191話
「お集まりの皆様、お待たせいたしましたぁっ!これより!王家主催のオークションを始めさせて頂きます!」
アルカンタの貴族街にある巨大な建物、国立劇場にてその宣言は行われていた。春を迎える前に行われたそれは、王家からの提案によって実現したが、告知から開催までがあまりに早かったため日頃から資産を多く保持している貴族にしか参加資格がないのでは、と言われるほどだった。
しかし、主催の王家は格安の利子で手形を発行すると発表。つまりは、国に借金してでも欲しい物があるなら買って良いよ、という事だ。
これには普段から散財している貴族も目の色を変えた。ここ数年の国王は様々な資金援助を行っているが、民の暮らしに関係ない今回の件でも援助があるとは思っていなかったのである。
一部の貴族などは、どの道国が得をするのだからと、あまり良い顔をしない者もいた。また、王家主催のオークションに金がないという理由で人が集まらないよりも、王家の面子を保つためには金を借してでも人を集めたかったのではないか、と予想する者もいた。
だがそれは結局のところ何の意味もない予想で、今現在立ち見の者がいるくらいには国立劇場が満員なのが全ての答えだった。
「まずは!今回のオークションの主催でもある王家より、皇太女殿下からご挨拶と開会宣言を頂きます!」
燕尾服を着た司会が拡声の魔道具で会場に声を届ける。客は皆、王家の登場とあって起立し拍手を贈る。それは盛大で、拡声の魔道具を使っても聞こえないだろう音量になっている。
微笑みを浮かべて入場したユリア。彼女はイェンドル織で作られた純白のドレスを身に纏っていた。マーメイドラインと呼ばれるそのドレスは、御伽話にあるような人魚を彷彿とさせる腰の膨らみと、足先にフワッと広がる裾はフリルになっており、大人っぽさと可憐さを同時に表現している。
ユリア自身の容姿が整っているのもあって、ユリアが上手から中央まで到達しても拍手は止まない。ユリアが司会の持つそれとは別の拡声の魔道具を口元に持っていってようやく、拍手の音が収まっていくのだった。
「本日はお集まり頂きありがとうございます。国王陛下に代わり、わたくしユリア・ラ・グラナルドが感謝申し上げます。」
そう言ってユリアは一度言葉を止める。王位を継いでいないため、重鎮などが集まるこの場で彼女は敬語を使う。しかし王家として頭を下げる訳にはいかないため、軽く会釈をして微笑むだけだ。
若く美しい彼女が微笑めば、会場にほぅっと感嘆のため息が漏れる。過去は離宮に閉じ込められてきたユリアが、その容姿すらも武器にするようになった。
実はこれはドラグ騎士団の団員からの入れ知恵で、三番隊に所属する女性隊員たちからが主な情報源である。女性としての武器を使わないのは損だ、と熱弁されたユリアは、彼女たち程ではないにしろその整った容姿と微笑みを武器にする事にした。
会場の男性たちが見惚れている事から見ても、その選択は間違いではない事が分かる。会場の警備担当として各所に配置されたドラグ騎士団は、大きく成長したユリアの姿に笑みを見せた。
「今回のオークションでは、グラナルドだけでなく他国の物まで集められております。これから二日の間、皆様のお気に召す商品との出会いがありますよう、お祈りしております。わたくしも気になる物があれば札を挙げますので、その際は互いに後悔の無いよう戦いましょう。では、これ以上お待たせしてもいけませんので始めましょう。これより、オークションを開催します!」
ユリアの開会宣言で、会場に集まった貴族や商人はもう一度盛大な拍手を贈る。ユリアが壇上を去っても止まぬ拍手が会場を包み、司会が出て来て声を出すまでそれは続いた。
高位貴族が座り始めれば、地位の低い者も座り始める。だが騒めきは収まらず、それだけこのオークションに対する興味と期待が強い証拠だった。
会場が比較的静かになったのを見計った司会が進行を始めると、会場の熱気は更に増す。他貴族が主催するオークションは定期的に開かれているが、王家主催のものは今代の王になってからは初めてだという理由もあるだろう。
今代の王ゴウルダートが主催するオークションは、果たしてどれだけの規模になるのか。流石は王家と言われるか、王家の主催は…と陰口を叩かれるかはこれからの二日間が決める。どれほど貴重な商品を集めたか、どれだけの金が動いたかが王家の評判を左右する。
しかし国王はその様な心配は一切していなかった。何故なら、友が直前に大量のダンジョン産の宝を持って来たからだ。国王も見た事がない物も多く、グラナルド史上最高のオークションになるのは間違いなかった。
オークションは会場入りする際に配られた番号札を挙げて進行し金額を上げていく。必ず係の者が側に着き、札を挙げ金額が書かれたボードを掲げる。司会はそれを読み上げる事で全体に通知するのだ。
メインの商品が出るのは二日目のため、一日目は様子見の者も多い。だが一日目に何も無いと気を抜く事は出来ない。
