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闇竜と騎士団  作者: 山﨑
182/292

182話

精鋭部隊が動き始めたことで、事件は否応なく動き始める。精鋭達が本部へ次々と送ってくる情報には、竜の血を用いた薬が使用されたと思わしき事件の情報が多数含まれていた。


「ふむ。我が主人と行動を共にするべきでしたかな?」


セトが思わずそう呟くくらいには、彼らが齎した情報を取りまとめるのに苦労していた。普段は綺麗でゴミ一つ落ちていない団長室は、内務官達が作成した情報資料があちこちに散らばっている。

それを片付けたい衝動に駆られながらも、次々に入る通信魔道具での通信にセトが応対しているところだ。

アイルも内務官の手伝いで手が離せず、猫の手でも借りたいとはこの事かと思考が逸れるくらいには忙しかった。


そんな中、通信魔道具ではなくセトに直接念話魔法が入る。それは精鋭の一人からだった。


北西の小国にて水帝確保。


正に一番待っていた情報である。これで一気に黒幕へ近付ける。

竜であるために疲れなどとは殆ど無縁なセトが気疲れしてきた頃。その情報は背筋を伸ばすのに丁度いいタイミングであった。


「直ちにアイルを送ります。連れ帰って尋問を。」


短い言葉で返したセトは、念話が聞こえていなかったアイルに顔を向けた。セトの声を聞いていたアイルは、何かあったのかと不思議そうである。

アイルをよく知らない者が見ればそれはただの無表情なのだが、セトは見れば分かる。その不思議そうな無表情を見てやっと事情が理解出来ていない事に思い至るセトは、あぁ、と手を打って事情を説明するのだった。


「連絡して来たのは誰ですか?僕はお会いしてますか?」


アイルの持つ転移魔法は、特別魔法の中でも更に特殊な魔法である。物理法則を無視した移動を可能にするそれは、発動するのに複数の条件があった。

その内の一つが、自身が鮮明に思い浮かべられる場所でないと行けないというもの。だがこれには抜け道がある。

景色を目標にするのではなく、そこにある物や者を目標にすれば良いのだ。


アイルは北西の小国に行った事がある。しかし、水帝がいるのはどこか分からない。そのため、発見したという精鋭を目標に跳ぼうという事であった。


「連絡して来たのはアレウス殿ですな。さて、跳べますかな?」


精鋭部隊のアレウス。東の国特有の武器である刀を使う達人だ。彼は白くて長い髪を一つに束ね、反対に真っ黒な眼帯を着けている。背が高くゴツい身体は、アイルがすっぽりと隠れてしまうほどの巨躯である。


そんな事を思い出したアイルは、セトに向かって頷く。それからすぐに魔法を発動した。まるで最初からそこにいなかったかのように消えたアイルだが、それこそが転移魔法が発動した証拠だった。

段々と消えるのではなく、パッと消えるのだ。ヴェルムが多用するこの魔法は、ドラグ騎士団でも使い手はほとんどいない。ヴェルム、アイル、そして零番隊に二人だ。

だがこれでもかなり多い事になる。一国に四人も転移魔法の使い手がいるのは奇跡だと言えば、その希少さが分かるだろうか。


民草の中では伝説になっている転移魔法。百年に一度、大陸の何処かで一人生まれる。そう言われるくらい珍しい魔法だが、そうなれば当然権力者から狙われる。

歴史上、特別属性を持つ者は権力者によって管理されてきた。それを利用する者も多く、中には人として扱われなかった者もいたようだ。


ヴェルムはそんな特別属性持ちの者を保護し、自衛出来るだけの力をつけさせる活動を続けている。それは騎士団に勧誘するのではなく、あくまで好きに生きられるように手助けしたに過ぎなかった。

だが、多くはドラグ騎士団に所属する事を望み、極僅かな者がヴェルムの下を離れ、密かに穏やかな生活をして生きた。

零番隊にいる転移魔法の使い手も、ヴェルムの保護活動で保護された者たちだ。


アイルとカリンに関しては事情が少し異なる。双子は魔物の侵攻によって滅びた村の生き残りである。

北部の辺境の地で、年の半分は雪に閉ざされる村の近くに、小規模のダンジョンが生成されてしまった。しかし雪深いその地域では冒険者も碌に活動できず、発見が遅れたためにスタンピードを起こした。

結果、ダンジョンから一番近い村が襲われ滅ぼされたのである。


村に襲いかかる魔物たちを、任務地から飛竜に乗って帰還中の零番隊が発見しなければ、アイルとカリンですら生きていなかっただろう。

報告を受けてすぐに転移したヴェルムによって保護された双子は、その場でヴェルムが特別属性持ちだと気付いたのである。


特別属性持ちでなくとも、ヴェルムとセトは双子を弟子として育てただろう。

双子は己の持つ力に、感謝している。それは希少だから保護してもらえたと思っている訳ではなく、単にヴェルムとセトの役に立つ力が己の身体にあった事を喜んでいるからであった。













