198話
「お?双子じゃねぇか!任務か?」
「そーですよ!今から二人で出るとこです!」
本部本館では、アイルとカリンの二人が並んで歩いていた。二人が共に歩くのは休憩か休暇の日くらいで、団員たちもそれは把握している。だがすれ違った団員が任務だとすぐに分かったのは、アイルの格好が理由だった。
「アイルの隊服、久しぶりに見るな。いつもの執事服もカッコいいけど、隊服も似合ってるぜ!カリンもよく似合ってて可愛いぞ。んじゃ、頑張ってな!」
「ありがとうございます!ほら、アイルも。」
そう、自室に戻って執事服から隊服に着替えたのである。カリンも隊服である事から、二人の違いは表情と髪型だけとなっていた。
褒められたアイルではあるが、いつも通り無表情でペコリと会釈を返す。代わりにカリンが元気よく礼を言う。彼にとっては精一杯の礼だが、団員はそれに気を悪くした様子もなかった。寧ろ笑顔で二人を見てから、手を振って去って行く。彼は内務官の一人だ。書類を脇に抱えているあたり、提出用書類の運搬中なのだろう。
「アイル、折角褒めてくれたんだからお礼くらい言おうよ。まぁ、無理はしなくていいけどさ。」
団員が去った後も、幾人かとすれ違う。その度に激励の言葉を貰い、隊服も褒められた。だがアイルはそれに会釈を返すのみだったのだ。
カリンとてアイルを責めるつもりはなく、寧ろ自分が明るく元気な姿であろうと決めたのは、アイルのこの性格を考えての事だ。双子として一心同体な二人は、互いに苦手な事を互いがフォローし合うのだと決めたのだから。
アイルは人と接するのが得意ではなく、端的に言うと人見知りであった。最近は頻繁に接する者には気持ちを伝えるくらいは出来るようになってきたが、他にはまだ難しい。
近年社交辞令というものを覚えたアイルだが、他人と割り切っていれば思っていない事でも言えるようになった。そのため、お遣いで街に出た時などは道行く人や店主などと軽く会話する事くらい出来る。だが、家族は別だった。
ドラグ騎士団の団員たちは信頼もしているし家族だと思っている。しかしだからこそ、何と言って良いか分からなくなるのだった。
そんなアイルの心境を理解しているカリンは、アイルの成長を喜びながらも無理はさせたくない。というより、姉である自分をもっと頼ってほしいとすら思っていた。
アイルが社交的になって明るくなれば、カリンはどうすれば良いのだろう。そんな事を考えて眠れぬ日があるくらいには、カリンもアイルに依存しているのだった。
「でもやっぱり、アイルの隊服姿は格好良いよね!皆んながそう思ってくれて嬉しいなぁ。」
そんな気持ちを隠してカリンの気持ちを述べる。どちらも本音で、だが片方はアイルに伝えたくない本音だった。想いや気持ちというのは難しい。自分の思い通りに出来ないのだから。
まだ十代半ばである二人は、人として心も身体も大きく成長する思春期だ。そのためカリンの悩みは尽きないのだった。
しかし、そんな悩める乙女であるカリンの事など、一心同体たるアイルに分からないはずもなかった。
「なに?どうしたの?」
カリンは急に手を引かれて驚き、アイルに声をかける。隣に並んでいるアイルは、無表情ながらも優しい手つきでカリンの手を握っていた。
「転移で跳ぶから。」
ポツリと一言零したアイルの表情に変化はない。だが、カリンはその気持ちが嬉しくて思わず握り返す。少しだけ物憂げだった表情も、パッと華やぐ笑顔に変わった。
それはまるで魔法のようで、アイルにしか出来ない魔法なのだろう。無表情の中に満足げな色を見せたアイルは、転移魔法を発動する前にカリンに告げるのだった。
「僕がどう変わっても、僕の片割れはカリンしかいない。ヴェルム様も師匠も、他の誰でもその役割にはなれない。僕がもっと皆んなと仲良く出来れば、カリンと同じ世界が見えると思う。そしたら二人で色んな人とお話しよう。」
