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闇竜と騎士団  作者: 山﨑
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2話

騎士団本部は、まるでそこだけ別世界の様に静かだった。首都の全ての民が集まったのではないかと思うほどの歓声は、ここでは遠くの祭りであった。


石造りの高い壁に囲まれ、広大な敷地を有する本部には、大小合わせて八つの門が存在する。

大通りに面した南門は、軍勢でも余裕を持って通れるよう、巨大な門となっている。また、壁や門の中は通路になっており、見張りの騎士がいる。更に壁の周りは堀になっており、水路になっていて水深が深いのか底が見えない。いざという時に籠城も出来る構造となっている。


この世界、戦争は剣、弓、槍、攻城兵器に加え、魔法も飛び交う。歩兵、騎馬兵、弓兵、工兵、輜重兵、そして魔法兵である。

一人で使うのが大変な大魔法も、数多くの魔法兵が力を合わせれば使用が出来るため、魔法兵の育成に国を挙げて取り組む国も存在する。


そのように魔法が普通となっているこの世界では、城門もまた魔法による仕掛けがあった。

堀の幅は大凡十メートル。その距離を跨ぐ橋をかけるのは大変である。

だが、この騎士団本部の橋は少し変わっていた。

門の下、つまり地下に橋が収納できるのである。

吊り橋にしてしまうと、橋を上げるのに時間と労力がかかる上、攻撃される時には門より先に攻撃に曝される。

しかし、門の地下にそのまま吸い込まれるように収納される橋は、かける時も十五秒程で出てくる。壁の内側に設置された魔石によるスイッチで、橋の収納と設置を切り替えられる様になっている。

これは万が一逃げる時、主に要人を逃す時に使用される機能であるが、本部建設以来、定期的な動作確認と調整以外に一度も使用された事がない。

普段は橋は橋としての機能を存分に発揮している。つまりかかりっぱなしだ。


その橋を、出撃の時と全く変わらない人数が渡る。

今回"も"、完勝であったが故だ。

護国騎士団は常勝無敗。民からの信頼も厚い。噂では、この王国が建国された時、建国王が天竜と契約し、その天竜が遣わした騎士団、とされている。

竜は、聖竜と闇竜の二頭を筆頭に、火、水、風、地の属性に応じた竜がそれぞれ存在する。

各属性の竜は、一番強い者を王とし、その王四頭を率いるのが聖竜と闇竜であるとされている。

聖竜と闇竜、それに四属性の王竜四頭を合わせた六竜を天竜と呼ぶ。

聖竜と闇竜は属性につき一頭ずつしかおらず、人の住めぬ土地に暮らす竜の全てが、四属性に属する竜である。


また、護国騎士団の噂の一つに、団長は騎士団創設当初から300年経った今でも、姿変わらずそのままだというものがある。この二つの噂により、団長は天竜の眷属ではないか、それなら寿命も合うのではないか、と言われている。













ガイアは一番隊隊舎の隊長室で、革張りの一人掛け椅子に深く腰を落としながら、執務机に足を乗せて報告書を読んでいた。もちろん、腹心である副隊長が作成したものだ。


「よし、これで良いだろ。お隣さんは毎度、弱ぇのに兵だけは沢山出してくるからなぁ。まぁ今回は国境線ギリギリで戦えたし、邪魔なもんは全部向こうの領地にポイ捨てしとけって言ったから大丈夫だろ。お前もなんか指示してたろ?ならこれで大丈夫だ。相変わらず俺がやる事なくて助かるぜ。」


そう言って髪をかき上げながら、報告書から目を離して話しかけた相手を見る。

その相手は執務机を前に休めの体勢で立っていたが、話しかけられてから瞳を閉じて微かに頷く。


「はい。相手の兵の死体に関しましては、全て焼却済みです。その際、身元が分かる者は記録に残してあります。その他、全ての雑務はこれからの物も含め、滞りなく指示が出されております。隊長は報告書にサインを頂ければそれで。隊長にしか出来ない事としては、団長への報告だけでしょうか。」


副隊長は隊長が憂なく働けるよう支えるのが仕事。そう言って憚らない副隊長は、普段からこの様に固い言い方をする。しかし、ガイアと同じく面倒見が良いため、部下からは信頼されている。というより、書類仕事が出来ないガイアが一番頼っていると言っても過言ではない。

