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闇竜と騎士団  作者: 山﨑
195/292

195話

暗殺ギルドの五指と呼ばれる精鋭五人。今では四人となってしまった五指だが、暗殺ギルドの存在を知る者には必ずその存在を知られる程有名である。

何故五指が有名かと言われれば、それはその依頼達成率に由来する。五指の依頼成功率は100%。つまり確実に目標を排除してくれるのだ。


貴族や豪商にしてみれば、邪魔な政敵や商売敵を排除出来るのは有難い。しかし、彼らがどんな大金を積んでも五指が依頼を受けるかどうかは分からなかった。

それには、暗殺ギルドが五指に対して依頼を受ける自由を保障しているという理由がある。これによって五指は気に入らない依頼を断る事が出来るのだった。

貴族や豪商たちはコネや大金によってギルドに掛け合えば、五指を紹介してもらう事は出来る。だが依頼を受けてもらえるかは五指の気分次第であるのは確かだった。


そんな五指が二人もアルカンタ内にいるのは、異例の事態と言えた。そもそもグラナルド国内で暗殺ギルドが活動すること自体が中々難しい。これまでも多くのギルド員が、グラナルドの守護者たるドラグ騎士団によって排除されてきた。

当然ながら暗殺ギルドの活動は他国が主となり、それもあってグラナルドは敵の多い者にとっては生きやすい国となっていた。


今回アルカンタに来た五指の一人、中肉中背の男は貴族街を歩いていた。背には両刃の大剣が存在を主張しているが、周囲には誰もいないため見咎める者はいない。

彼の身体からは薄い魔力の膜が周囲に広がっており、探査魔法を使用している事が見て取れる。それによって人目を避けて歩いているようだ。


大剣を背負っているため純粋なパワータイプに見えるが、習得の難しい探査魔法を使用している辺りそれだけでは無い事が分かる。暗殺者とはいえ探査魔法が使用できない者も多い中、魔法の腕一つとっても彼が五指と呼ばれるに相応しい技術の持ち主であるのは一目瞭然だろう。


だが、そんな彼だからこそ魔力による探知に自信を持っており、そこに過信があった事は否めない。そしてその過信は、彼にとって致命的な失敗を引き寄せる事になる。


大剣の男がそれに気付いたのは偶然か培った経験か。しかし気付いたところで無意味でもあった。

何かが背後から近づいた気配に身体を逸らそうと身を捩った大剣の男だったが、避けきれず肩に鋭い痛みを感じた。咄嗟に避けようとしたため無理な姿勢ではあったが、攻撃を受けた方向に腰のナイフを飛ばす。

キンッという音がしたため弾かれたのが分かるが、彼の目的は攻撃ではなかった。


「流石に五指と呼ばれる実力者だけあって、二度は攻撃させてくれないか…。追撃を封じるために攻撃を受けながらも反撃出来るなんて、想定してなかったな。」


感心したような声が聞こえたかと思うと、大剣の男は声の方へもう一つナイフを投げる。それは先ほどの追撃を防ぐ目的の投擲ではなく、明らかに攻撃を目的とした投擲だった。

だがそれも、金属がぶつかる様な音と共に弾かれる。表情には出さないが、この暗がりで艶消しされたナイフの投擲を二度も弾かれるのは彼にとっては初めての事だったため、相手に対する警戒度を更に上げた。

そもそも傷を負うのも久しい。彼は思わぬ強敵との出会いに感謝の気持ちが湧き上がるのを感じながら、まずは相手の正体を知るため出方を待つ。するとそれを待っていたかの様に影から姿を現したのは青年だった。


「初めまして、だね。一応名乗っておくよ。ドラグ騎士団二番隊隊長のアズールだ。短い間だけど、よろしくね。」


深蒼の真っ直ぐな髪を魔道具の明かりに浮かび上がらせたアズは、コバルトブルーの瞳を真っ直ぐに大剣の男に向ける。そして仄かに微笑むと、少し腰を落として構えの姿勢をとる。手には何もないが、すぐに腕輪が姿を変え長剣となりその手に収まった。

その一連の流れを大剣の男は自身も背中の大剣を構えながら見ており、対峙した二人の準備が終わる頃にやっと口を開いた。


「お前…、"焔海の両壁"か。そうならこの傷も納得だ。グラナルドの守護者でも屈指の実力者なら、俺に傷をつけてもおかしくない。」


何やら納得した様子の男は、そこまで言うと口を閉じる。それにアズは返事を返さなかった。

それから数秒、無言の時が過ぎたかと思えば。大剣の男が動いた事で状況も動き出す。数メートル離れていた距離も、瞬きの間に詰める程の速度で駆けた男は大剣を振りかぶって思い切りアズに叩きつけた。


大剣という武器は斬るよりも叩きつける戦い方をするのが普通だ。その重量でもって刃を押し付け、叩き斬るようにして両断するのが主な使い方となる。しかし、男はその高い技術から、叩きつけた上で綺麗に斬り裂く。刃を食い込ませる所までは重量と速度に頼り、その後は刀を振り抜くように切れ込みから素早く引く事を得意としていた。


アズの武器はそこまで大きくなく、片手でも扱えるオーソドックスな長剣だ。誰がどう見てもこのぶつかり合いはアズの武器が負けるはずだった。


ガキィィィン!!


