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闇竜と騎士団  作者: 山﨑
192/293

192話 100万文字&一周年記念閑話

ドラグ騎士団零番隊、特務部隊所属アイル。十二歳程の小さな身体に、短く切り揃えられた藍色の髪は重力に従って頭皮に上手く寄り添っている。

無表情が標準装備の彼は、水色の瞳を鋭く周囲に向けながらアルカンタの街を歩いていた。


今の彼は勤務中だ。主人であるドラグ騎士団団長のヴェルムよりお遣いを頼まれている。いつもは一人で行くお遣いだが、今日は供がいた。隣でニコニコ笑顔で歩くのは、アイルの双子の姉カリンである。

二人は揃いの服を着ているが、隊服のため当然とも言える。黒を基調に白銀の差し色が二人の所属を示しているが、一般的にはあまり有名ではないのも事実だ。


二人は零番隊の特務部隊に所属しているが、更に細かい所では所属が異なる。アイルは団長専属執事であり、カリンは別の中隊に所属していた。カリンが所属する中隊は国外での活動が多く、加えて一人か二人での任務がほとんどである。

そのためカリンも頻繁に国外に出ており、今日は任務明けの休暇だ。


カリンはアイルと同じく藍色の髪を肩まで伸ばし、デフォルメされた猫がつぶらな瞳を見せるカチューシャで纏めて後ろに流している。それ以外はほぼ全て同じ二人が、こうして共に街を歩くのは珍しい事だった。


二人は十二歳という子どもの内に血継の儀を受けたため、これ以上見た目が変わる事はない。ほとんど一生この姿のままだが、二人は後悔などしていなかった。カリンは敵対した相手が子どもだと思って気を抜いてくれる事を利用しているし、アイルはお遣いでオマケをくれるのが便利とすら考える性分。なんとも強かな双子だ。


普段は別々の生活を送る双子だが、揃えばこうして仲の良い姿を見せる。表情は正反対の二人ではあるものの、髪型以外は殆ど見分けがつかないのでカリンが無表情を繕えば一瞬で髪の長いアイルの出来上がりである。

それを利用してウィッグを被り、団員を騙すのがカリンの息抜きでもあるが、ここでは省略しよう。




二人は揃って真面目な性格でもあるため、まずはアイルのお遣いを済ませようと意見が一致する。その後の時間は自由にして良いとヴェルムから言われているため、アイルも普段のように用事だけ済ませてさっさと帰るという選択肢は無かった。


るんるんと機嫌よく笑いながら歩くカリンは、普段グラナルドにいないという事もあって興味津々に街に並ぶ店を見ている。お遣いが済んだ後に寄る店を選んでいるのだが、アイルは既に慣れた道。キョロキョロと首が回るカリンを放置してスタスタと歩くのだった。


「ちょっと、アイル!置いてかないで〜!」


気がつくとすぐに先へ行ってしまう弟に、カリンは情けない声を出しながらも小走りで追いつく。カリンが声をかければ待つくらいはするアイルの優しさが、カリンには心地よくて嬉しいものだった。

基本的に二人は他人への興味が薄い。それは魔物被害による生き残りである二人が、物心ついた頃には家族愛が異常に強い者たちに囲まれていたからか。

己にとって大事な物以外を大事にしようとすら思わず、他人の評価も一切気にしない。それは二人が主人あるいは師父と仰ぐ白銀の君の影響であろうか。


任務で初対面の人物と話す事が多いカリンは、持ち前の明るさと元気でもってそつなくコミュニケーションを取る。だがアイルはお遣いの時ですら無表情を標準装備にして歩くため、アイルの事を知る街の人々は慣れていても、彼を知らない店の者は態度の悪い客だと機嫌を悪くする事もあった。


実際に数年前、街を歩いていたアイルは道行く子どもから心無い言葉を向けられた事がある。


"お前、いつも無表情で気持ち悪いんだよ。何考えてるか分からないからこっちに来んな!その制服はドラグ騎士団のだろ?真似すると罰されるんだぜ?しらねぇのか?ま、憧れたところでお前じゃあの騎士団には入れないけどな。だって、あの人たちは凄いんだ!お前みたいな笑いもしない奴は入れねぇよ!"


言われた当時の事を、アイルは鮮明に覚えている。別に他人に何を言われても気にしないアイルだが、当時は執事として見習いを始めたばかりで、ドラグ騎士団以外の事を何も知らなかった。

アイルにとって初めての一人で歩くアルカンタは、運悪くそういった記憶になっているのだった。


子どもの言葉は気にならなかった。だが、どこか胸がチクチクした気がした。一人歩きから帰っても気分が優れないアイルではあったが、無表情なので団員たちは気づかなかった。

しかし、セトと顔を合わせると何故かすぐに団長室へと連れて行かれ、そこでアイルの顔を見たヴェルムからこう言われたのだ。


"アイル。君は私たちの家族だよ。同時に、見習いでも立派な騎士団員だ。ドラグ騎士団には騎士以外はいないからね。掃除をする侍女も、ご飯を作るコックも。皆騎士なんだよ。そんな皆は君に意地悪をしたかい?違うだろう?"


