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闇竜と騎士団  作者: 山﨑
183/292

183話

捕えられた水帝は、帝の立場を表すローブを着ていなかった。彼個人として活動するために着ているのであろう軽装の防具を着ており、小型のナイフや腰に差した剣など、とても冒険者として活動しているようには見えない物ばかりだった。

だが、暗殺ギルドとして活動しているところかと言われても疑問が残る。それは防具の色だ。

闇夜に紛れるための黒い装備や、街行く人々に紛れるための町民のような格好なら兎も角、防具が少々派手だったのである。


身を守るためというよりは、己の財力をアピールするためかのように色鮮やかで派手な防具を身につけた水帝が、何のために北西の小国にいて、何のためにこのような格好をしているのかは分からない。

それも含めて尋問しなければならないのだが、今回はその尋問に三番隊でも五番隊でもなく、鉄斎隊が担当することになった。


ドラグ騎士団本部本館の地下。ドラグ騎士団が裁く犯罪者を収容するための地下牢が並ぶ、一度入れば出られないと呼ばれる場所に水帝はいた。


「準備完了しました。これより尋問を始めます。」


淡々と無感情に言ったのは、鉄斎隊の部隊員。

アイルが直接ここに転移した時には既に準備を始めており、アイルから水帝を引き取った後すぐに準備は完了した。


その報告を受けた鉄斎は、髭を触りながら頷くだけである。現在、鉄斎隊のほとんどは本部の広大な地下で三番隊の特訓をしている。三番隊に比べれば圧倒的に少ない鉄斎隊だが、一人で複数人の特訓をしているため支障はない。

鉄斎を含めた数人が、水帝の尋問のために移動して来ているのだった。


ここにいるのは四人。先ほど準備完了を告げた部隊員と、治療班から一人。水帝を隙なく監視している部隊員と鉄斎である。

部隊長が尋問する程に逼迫した状況であるのは全員が理解しており、それ故に通常よりも緊張感が高まっていた。




地下牢と言えど清潔に保たれているその空間は、鉄格子などという簡単に破壊可能な物で区切られてはおらず。とある魔物から獲れる素材を加工した、透明な一枚の壁が通路側にあるだけの部屋である。

四方の内一方が透明で、他の壁は魔法によって強化された鉱石の壁だ。零番隊が定期的に強化魔法をかけ直すその壁は、その零番隊ですら傷一つ付けられない程の強度を持つ。


部屋の中にあるのは、浄化の魔法が仕込まれた壺が一つだけ。これは囚人のトイレである。

プライベートの欠片も存在しないこの空間は、正に地下牢というのに相応しかった。


今は他にも囚人がいるが、声などは一切聞こえてこない。この透明な壁が特殊な働きをしており、裏と表で振動の吸収率が違うためだ。つまり、中の音は外に聞こえるが、外の音は中に届かないのである。




「起こせ。」


鉄斎が短く指示を出す。部隊長の命令は即座に実行され、水帝は部隊員によって強制的に意識を浮上させられるのだった。


「がっ…!」


折れた骨を殴られれば、誰でも目を覚ます。急に襲いかかる痛みと、手足の骨が折れている事による痛みを思い出して苦悶の表情を浮かべる水帝。だがその痛みに耐えながら、聴覚を頼りに周囲の状況を探る辺りは流石だと言えた。

何故聴覚なのかと言われれば、視覚は使えないからである。彼の目には目隠しがされていた。


「さて、水帝。お前には囀ってもらわねばならん事がある。だが、二つの内から一つを選ぶ権利をやろう。一つは自白剤を飲んで全て話すこと。もう一つは自分から全て話すこと。」


水帝の腕を殴った部隊員が静かに問う。ここで鉄斎が話さないのは、部隊員がこの尋問のトップだと誤認させるためである。


「はぁ?んなもん、俺が選ぶのはどっちでもねぇよ。死んでも話さねぇ。それにお前ら、竜の眷属だろ…?臭うぜぇ?竜の匂いがよぉ…!」


暗殺ギルドに身を置くだけあって、この手の尋問は効果がないようだった。相手が己の持つ情報を欲しているのなら、まず殺される事はない。そう思えば痛みに耐える事など造作もないのだった。