金属のぶつかり合う激しく高い音が夜の貴族街に響く。そして数秒して、ガシャンッと何かが落ちる音がした。


「…な、なんだと…!?」


街頭の魔道具の明かりに照らされた男の顔に、初めて焦りの表情が浮かぶ。流石に五指と呼ばれる暗殺者だけあって、その動揺も一瞬で立て直してみせた。しかし達人同士の戦いにその一瞬は致命的な隙となる。

当然アズは動揺した男の隙を見逃さなかった。振り切った長剣を手首を返す事によって男に向け、そのままの勢いで肩から腰を斬り裂く。飛び散る血飛沫に、男の何が起こったのか分からないと言わんばかりの表情が印象に残った。


だがそれでも男は戦闘をやめなかった。完全に斬られる前に後方に飛ぶ事で、少しでも傷を減らしてみせたのである。既に動揺もなく、しかし痛みで身体は思う様に動かない。

それでも男の頭には、自身を追い込む強敵に対する興奮があった。


「良い、良いぞ。俺を楽しませろ。"焔海の両壁"を倒せば俺の名も上がる。ついでに、暗殺ギルドはドラグ騎士団に勝てないなどと誰にも言わせない…!」


この状況でも欲が多い男は目をギラつかせながらもアズを睨む。男にとって苦戦する程の強敵は、自身を高みへと誘う案内人のように尊ぶべきものだった。

戦闘を愛し愛された男にとって、自身の糧となる存在には常に飢える程渇望していた存在なのだから。


先ほどの斬り合いで半ばから斬られてしまった大剣を放り投げると、男は魔力を高めて魔法を発動する。生み出されたのは見えない刃物、風の刃だった。


「死ねやぁっ!」


狂気に満ちた顔で叫ぶと、男は生み出した風の刃をアズに向かって投げる。それを水球の魔法で迎え撃ったアズは、見えない刃を全て叩き落とした。そして更に追加で水球を生み出すと、その姿を一瞬で水の槍へと変える。

己の攻撃を容易く無効化したアズに驚く暇もなく、気付けば馬上槍のような形をした水が大剣の男の腹を貫いていた。


「暗殺ギルドを敵に回しても無事なのはお前たちくらいなもんだ…。"焔海の両壁"にやられたって、あの世で自慢する事にする…ぜ。」


よろめく彼がまだ言葉を話せるのは、水の槍が腹を貫通しているからだ。これが火など他の属性ならそうはいかない。水の槍は術者が込めた魔力量によって性質を変える。

腹を貫通しているとはいえ、そこから血は流れていないのだ。風や地の槍では派手に内臓を飛び散らす結果に終わるだろう。だが水の槍なら出血を最小限に出来る。槍を構成する水に血が混ざり込むからだ。

夜中の貴族街で殺しがあったと一目で分かる現場を作ると後始末が大変なため、そうならぬようアズが考えた最も効率の良い方法がこれだった。




次第に力を失う大剣の男は、やがて瞳からも光を失う。座り込んだ姿勢のまま動かなくなり呼吸をやめた男を見て、アズはやっと警戒を解いた。


「あ、一つだけ訂正しておくよ。僕はドラグ騎士団の中での実力は中堅が良いところ。君たち暗殺ギルドが束になっても敵わない猛者がいくらでもいるんだ。」


アズの言葉は男の耳には入っていないだろう。ある意味、事実を知らぬまま逝けたのは幸いだったのかもしれない。













「団長、暗殺ギルドイン四名と接触。二名は死亡、一名は重体、一名は軽傷で確保しました。これより本部にて生存者二名の尋問を行います。また、死亡したギルド員の所持品にサイス公爵との契約書が含まれておりました。そちらは後ほどお渡しします。」


貴族街の国立劇場にて。三番隊隊長のリクがヴェルムに報告をしていた。

部屋には副官二名の他にも三番隊の小隊が詰めており、リクの補佐や作戦司令部となっているこの部屋に設置された貴族街の地図の書き込みなどを行っている。また、ヴェルムの執事たちもいないため三番隊がヴェルムに茶を用意したりもしていた。

オークションの間までいた王家が派遣したメイドは既にいないためだ。


ヴェルムは報告を終えたリクに微笑み頷く。凡そ予定通りに進められているのは、一番隊や二番隊の活躍も大きいだろう。

これから先はヴェルムにも仕事がある。それは、グラナルド貴族が起こした事件だからだ。王家に報告しない訳にもいかず、サイス公爵に至っては明確な法定違反である。国王の裁定にもよるが、よくて改易、悪いと一族郎党処刑となってもおかしくなかった。


国王に報告を持ち込むのはヴェルムの仕事だ。彼ならば国王に直接持って行く事が出来るため、スムーズに事が運ぶ。

実は以前、アイルを伴って国王の部屋を訪れた事がある。それから二度程アイルに報告を任せたのだが、国王自らヴェルムが来るようにお願いされてしまった。無表情で最低限しか話さないアイルに、国王が根を上げたのである。その二回の報告の内容が、国王にとって胃が痛くなるような報告だったのも関係するかもしれない。


そんな経緯もあって、ヴェルムは報告書が上がり次第国王の下へ向かう。長年の慣習となったそれにヴェルムは労力を感じた事など無いが、アイルを連れて行ったのは彼の成長に繋がるかと思っての事だった。

だが結果的にアイルと国王の相性が良くなかったため元に戻したが、ヴェルム自身も友と語らう時間が減った事に何となく寂しさのようなものを感じていたのは確かだった。


今回もいつもと同じように国王へ報告に行くのだろう。

目の前で部下からの報告に忙しいリクをのんびり眺めながら、報告を受けた国王の反応を楽しみにしているヴェルムがいた。

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