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闇竜と騎士団  作者: 山﨑
190/292

190話

グラナルド貴族たちは、日々己の権勢や財を誇示するために舞踏会やパーティーを開く。そこに多くの貴族を集めてみせる事で、自らの優位性を見せつけるのだ。

特に、冬の間は建国記念祭もあるためほとんどの貴族がアルカンタに集まっており、春になれば領地に戻る者も増えるのだが、領地を代官に任せて領主は首都にずっと居るという貴族も少なくない。

また、領地を持たない貴族も複数いる。それらは法衣貴族と呼ばれ、例えば子爵であるなら法衣子爵と呼ばれる。彼らは領地を持たないが、大抵は役職を持っている。つまりは仕事に集中するために領地を持っていないのだ。


当然、領地を持ちながらも役職を持つ者も多い。だが貴族の高すぎる矜持からそのように言うのが通常となっていた。

法衣貴族の多くは首都アルカンタに屋敷を持ち、己の仕事に日々汗を流す。

貴族は領地の有無に関係なく年金を貰えるのだが、それだけでは家を維持するにはとてもではないが足りないのだった。

寧ろ、貴族としての周囲との付き合いや、服や装飾などのお金がかかるため大店を営む商人の方が金を持っているという現実もある。


貴族たちの役職を決めるのもまた難しく、能力と実家の爵位が釣り合う事はそう多くない。基本的には実力主義であるグラナルドですら、能力があるからといって子爵の者が伯爵家の次男より上に立つのはおかしいと苦情が入る事もある。

そんな貴族たちの我儘を聞きつつ、互いが納得するような形に持っていかねばならないのが国王の仕事だ。


人が三人集まれば派閥が出来ると言うように、グラナルドでも派閥は存在する。国王派、貴族派、中立派といった具合に分かれる派閥だが、それでも何とか上手く回っているのがグラナルドの政治であった。

互いに競い合っている方が、結果的に国を富ませるのではないか、という昔の国王の発言によって密かに生まれたこの派閥は、ほとんどの者がその真相を知らないまま派閥に所属した。大抵は親の派閥を引き継ぐが、ごく稀に別の派閥に所属する者もいる。


爵位が高くない貴族は寄親の派閥に入る事になるため、子爵家より下の貴族たちは大体何処かの派閥に所属している。

貴族たちのパーティーはその派閥内で行う事が多く、今日も行われているパーティーでは貴族派の貴族が集まって酒を片手に、立食パーティーという形で派手に催されていた。


パーティーで何をするのかと言えば、情報交換が主になる。

派閥内でも様々な役職に就く者がいるため、そちらの情報を共有するのだ。貴族の仕事は新聞にも報じられる事は少ないため、実際に聞くくらいしか情報の収集が難しいという理由もある。

貴族派に属する貴族たちが集まり、パーティーという名の情報交換をする。ただそれだけなのだが、他派閥から難癖をつけられぬように派手に開催するのは仕方ない。

しかし、金のない貧乏貴族にはそれに参加するのも中々厳しい。かと言って、参加しないという選択肢はなかった。何故なら、参加しないと派閥から総スカンを喰らうからである。最悪、派閥からの追放を言い渡されても文句は言えない。

付き合い悪いならウチにはいらないよ、と言われてしまう訳である。


そんな事情もあって、金のない貧乏貴族の普段の生活は豊かな平民よりも貧しい。無理な節約をして金を貯め、パーティーの時には貴族らしい高級な服を着る。

ヴェルムはこれを見て、水鳥のようだ、と零した事がある。水面下で必死に足をバタつかせる水鳥と同じだ、と。


そんな地位の低い者を苦しめるパーティーだが、決して悪い事だけではなかった。何よりも大きいのは前述の通り、情報を交換できる事。特に爵位が低い貴族はそれなり役職にしか就けないため、重要な情報を手に入れるのは難しい。

