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闇竜と騎士団  作者: 山﨑
194/293

194話

「団長!動いた!」


二日目のオークションが終わって数時間後、リクから鋭い声が発される。それはドラグ騎士団が張った網に獲物が掛かった合図だった。

部下からの念話魔法を受けたリクが側にいたヴェルムに短く告げると、ヴェルムはそれに頷くだけで返す。細かい作戦等は事前に決めているが、標的の出現場所までは把握出来ていなかった。だがそれを三番隊が発見した。ならば後は臨機応変に網を掬い上げるだけである。


リクはヴェルムの反応を確かめる事もせず、念話魔法を用いて部下に指示を出している。既に貴族街には三番隊の各小隊が散らばっており、複数箇所での襲撃に備える小隊と包囲を縮める小隊とで分かれていた。

指示を出し終えたリクはそこでやっとヴェルムに向き直り、詳しい報告を始めるのだった。


「サイス公爵の邸宅周辺に暗殺ギルドを確認。ギルド員の数は四。このままサイス公爵と接触するのを待ちます。アルカンタ内に他のギルド員は確認出来ず。予備は引き続き警戒に入らせました。」


作戦が始まったため畏まった口調に変わるリク。部下たちはこの切り替えを何故か好んでおり、急に命令口調になるのが堪らない、などという変態もいる。リク本人にその意識は無く、普段通りにしているつもりではあるが。


元々、作戦中のような口調をするのが当たり前だったリク。それが家族の死や臣下の裏切りによって精神を崩壊させ、幼児返りしたのである。今では随分と傷も癒えたが、ある程度深い集中状態になると切り替わる。

意識して淑女のような状態になる事も出来るため苦労はしていないが、そのギャップに驚く者がいるのは事実だった。


「うん。じゃあそのまま作戦通りに。一番隊と二番隊の中隊は位置に着いた?」


オークション会場ではあまりに使い難いため一番隊と二番隊は警備から外れていたが、これからの作戦には彼らも加わる。寧ろこれのために温存していたとも言えるが、この作戦も込みでリクが総指揮だ。

現在は一番隊や二番隊からもリクが連絡を受け取っており、念話魔法によって各所に指示を出していた。


ヴェルムの質問にリクは一瞬意識を魔法へ向けたが、すぐにしっかりと見つめ返して頷く。そして淡々と報告するのだった。


「一番隊、現着。二番隊は想定と少しズレたため移動中…、いえ、ただいま現着。総員、配置に着きました。」


リクが報告途中で言葉を訂正したのは、最中に現地から連絡が来たからである。

ヴェルムがそれに頷きを返すと、リクは真剣な表情のまま黙った。彼女からは魔力が広範囲に薄く拡散しており、探査魔法を使用していることが分かる。国立劇場には既に貴族は残っていないが、連絡に集中している今襲撃されるのは困るからだ。

これは諜報部隊としての癖とも言える。ヴェルムが側にいるのだから必要ない警戒ではあるが、団員は皆ヴェルムに頼り切ることを善しとしない者ばかりだった。


それから数分。俄かに部屋の外が騒がしくなる。二人分の足音もヴェルムの耳には届いており、その気配はヴェルムもよく知る人物だった。

数秒して扉がノックされ、許可を出すと二人が入室してくる。二人は三番隊隊長付きの副官だった。クルザスとステイルの二人だ。彼らはリクから任務を受けて別行動していた。それもあってヴェルムはリクと行動していたのである。


「お疲れ様です。遅くなってすみません。仕掛けは終わりました。」


二人はヴェルムに向かって敬礼した後、リクにも敬礼をする。リクが返礼すると早速報告するのだった。

その報告に頷いたリクはチラリとヴェルムを見る。許可を求めるようなそれにヴェルムは頷きを返すと、リクはもう一度副官に向き直る。


「ご苦労様。ではそのままここで待機を。作戦は既に進行しています。」


リクの指示に二人はハッと声を揃えるのだった。







ドラグ騎士団本部の周囲を囲む長く深い堀に落ちたサイス公爵は、ドラグ騎士団によって救助された。彼はそのことを根に持っており、国王にも文句を言いに行っている。

しかしそれは一蹴されたため、ドラグ騎士団に対する憤慨は積もりに積もっていた。

そんな中、オークションが開かれるという情報が入る。彼の興味はすぐそちらに向き、当日は珍しい品の数々に目移りしながらも、財力にモノを言わせて大量に落札していた。

だが、彼も予想しない大物が最後に出てきてしまった。幻とも言えるワイン。サイス公爵はこれが欲しくて欲しくて堪らなかった。

だが結果的に競り負け、別の公爵に買われてしまう。


元々派閥も違うため勝手にライバル視していた公爵に、サイス公爵は見事に負けてしまったのだ。それは彼にとって許し難い事だったが、それでもまだ大量の戦利品がある。公爵の取り巻きとして侍る男爵や騎士爵などの懸命なヨイショによって機嫌を取り戻したのだが、運悪く会場を出る際に件の公爵と鉢合わせてしまったのだ。


