203話
ドラグ騎士団。それは中央の国と呼ばれる大陸最大の国土を持つグラナルド王国を守護する護国騎士団である。彼らは国土を侵す外敵には容赦せず、国民の盾として専守防衛を掲げる存在。
国民はその存在によって安寧が約束されたグラナルドに暮らし、騎士団に感謝と尊敬を持って生きる。国民たちにとってドラグ騎士団とは他国を侵略する国軍よりも身近で、己の暮らす領地を治める貴族よりも頼れる存在である事は確かだ。
そんなドラグ騎士団の中でも、魔力の属性を冠する五つの隊を率いる隊長は別格の人気があった。
寡黙だが人当たりは良く面倒見も良い大柄の男スターク。彼は地属性を冠する五番隊の隊長だ。
金の無い者でも分け隔てなく怪我や病気を治療する治療院にその類稀なる美貌を一目見ようと人が集まる、聖女とも呼ばれる四番隊隊長のサイサリス。
屈託の無い笑顔と庇護欲を唆る容姿で誰からも愛される少女、三番隊隊長のリク。
"焔海の両壁"と呼ばれ、その深蒼の長髪を一本でもと欲しがる女性が後を絶たない二番隊隊長アズール。
そして、気怠そうな表情で真紅の髪をかき上げる姿が堪らない、などと評される一番隊隊長のガイア。
彼らは民を護る騎士団の隊長で、それぞれに非公認のファンクラブが出来る程の人気者であった。しかし人気があるだけではない。寧ろその人気は、彼らの齎した多大な貢献が基になっている物も多い。
何処其処の街で起こった事件を解決した、何処ぞの国が攻めてきたのを撃退した、魔物被害に遭った村を救った等と、彼らを讃える事柄は尽きる事が無い。
国民は皆、長年姿の変わらぬ彼らを不思議に思いながらも、魔力の多い者は肉体の最盛期が長く続くという学説を聞いた事があるため特に追求はしない。それどころか、いつまでもそのままの姿でいて欲しいと願う者ばかりいるのも事実だった。
実際に、城に勤める宮廷魔法師も年齢と見た目が釣り合っていない者ばかりのため、ドラグ騎士団に関しても同じだと思われているのだった。
このように平民からの人気は絶頂のまま降下する気配を見せないドラグ騎士団だが、貴族からの評価は賛否両論であった。それは、国王直属の騎士団である近衛騎士団や、敵国に攻め入る役目の国軍士官が貴族である事に理由がある。
民の人気などに意味はないとする貴族は特に気にしていないが、民意こそ己の基盤となる事を理解している賢い貴族には、ドラグ騎士団を危険視する者がいるのだった。
しかしそれはあくまで武官の話であり、文官の殆どはドラグ騎士団を概ね受け入れている。何故なら、治安維持という面倒で困難な事柄を引き受けてくれるのだから。特に首都アルカンタの守護においては、街に配置した平民出身者が集まる衛兵では万一の際に不安が残る。かと言って、貴族出身が多い国軍は平民の守護などしたがらない。
更に、貴族出身しか所属できない近衛騎士団には、国王の守護という大義名分があった。
ドラグ騎士団はこういった貴族同士の牽制や足の引っ張り合いには一切関わらないというのも、文官に好評な理由の一つだ。彼らはあまりに多い貴族出身者と役職を奪い合う事に忙しいのだ。
それは武官もそうだ。今代国王は近年まで侵略戦争を起こしておらず、軍縮を叫ぶ文官と他国の脅威を叫ぶ武官とで激しい論争が行われていたため、文官に人気があるドラグ騎士団は必然的に武官から嫌われるという風潮があった。
だがそれを声高に言う訳にもいかない。それは、武官の筆頭である国軍の将軍、ファンガル伯爵がドラグ騎士団の団長を相棒と呼ぶ程に仲が良かった事と、更には歴代の国王も団長と友誼を結んでいるのは貴族界では常識だったためだ。
このように複雑な関係は、何故か国の中枢にいる貴族になればなる程興味を示さなくなる。国王、宰相、将軍。彼らは文官と武官の争いに対して協力も敵対もしなかった。
それは近年南部戦線があったため諍いが沈静化したのもあるが、元よりどの代の国王、将軍、宰相も同じだった。宰相職でありながら国家転覆を企てたカルム公爵も、ドラグ騎士団なぞいらぬと言いながらも武官と文官の諍いには興味を示さなかった程だ。
それが何故なのかは本人たちにしか分からない。だが、そこに建国王とドラグ騎士団団長が交わした契約が関係するのは確かである。歴代の国王は中枢に関わる貴族の中でも、特に信頼する者にのみ契約の事を伝えてきた。
カルム公爵は今代国王の義父であっても契約の事は伝えられておらず、それもあってドラグ騎士団を軽視していたのは事実だ。仮に伝えられていたとして、彼が反逆しなかったかと言えば謎ではあるが。