部下からも、感覚派の隊長よりも話が通じるため、一番隊内では敬愛を込めて密かに、隊長は兄貴、副隊長は親父、と呼ばれている。

何処ぞの裏組織では立場が逆な気はするが、この様に当てはめるのが隊員としては楽なのである。騎士団内でもトップレベルにアットホームな隊であるのは間違いない。


「失礼します。隊長、伝令が来ております。団長のお時間が取れたそうです。」


ガイアと副隊長が話していると、隊長室の扉がノックされ、その後隊員の声が聞こえ、伝令から聞いた言葉を伝える。


「おう、ありがとな。」


ガイアが扉の向こうへ声を返しながら、組んで机に乗せていた足を下ろす。


「はっ。失礼します。」


扉の向こうでそう言った隊員が去る気配がすると、副隊長がガイアに向け頷いた。


「後のことは私が。隊長は団長をお待たせしないよう、お急ぎください。」


「おう。後頼むわ。それから、戻ったらアズが来る。ワイン持ってくるらしいから、摘み頼んでいいか?こないだのチーズ、あれ食わしてやりてぇからさ。」


ガイアはアズが喜ぶ姿を想像しながら言葉を紡ぎ、それを見た副隊長は後の流れを頭で整理しつつ、丁寧に頭を下げて了承の意を示した。


「承知しました。ではいつもの帰宅時の珈琲はその時ですね。今は隊長の副官は戦後処理で出払っておりますし、二番隊隊長が来られるのでしたら、私が整えておきます。珈琲は隊長が?」


「あぁ。俺が淹れる。道具も自分でやるから、摘みとグラスだけ出しといてくれたらいいぞ。忙しい中わるいな。頼んだ。」


そう言いながら、椅子に掛けていた隊服の、隊長を示す腕章を付けた上着を羽織りながら立ち上がる。


「いってらっしゃいませ。…隊長。」


見送る姿勢だった副隊長は途中でガイアを呼び止める。


「あ?どした?」


ガイアは扉を開ける途中、何事かと首だけで振り返りながら、副隊長を見た。


「報告書、忘れておりますよ。」


そう言って副隊長は先ほどガイアが見ていた報告書の内、数枚を取り出して渡す。


「やべ、忘れてたわ。団長用の報告書は隊長が直接、だったわ。いつもこれ忘れるんだよなぁ。いやぁ助かる。んじゃ、今度こそ行ってくる。」


首の後ろを掻きながら、ガイアは悪びれもなく言う。このやり取りも二人の間では何時もの事だ。

そうして、今度こそ部屋を出た。







「おう、お前も今だったか。ちょうど良い。ちょっと報告書見せてくれよ。」


一番隊隊舎を出て団長室へ向かうガイアは、団長室のある本部本館へと向かう道中、二番隊隊舎から出てきたアズとその副官を見つけ声をかけた。


「あぁ、ガイアも今かい?それとも、報告書を忘れて一度部屋に戻った後かな?」


拳を口元に当てながらクスクス笑いつつ、報告書をガイアに渡しながらそう返すアズの左の二の腕には、二番隊隊長を示す腕章がある。

護国騎士団の隊は、隊員が持つ属性で分けられているため、隊服もその属性に応じた色である。

一番隊は火を意味する赤、黒い隊服をベースに赤の差し色が入っている。戦時に使う鎧も、黒を基準に赤のパーツが散りばめられているため、一番隊とすぐ分かる。

対して二番隊は水を意味する青のため、同じく黒を基準に青の差し色である。

隊長を始めとする役職持ちは、腕章を隊の色と紋章により分けられている。

隊長は各隊の色の腕章に、金の竜の紋章となる。

竜の紋章は護国騎士団、つまりドラグ騎士団の紋章だ。

金は隊長の意味である。銀は副隊長だ。

因みに、式典用の隊服は装飾が豪華で、マントも羽織る。マントには大きく竜が縫われ、マントの色と竜の色でどの隊のどの役職の者か分かる。役職のない一般隊員は白色となる。


「何言ってんだ。俺がいつもいつも報告書忘れてるわけじゃ…。いや、忘れてるな!」


あっはっは、と笑いながらも、今日は副隊長が気付いて出る前に持たせてくれた、と正直に言うガイア。

自分の欠点も隠さない、常に堂々とした態度が隊員から兄貴と呼ばれる所以だろう。


「ガイアはそのままで良いんだよ。全部自分で出来る必要はないんだから。出来ない事を補ってくれる仲間がいて助かってるのは僕も一緒だからね。ガイアが隊員から慕われるのも分かる気がするな。」


