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闇竜と騎士団  作者: 山﨑
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20話

長たちの軍隊が戻ってきたのは、街の住民総出で西の街の軍隊との戦闘跡地の片付けが終わってからだった。


「これは…?いったい何があったんだ?皆んなは無事か!?」


長の自宅兼政治の中心である屋敷で、長の妻はヴェルムと茶を飲んでいた。妻の趣味でもある、茶のブレンドをヴェルムが教わり、ヴェルムがブレンドした茶だ。

ヴェルムは大陸中を周り、その地域の文化を熱心に学んでいた。その一つが茶の文化であり、地方毎で気に入った茶を手に入れていた。しかし、ちゃんと茶の作法として淹れ方まで確立した地域は少なく、現在いるこの地域でも、野草を乾燥させ飲むのが主流だった。

長の妻は、様々な部族が集まったこの街で、それぞれの文化を大切にする活動をしていた。その一環として常飲する飲み物の保護があった。それぞれに長所短所が存在するため、誰でも受け入れられるよう、ブレンドする事でどうにか出来ないか、と日々工夫していた。


「あら、あなた。おかえりなさい。帰りは明日になるかと思っておりました。」


焦った様子の長に反して、妻はのほほんと落ち着いていた。一瞬キョトンとした顔をした長だったが、無事で落ち着いた妻を見て、緊張が解けたように脱力した。


「良かった、無事だったか。こちらが出立してしばらくして、西の街の軍隊がこの街に向かっていると連絡を受けたんだ。ヴェルムがいるから大丈夫だと自分に言い聞かせてはいたが、それでも心配だったんだ。良かったよ。それで、外を見たがあれはなんだ?一面焼け野原になっているし、朝は無かった堀が出来ているし、街は大賑わいだ。」


それから長に今日あった事を妻が説明している間、ヴェルムは長に茶を淹れてから厨房に入った。二人の時間を邪魔するのも良くないと思ったのだ。

茶の文化と同じで、ヴェルムが気に入った文化がもう一つ。それは、料理だ。

ヒトは面白い事をする。ヴェルムがよく言う言葉である。それは嫌な意味ではなく、心から興味津々でそう言っている。

初めての実戦を経験した妻と、その妻が心配で戦争を早く終わらせて帰ってきた長に、ヴェルムからの心遣いとして料理をしようと思ったのだ。


料理が出来て、ヴェルムが会心の出来だと自画自賛していた時。プライベートサロンで茶を飲みながら長と話していたはずの妻が厨房に顔を出した。


「ヴェルム様?戻って来られないと思ったらこんな所に。まさか、料理をされていたんですか?」


入ってくるなり驚いた顔でヴェルムと料理を見比べる妻。ヴェルムがこの街に来てから料理をするのは初めてだ。当然の反応である。


「あぁ。二人の時間を邪魔してはいけないからな。こういうのをヒトは、犬も食わない、と言うのだったか?」


最近はヒトの言語や、言葉の使い所に興味が向いているヴェルム。早速使っているようだが何か違った。


「違いますよ、ヴェルム様。犬も食わない、は夫婦喧嘩です。別に私達は喧嘩などしておりませんよ。」


掌を自身に向け、指先で口元を隠して笑いながら訂正する妻。


「ふむ、違ったか。犬も食わないのは夫婦喧嘩。よし覚えた。さておき、折角料理したのだ。是非二人に食べてもらいたい。食堂に運ぼう。友を呼んできてくれ。」


そう言って料理を空間魔法に収納し、厨房を出て行くヴェルム。

その後ろ姿を穏やかな笑顔で見送る妻は、ありがとう御座います、と小さく呟いた。











「では今日はここまでとしよう。各自疲れが残らぬよう、食事をしっかりして早めに就寝しなさい。ではまた明日。」


魔法隊のために整備された広場で、今日の訓練を終えた魔法隊。ヴェルムの言葉を聞き、ありがとう御座いました!と声を揃える。

長の妻と肩を並べて歩き、屋敷へと帰る。二日に一度は、食材を買いに行く。ヴェルムは荷物持ち(空間魔法)だ。

今日は長から大事な話があると聞いているため、訓練から直帰だ。


「ヴェルム様。大事な話とはいったい何でしょうか。ヴェルム様は何か聞いておられます?もしくは予想がついていたりとか…。」


西の街の軍隊からの防衛戦以来、長の妻はヴェルムに対して少し砕けた話し方をするようになった。それは、長の帰りを待つまで茶のブレンドを共にしていた際、ヴェルムが興味本位で妻に聞いたからだ。私にだけそのような話し方で疲れないのか、と。

それに対し妻は、ヴェルム様は夫の命の恩人で、黒竜様ですので。と返した。

ならば友と同じで構わない、とヴェルムが返し、それから一悶着あったが今のような形に少しずつ変わった。今ではヴェルムも、妻のことを友の妻ではなく、一人の友人として扱うようになった。