このように、ドラグ騎士団はグラナルド国内だけでも立場によって評価を変える。だが、数で言えば殆どの者がドラグ騎士団を好意的に見ているというのが真実だ。それは先ほど述べた平民からの人気が厚い五隊の隊長に、貴族令嬢や夫人が群がっているからである。
妻や娘からドラグ騎士団について熱く語られては、批判している貴族も家では批判できなくなる。更に、何処から家族に漏れるか分からないため勤務先でも気軽に騎士団を批判出来るはずもなかった。
貴族令嬢や夫人。社交界の煌めく華が集まる度に話題にするのは、"焔海の両壁"と呼ばれる二人の美丈夫の事だ。
焔の貴人は常に気怠そうにしているが、育ちの良さが滲み出ているなどと。海の麗人は優しげに微笑むその姿を写しとって部屋に飾りたいなどと。
ガイアはその生まれが北の国の魔法の名家であると騎士学校に通う兄弟がいる令嬢から情報が齎され、魔法大国であるグラナルドが敬意を払わねばならない名家など何処だと話題になれば、それは一つしかないという結論に辿り着く。
ランフォード家。それは確かに魔法の名家で、北の国では伯爵相当の地位がある。しかし、北の国で伯爵よりも爵位が上の貴族ですらランフォード家に強気な態度は取らない。
それはランフォード家に並ぶ程の魔法の名家が他に無い事、ランフォード家が実際には爵位など持っていないのには、爵位を与えようとする国王に対して断り続けてきたという歴史がある事。更に言えば、ランフォード家は北の国に未練など無い事などが主な理由だろう。
実際にガイアも、ランフォード家を出てから各地を旅し、ヴェルムに出会った事で入団している。
ランフォード家がいる限り、北の国に対してグラナルドが侵略戦争を起こす事は無い。そう言われる程には強力な力を持つ名家であるため、グラナルド国内でもその名は有名なのである。
そんな名家の出身であると明かされれば、次に増えるのはファンではなく嫁候補だ。ランフォード家と婚姻関係になれば、その強い力を背景にグラナルド国内でも優位に立てる上、北の国との強い結びつきを生み出したとして一目置かれるのは間違いないという考えの下に多数申し込まれた釣書は、ドラグ騎士団本部の門番に全て突き返されている。
ならばとランフォード家に直接見合いの打診を送った貴族は、更に酷い目にあった。グラナルド貴族は知らないのだ。ガイアがランフォード家を出たのが、実は百年以上前である事を。
ランフォード家は魔力の多い者がほとんどで、ガイアよりも歳上の者もまだ存命である。その者たちが釣書を持って現れた使者に言ったのだ。
ランフォードの最高傑作がお前らになぞやれるか!
と。
ランフォードの最高傑作とは、当然ガイアの事である。彼が家を出たのは、実家ではもう学ぶ事が無くなったからだった。より強い者を求めて、より深い魔法への理解を求めて。そうして旅している所に出会ったヴェルムは、彼の理解出来る範疇を超えるどころの話ではなかった。
ヴェルムに着いていく事を即断即決したガイアは、ドラグ騎士団に入団して更に驚く事になる。それは、最強だと信じて疑わなかった己の力量が、ドラグ騎士団にとっては下積みで覚えるような基礎の基礎だったという事実。
その事実に打ちひしがれる事なく、彼は前向きに捉える事が出来たためすぐに団に馴染み、その貪欲なまでの向上心と天賦の才でメキメキと上達し、気付けば隊長という地位にいた。
ガイアは入団した当初こそ、強くなってランフォードにその技術を持ち帰る、などと嘯いていたのだが、今ではドラグ騎士団こそ故郷であると公言して憚らない。そのためランフォード家にも戻らない旨を伝えているのだが、その返事は正に魔法の名家ランフォードらしさが溢れたものだったという。
"ランフォードの名は捨てるな。しかし帰っても来るな。いつか世界にランフォードと魔法が同義となるように励め。"
魔法を追求する事こそ生き甲斐であり生きる意味であると豪語するランフォード家ならではの返事だった。
これをガイアは予想しており、一応送っただけだからな、と笑ったという。
「それが今じゃ魔法より珈琲のブレンドの研究が忙しいなどとは。ランフォード家も泣くのではないか?」
アルカンタの職人街の外れにある喫茶店で、ガイアの向かいに座るスタークがカップを置きながら言う。二人がここにいるのは偶々出会ったからだ。ガイアは少なくなった豆の補充に、スタークは休憩の時間で。店の前でバッタリと出会した二人が共に珈琲を飲むのに理由などいらなかった。