サイス公爵は顔も見たくなかったに違いない。このような場合は事前に、敵対派閥同士が出くわさぬように案内の者が気を張っているはずなのだ。

だが、ワインを落札したアクス公爵は誰が見ても分かる程機嫌が良く、もう少し待つように告げる案内の者の声を無視したのだった。

早く帰って寄子や取り巻き達に自慢したい思いで一杯だったのは否めない。そしてアクス公爵は会場の出口で会ってしまったサイス公爵に、言ってはならない事を言ってしまう。


「おや、サイス公爵。先ほどは残念でしたなぁ。しかし昨日も随分と買い込まれていた様子。細々と持ち帰って部屋を飾るのに忙しいでしょうな。あぁ、私はこれから屋敷でパーティーですよ。そうだ、サイス公爵も来られますかな?サイス公爵が買えなかったワイン、一杯くらいなら差し上げますよ。」


普段から宮廷で顔を合わせる度に突っかかるのはサイス公爵だが、アクス公爵も負けじと言い返している。今回はそれが逆となっただけであった。

いつもと違うのは、言い返す材料がサイス公爵にはなかった事。アクス公爵が有頂天だった事。そして、別件のためにサイス公爵が暗殺ギルドをアルカンタ近くまで呼び寄せていた事だった。


言い返せないまま邸宅に戻ったサイス公爵は、すぐに暗殺ギルドへ連絡を取る。アルカンタの東門から比較的近くの森に潜伏していた彼らは、商人や冒険者になりすまして街に入った。その数は四人。内二人は五指と呼ばれる腕利きだった。




現在その四人はサイス公爵の邸宅にいた。公爵の私室に呼ばれた四人は、夜闇に紛れるためか濃い黒の服で全身を覆っている。全員が腰にナイフを提げているのは同じだが、メインウェポンは違うようだ。特に五指と呼ばれる二人は大型の武器を携帯しており、暗殺というよりはただの戦闘狂に見える。


四人とも常人ならざる雰囲気を纏っているのは事実で、公爵家当主が目の前にいるにも関わらず、ソファに寝転んだり部屋の隅に座り込んだりと好き放題していた。


「よく来たな。呼んだのは別件のためであったが、今はそれどころではなくなった。しかしやってもらう事は変わらん。殺しの依頼だ。」


その気になれば目の前の公爵など花を手折るように殺せる四人は、尊大な態度を取るサイス公爵に憤慨した様子はない。今は金で雇われている関係というのもあるが、そもそもグラナルドに支部を作るにあたってサイス公爵の協力がなければ難しかった過去がある。

それは今の当主ではないが、代々の当主が政敵を排除するために暗殺ギルドを支援してきた。王家の第二王子が興した家だけあって、財力は他貴族よりも有していた事も大きいだろう。


そんな太客であるサイス公爵に、暗殺ギルドの上層部はギルド員に対し丁寧な応対を指示している。ギルド員は個人派の者や癖のある人物が多いとはいえ、上層部の意見には逆らわない。

単純に上層部も優れた暗殺者である事と、その上層部によって見出されたギルド員が多いというのが主な理由である。今サイス公爵と対面している四人もそういった者達だった。


「理由は何でもいい。目標と居場所だけ言ってくれ。俺たち四人がいて失敗など万一にも無い。尤も、俺一人でも十分だろうがな。」


四人の中で一番背の高い男が代表して公爵に返事を返す。貴族相手にその態度は褒められたものではないが、暗殺ギルド員としては異例なほど丁寧な態度だろう。

彼らの持つ矜持がそうさせるのか、謙るような態度をとる者は暗殺ギルドには存在しない。しかしクライアントの気分を逆撫でするような事もしないのが彼の流儀だった。


傲慢とも取れるその自信溢れる男に、サイス公爵は満足気に笑みを深める。高級なワインをグラスの中で揺らしてからそれを舐めるように飲むと、湿った唇を歪めながらターゲットの名を告げるのだった。


