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闇竜と騎士団  作者: 山﨑
186/292

186話

竜の血を用いた薬。それは飲んだ者に一時的な能力向上を齎す。


これまでにも多数の竜族が冒険者によって狩られ、その全身は捨てるところが無いと言われる程に貴重で、高値で取引されてきた。その中でも血は、四肢の欠損も治すと言われる万能回復薬エリクサーの材料として有名ではあった。

血に含まれる竜の力が、人々の回復力を活性化させるのが理由である。


だが、この竜の力に目をつけたのが水帝を含むとある組織だった。その名も、暗殺ギルド。

彼らは竜の血を用いた薬を研究開発すると共に、それがある程度量産出来るとすぐに各地で事件を起こしていた。


現在、その竜の血の素である地竜が保護され、研究者であった錬金術師も確保。更にはレシピなどの資料も全て押収したため、暗殺ギルドはこの計画が頓挫する程の打撃を受けているのだった。




「おいっ!水帝と連絡がつかねぇってのは本当か!?」


グラナルド国内某所。とある公爵領の領都にその屋敷はあった。暗殺ギルドの支部として使用されているこの屋敷では、ギルド員である若い男が乗り込んで来て騒いでいるようだ。


「騒がしいぞ。おそらく水帝は捕まったか殺されたか…。どちらにせよこれ以上の活動は無理だろうな。」


若い男が騒ぐのを、部屋にいた壮年の男が嗜める。だが彼の表情は悔しそうに歪んでおり、それを見た若い男はピタリと口を閉じるのだった。


「彼奴はギルド内でも屈指の実力だった。それが連絡も寄越さず消えるか…?グラナルドにいたのなら兎も角、彼奴は北西の小国にいたのだぞ。ならばドラグ騎士団ではない。何者だ…?」


ドラグ騎士団が専守防衛を掲げているのは誰もが知るところである。そのため、暗殺ギルドの支部の数が最も少ないのがグラナルドだった。

暗殺を生業とするこのギルドでは昔、グラナルドの貴族を暗殺する依頼を受けてそれを成功。だがその後すぐに支部が複数個壊滅させられたのだった。

当然、それはドラグ騎士団によるものである。それ以来、支部を作ろうと活動しているところに急に現れるドラグ騎士団によって、グラナルド国内での活動は厳しいものとなっている。


しかしそれもグラナルド国内での話。元々本部はグラナルドではなく、別の国に置いたのが功を奏したようだった。

彼らが現在いるのは、支部が一斉に取り締まられた時に難を逃れた唯一の支部である。

それから長い年月が過ぎ、やっとの思いでここ以外に二つの支部を設置した。だがそれが限界だった。

今回の竜の血を用いた薬によって、グラナルド国内ばかりで事件を起こしているのも、ドラグ騎士団の目を外に向けさせている内にアルカンタ内の支部を作ろうとしたためだった。


考えてみれば、水帝が東部の伯爵領でドラグ騎士団と戦闘したのが不味かった。あれは暗殺ギルドに昔から出資していた元グラナルド貴族の依頼ではあったが、それでも行かせるべきではなかった。

しかしそう思っても既に遅く、暗殺ギルドの五指である水帝は連絡が取れない。彼を倒す事のできる猛者が小国にいるとは聞いていないが、定時連絡が無いということは良くて捕縛、最悪の場合は既に死んでいると見做す。

暗殺ギルドとは身内にも厳しい世界だった。


「水帝でも勝てねぇ奴が小国にいるんだな?なら俺はそこに行く。そいつに勝てば俺の方が強ぇって事だ!」


若い男が拳を握って宣言するが、壮年の男はそれに首を振った。やや呆れたような表情なのは気のせいでは無い。まるで困った子を見るかのような視線で若い男を見た後、壮年の男は説明を始めるのだった。