穏やかに微笑んでアイルに顔を近付けるヴェルムは、未だ得心がいかないアイルの頭を撫でてから続ける。


"大丈夫。皆は勿論、私も君を愛しているよ。他に言葉はいらないんだ。だからアイル。君も皆をもっと愛してごらん。君は私たちの家族だと実感出来るはずだよ。"


この言葉に、アイルは何だかホッとした事を覚えている。何故そんな感情を抱いたのか、子どもの言葉に翻弄されるなど恥ずかしい、と今は思う。

更に言えば、街で何か言われたなどと一度も言っていないのに顔を見ただけで何があったか把握出来るヴェルムは凄いとも思う。


アイルはこの時から他人に対する興味が薄れたのを自覚している。その事についてヴェルムやセトから困った様な笑みを向けられた事を覚えているが、アイルは何も気にしなかった。

それは、無理に他人へ興味を向けても家族は喜ばない事を知ったから。その一件からカリンが極端に社交的になった事にも気付いてはいるが、カリンが何も言わないならアイルも何も言わない。お互いに出来ぬ事を補い合おうと言ったのはどちらからだったか記憶していないが、カリンにも無理している様子は見えない。

ならばそれで良いか、と丸投げする事にしたのだった。








「用事はこれだけ?じゃ、遊びに行こう!」


アイルの仕事が済めば、すぐにカリンから手を引かれる。昔の様にそれでよろける事はもう無いが、昔よりも圧倒的に力強くなったカリンに逆らう事はしない。

その力を上手く利用し流す事を覚えたのはアイルにとって幸いだったのかもしれない。


カリンは世間で言われるところのウェポンマスターを生業にしている。ウェポンマスターとは、剣や槍などの一つを極めるのではなく、武器になり得る物全てを達人級に扱える者を指す。

実際に全てを扱える者などいないが、冒険者や傭兵には一定数ウェポンマスターを名乗る者がいた。その者たちは腰に剣やナイフ、手斧を。背には弓と矢、槍などを持つ事もある。実に様々な武器を扱うため、その戦闘可能距離は近、中、遠と穴がない。

当然、その場に応じて持ち帰る技量があればだが。


世間で認識されているウェポンマスターは、大抵が器用貧乏と呼ばれる。結果的に一度に使う武器は一つのため、それならば一つを極めた者が勝つだろうという意見が主流なのである。

だがカリンはそんな一般的な認識とは少々異なる。それは、彼女が持つ特殊属性が関係していた。


空間魔法。

彼女が生まれた時から持っている特殊魔法である。転移魔法と密接な関係があると言われるその魔法が、カリンの秘密兵器だ。

身体が小さいため複数の武器を装備する事は叶わない。だが彼女は多種多様な武器を空間魔法によって別空間に保管している。それを戦闘中に切り替える事で相手を翻弄するのだ。


ヴェルムくらいしか空間魔法をポンポンと使える者がいないためヴェルムに師事するようになったカリンは、持ち前の才能でもって幼いながらもどんな場面でも対応できる圧倒的な戦闘力を有するに至った。

対多数は得意ではないが、一対一なら無類の強さを誇る。それは零番隊の部隊長クラスだと言えば伝わるだろうか。

彼らは個人の戦闘力が他の追随を許さない程磨かれているが、一番の仕事は指揮にあるためカリンはその点で敵わない。しかし幼い少女に負けるのも悔しいため、訓練のためにもカリンが本部に戻ると大抵手合わせを請われるのだった。


そんなカリンの力が強くないはずもなく。アイルは飼い犬に振り回される飼い主のようにあちらこちらに連れ歩かれるのだった。













「あ〜楽しかった!でもお腹すいちゃったな。アイル、どこか美味しいご飯のお店知らない?」


双子が街に出て数時間。様々な店に顔を出し、カリンの興味の向く方へ東奔西走。アルカンタを一周したのではないかという距離を歩いた二人は、それでも疲れた顔一つ見せていない。

それどころかまだまだ元気一杯なカリンに、アイルは若干引いた目を向けていた。


普段からお遣いによって街を歩いているアイルにしてみれば、然程珍しい物もない。滅多にアルカンタを歩かないカリンが喜ぶならばと付き合っていたが、そろそろ飽きてきたところだった。

それだけにカリンの提案は渡に船で、アイルは現在地を考えてから近くの店を脳内で何軒か候補に挙げる。中でもカリンが喜びそうな物はあるかと思考していると、クスクスと笑うカリンが目に入った。