アイルの素っ気なくも純粋な想いを乗せた言葉は、カリンに真っ直ぐ突き刺さる。カリンの不安も悩みも、全てはその先を見据えたアイルによって溶かされていく気がした。
カリンは目に涙を溜めてアイルを見る。そしてありがとうと言おうと口を開いたその瞬間。
転移魔法が発動して視界が切り替わるのだった。
暗殺ギルド、サイス公爵領支部。そこでは上層部から指示を受けた五指の一人と、その他精鋭が集まっていた。
普段からチームを組んで行動する事などないギルド員たちは、急遽集められた事に不満そうな者も多くいるようだ。
それでも喧嘩や殺し合いに発展しないのは、暗殺者の矜持と五指の存在にある。そのためほとんど会話もなく、人数はいるのに静かな緊張感が部屋を支配していた。
彼らが集まっているのは、それぞれに下された任務のためである。そう、今回は依頼ではなく任務だ。
ギルド員にとってはそこに大した違いはない。依頼者が貴族や豪商ではなく、ギルドの上層部というだけだ。
しかし五指が一人減ったという情報から、次の五指を狙う者は皆これをチャンスだと捉えている。ここで上層部に自身の実力をアピール出来れば、五指に選ばれるのではないかという打算が大いに含まれているのは仕方ない事だろう。
寧ろ、上層部もそれを分かった上で精鋭たる者たちに声をかけている。
集まった者の中で唯一の五指としてここにいる若い男は、周囲で好きに暇を潰す暗殺者たちを見て思う。五指の後釜を決めるつもりだな、と。
だが彼はそれが許せない。何故なら、兄貴と慕う水帝が死んだかどうかも分からないのに次の五指を決めようとしているのが分かるからだ。
暗殺ギルドの規則上、任務や依頼からの定時連絡が連続で途切れると死亡扱いとなる。そのため水帝はとっくに死亡認定されており、上層部は水帝の事をいないものとして話をしている。
それが彼にはどうしても許せなかった。
上層部の一人は彼にいった。そんな事では暗殺者として未熟だ、と。ならば五指を外せ、と叫び返した彼だったが、未だに五指の地位は追われていない。
寧ろ任務のためにサイス公爵領支部に送り込まれるなどしている。
今回の任務についての説明を、ここに集まる精鋭たちは受けていない。しかし彼は事前にある程度の事は聞かされていた。
アルカンタに五指の二人と精鋭二人が入っている。その依頼が早く片付けばこちらと連動して動くが、そうならなくともこちらはこちらで動く。公爵領支部は陽動が役目だった。
本任務の目標は、このサイス公爵領で最後の薬を用いて事件を起こし、ドラグ騎士団の注意を集める。そしてその間に、南部にある支部から五指の最後の一人がアルカンタへ入りアルカンタ支部を作る。そのため、長期間の陽動が必要だった。
支部を作るのは一朝一夕では行かず、今も建物やギルド員の常駐などは出来ている。しかしそれだけで、商業ギルドや貴族との関係作りなどの活動は一切出来ていない状況だった。
そのため、陽動している間に地盤固めをしてしまおうという大規模な作戦を上層部が用意したのだ。
グラナルドの守護者たるドラグ騎士団が、竜の血を用いた薬について追っているのはギルドも把握している。
だがその薬は製造者も消え地竜も消えた。ギルドはドラグ騎士団の仕業と考えたが、国外である事を考えるとそれにも違和感があった。
何故なら、ドラグ騎士団は国外に出ない事で有名だからだ。一部、五隊とは違う特殊部隊、零番隊の存在を噂する者もいる。だがその存在は不確定で、研究所を襲ったのがドラグ騎士団だと決めつけるには情報が足りなかった。
これも、グラナルド国内での活動が他国に比べて活発でない事が大きな要因だろう。