「さて。友があの様な言い方をするときは大抵、友自身が覚悟を決めて話す時だ。つまり、余程に大切な用なのだろう。それが街の事なのか、自身に関わる事なのかは分からぬがな。一つだけ分かるのは、それが悪い事では無いということだ。悪い事であるのなら、友はもっと切羽詰まった言い方になるであろうし、そもそも朝一番に言ってくるであろう。変に言い淀む事は無いはずだ。」


確かに、長はそのような癖があった。それは妻も認識しているし、妻自身も悪い予感はしない。しかし、それならそれで内容が気になる。しかし、妻から見るヴェルムの態度は、そういえばそんな事もあったな、くらいの物だった。


「ヴェルム様は落ち着いておられて…。恥ずかしいです。私も妻として、夫をもっと信じなければ。」


妻がそう言ってやる気を出していると、ヴェルムが拳を口に当てくつくつと笑い妻を横目で見た。


「その様に気を張る事もなかろう。それより、また固い話し方になっておるぞ。崩す練習をしているのではなかったのか?」


ヴェルムに言われてから自身の口調に気付いたのか慌てて、すみま、ごめんなさい!と謝る。妻がヴェルムに砕けた話し方が出来るようになるのは、もう少し時間が必要なようだ。







「おかえりなさい。夕飯の支度は出来ていますよ。ヴェルム様もお待ちです。」


夜、同じ屋敷内ではあるが街の運営を行うエリアから仕事を終えて戻った長を妻が出迎えた。


「あぁ、ただいま。我が友ヴェルムは食堂かい?なら早く夕飯にしよう。お腹がすいたよ。」


長はそう言って妻と食堂に向かう。食堂からは良い匂いがしていた。今日は揚げ物だろうか。

ヴェルムはこの街に沢山の知識を齎した。料理法もその一つで、この地域で採れるオリーブの実から採れるオイルを使った料理は今街でブームになっている。


「あぁ、おかえり。今日も疲れた顔をしているな。ヒトとは難儀なものだ。野原を駆け回るのが一番な男も、群れの長に就けば書類と戦い続けねばならぬ。偉くなるほど外に出られんとは、実に友に向いていない。」


疲れた顔をした長を見て揶揄うヴェルム。最近、揶揄うという厄介で面倒なものに興味を持ってしまったため、こうして毎日長はヴェルムから揶揄われている。


「ヴェルム、君が何にでも興味を持って取り入れるのは構わないし美点だと思っているが、毎日揶揄われる身にもなってくれ。私はなりたくてこの地位に就いたわけじゃないといつも言っているだろう。」


別に怒っていないが怒った様な振りをしてヴェルムを嗜めるのもここ最近の定番だ。

そして、


「ヒトは言葉で様々に表現する。私は今それを学んでいるのだよ。それに、私はこの名の通り、真実しか言っていないだろう。問題あるかね?」


こう返すのも定番だ。

長が呆れて反論を諦め、妻に慰められるのまでがセットである。


「さぁ、ご飯が冷めてしまいますよ。食べましょう。」


最後はこうなる。これは時間やタイミングによって異なるが、夕飯前だといつもこの流れだ。

疲れた顔を更に疲れさせた長が食卓に着いて食事が始まる。食事を始めてしまえば、疲れも吹き飛ぶ。長は妻の作る料理が好きだった。


食事も終わり、食後に茶を淹れ飲んでいた時、やっと長が大事な話とやらを語り始めた。


「なぁ、ヴェルム。先日の防衛戦で西の街は戦力を落とし、魔物からも街が守れなくなって瓦解したため、この街が西の街を吸収した事は話しただろう?それでな、その前に吸収した北の街と合わせて、国を作れと周りが煩いんだ。それで私を初代国王に、と。しかし、三つの街を護るとなれば、私一人では追いつかないんだ。だから街に一人トップを置き、この街を含めた三つの街のトップと、私とで話し合いをしてこれからの運営を決めれば良いという意見が出ているんだが…。」


長はそこまで言って一度茶に口をつけた。茶を飲んで気持ちを落ち着けてから再度口を開いた時、先にヴェルムが話し始めた。


「それで?だからどうしたのだ。友が本当に言いたいのは、いや、言い淀んでいるのはそんな事ではないのだろう?なにを恐れているのか知らないが、話したくない事なら話さなくて良い。後で妻にだけ話せば良いだろう。」


長は驚いて顔を上げた。まさか、見抜かれているとは思わなかったのだ。確かに王になるかどうかも大事な話だった。しかし、長にとってはまだ話していない話の方が重要なのだ。


「いや、聞いてくれ。妻にだけ言ってもどうせ、ヴェルム様に直接言いなさい、と怒られていただろうしな。」


「ふむ。その言い様ということは、私に何か頼みでもあるかね?」


長は頷いてから姿勢を正し、真っ直ぐヴェルムの目を見て言った。


「ヴェルム、君がもう少しでこの街を出ようと思っているのは分かっている。しかし、分かった上で頼みたい。どうか引き続きこの街、いや、この国の力になってくれないだろうか。先日の防衛戦、君がいなかったらこの街は無かったかもしれない。君がいなかったら北の街の民も救えなかったんだ。君がこの街を護ってくれると言ってくれたのが、この上なく頼りになったんだ。街の皆も君を慕っている。終の住処にしろと言っているわけじゃない。君の好きな時に出かけてくれて構わないんだ。ただ、ここにただいまと言って帰ってきてほしい。君の住処はどこかにあるのだろう。だが、ここを第二の故郷だと思ってくれたら嬉しい。どうだろうか。」