それからしばらく意味のない会話の応酬が続くが、水帝は只管に鉄斎隊を煽るだけでまともな情報を吐かなかった。

しかし、彼は鉄斎隊の諜報部隊としての実力を甘く見ていた。


諜報部隊とは、なにも情報を集めるだけが仕事ではない。街や国に潜入し、噂話や暗殺によって民意を動かす事から、このように尋問や拷問で情報を集める事もある。

彼らは情報を扱う専門家であり、その為に必要な技術は何でも習得する。

変装や変声、認識阻害の魔法。心理学や五感を鍛える訓練。そして上への絶対的な忠誠。

ドラグ騎士団にはヴェルムを至上とする者が多く存在するが、その中でも鉄斎隊はヴェルムに対する忠誠心が異常とまで言える。

確実に、ヴェルムが死ねと言えば躊躇いなく死ぬだろう。それがヴェルムの為になろうとならなかろうと。


盲目的なそれは危うくもある。だが同時に、ヴェルムがそのような使い方をしないと知っているが故の信頼の裏返しでもあった。

彼ら鉄斎隊の理念はただ一つ。"主人の影であれ"

陽を浴びて歩く者にその影が付き添うように、強い陽が当たれば影も大きく暗くなるように。

手足のように主人が考えた通りに動くのではなく、あくまで影と同じく主人の起こした動きに添う。

影に意志など必要なく、あるのは主人と同じ動きをする事のみ。それが故に主人の心を深く理解する必要があるが、彼らは常に主人の意志を汲む。


そんな鉄斎隊であるため、水帝から情報を引き出すのは使命どころか決定事項ですらある。

そしてそれを実行するため、鉄斎隊は次なる行動にでるのだった。


「なぁ、水帝。お前との会話は楽しいが、そろそろ時間がない。そこで、特別ゲストを呼んでおいたぞ。」


唐突にそう言ったのは部隊員だ。彼は現在、水帝から尋問のトップだと思われている。実際に指示を出しているのは鉄斎だが、彼はまだ一度も声を出していない。

事実、水帝は鉄斎の薄すぎる気配に存在を察知出来ていなかった。


「特別ゲストだぁ…?」


水帝が訝しげに首を傾げるが、その動きで身体に痛みが走ったのか、苦悶の表情を浮かべている。突発的な痛みには反応してしまうようだ。


特別ゲストと呼ばれたのは鉄斎だ。ここで初めて動きを見せた鉄斎に、存在を察知出来ていなかった水帝は心底驚いている。先ほどまで何も感じなかった場所から、急に気配が現れたのだ。暗殺ギルドに所属している彼からすれば、己が感知出来ない存在など知らなかったに違いない。


「…おいおい、噂の転移魔法でも使ったってのか…?それにしちゃあ魔力の動きも無かったようだが。」


驚きを素直に出す辺り、水帝は余程驚いているらしい。魔法で現れたと思っても仕方がない状況で、寧ろこの程度の驚きで済んでいるとも言えた。


「初めましてになるな。私は鉄斎。しがない老いぼれだ。さて、水帝よ。今からお前に、一つ魔法をかける。その効果が切れた時、お前は死んどるかもしれん。これは尋問ではなく拷問だ。だがな、死体からでも情報はいくらでも得られるんだよ。私としてはお前に死んでほしくないがの。」


水帝の反応を一切気にせず言い放つ鉄斎は、言葉を発していても会話はしていなかった。水帝が何か言う前に魔法を発動しようとする鉄斎に、水帝が慌てて騒ぐ。

実際に何をされるのか分からない状況で、更に死んでも構わないなどと言われれば水帝も焦る。今まで強気な態度に出られていたのは、己の持つ情報を彼らが欲しているためだった。