にっこりと嬉しそうな笑みを浮かべながら話すアズにガイアも調子良く笑う。


「何言ってんだよ、アズ。お前も部下から随分慕われてるじゃねぇか。うちとお前のとこは色んな意味でカラーが違う(ここ笑うとこだぞ)けどよ。それでも慕われてるのに変わりはねぇぞ。見ろ、お前の副官なんか、隊長素敵です!みたいな顔してるぜ。」


そう言いながらアズの後ろを歩く副官を親指で示す。後ろを向かずに表情を言い当てるガイアが凄いのか。そんな予測が立てられるほど分かりやすい副官なのか。


「お二方、急ぎませんと。団長をお待たせしております。」


言われてからハッとした顔で真顔に戻る副官が口を開く。

大笑いしながらも、へぇへぇ、と言い歩く速度を速めるガイアと、苦笑いしながら、そうだね、と言いガイアに合わせつつもガイアのボケに突っ込まないアズ。

二人がこのような遣り取りをするのは騎士団内ではよく見る光景であった。

市民が立ち入ることの出来ない騎士団本部内では当たり前だが、二人の事が題材の演劇が流行るほどに人気の二人のこの遣り取りは、本当に残念ながら市民が見る機会は殆ど無い。







騎士団本部の本館、つまり、騎士団の中枢とも言うべき場所では、騎士団全体に関わる物事の全てが凝縮されている。

各隊隊舎は、宿舎と訓練施設がメインだが、本館は任務に関わる情報を扱う部署から始まる、事務的な部署が多くある。また、各隊の連携を確認する上で必要な訓練も出来るよう、どの隊舎よりも大きな訓練所が存在する。

騎士団本部の敷地がそもそも、街と呼べるようなサイズを誇るのに対し、その中で一番大きな建物がこの本館である。館と言いながらその様相は正に城、である。

"白亜の騎士城"と表現される事の多いこの本館は、全騎士団員が集まっても余裕のあるホールを始め、多種多様な部屋がある。

その中でも奥まった所にあるのが、今回ガイアとアズが向かう団長室である。

アズの副官は本館に入ってから別の部署に書類を届けに行くため別れた。


「いやぁ、しかし今回なんであんな数ばっか揃えれたんだろな。この国じゃなくて、南側のお隣さん攻めてれば何個か領地落とせたかも知れねぇ数だったろ、アレ。」


アズから受け取った二番隊の報告書を見ながら、今回攻めてきた隣国について唐 疑問を素直に口にするガイア。慣れているのか、少し考える素振りを見せた後はスラスラとアズが答えた。


「うーん、やっぱり、この国に欲しいもの全てあるからじゃないかな。あの国は土地も痩せてるし、鉱山も枯れたものが増えてきたみたいだよ。食糧と鉱石、どちらも手に入れようとするならこの国に攻めるのが早い、という理屈は分かるけどね。この国は護国騎士団が有名だし、滅ぼすまでは無理でも最初の一当てで領地を一つ占領、あとは交渉で領地を返して元通りにする代わりに食糧と鉱石をもらう、っていうシナリオだったんじゃないかな。一時的にはなるけど、とにかく急いで欲しい何かがあったのは確かじゃないかな。」


「なるほどなぁ。まぁそりゃそうなるか。南側は食糧は多いけど鉱石出る鉱山は国境付近にねぇし、北側は逆だしなぁ。でもよ、一挙両得狙って玉砕はダメだろ。一か八かで行かなきゃいけねぇ程困ってんのか?」


