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闇竜と騎士団  作者: 山﨑
196/292

196話

ドラグ騎士団本部本館の団長室に、三番隊隊長のリクと五番隊隊長のスタークが来ている。二人はテーブルを囲んでソファに座り仲良く菓子を摘んでいた。


「あ、スターク!それ私が食べるの!」


「あぁ、そうだったか。すまん。…ん?リクの皿にもまだあるじゃないか。」


「これは今から食べるやつで、それは後で取るの!」


「お、おう…。そうか…。」


何やら騒がしく菓子の所有権について論議しているが、どうもスタークが劣勢らしい。暴論を翳すリクにたじたじなスタークだが、これは二人の日常会話である。

そもそも、事の発端もスタークがリクの皿に菓子を取り分けようと手を伸ばした事が始まりだ。つまりスタークは元よりその菓子を食べる気はない。

だがこれはスタークのただの気遣いではなく、こう言わせておけばリクも満足するだろうという思惑と、別にスタークが目的とした菓子を手に入れる打算だった。


「ならこれはリクに差し出そう。私は代わりにこれを貰うぞ。」


想定通りにリクが動いた事にほくそ笑むスタークは、まだまだリクの傍若無人振りを把握出来ていない。彼はまだ未熟という事だろう。

そしてそのツケは一瞬で支払う事になる。


「ダメ。それもわたしの。」


ピシャリと言ったリクは問答無用でスタークの目的の菓子を攫う。唖然とするスタークの隙を突いたその早業に、スタークはそれを見送る事しか出来なかった。


「リク…。」


まるでこれから散歩だとはしゃいでいたのに急に降り出した雨を見て飼い主から散歩の中止を告げられた犬のように、スタークの頭部から項垂れた耳が見えた気がした。

だが、そんなスタークにも救いの天使が現れる。何も残らぬ皿を寂しそうに見つめるスタークの目の前に、コトリと何かが置かれた。

それは先ほどリクが掻っ攫った菓子が山になっている皿だった。


「どうぞ。リク様も、お代わりは御座いますのでお申し付けください。」


アイルはそれだけ言うとまた部屋の隅に戻り、今度はお代わりの紅茶を準備し始める。スタークはアイルに全力で感謝の気持ちを向けながらも、ここが何処か思い出して恥ずかしくなった。

ついいつものやり取りをしてしまったが、ここは団長室である。リクと菓子の取り合いをする隊舎の隊長室ではないのだ。


普段は五番隊の隊舎にリクが突然来る事が多い。そしてスタークの執務机に置いてある菓子を全て平らげて行くのだ。

別に報告や相談があるわけではない。そういう事も数回に一回くらいはあるが、ほとんどが菓子を強請りに来るのである。

どうも他の隊にも同じことをしに行っているらしく、被害者はスタークだけでは無いというのが救いだった。ならばこの小さな台風をどうしているのかと隊長たちに聞けば、それぞれ興味深い答えが返ってきたものである。


一番隊では、ガイアと壮絶な取り合いをしているらしい。それは魔法も有りの肉弾戦と化し、最終的に態とガイアが手を抜く事で菓子を盗られる形にしていると。リクは"魔法の申し子"とも呼ばれる程の魔法の遣い手ではあるが、対人戦の、それも超至近距離での戦闘は得意ではない。寧ろそれはガイアの十八番であり、ガイアが手を抜かねばリクが勝てるはずもなかった。

だがリクが勝てねば本気で魔法を使い始めるため、重要な資料などもある隊長室に被害が出る前に適度に相手をして負けているらしい。


二番隊では、そもそも最初からリク用の菓子を常備している。二番隊の隊員たちが準備した物もあるが、隊長のアズ自身料理を趣味としているため頻繁に菓子も焼く。

リクが二番隊を訪れるのは、何故かそのタイミングなのである。そのためアズはリクを丁寧にもてなし、共に穏やかな茶会をするようになった。

ある意味、リクの扱いを一番心得ているのがアズだろう。


そして四番隊は、リクが訪れる頻度が一番少ない。薬品の匂いがする隊舎があまりリクの好みでは無い事も理由の一つだが、隊長のサイをリクが恐れているのが理由ではないかとスタークは予想する。

仲が悪いというわけではなく、寧ろ仲は良い。だがサイを怒らせてはいけないというのは五隊での常識であり、それは傍若無人なリクですら同じなのだ。

サイはリクが幼児返りした頃、堂々と彼女を叱った猛者なのだ。誰もがリクの心の傷を鑑みて我儘を注意出来ない中、サイは悪い事は悪いと言い放った。それによってリクが癇癪を起こしたりと色々あったが、サイの根気強い接し方で回復が早まったのは確かだった。