「…なに?」


離れていても片割れの考えなど分かってしまうアイルだったが、思考していたため予想はつかなかった。何となく、下らない事を考えているのだろうという予感はあったが。

相変わらずの無表情で問うアイルに、カリンはごめんごめんと軽く謝ってからもう一度笑う。幼い故に未完成の美しさは、その笑顔でもって周囲に花を幻視させた。

こういう年頃の娘が好きな大人もいるにはいるが、そういった奇特な者ではなく同世代の子どもでもあっという間に恋に落ちるだろう。


問いかけながらも思考をやめないアイルに、カリンは笑い声を収めてからやっと話し出した。


「だって、アイルが私のために真剣に考えてくれてるし、悩むくらい選択肢があるって事はそれだけアイルがこの街に馴染んだって事でしょ?私の好みを知ってるのも嬉しいし、アイルが皆んなに大事にされてるのが分かって嬉しいの。」


そう言うカリンの頬はどこか少し朱が浮かんでいて、双子相手に何を照れているのか、と呆れるアイル。何となく面白く無かったアイルは、候補の中からカリンが気に入りそうな物を何とか絞ってから仕返しの方法も考え始める。

それは店よりも簡単に思いつくことが出来たのは、主人に似たからだろうか。いや、師匠の影響かもしれない。


「じゃあヴェルム様がご贔屓にされている東の国料理の店に行こう。」


何食わぬ様子でアイルが言えば、カリンは迷いなく頷く。カリンにとってアイルの勧める物にハズレはない。一部を除いて。

一部というのは、近年アイルが嗜み始めた珈琲だ。カリンは珈琲が今でも苦手で、だがアイルが入浴前自室で珈琲を飲む時に必ず出向いてその時間を共にする。

飲めないのに何故、と思わないでもないアイルだが、同じ物を飲みたがる姉に負けてミルクと砂糖がたっぷり入ったカフェオレなる物を出している。

カリンが初めて珈琲を飲んだのは、最初の一回だけだ。アイルが勧めたから飲んだとカリンは言うが、実態はアイルが飲んでいた物をカリンが勝手に飲んで自爆しただけである。


それ以来、カリンは一部を除いて、と表現するようになった。かなりどうでも良いことではあるが、カリンにとっては大事なことだ。

今回もその一部を除いてというワードを脳内に浮かべながらも、アイルが選んでくれた店を疑ったりしなかった。二人にとって最も大事なヴェルムの名があったからというのも大きいだろう。


「こっちだよ。」


先ほどまでカリンに手を引かれて連れ回されていたアイルだが、今度は入れ替わってカリンを案内すべく先導する。逆転した立場と立ち位置に、カリンは上がる口角が止められなかった。


スタスタと歩き始めたアイルの背を追うのは本日二度目。しかし一度目とは違って今はアイルの足もそう速くない。

カリンは朝にアイルがヴェルムから、お遣いをササっと済ませて二人で遊んでおいで、と言われた現場を見ている。そのためお遣いは速足で済ませたのだと分かっていても、湧き上がる嬉しい気持ちに蓋をする事など出来なかった。

何より、今こうしてカリンが目移りしても大丈夫な速度で歩いてくれているからこそそれを強く感じた。


だが次第に、カリンはそれだけでは物足りなく感じてしまう。その気持ちが何なのか分からなかったが、先を歩くアイルの背中を見て一つ閃いたカリンは小走りで追いつくとその手を掴む。

何事かと怪訝な目で見てくるアイルにクスリと笑ったカリンは、弾けるように破顔して言うのだった。


「アイル、一緒にいこ!」


別に手を繋がなくても一緒に歩いているではないか、などとアイルも言わない。彼は相変わらずの無表情だったが、カリンはそれでも良かった。否定されないのは分かっていたが、それだけで百点満点だと思う自分は甘い。

そんな事を思うカリンだったが、直後自分の採点こそが甘い事を知る。


黙って歩いているアイルが、そっとカリンの手を握り返す。予想もしなかった行動に驚いて、握られた手を見た後にアイルの横顔を見たカリンは見てしまった。

無表情ながらも頬が朱に染まるアイルの顔を。


嬉しさでスキップでもしそうなカリンに呆れた顔をしたためその朱も見られなくなってしまったが、満足そうに笑うカリンには関係なかった。

百点満点に花丸まで付ける勢いでご機嫌なカリンに、若干後悔しているアイルだった。

お読みいただきありがとう御座います。山﨑です。


本作品を初投稿したのが昨年二月一日でして、今回は一周年記念となります。更に、190話で100万文字を突破いたしました事と合わせて、皆様に感謝をお伝えしたく思います。


乱文、駄文が続く中、ここまでお付き合い頂きました読者の皆様に深くお礼申し上げます。

1ページに費やす時間はそう多くないとは言え、それでも2〜3時間を平日に毎日使うのは社会人には中々難しいものがありました。見通しの甘さが己の首を絞める結果とはなりましたが、いざ一周年を迎えると、やって良かったなと思うばかりです。


何度も平日更新をサボってしまい、誠に申し訳ない事です。これからも更新が続けられるよう、精進して参りたいと存じます。どうぞお付き合いくださいますよう、重ねてお願い申し上げます。


次話からはオークションの完結に戻ります。竜の血編最後となりますので、お楽しみいただければ幸いです。


本作品が、皆様の日常の一つの華となりますよう。山﨑

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