「良かろう。公爵がその瓶を空ける頃には戻る。なに、貴族相手は楽で良い。居場所がすぐに分かるからな。」


長身の男はそう言うと、彼の言葉によって気分を害した他三人の鋭い視線を受けながら部屋を出て行く。他三人も舌打ちをしつつもそれに続くようにそれぞれ出て行くと、部屋にはワインごしに窓の外を眺めるサイス公爵だけが残った。

公爵は自分を嘲笑ったアクス公爵の死に際を想像して嫌らしく笑うと、既に勝利を確信した顔でグラスを宙に掲げる。その動きは乾杯しているようにも見えた。




公爵の私室を出た暗殺者たちは、それぞれ別のルートで邸宅の外に出る。私室を出た時点で彼らは既に作戦を開始している。だがそれはあくまで己の力のみで行われる事が前提で、仲良く四人で行動しようなど誰一人考えていなかった。

五指と呼ばれる腕利きが二人もいるが、この二人も一緒に任務を果たした事なも一度もない。会議に参加すれば顔を合わせる事もある程度の間柄だった。残りの二人に関しては会った事すら無い。

しかし太客であるサイス公爵の依頼に派遣されるくらいなのだから、腕は立つのだろうという予想はあった。

五指と呼ばれ恐れられる二人から見ても、その二人は強者である事がその佇まいから察する事が出来た。それ程に立ち振る舞いに隙が無いのである。


長身の男は目標であるアクス公爵の邸宅を目指して走る。途中、巡回中だろう国軍所属の騎士を避けるように暗がりに身を隠したが、それ以外は普通の通行人のように堂々と道を歩いていた。

騎士を避けたのは殺すと面倒になるのが理由だが、その存在をすぐに察知して身を隠す事が出来るその技術は、経験や勘だけでは説明出来なかった。しかしそんな彼にも存在を把握できない者がいた。


「そんなに急いで何処へ行くんだ?ちょっと俺と遊んでくれよ。」


道を照らす魔道具の明かりの影から、男性の声が聞こえてくる。五指と呼ばれる自分が察知出来なかったという事実に長身の男は一瞬だけ動揺を見せたが、すぐにその場所を探して油断なく身構えた。

声をかけた男性も特に隠れている訳ではないのか、光のあたる場所まで進み出てその姿を晒す。

暗殺ギルド員に何度も通達された、接触厳禁の指示が出ている存在だと彼が気付いたのは、男性の服装を見たからだった。


黒を基調に紅の差し色が入った制服を着ている男性は、二の腕には腕章を着けている。長身の男にしてみれば、それはチャンスでもあり危機でもあった。

男性の正体を素早く正確に把握した彼の脳内は、目の前の男性を殺せばギルドに大きく貢献出来るという欲と、戦うなと叫ぶ警鐘がせめぎ合っていた。


「何故ここにいる?ドラグ騎士団一番隊隊長が。」


一先ず情報を集める事を優先した長身の男は、同時にその場を離れる準備を隠して話しかけた。男性、カイアは既に完全に明かりの下に身体を晒している。いつもの調子で話しかけた彼だが、その目は油断なく長身の男を観察しているようだった。


「さて、何故だろうなぁ?一つだけ分かるのは、お前はここで死ぬか捕まるかを選べるって事だな。」


そう言って笑みを深めるガイアに、長身の男は更に警戒心を強めるのだった。反応を見せず無言のままの長身の男に、ガイアはため息をついてから笑みを消す。

女性受けの良い爽やかな笑顔も長身の男には効かないようで、尚も警戒を強める長身の男に、ガイアは呆れたように息を吐く。だがその瞬間、長身の男の反応速度ギリギリの速度で刃物が通り過ぎた。

気付けば懐に飛び込まれていた長身の男は、反応しきれなかった事に驚いていた。


「へぇ?やるじゃねぇか。ならもうちょい遊ばせてくれよ?最近鈍ってる気がしてならなくてな。特訓の成果も出るだろ。」


ガイアの愛用武器である斧槍を軽く振って構え直す。先ほどまで腕輪の形をしていたそれは、オークションでもかなりの高額がついたオリハルコン製の武器より希少な魔武器と呼ばれる物だ。

滅多にお目にかかれないからこそ、無手のように見えて武器を出せるというのは利点となる。

そんな完全に奇襲になった筈の攻撃を見事に避けた長身の男に、ガイアは否応なく期待値を上げるのだった。

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