そんな経緯があるためリクはサイの言う事はよく聞くし、粗相をすれば怒られるのは分かっているため勤務中に隊舎に遊びに行くなどしない。

他の隊舎には勤務中でも遊びに行くため、夕食の時にサイから怒られるのだが。


スタークは隊長たちのリクに対するマニュアルを聞いて納得した。しかし同時に、自身では真似できない方法だというのも理解してしまった。

そこで彼は考えた結果、共に行動する事が多い自分は対等でいようと決めたのだった。だから自分が食べたい物はキチンと言うし、リクが食べたい物を予想して差し出すくらいもする。

勿論、差し出さなくても盗られるし言っても食べられるが。


スタークとしては自分の四分の一も生きていない彼女が好きに振る舞うのは気にならないし、仕事の時はちゃんと出来るのだから良いだろうという思いもあった。

だがリクの周りには彼女をアイドルのように扱う者が多いため、対等に話して喧嘩する相手くらい居てもいいだろうと思ったのだ。

そしてそれは、団長であるヴェルムからも同意を得ている。


「あっくん、ココアお代わりちょーだい?」


リクがアイルにココアのお代わりを要求すれば、既に近寄ってきていたアイルがポットからリクの前に置かれた空のマグカップにココアを注ぐ。

リクから呼ばれる前にお代わりを察していたが故の即対応だろう。


スタークは周囲をよく見ているアイルに感心しながらも、アイルが準備してくれた目当ての菓子を一つ摘むのだった。







スタークとリクが茶と菓子でのんびりしているのは、ヴェルムの事を待っているからだ。二人から提出された報告書を読むヴェルムは、二人が騒がしくも楽しそうにしている様子に微笑みながらも、時折紅茶を飲みながらゆっくりと読み進めていた。


やがて二つの分厚い報告書も読み終え、ふぅ、と息を吐いたヴェルム。それを聞いて読了を察した隊長二人は、手に持っていたカップを置いてヴェルムを見るのだった。


「まずはお疲れ様。アルカンタの内と外で同時に進行した本作戦は、君たちの報告通り成功と言って良いみたいだね。暗殺ギルドとしては急いで力を取り戻さねばならなくなった。このおかげでこちらも新たな手が打てるよ。」


報告書から手を離し机に肘を置いたヴェルムが微笑みながら二人へ言う。ヴェルムが望んだ結果となった事に、二人は喜び笑顔を見せた。


「一石二鳥を狙ったとはいえ、サイス公爵と暗殺ギルドの両方を沈黙させられたのは大きいですね。」


スタークはヴェルムの言葉にそう返す。それにはリクも賛成のようで、笑顔のまま頷いている。


「サイス公爵はさっちゃんに迷惑かけてたもん。遅かれ早かれ団長が消してたよ。」


十五歳ほどの見た目の美少女が言うにはかなり物騒ではあるが、それはドラグ騎士団の総意でもあった。彼らは家族を大事にする。サイも家族の一員のため、彼女が迷惑しているならば直ぐにでも不正等の証拠を探し出して潰す意思があった。

しかしそれはヴェルムによって止められている。当然不満は上がったが、その際にヴェルムはこう言っていた。


"どうせやるならもっと効率よく、そして最大利益を得られるようにやらないとね。今中途半端に潰しても同じような貴族や豪商が出てくるだけさ。"


他の誰でもなく団長が言うのであれば、団員たちは素直にそれを信じることが出来た。何より、一番の被害者であるサイがそれを全面的に支持していた。

それもあって、数十回に及ぶ求婚は精神的余裕を持って躱せていたのだ。だが遂にサイの忍耐も限界が近付いていた。

そのためヴェルムは国王にオークションの開催を打診する事となった。


実は、メイン商品となった幻のワインは、数年前に零番隊が見つけてきたものだった。瓶に入っていたものは全て回収し、樽の物は放置したと報告を受けたヴェルム。零番隊はヴェルムがワインを好む事など当たり前のように知っているため、瓶に入ったワインは一本を残して全てヴェルムに差し出したのだ。

曰く、ワインの良し悪しなんか分からないから一本だけください、と。


美味しいんだろうなぁ、と思いながら飲むよりも、本当に喜ぶ者に差し出すことで味の分かる者の手に渡る事や、ヴェルムが喜ぶところを見たいという欲求が勝った結果の報告だった。