客がそう感じたのは五つ目の商品が出て来た時だった。
「続いてご紹介しますのは!グラナルド南部の秘境にあるダンジョンから発見された槍で御座います!こちらの槍は…」
それは槍だった。武術を生業とする者くらいしか興味を持っていなかったその紹介だが、かけられた布が取り払われると一気に興味を集める。
その理由は見ればすぐに分かる槍の素材にあった。
「ご覧の通り、こちらはミスリルを原料として製作されております!ドワーフ族の秘伝でしか加工が出来ないと言われる、高ランク冒険者でも垂涎モノの逸品っ!ダンジョンから発見される武器の中でも最高クラスの物である事は一目瞭然ですっ!こちらは金貨四十枚からスタートです!」
ハッキリ言えば、この槍に金貨四十枚は安い。だがそこにオークション側の策略があった。
最終的に払われた金額よりも、元値から幾ら上がったかが重要だからである。このような貴重な武器は、使って良し飾って良しの優良品だ。当然、競う様に金額が釣り上げられるため、元値と決済額では大きな差が生まれるという訳だ。
序盤も序盤でこのような貴重品が出てくれば、この後にはどんな貴重品が出て来るのか。己の予算で足りるのか。
客はそんな予算のやり繰りすら楽しめる。二日間だけの限定という状況が、財布の紐を緩める結果にも繋がった。
貴族や商人たちは提示する金額で戦い、昼食の休憩や夜の晩餐会で戦利品を自慢し合う。順調に進むオークションを見て、国王は友の言う通りに展開している事に安堵したのだった。
「やぁ。順調そうで何よりだよ。」
オークション一日目が終わり、王家派の貴族たちと会食を済ませた国王が入浴していると、湯殿の入り口が開く音の後にそんな声が聞こえて来た。
侵入者かと思えば馴染みのある声が聞こえた事で安心した国王は、驚かされた仕返しとばかりにその侵入者を睨む。
入浴中のため当然ながら裸である。そのためその睨みも笑いを返される事になった。
「偶には一緒に風呂でもどうかと思ってね。あぁ、ちゃんと侍女には挨拶して来たからね。」
侵入者も勿論裸であり、長い白銀の髪を背中に流し、タオルで局部を隠して歩いて来る。国王はそれに呆れた視線を向けた後、ため息を吐いてから侵入者を放置する事に決めたようだ。入り口に向けていた顔を戻して肩まで湯に浸かっている。
「ヴェルム。お主の言った通りになったな。今日だけで年間予算を回収出来る程潤ったわ。」
背後から聞こえる身体を洗う音に耳を傾けながらも、国王が侵入者ヴェルムに話しかける。んー?と気の抜けた返事が返って来たかと思えば、少し間が空いてからヴェルムの笑い声が聞こえた。
何か笑う様な事があったかと首を傾げる国王が振り向こうと身体を浮かすと、それを見ていたかのようにタイミング良くヴェルムの声が聞こえて来るのだった。
「何百年も貴族たちの様子を見ていればね。これくらいは予想が出来るようになるさ。でもね、ゴウル。それくらいで満足してはいけないよ。明日は今日の何倍も潤う事になるからね。収益を見て目玉が飛び出ないよう、押さえてから見ることをお勧めするよ。」
揶揄うようにクスクスと笑いながら言うヴェルムは、その長い髪を泡まみれにして洗い、流し始める。魔法で清浄化すれば早いのだが、ヴェルムは風呂という物が気に入っていた。
忙しい中でも湯船に浸かる事だけは欠かさない彼は、時短のために清浄化してから湯船に浸かるくらいには拘る。
身体や髪を洗うのは、ある意味様式美というものだった。
「今日以上に金が動くというのか…!?まさかあのワインか?いや、流石に飲めないワインに金は出さんだろう。」
国王はヴェルムが湯を被るタイミングを外して返事を返す。別に気遣われなくともヴェルムには聞こえるのだが、ヴェルムもそれを言ったりはしない。
そうして気遣ってくれる友の優しさが嬉しいと感じるからだった。
全身が綺麗になったヴェルムが、ペタペタと足音を立てて近付く音が聞こえる。国王から少し距離を空けた場所にゆっくりと足を入れたヴェルムから、少しだけ波が国王の方へ流れて来る。
しっかりと肩まで浸かった国王に、荒い波が届かぬよう最小の揺れで湯船に入るヴェルム。
国王は友の気遣いに感謝しながらも、それを言うことはなかった。
「貴族たちが欲しいのは、ワインじゃなくて樽なのさ。私が今君に言えるのはそれだけだよ。」
ヴェルムのヒントかどうかも分からない言葉に、国王はもう一度首を傾げた。だが長い付き合いから、これ以上は言わない事も知っている。諦めるのも悔しい気がするが、こうなった以上は絶対に口を割らない事は断言できた。
「お主の言う何倍にも増えるというのが本当なら、確かに目を押さえねばならんな。だがヴェルムよ。目を押さえたら報告書が読めんではないか!」
結局、笑いに繋げるしかない国王だった。よく響く湯殿に二人の笑い声が充満する。王の笑い声など久方振りに聞く侍女は、脱衣所でニコリと笑うのだった。