「まぁそうなんだけどよ。俺が研究より実践派なのはスタークも知ってるだろ?だから良いんだよ。それにな?珈琲のブレンドしてるからこそ生み出した魔法もあるんだぜ。」
スタークの正論に何とか言い返そうとするガイアはクッキーが盛られた皿へ手を伸ばしながらニヤリと笑って言う。その自慢げな様子にスタークは片眉を釣り上げて疑いの目を向ける。
本心から疑っている訳ではないが、珈琲のブレンドによって生まれた魔法など存在自体が怪しいのは確かで、揶揄い半分疑い半分といった割合で無言のままガイアに説明を促すのだった。
「分からねぇか?そっかー、分からねぇかぁ。」
勿体振るような揶揄うような表情で説明を渋るガイアに、スタークは呆れたような眼を向ける。これは一つくらい予想しないと答えて貰えないだろうと予測したスタークが答えを考えるべく腕を組むと、ガイアは愉しそうに笑いながらクッキーを手に取るのだった。
「風属性の撹拌の魔法の改良か?いや、確かガイアは火属性一辺倒だったな。すまん。」
スタークが数秒考えて出した答えは、ふと浮かんだ上にガイアを揶揄い返す事が出来る一挙両得な答えだった。
するとその答えに、先ほどまで優越感すら浮かんでいたガイアの表情が悔しげに変わる。揶揄ったのに揶揄い返された彼にしか分からない感情だった。
「良い線いってるけど違うんだなぁ。てか、火属性一辺倒なのは仕方ねぇだろ。それでも、他属性の研究は出来るから良いんだけどよ。」
ガイアが詰まらなそうに言って笑えば、スタークも笑ってから、すまん、と謝るのだった。それに手を払うような仕草で返すガイアは、スタークの言葉に気を悪くした訳ではない。
長年の付き合いがあるため、この程度の事で仲が悪くなるという事もない。何より、その一辺倒だからこそ出来る高火力の魔法をスタークが頼りにしている事を知っているからこそであった。
「それで?答えは何なんだ?」
笑った後に二人して珈琲に口をつけると、カップを置いたスタークが問う。ん?と眉を上げたガイアは先ほどまでの会話を思い出し、すっかり忘れていたように答えを口にするのだった。
「ブレンドするためには粉にするだろ?だがその前に煎る方を考えなくちゃならねぇ。その時に、珈琲を焙煎するのに丁度いい温度に出来る魔法が出来たって訳だ。」
ガイアの解説に、スタークは答えを見つけて納得したように頷く。感心したようにガイアを見るスタークがその先を口にすると、ガイアはニヤリと笑うのだった。
「つまり、加熱の魔法を改良というかより専門的にした訳だな?珈琲専用の加熱魔法か。火属性の基礎の基礎にして極致、という事か。」
「そ。これには団長も食い付いてな。しばらく二人ではしゃいだんだぜ?そんで、ここのマスターにも…」
「コホン…。お待たせしました。こちら注文の豆四種です。」
ガイアが嬉しそうな顔をしながら説明していると、途中で喫茶店のマスターから態とらしい咳払いが被せられる。それによって言葉は止めたがニヤニヤしているガイアを見たスタークは、それだけで凡その事情を把握するのだった。
「おい、今良い所だっただろ?別にマスターがその寡黙で渋い人相を崩して大喜びしたってバレたところで、誰も困らねぇじゃねぇか。」
全て言ってしまうガイアに、マスターは慌てたように周囲を見る。運良く近くで聞き耳を立てている客はいなかったが、そんな事は諜報部隊でないガイアにも分かっているはずだ。
どうやらマスターを揶揄っているのだとスタークには分かったが、客が聞いていたかもしれないと慌てるマスターにはそんな事は分からない。
ガイアの悪質な悪戯を見て、スタークはテーブルの下でガイアの足を蹴る。イテッと声を上げるガイアに、マスターは驚いたようだった。
「何でもねぇ、何でもねぇよ。」
そう言いながら対面のスタークを恨めしげに睨むガイアに、スタークはフッと笑うのみだった。
お読みいただきありがとう御座います。山﨑です。
本作品が100万文字を越えてすぐに200話に到達し、その関係か日々の閲覧数を増えております。一部でも読んでくださる皆様に厚い感謝とお礼を申し上げます。
また、ブックマークを挟んでくださる神のような方がまた増えまして。皆様にお返し出来るのは更新を続ける事しかない、と気持ちを引き締めるばかりです。
竜の血を巡るお話も一段落つきまして、少しの間ヴェルム達に休息のじかんが流れます。ずっと戦いばかりでは疲れてしまいますから。
彼らのほのぼのした日常も、皆様と一緒に楽しめればと存じます。どうぞお付き合い頂ければ幸いです。
本作品が、皆様の日常の一つの華となりますよう。
山﨑