ヴェルムはそれを有難く受け、特別ボーナスとして発見した小隊に自身の鱗を渡している。これは小隊全員が一致して欲しがったので、互いに良い交換となった事だろう。ワインと鱗、価値で言えば鱗の方が高いが、すぐ生え変わるのだから問題はない。

現在その鱗は、額に入れて飾られていたりペンダントになっていたりする。他の零番隊はそれをひどく羨んでおり、それからしばらく零番隊が手柄を挙げた時は鱗を要求されるようになった。




無事にオークションを開催出来るとなれば、次は目的の人物をどう嵌めるかだ。ヴェルムが国王に、当日の警備を申し出たのはそこに理由がある。

サイス公爵をターゲットにする事は決めていたが、その方法をどうするかは様々な選択肢があった。


メインのワインをサイス公爵が買えぬように彼の趣味であるアンティーク物を多数出品させたため、彼は一日目から散財する事になる。

更には貴族派の貴族たちに、幻のワインが出ると噂を流す。ワインは相場があまりに広く、子どもの小遣いで買える物から年収を超える物まで差が激しい。幻と言われるほどのワインが出るとなれば、その金額はどこまで行くか分からないのだ。

であれば、貴族派はそれを手に入れるために散財を最小限にしようと動く。爵位の低い貴族でも、万が一にでもワインを競り落とす事が出来れば、それを献上するなり更なる高値で売るなりして高位貴族に取り入る事が出来る。


王家派の貴族には貴族派を追い出されたという、とある男爵が貴族派の情報を売る形で入り込んでいた。しかしそれすらヴェルムの一計で、男爵は領地を持たない法衣貴族であったため、ドラグ騎士団の情報提供者として保護。ワインの情報以外の貴族派の情報を売り込むように指示して王家派の貴族に顔を繋いだ。

この男爵の情報によって王家派は貴族派が欲しがらない物を見定めて安く落とす事が出来た。


サイス公爵は中立派である。王家に力を集めるべしという王家派や、貴族こそグラナルドを牽引するのに必要な存在だという貴族派のどちらにもつかない派閥だ。

これは公爵家のほとんどが所属しており、王家の血が入った公爵家が中立派になる事で公平に争いを諭す事が出来る、という宣伝文句がある。実情はそのような意図はなく、自分たちだって王家の一員なのに王家派などと呼ばれたくないし、貴族派になれば寧ろ地位が下がるじゃないか、というのが本音だ。


サイス公爵はヴェルムの思惑通りに初日から散財し、ワインに関してはアクス公爵に競り負けた。ここまで上手く運んだ計画だが、それだけでは決定打になり得ない。

そこでヴェルムは、リクにとある指示を出す。

それは、アクス公爵を出口まで案内する係をドラグ騎士団の者にする事だった。


こういったオークションや舞踏会など多くの貴族が集まる場では、出口が迎えの馬車で混雑する。身分の高い者から退場するのだが、王家以外は同位の貴族が存在するため、派閥によって順番が変わるのだ。

今回は王家主催のオークションのため、王家派から退出する事になる。王家派の公爵、他派閥の公爵、といった順番だ。


そこで案内の者に代わった団員は、アクス公爵を宥める振りをしてサイス公爵と鉢合わせるようにした。すると予想通りアクス公爵から煽られたサイス公爵は、顔を真っ赤にして己の邸宅へ引き上げた。


後は簡単だった。サイス公爵がサイ暗殺のために暗殺ギルドへ連絡をしている事は五番隊が掴んでいたため、アルカンタ周辺までギルド員が来ている事も把握していた。

そのギルド員をアクス公爵に差し向けたサイス公爵だったが、ドラグ騎士団によって四名の暗殺者は捕縛もしくは殺害された。


暗殺成功の知らせを待っていたサイス公爵は、王家が派遣した国軍によってその日のうちに捕縛された。罪状は暗殺ギルドの使用とその他不正、更に領地でギルド支部を作らせていた事など多岐にわたる。

国軍にも手柄を与えておけば、王家としての面子も保つ事が出来る。公爵という高位貴族の不正や暗殺といった不祥事を防いだという功績があれば、国内外に王家の力を示す事が出来るためだ。




こうして、ヴェルムの思い描いた策は一応の終結を見た。

リクやスタークが上機嫌なのも、ヴェルムの仕事が一つ減ったからに他ならない。


二人は笑顔のヴェルムを見てホッと安堵の息を漏らすのだった。

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