑って部屋の隅に立つアイルへ目線を送る。普段であれば団長室に訪れた客が飲み物を飲み切ると、直ぐにお代わりを差し出すアイル。しかし先ほどアレックスが飲み切った時に、お代わりを準備しようとするアイルの行動をヴェルムから目線で止められていたのだ。

飲み頃で淹れてしまった紅茶をどうするか悩んだアイルだったが、ポットを見て考える事をやめた。そこにヴェルムの魔法の気配があったからだ。どうやら茶葉と紅茶の間に膜を張ってこれ以上煮出さぬようにし、保温する事で淹れたての温度を維持しているようだった。


そこまでしてお代わりを止めた理由がアイルには分からない。だが敬愛する主人の行いに異を唱える事はしない。こういう時の主人の行動は、大抵の場合悪戯である事が殆どだからだ。

そして、今回もどうやらその予想は合っていたようだ。

アイルからお代わりを差し出されたアレックスは、ほかほかと湯気を立ち昇らせるカップを手に取り、そのまま冷ますことなくグイッと傾けた。


「…んだぁあっつ!!」


熱いと言いたいのは姿を見れば分かった。混乱しているのかカップを触っていない手の指を耳たぶに当てたりしているが、それは指を火傷した時の対処法だろう。しかも民間療法にもなり得ない程度の。

実際に火傷したのは唇で、カップを置いた後に唇を拭う仕草はとても王族には見えない。だが精鋭として活動してきただけはあって、紅茶は一滴たりともテーブルや床に溢していなかった。

更に言えば、ヴェルムから貰った隊服をそれは大事にしているアレックスのため、当然ながら服にも溢していない。熱いのを堪えながらも吐き出さず全て飲んだようだ。


あはは、とヴェルムの愉快げな笑い声が団長室に響く。下らない悪戯のために己が使われた事に思う事が無いわけではないアイルだったが、彼は相変わらず無表情で部屋の隅に立っていた。


「ヴェルムッ!てめぇ…!やりやがったなぁ!?」


やっとその怒りを外へ向けるくらいには仰天から復帰したアレックスだったが、その憤慨もヴェルムに軽く笑われてしまう。悪びれるでもなく、寧ろ煽るような笑みを浮かべるヴェルムに、アレックスの額には既に筋が浮かんでいる。

同じ浮かべるでも対極の二人だったが、これも二人のコミュニケーションの一つである。グラナルドの王族とは、終生ヴェルムから弄られる星の下に生まれているのだ。


「油断してはいけないよ。君は任務で危険地帯にも行くのだから。…本当は加熱もしようかと思ったけど、折角アイルが美味しく淹れてくれたお茶を不味くするのは許されないからね。もう少し熱い方が美味しいお茶が好みなら良かったのに…。」


「て、てめぇ…!」


ぐぬぬと怒りを溜めているアレックスだが、何か言えば何倍にもなって返ってくる事を経験として知っている。何かヴェルムをギャフンと言わせる事はないかと必死に思考を巡らせるが、残念な事に今のアレックスでは何も思いつかない。

だが苛つくものは苛つく。この想い如何様にしてやろうか、と震える拳を握り締めれば、思わぬ追撃が彼を襲うのだった。


「出会った女性が自分の好みだったのに、実は自分の大伯母だったなんて恥ずかしくて言えない、と言わなくて良いのかい?私は黙って聞いてあげるのに。」


「ん…っな!」


ヴェルムの性格は分かっている、と思っていた数秒前の己を殴りたい。そんな思いが湧き出る程、何か言わなくても何倍もの追撃が来たのだった。


「なんで知ってるかって?君の様子を見ていれば分かるし、そもそも君の初恋の相手はフロースじゃないか。」


「だぁぁああああ!それを言うんじゃねぇぇぇええ!!」


孫が三人もいる婆さんがあんなに綺麗なんて思わねぇだろ、という心の叫びと共に、この世の理不尽に絶望する漢の魂の叫びが本館に響き渡った。













「んで、結局のところ何の話だったんだよ。」


叫びと笑い声が止み、また時計が時を刻む伴奏のみとなった空間で、ポツリと主旋律が帰ってくる。先ほどまでの盛大な二重奏と異なり、静かに始まった二楽章。それは一楽章の主題を思い返すものだった。


「あぁ、やっと落ち着いたかい?」


質問に答えないヴェルムはクスリと笑ってもう一度揶揄う様な笑みを一瞬だけ見せる。もう怒りすら湧かないアレックスは、人生で何度目かも分からない敗北感を味わっていた。


「それはもういいんだっつーの。エルフの里に行くかって話だろ?なんでそんな話になるんだよ。」


零番隊らしく真剣な表情を取り戻したアレックスに、ヴェルムも同じく真剣な表情を浮かべた。それはこれから話す事についてを暗示しているかのようで、アレックスの胸には僅かな焦燥感が浮かぶのだった。


「ほら、これを見てごらん。」


手渡されたのは、悪戯を仕掛ける前にヴェルムが何やら書き込んでいた書類だった。渡されたということは見ても良いのだと理解したアレックスは、ソファに座り直して封筒から書類を取り出す。何枚か入っていたそれは、最初の一枚から彼を驚かす内容が書かれていた。


エルフの里は大陸の全土に分布しており、高度な魔法技術を持ち自然との融和を掲げる彼らエルフは、他種族との交流も細々としかしておらず、しかし全ての里を併せて国だと主張している。

森以外に領地などない国家ではあるが、王族がおり厳しい掟に沿って生活を営んでいるようで、同胞であれば温かく迎えるが、そうでない者やハーフエルフには酷く冷たい態度を取る。