だがこのパーティーに参加すれば嫌でも耳に入ってくるくらい様々な情報が飛び交うのだ。

他にも、力ある貴族との縁談や仕事での付き合いもできる。派閥内で力を持つ高位貴族に気に入られれば、弱小貴族でも優雅な暮らしの仲間入りをする事が出来るのだ。


貴族派の筆頭は侯爵家だが、侯爵は貴族の中でも最も位が高い。そんな侯爵家に気に入られようと、爵位が低い貴族たちは必死にすり寄るのだった。


「侯爵様はきっとお聞きかと存じますが…。近く国立劇場にてオークションが開かれるとか。侯爵様は何か目当ての物でもありますか?」


男爵が揉み手で聞けば、侯爵も慇懃に頷いてから数秒黙る。そこで催促などすればすぐに追い出されるのが分かっている男爵は、ニコニコと笑顔のまま侯爵を見つめた。

貴族派の筆頭貴族の一人である侯爵の会話には、多くの者が聞き耳を立てている。それを知っている侯爵は、敢えて自分の発言に注目を集めるために黙ったのだった。

程よく周囲が静かになった事に満足そうな笑みを浮かべた侯爵は、あくまで問いかけた男爵に答えるように話し始めるのだった。


「王家主催のオークションであろう?其方、耳が早いな。儂の欲しいものはその場で決める予定だがな。話によれば、幻のワインが出品されるとか。果たして本当かは知らんがな。」


注目を集めた割に大した情報を話さない侯爵。それもそうだろう。オークションには王家や他派閥の貴族も参加するのだ。ここで何々が欲しいと言えば、どのようなルートで敵対派閥に漏れるか分からない。そうなれば、侯爵家から金を出させる為だけに金額が釣り上げられる可能性が高い。

賢い貴族はそこを十分に理解しているため、そこに不満はない。寧ろ、侯爵が幻のワインに興味を示した事こそが重要な情報となった。


「幻のワインですか。そこまで言われるようなワインでしたら、きっと天にも昇るような味がするのでしょうね。それを飲まれる侯爵様を見てみたいものです。」


男爵は賢くなかった。このような言い方をしてしまえば、侯爵はワインを是が非でも手に入れねばならなくなる。一瞬で纏う空気を変えた侯爵は、近くに立つ子爵に向き直り男爵を無視した。今の言葉は聞こえませんでしたよ、というポーズである。

子爵もそれが分かっているため、侯爵に向かって必死に考えた言葉を投げる。男爵は何故無視されたのか理解出来ておらず、急に会話を始めた子爵と侯爵の二人をオロオロと交互に見るのだった。


「侯爵様。なんでも、冒険者による出品も今回は多いとか。であれば、ダンジョンから出た宝があるやもしれませんな。私としましては、本があると良いのですが…。」


「おぉ、子爵は本好きで有名だからな。我が家にも貴重な本が幾つかある。後で見に行くと良い。案内させよう。」


これは褒美だった。今回は侯爵が子爵に助けを求めたとも受け取れる。それに見事な助け船を出した子爵に、自然な形で侯爵家の貴重な書物を読ませるという褒美だ。

この子爵はやり手で、文官の中でも比較的高い地位にいる。子爵という爵位も、親から継いだ爵位ではなく己の働きによって得た爵位だった。


周囲の貴族は子爵の評価を上げた。そしてやらかした男爵には誰一人視線を向けない。陰口すら叩かれなくなるのは、実質追放と同じであった。

筆頭の一人に恥をかかせるところだったのだから、その対応は間違っていない。もし誰かが侯爵に、男爵の悪口を言っても。侯爵はこう言うに違いない。


誰だ?それは。


と。

陰口を言うのは、相手に興味がある証左。興味すら無くなれば、こうして居ない者として扱われるのだった。これが社交界。国王が魑魅魍魎の巣だと言う貴族たちの実態だ。


パーティー会場で誰からも目を合わせてもらえなくなった男爵は、這う這うの体で会場を出る。彼の未来は暗い。派閥から追い出され、明日にでも役職は失くすのだろう。妻と子ども、そして使用人を養う為にも働かなくてはならないというのに。