「いいか?今はそのような者のために割く時間は無い。お前がどこで死のうが構わんが、五指たる自覚が無いなら辞めてしまえ。お前の本分はなんだ。」


壮年の男に煽られるように説得された若い男は、悔しそうに歯を食い縛りながら項垂れる。彼にとって水帝は兄弟同然の男だったからだ。

しかし組織に身を置く以上、個人的な感情で突出して良い事にはならない。それがよく分かっているからこその五指であり、彼もその一端である。


「クッ…。俺は、俺の本分は…!暗殺でもって世界の均衡を保つ事!」


「そうだ。それで良い。依頼以外の暗殺はただの殺人だ。心に留めておけ。」


悔しながらに拳を握り、水帝を想いながらも涙を飲む若い男。そこには組織のために感情を殺す姿があった。

それを見守る壮年の男も、組んだ腕には恐ろしい程の力が入っている。諭すフリして、己の方が感情を殺すのに精一杯だったようだ。


水帝がまだ弱かった頃。この壮年の男が水帝を広い育て上げた。暗殺者として一流になり、そして試験中の薬を勝手に飲んだ事で竜の力も得た。

力を得たならば使わねば損になる。そこで壮年の男は冒険者として彼を捩じ込んだ。

するとどうだ、彼はとんとん拍子で帝の地位に辿り着いた。

先代の水帝が歳を理由に引退した直後だというのも幸いだった。


そこからは冒険者ギルドの情報が容易に手に入るようになった。元々冒険者ギルドには何人もの暗殺ギルド員が冒険者として活動しつつ潜入している。

だが帝の立場となれば高位貴族と同じ待遇が得られるだけあって、水帝が持ち帰る情報によって仕事がしやすくなった事も多い。

暗殺ギルドは冒険者ギルドの裏をかく事が容易になったのだから。


しかしそれももう終わり。水帝という貴重な実力者を失い、同時に冒険者ギルドから情報を得る事も難しくなった。

何より、息子のように育てた彼を失った気持ちは、兄弟のように思っていた若い男よりも更に深い絶望がある。

だが立ち止まってはいられない。水帝が遂げられなかった、アルカンタに暗殺ギルド支部を作るという悲願。何がなんでも達成せねばならなくなった。


「残りの薬を使って最後の作戦に入る。アルカンタで支部が作れれば、グラナルドでの任務の達成確率が上がる。ドラグ騎士団が出撃しなければならない程の騒ぎを起こせ!」


壮年の男が指示を出す。部屋には若い男以外にも何人かギルド員がいた。そして指示を聞いたギルド員たちは一斉に動く。五指である若い男も、水帝の無事を願いながら決意の炎を燃やした瞳のまま部屋を出ていくのだった。













「暗殺ギルドねぇ。国内で騒ぐ理由はなんだ?」


一番隊隊長ガイアが、チェス盤を睨みつけながら言う。顎を触るのは、彼が考え事をする時の癖だ。

そんな彼を視界に入れながら、ビショップをガイアの陣地深くまで一気に運ぶアズ。彼はガイアと同じく隊服を着ているが、差し色は二番隊を示す青。そして隊長を示す腕章もしている。


「チェック。僕の予想としては、アルカンタから目を離したいように見えるかな。グラナルド国内の、ここから離れた場所でばかり騒ぎが起こるのは、それなりの理由があると思うんだ。」


盤上での手加減のない一手に、ガイアはウッとたじろぐ。ガシガシと頭を掻いたガイアは次なる一手を考えるべく集中する姿勢に入る。どうやら長考になると予感したアズは、盤の横に置きっぱなしの冷めた紅茶に手を伸ばした。


それから数十秒。しばらく黙っていたガイアが、ふと口を開く。紡がれた言葉はチェスとは関係ない先ほどの会話の続きだった。


「水帝は暗殺ギルドだった訳だろ?なら、アルカンタで誰かの暗殺でもしたいってか?」


ガイアの意見に、アズはカップ越しにガイアを見る。冷めて香りがしなくなったそれを嚥下し上品な仕草でソーサーに戻すと、今度はアズが考える姿勢に入る。

それから何か思い出したように眉を上げると、伏せていた目をガイアに向け直して言った。


「そういえば、サイが言っていたんだけど…。暗殺ギルドの目的は、アルカンタでの暗殺ではなくて拠点を作る事じゃないか、って。」


「拠点…?散々ウチに潰されてるから、何としてもアルカンタに作りたいってか。おいおい、国内に三つも残してやってるんだからよ、それで満足しとけよ。」


二人の会話の通り、暗殺ギルドの目的は支部をアルカンタに置く事。サイは的確にその狙いを予想した事になる。更に言えば、暗殺ギルドのグラナルド内にある支部は全てドラグ騎士団に把握されていた。

全ての支部を破壊する事も出来たが、ヴェルムと当時の国王が相談した結果、残しておく事にしたのである。発見次第国際的な問題となる暗殺ギルドの支部を、放置するのにはそれなりの理由があった。


全ての支部を破壊してしまえば、ドラグ騎士団の手の届きにくい場所での活動が増えてしまう。それに、国内の支部をキチンと把握しておけば、グラナルド貴族が暗殺ギルドを訪れやすくなる。

そうなれば、それを証拠に国の膿となる貴族を排除する事も出来る。後のために監視しながら放置するのが良かろうという判断だった。


「それにしたってよ。アルカンタに作るってのは甘いぜ。」


「そうだね。国内なら僕たちに任務が来るかな。地竜殿が保護された時、僕たちは特訓ばかりで手伝わせてもらえなかったからね。」


アズもガイアも、国内で動きを見せる暗殺ギルドに注意を向けていた。国内での任務なら、五隊にお鉢が回る可能性が高いからだ。

竜の眷属が敵になった時を想定して行った特訓だったが、水帝は眷属ではなかった。あくまで竜の力を使うだけで、竜の意思によって生み出された訳ではなかった。

だがそれでも、団員は特訓を無駄だと捉えない。寧ろ、腕を試す相手が現れることを望んでいた。


「あー、そろそろアイツら宥めるのも大変なんだよな。それを相談しちまうと遠征が入りそうだから団長には言えねぇんだけどよ。」


ガイアが愚痴を溢すと、アズは困ったように笑いながらも同意した。血気盛んな一番隊は兎も角、二番隊でも似たような状況だったからである。


「別に腕試しなんかしなくても良いんだけどね…。」


思わずといった様子で溢したアズの言葉に、ガイアは冷めきった珈琲を飲みながら頷く事で同意する。それから思い出したようにルークをビショップの斜め前に置くのだった。


「あ、それだとこれで詰みだよ。」


そう言って考える時間もなくクイーンをガイアの陣地に置いたアズ。ガイアはそれにどんな手も打てない事を察して降参する。最早盤上はガイアがどう動いても勝てない盤面となっていた。


「だぁー!考え事してたら勝てねぇ!もっかい!もう一回だ!」


駄々を捏ねるガイアに、アズは困ったように笑いながらも頷いてから席を立つ。もう一度飲み物を淹れる間に駒を並べ直しておけという事だろう。

ガイアは不貞腐れた顔をしながらも、駒をいそいそと並べるのだった。

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