彼らは一貫した自然主義であり、大地を拓き自然を破壊する他種族を軽蔑しているというのが実情だ。

しかしそんなエルフの中でも変わり者はいる。そういった者たちが里の外に出て、冒険者や傭兵、果ては研究者などになる。外に出たエルフが子を成し、その子が子を成して生命を繋いでいる一家も存在するため、大陸中でエルフを見かける事は出来るのだ。

だが、里のエルフはそういった者たちですら純粋なエルフでなければ寄せ付けない。


アレックスが手渡された書類には、そんなエルフの里からの支援要請の書簡の写しが含まれていた。


「お、おい…。これはどういう事だ?エルフの里はなんかの危機なのか?」


最初の書類を読んだアレックスがポツリと零せば、ヴェルムは彼の対面のソファへ座りエルフの里からの書簡の写しを彼に差し出す。

それに目を通したアレックスが、読み進めるにつれて目を見開く。そこには世界の秘密の一端が書かれていた。


"エルフが護る世界樹の根元に大迷宮が発生。戦士達では敵わず。飽和する前に支援求む"


グラナルドの領内にもエルフの里がある。そこは治外法権として認められており、付近の街で活動する冒険者なども森の奥深くへは入らない。

南の国にある獣人国と呼ばれる獣人領のような扱いのため、自治領という認識をグラナルドは持っていた。


当然ながら、エルフの里で手に入らない物はグラナルドから仕入れている。そのため少しではあるがエルフとの交流があり、グラナルドで活動するエルフの殆どがその森の出身だ。

ドラグ騎士団にもそういう者は多く、エルフの団員はほとんどが出身地を同じくしている。


そんなエルフは、世界に満ちる魔素を循環させる役割を持つ世界樹の守護者である。それは一般的に知られていない事で、世界樹の立つ場所が何処であるかなどと知っているのはエルフ以外ではそう多くないだろう。

グラナルド王国西部。そこに広がる広大な大森林と呼ばれるそこに、世界樹はある。


ドラグ騎士団の団員のエルフが帰省と称して里へ帰るのを、ヴェルムは何度も許可してきた。エルフの戦士よりも強く外の知識も持つ彼らは、里からすれば外に出て成功した極少数に映る。

しかし里にいた頃と変わらない彼らは、確かに同胞で。それを拒む事などしないエルフは、彼らを通じてドラグ騎士団を知った。その団長が天竜と知れば、エルフにとってドラグ騎士団は他種族とはまた違う、共に世界を護る者たちだという認識に変わったのだ。

それもあって、グラナルド王国とは友好的な関係を維持してきた。干渉は許さないが、多少の物流程度なら許す様になった事は、全ての国からすれば驚きでいっぱいだろう。


そうしてグラナルド王国へ送られたこの書簡は、国王ゴウルダートからヴェルムへと渡された。

これはグラナルドというよりもドラグ騎士団への依頼だろう。と言われて。

確かにその通りだと頷いたヴェルムは、書簡を受け取ったその日に偶々愚痴りに来たアレックスへと声をかけたという訳だった。


「あー、こりゃ難しい案件だろ…。エルフの言う大迷宮がどの程度のダンジョンなのかにもよるし、戦士ってのもどの程度の実力と数なのかがわからねぇ。」


アレックスの指摘に、ヴェルムは頷きを返しながら下に埋もれた書類を取り出す。そこには先ほどヴェルムがペンを走らせていた紙があった。


「ここに書き出したのが、今のところ分かっている事。エルフの里とはいえ、国内の事だからね。五隊に出てもらおうかと思っていたんだけど…。零番隊に任せた方が良いかな?」


任務の割り振りをヴェルムが他人に聞くのは珍しい。そこにはとある理由があった。

何となくそれを察したアレックスは、足りない情報に悩みながら頭を掻く。そして一度深く息を吸い込むと、真っ直ぐにヴェルムを見るのだった。


「俺に任せろ。それから、ゆいな隊を貸してくれ。指揮は俺が執る。」


しっかりと視線を捉えて離さないアレックスは、力強い表情でヴェルムに言う。しばらくその目を見ていたヴェルムも、一つ頷いて笑ってみせた。


「頼むよ、アレックス。私の友。」


「あぁ。任せろ。次に会う時は最高の結果を持って帰るぜ。」


そこには、祖父の友人と自分でも父の友人と自分でもなく、友人同士の二人がいた。

お読みいただきありがとう御座います。山﨑です。


閑話も前話までにしまして、新たな章が始まります。

外国との話が多かったこれまでですが、今回は国内のとある森でのお話になります。勿論、諸外国やドラグ騎士団の団員も登場しますので、楽しみにして頂ければと思います。


内容とは異なりますが、誤字報告機能という物の存在をつい先日把握しました。一年以上経ってから気づく私の愚かさも大概ではございますが、こんなポンコツ山﨑の作品にご丁寧にも誤字の指摘を頂けていた事に感謝申し上げると同時に、これまでの報告を意図せず放置してしまっていた事をお詫びします。(適用、と押せばそれが反映されるなんて…なんて素晴らしい機能なんだ!)


毎日の執筆で、確認が疎かになっている事を痛感致しました。おそらく、ご指摘頂いた物以外にも数多存在するのだと思います。少しずつでも修正していければと考えておりますが、同時に皆様に誤字脱字で不快な思いをさせてしまっていると反省もしております。


これからも執筆を続けていきたいと思っておりますので、どうぞ皆様の海よりも広い心と春よりも暖かい目で見守って頂けると幸いで御座います。


本作品が、皆様の日常の一つの華となりますよう。山﨑

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