彼の目は死んだ魚のように虚ろだった。













ドラグ騎士団一番隊は、とあるダンジョンに来ていた。

それは危険度が高く、定期的に騎士団による間引きが必要なダンジョンで、一般の冒険者は入ることが出来ない。

そんな危険なダンジョンで隊長のガイアは暇そうに欠伸を漏らしていた。


「…交代はまだか?」


答えが分かっていながら聞く質問の声には、ほんの少しの期待も混ざっている。ガイアが問うたのは、目の前で戦闘を続ける隊員たちとの交代時間だった。


「まだです。あと三十分はお待ちを。」


ガイアの副官がそう言えば、ガイアは不服そうな表情を隠しもしない。不貞腐れたように寝転がる彼に困ったような視線を向ける副官だったが、それでも決めた事は守って貰わねば格好がつかない、と甘やかしそうになる心を律した。


一番隊は現在、間引きついでにダンジョン内で宝箱を探していた。

ダンジョンでは不思議な事に、強力な魔物を倒した後や罠だらけの部屋を抜けた先などに宝箱が置かれている事がある。

中身は完全に不規則で、ポーションなどの回復薬から武器防具、書物や絵画まで出る。中には用途が不明な物もかなり混ざっており、ダンジョンの宝箱を開けるのが楽しいのだ、と語る冒険者も多い。


ガイアはドラグ騎士団に入団する前に、何度もダンジョンに入っている。その時から宝箱を何個も開けてきたが、それを生き甲斐にする冒険者がいる事に頷けるくらいには宝箱の中身の幅は広かった。


「隊長!宝箱出ました!」


一番隊の小隊が報告に来る。今回は見つけた小隊の中で開ける権利を有するため、宝箱発見の報告と同時に中身も報告される。

隊員が手に入れたのは、小ぶりのナイフだった。素材は鋼鉄のようだ。細かい装飾がされてはいるが実用的で、冒険者はナイフを必ず持ち歩くため売ればそこそこの値段にはなるだろう。だが、一番隊の目的のものではなかった。


「なぁんだ、こんなんじゃオークションに出せねぇな。それはやるよ。予備にするなり売るなり好きにしろ。」


ダンジョンで手に入る宝はランダムなので、如何に難しいダンジョンでも安い物も手に入る。だが高い値がつく物は危険度の高いダンジョンから出る事が多く、ガイアら一番隊もそれを求めて来ているのだった。


「隊長!これなんかどうっすか!」


また他の小隊が報告に来る。交代でダンジョンを探索し宝を得て戻って来る。本来は冒険者のパーティーで一度の探索に一つ宝箱が有れば運が良いと言われるが、一番隊は数の暴力と危険度が高いが故に他の探索者がいないのを良い事に宝箱の乱獲をしていた。

しかしこのダンジョンはSランクの冒険者パーティーでも気を抜けば危険があるダンジョンのため、ドラグ騎士団が独占していても誰も文句は言わない。何より、ここは魔物の領域と呼ばれる人の住まない地域にあるダンジョンのため、ギルドが設置された街を拠点にする冒険者はそもそも近寄らないのである。


「お?これは貴族共に売れそうじゃねぇか。よし、お前らはボーナスな。」


売れそうにない物が出れば獲得でき、売れそうな物が出ればボーナスが出る。一番隊は臨時収入に喜び、何より美味しい想いをしながら敬愛する団長の助けになれるため一石二鳥と言わんばかりに気合を入れていた。


そうして数日過ごしたダンジョンから引き上げる一番隊は、ホクホク笑顔で帰路に着く。マジックバッグに沢山詰め込まれた戦利品が、貴族たちによって金に変換されるのを期待して。

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