ならば死なないと思っていたのに、急に訳が分からない存在が出て来て死んでも良いなどと言う。

そして己の反応より先に魔法を行使しようとするその態度に、水帝は本心から死にたくないと思った。思ってしまった。


「待てっ!話す、話すから!何が知りたいんだ!」


目隠しされた水帝からすれば、鉄斎の存在は酷く不気味で恐ろしかった。何より、最初からそこにいたかのように急に現れ、感情の起伏のない声で死んでも良いなどと言う。

先ほどまで話していた相手とは違う、こちらの命を何とも思っていない態度。その差に驚き、今まで水帝が有利だと思っていた尋問は一瞬で逆転してしまった。


これは鉄斎隊が偶に使用する方法で、水帝のようにある程度実力があり、その者の持つ情報が必須な場合に使用される。

敢えて相手に有利な状況を作り、相手の意識を増長させたところで極限まで堕とす。

圧倒的な実力差を持って屈服させるこの方法は、最初からこうするよりも遥かに効果的だった。


因みに、鉄斎が使用しようとした魔法は特別魔法で、時属性と呼ばれる属性から放たれる魔法である。

鉄斎の実力では対象の時間を遅らせる、もしくは早めるくらいしか出来ないが、そもそもこの属性を持つ者が少ない上に、鉄斎ほど魔法を扱える者がいなかったために時属性の存在は転移魔法並みに御伽話だと思われている。

鉄斎自身も鍛錬の日々であり、自身の力を諜報活動にどう活かせるかを模索している所である。


結果生まれたのが、水帝に使用しようとしていた魔法で、水帝だけ時の進みを早め、闇属性魔法である幻覚魔法でとある幻覚を見せる。それは単純であって凶悪な魔法だった。

幻覚魔法で見せる景色は一つ。ただの暗闇である。そして、そこに一つの音が鳴り続ける。

それはメトロノームという楽器の練習などに使用する道具の音で、ゼンマイを巻けばそれが切れるまで、重りの位置によって調整されたテンポを刻み続ける。

テンポとは単純に、一分間に均等に何回鳴るか、というものである。簡単に言えば、一分間に六十回均等に鳴るのはテンポ60。つまり一秒である。


暗闇の中で一定のテンポを保って鳴り続ける音は、対象の精神を崩壊させる。一切の光を通さない環境で、人は目が暗闇に慣れたとしても何も見えない。カチカチと鳴り続けるメトロノームがストレスを与え続け、終いには精神を殺すのだ。


鉄斎が言った、死ぬかもしれないというのはそういう意味だった。精神が崩壊しまともな言語を話せなくなった者は、死んでいるのと同じだろうという意味だ。


この拷問は今までに何度か実行されており、時属性魔法を使用するのは、単純に時間短縮のためだった。

今までも例外なく精神を壊したこの魔法は、鉄斎隊の中でも恐怖の対象である。そして、鉄斎が魔法の鍛錬のためにこの魔法をかける相手を常に求めていることを知っていた。




結果的に大人しくなった水帝からは、さまざまな情報を得る事が出来た。中でも重要だったのは、例の薬とその製法、そしてその素材に関するものだ。


水帝は地竜の眷属だった。水属性魔法の使い手だった彼は地竜の眷属となってから頭角を現し、もともと所属していた暗殺ギルドと冒険者ギルドで活動を続けていた。

薬の素材となっているのは地竜の血だった。そして水帝は、地竜の居場所を知っていた。


東の国、北東の地。


東の国は本島である島と、この大陸に侵出し領土とした地域の二つを持つ。その大陸側の北東部、海にほど違い場所にいるのだという。

そこはグラナルドから最も遠い場所であり、ドラグ騎士団が目を光らせていない場所でもあった。


その場所は直ちに精鋭へ送られ、近くまで来ていた精鋭がそこに向かうことになる。現地でヴェルムと合流するためだ。


「はやく事態を解決して、元の生活に戻りたいものですなぁ。」


小さく呟くセトだったが、それは心の底からの本心だった。そしてそれを聞いていたアイルもまた、心底頷いて同意するのだった。

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