ここまで休まず一気に言った。流石に喉が乾いてまた茶を飲むが、その間ヴェルムは口を開かなかった。

妻は長がこのような事を考えていた事を知らなかったが、今聞いて気持ちは一緒だった。ヴェルムとはやっと距離が縮まった気がしていたのだ。ヴェルムに自分の孫を抱いてもらうつもりでいたし、夫婦共々看取ってもらうつもりでもいた。そのくらい、ヴェルムの存在が当たり前になっていた。

沈黙を貫くヴェルムに、無理なら、と声をかけようとした時。ヴェルムがやっと口を開いた。


「全ての答えは明日で良いか。明日全てに答えを出そう。」


そう言うなり部屋を出て行った。

夫婦は、すぐに断られなかった事を喜べば良いのか、明日までの緊張をどう過ごすのか、などと話した。しかし答えは出ないまま就寝した。







翌朝、執事服を着た老人が屋敷を訪ねてきた。肩まで伸びた白髪を首の後ろで縛っている。誰かの執事らしきその老人は、ここに我が主人がお邪魔しておりますようで、と言っている。

街が大きくなってから建てた屋敷だが、住んでいるのは長夫婦と子ども、そして世話役の者だけ。ヴェルムが来てからはヴェルムも一緒に住んでいる。とういうことは、我が主人というのはヴェルムの事だろうかと、応対に出た長の妻は考えた。


「主人というのは、ヴェルム様の事でしょうか。他に滞在している方はいらっしゃいませんが…。」


少し悩んでそう言うと、執事は首を傾げた。


「我が主人は黒竜様ですな。今はヴェルム様と名乗っておられるのですか。」


執事から黒竜という決定的な根拠が飛び出したため、妻は安心して頷いた。


「はい、黒竜様は現在自室にてお休みでございます。そろそろ起きてこられる頃だと思いますので、どうぞお上がりになってお待ちください。」


「これはご丁寧に。では有難くお邪魔させて頂きます。全く、我が主人も困ったものですな。こちらで名乗っている名くらい私に教えておいて頂かないと、こうして無駄な時間を取られるではありませんか。朝の忙しい時に夫人の貴重な時間を取らせてしまい申し訳のしようもないですな。」


執事から辛辣な言葉が出てくることに妻は驚いた。主人と自分で言っておきながら、随分と鋭い言葉を吐くのだなと、感心もした。


「そこまで言わなくていいだろう。私が悪かった。呼び出してすまないな。」


客間に案内しながらの会話だったが、そこに話題の主人、ヴェルムが姿を現した。長く伸びた白銀の髪を束ねもせずに流しており、格好も寝起きのようだった。


「おや、随分ダラけた姿をしておられますな。ヒトの姿をとっているのですから、身嗜みにも気を使うのがヒトの流儀ですぞ。」


執事はそう言ってから一瞬で姿を消したかと思うと、また妻の横に戻る。驚いた妻がヴェルムに視線を移すと、いつもヴェルムが着ている服をしっかり身に纏ったヴェルムが立っていた。早業だった。


「ほら、彼女が驚いているではないか。ヒトに見えない速度で動いてはならないだろう。それこそ流儀に反するのではないか?こういうのを、東の島国では、郷に入っては郷に従えと言うのだよ。」


執事の高速の着替えを黙って受け入れておきながら、そんな事を宣うヴェルム。しかし、それを聞いた執事はニヤリと笑った。


「ほう?この大陸からは出ないと仰って出かけたのに、東の島国に行かれたのですか?あの国はこちらに渡って来ませんからな。現地に行かないと知り得ない言葉ですな。」


ヴェルムはそれを聞いて、やってしまったという顔をしたがそれも一瞬の事。すぐに取り直して言った。


「さぁ、こんな所で突っ立ってないで、食堂に行くか。これの分は出さなくていい。君は友を呼んでくると良い。私がこれの案内をしよう。」


完全に逃げの話題転換だった。執事はニヤニヤしながら頷き、妻もやっとのことで頷いて別れる。

朝から疲れた、と言いながらヴェルムが食堂に案内すると、執事と話し始める。住処を出てから今までのことが主だ。

二人の話は、夫婦が揃って食堂に現れるまで続いた。

お読み頂きありがとう御座います。山﨑です。


長くなってしまいましたが、過去編は次回で終了予定です。

最後に出てきた執事は誰でしょうか。皆様ならお分かりかと思いますが…。


皆様のおかげを持ちまして、本作品20ページに到達致しました。本当にありがとう御座います。


これからもどうぞよろしくお願い申し上げます。

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