「アイル殿か。遠方まで済まぬな。魔力や体調は如何か?」


アイルが転移した先には、アイルが思い描いた通りにアレウスが立っていた。その佇まいは抜き身の刃のように鋭い雰囲氣を醸し出しており、アイルくらいの歳の子どもでは一目見るだけで泣いてしまうだろう。

しかしアイルは相変わらず無表情で、問題ないとばかりに首を振った。


そんなアイルを見たアレウスは、やっとそこで自身の剣呑な雰囲気に気付く。あっという間に殺気を収め、アイルに向かって、すまない、と一言添えた。


「いえ。戦闘後直ぐに連絡を下さっているのは把握しております。アレウス様も帰還なさいますか?」


段々と言うアイルに、アレウスは同じく段々と首を振る。彼はこのまま他に事件が起きていないか調査に行くつもりだった。


「それでしたら、ここから北東の地は別の方が向かっております。アレウス様は南西に向かいつつそのままグラナルドを目指していただければ。」


事件があったかどうかを調べた後すぐに動く精鋭達は、精鋭同士でお互いの位置を把握していない。そのため、通信魔道具の近くにセトが張り付いておらねばならず、都度次の調査地を指定しているのであった。

だがこれは、ドラグ騎士団だからこそ行える荒技だ。通信魔道具は未だ世界に普及していない。ドラグ騎士団がそうするように、軍事目的で使用されてしまえば戦争のやり方が変わるという理由からである。

世界で誰かが発明すれば、広がる事を阻止したりはしない。しかし自らそれを促すような事は止めているのだった。


アイルから次の目的地を聞き、アレウスは頷きを返す。

彼のすぐ横には、魔力を封じる手枷を嵌められた水帝が意識を失って倒れていた。


「一応、手枷は付けた。しかし竜の血を持つなら腕力で破壊される恐れもある。よって手足の骨は折ってある。それからある程度血を流させている。貧血と骨折では大した力が出ないだろう。他にやる事はあるか?」


アレウスがやった処置は手荒ではあるものの、実に効果的と言えた。通常の犯罪者であればそこまでしないが、生かしておかねばならぬ上に、水帝は竜の力を使う。更に彼は暗殺ギルドの者でもあり、縄抜けや手錠外しなどお手のものだろう。そういう観点からアレウスが思いつく限りの方法で捕縛したのだった。


「十分です。後はこれを打てばどうにかなるかと。」


アイルがそう言って腰に提げたマジックバッグから取り出したのは、一本の注射器だった。


「…それは?」


見た目十二歳ほどの男の子が、鞄から出すにしては物騒すぎるものだった。アイルと同じく無表情が標準装備のアレウスも、若干引いた目で注射器を見ながら問うのだった。


「これは、今朝錬金術研究所から届いた薬品です。例の薬の効果を打ち消す力があります。所員の方は難しい説明をなさっていましたが、学のない僕には少しも分かりませんでした。説明に関しては一語一句違えず記憶しておりますが、お聞きになられますか?」


アイルが無表情でそう言えば、アレウスは引いた目のまま首を振る。学のない、などとアイルは言うが。どう考えても所員の説明が専門的過ぎただけなのでは、と頭に過ったアレウスだった。


アレウスから質問がない事を確認したアイルは、雪の上に寝かされた水帝に近寄って、意識が本当にない事を確認する。そして何の躊躇いもなく腕を持ち上げ脇を圧迫した。

その見た目とは裏腹に、アイルは力があるようだ。脇が締められたことで、水帝の手首には血管が浮かび上がる。アイルはまたも躊躇いなくその血管に注射器を刺した。


「これで大丈夫だと思います。ではコレは連れて帰ります。アレウス様もご苦労様でした。」


ヴェルムやセトは身内以外には興味をあまり持たない。特にセトはそれが顕著で、外向けの顔を見せる時は興味のない時なのだとアイルは幼い頃から知っている。

そんなセトを師匠と仰ぎ育ったアイルもまた、身内以外には興味を抱かない性格になったのだった。

更に言えば、恩人であり父であり主人であるヴェルムの煩わせている水帝に対し、アイルがコレなどと言うのは至極尤もな流れだったのかもしれない。

故に、注射を刺す行動が若干荒っぽかったのも仕方ない事だった。


注射器を抜いた後、浄化の魔法で綺麗にしてからマジックバッグに入れたアイルは、アレウスに向かって頭を下げた。

素早くも的確な行動に、引けば良いのか感心すれば良いのか分からなかったアレウス。とりあえず、うむ、とだけ返したのだった。


何が、うむ、なのか分からないが、アイルはそれを見てから水帝の頭を掴んでから転移した。消える瞬間に見えた扱いの雑さは、普段から丁寧な仕事をするアイルからは想像出来ない程の雑さだった。


雪景色と同化するほどに白い髪を揺らしたアレウスは、誰もいなくなった雪原で独り頷く。


うむ。


もう一度言った言葉の意味は、本人にも分からなかった。

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