疑問が解決すると更に湧く疑問にガイアが頭を悩ませる。

アズは、ふふっと笑いながらも、さぁね、調べてみようか。と返す。

結局考えることをやめたガイアは鼻歌を歌いながら両手を首の後ろに回しながら歩く。

その様子を笑顔で見ながら機嫌良さそうに隣を歩くアズ。

戦地から帰ったばかりの者とは思えないなんともほのぼのとした光景であった。







「団長が中でお待ちです。すぐお通しするよう承っております。ーー失礼します。一番隊隊長、並びに二番隊隊長がお越しです。」


団長室の前に立つ騎士が二人に声をかけた後、ノックをして扉に向かって声を上げる。

すると扉が中から開き、老齢の執事が顔を出す。


「早かったですな。お二人とも、此度のご帰還お祝い申し上げます。中へどうぞ、団長もお二人のお帰りをこれでもかと首を長くしてお待ちですよ。」


執事は真面目な顔をして二人に祝辞を述べたかと思えば、茶目っ気たっぷりの顔をして団長の様子を伝える。


「セト、私の首はそんなに長くならないよ。良いから早く入れてあげて。」


部屋から若い男の声が響く。セトと呼ばれた執事は、失礼しました、と頭を下げつつも、茶目っ気のある表情は変わらず、隊長二人にウィンクまでして見せる。

二人して苦笑いしながらも部屋に入り、部屋の主へと跪く。


「只今戻りました、団長。此度も団長の指示通り、完勝して参りました。詳しくはこちらの報告書にてご確認頂ければと。」


代表してアズが口を開く。騎士団内の隊は序列は無い。今回は二番隊がメインだったというだけだ。パレードで先頭を行った偉丈夫は、今回の戦で一番活躍したものである。毎回、戦に参加した隊の隊長が決める。


「うん、お疲れ二人とも。まぁ座りなよ。」


団長がそう言って二人にソファに着席を勧める。自身も執務机から立ち上がり、二人に勧めたソファとローテーブルを挟んだ反対側の一人がけソファへと移動する。

座ると同時にセトが紅茶をテーブルに置いた。大陸南の国原産の紅茶の、華やかな香りが鼻腔をくすぐるように香る。


「うん、良い香り。ガイアは帰還後最初の珈琲はいつも自分で淹れるから、今は紅茶で良いよね?一応今回のトップはアズにしたから、お疲れの意を込めてアズの好きそうな紅茶にしてみたよ。」


団長がカップを左手で持ち上げながら香りを楽しんでから口をつけつつ言う。

この国では貴族か裕福な市民にしか飲まれない紅茶。理由は庶民では手が出せないほど高いからだ。そして砂糖も高価である。そのため、お茶会では角砂糖を小さな壺に詰め、スプーンを立てる事で、スプーンを立てられるほどに砂糖を準備する財力が有りますよ、とアピールする。因みに、角砂糖なのは粉状の物より少量でスプーンが立てやすいからだ。

そんな砂糖を紅茶に入れ、銀のスプーン(銀は毒に反応して色を変えるため)で混ぜ溶かしてから飲む。この時右手を使い、左手でカップの持ち手を摘んで飲む。そのため、カップの持ち手が左に来るようサーブされる。


団長はソファへ軽く腰掛けながら、2人へ紅茶を勧める。白銀の長い髪を緩く縛り背中へ垂らし、漆黒の吸い込まれそうな瞳を軽く閉じている。


「有難うございます。団長のブレンドされる紅茶は本当に美味しくて。今度また僕がブレンドした紅茶も味見して頂いてよろしいですか?ぜひご意見を伺いたくて。」


アズがそう答えるのに対し、団長も、楽しみにしているよ、と笑顔で頷く。

団長の背の丈は百七十センチ後半であろうか。この国では成人男性の平均的である。細身だが無駄のない筋肉がついており、優しく労うような表情を浮かべている。

ガイアは百九十センチを越える大柄だが、アズは百七十センチ丁度だ。


「団長、俺にまで気遣ってもらってすんません。代わりと言っちゃなんですが、今度俺渾身の珈琲淹れてお持ちしますよ。こないだ良い豆手に入れたんで。それに、普段は紅茶飲まないですけどね、団長のは別なんですよ。俺の中じゃ団長の紅茶は一般に言う紅茶と別物なんです。」


笑いながら紅茶を飲むガイア。豪快で奔放な言動が目立つ彼だが、紅茶を飲む仕草は洗練されている。アズも、静かに微笑みながら紅茶を飲むその姿は、確かに女性が黄色い悲鳴をあげるであろう、正に絵になる空間が出来上がっている。


アズの事を愛していると公言してやまない、とある公爵令嬢は、アズの周りにキラキラと粒子が舞う姿が見えると言う。

アズの隠れファンクラブ(周りにバレバレのため隠れられていないが)は、皆この令嬢の発言に対し大真面目に頷くのだという。


「それで?今回の防衛戦、何か報告しておく事はあったかい?それと、二人や隊員に怪我などない事は想像に難くないから良いとして、それでも言っておこうか。無事帰ってきて良かった。おかえり。」


満面の笑みで二人に言葉をかける団長は、見た目二十歳程の若者とは思えない程の深みと、親愛を感じさせる。

それに対し礼を言いつつ各々報告しながら笑みを浮かべる二人もまた、親愛、情愛に満ちた顔をしていた。

この三人には確かに、上下だけでない強い絆で結ばれていると感じさせる何かがあった。

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