だがそれも今回の作戦で全て上手くいく。ドラグ騎士団の正体を暴き、零番隊の有無を確認する。その第一歩として、暗殺ギルド員をドラグ騎士団の入団試験に受からせる必要がある。その候補として、五指の一人であるこの若い男が挙がっているのだった。
そこまでを聞かされている若い男は、水帝の仇をドラグ騎士団だと決めつけていた。それは事実であり大正解なのだが、ギルド上層部はその考えを捨てるように何度も注意をしている。
それを思い出した彼は、周囲に集まる精鋭たちの事も気にせず舌打ちを鳴らしていた。
それから数時間。このサイス公爵領支部の支部長がやっと現れる。だがそれは予定通りの時間で、待たされた精鋭たちはそれに文句を言う事はない。勝手に先に来たのは、少しでも五指に入るための点数稼ぎをしたいが故の自己判断だからだ。
それに加え、暗殺ギルドの支部長はほとんどが五指か精鋭から引退した元暗殺者である。その実力は今でも衰えておらず、寧ろ年齢を重ねて深みの増した鋭い殺気が、部屋にいる精鋭たちに実力の差を突きつけていた。
「入ってくるなり脅してんじゃねぇよ。殺すぞ。」
だがそれに反抗する者がいる。今回の作戦の柱軸となる、五指の若い男だ。彼は苛ついていた。水帝の仇を取るためにこの数時間をずっと脳内で様々な状況をシュミレーションしていたのだから。
だが支部長はそれを鼻で笑う。そして気にせず部屋の前方に置かれた机と椅子の場所まで歩き、ゆっくりとそれに腰掛けた。
「今日集まってもらったのは、暗殺ギルドの威信を賭けて行う作戦の説明のためだ。貴様らも知っての通り、ここグラナルドには我らの支部は少ない。それはドラグ騎士団のせいだが、今回の作戦が終了した暁にはアルカンタに支部が出来ている事だろう。そうなれば貴様らのグラナルド国内での活動も活発になる。要するに、仕事が増えるという訳だ。嬉しいだろう?」
支部長がそう言えば、歓声は湧かないものの集まった精鋭たちはニヤニヤと不適な笑みを浮かべる。五指の男はそれを白けた顔で見ていたが、集まったほとんどが野心ある者のため仕方ない。
そんな精鋭たちの反応を楽しむように眺めた支部長は、満足したように続きを語り始めた。
「貴様らの役目はこのサイス公爵領を中心に、周辺の領都や街での要人暗殺だ。公爵領の周囲はサイス公爵の寄子ばかりだが、アルカンタに支部が出来ればサイス公爵など不要になる。あのような馬鹿だと、いつ国王から処罰されてもおかしくないからな。最近、ドラグ騎士団に喧嘩を売って堀に突き落とされたという情報もある。馬鹿が身を滅ぼす前に、こちらは手を打たねばならん。」
支部長の言葉を黙って聞く精鋭たちだが、その表情は嫌らしく歪んでいる。これから来るグラナルド国内での仕事に夢想しているのだろう。一部真剣な表情を崩さない者もいる。だがそれは一部だった。
「貴様らには貴重で希少な強化薬を支給する。ドラグ騎士団と見えた時は使え。竜の力を得る事が出来る。だがそれは短時間だからな。強化している間に殺し尽くせ。そして万が一薬の効果中に殺せなかった場合は、逃げろ。姿を隠せ。仮に致命傷でも、見つからない場所で死ね。それはドラグ騎士団が捜索に時間をかける事に繋がる。」
平然とギルド員に死ねと言う支部長の顔には、愉悦も侮蔑も浮かんでいない。ただそこに必要があるから言っているだけだった。
これにはニヤニヤしていたギルド員たちも表情を引き締める。だが一部はまだ笑っていた。
彼らは自分が死ぬなどと欠片も思っていないのだ。すぐ近くにいる五指や支部長ですら、彼らにとって殺せる対象なのだから。
だがそう自負する程度の実力はある。だからこそ、五指に選ばれるかもしれないと思ってここに来たのだから。寧ろ、自分こそ声をかけられて当然だと思っている。
彼らは思っている事を隠しもしない様子で笑っており、支部長もそれには反応しない。支部長にとって彼らは使い捨ての駒にすぎなかった。