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闇竜と騎士団  作者: 山﨑
181/292

181話

その日、元グラナルド王族であり、現零番隊精鋭部隊の隊員でもあるアレックスは、ドラグ騎士団本部本館の団長室にいた。

他にも零番隊の隊服を着た隊員が数人いるが、アレックスにとっては見慣れぬ者ばかりだ。


己が他大陸へ任務で出ていた間に入った者か、彼らがいない間に己が隊員になったかのどちらかだろうと予測をつける。

アレックスにとってそれはどうでも良い事ではあるが、分からない事の中にも一つだけ確実に分かるものがあった。


こいつら、強いな…。


ある程度の強者になると、戦わずして相手の力量を見定める事が出来るという。それは立ち振る舞いであったり足捌きや体幹移動であったりと、様々な要因がある。

それらを統合して強さを判断する訳だが、アレックスに関してはそんな難しい事など考えていなかった。


アレックスにとって相手の強さとは即ち、殺せるか殺せないか。そしてそれを判断するのは己の勘である。

アレックスの勘はズバ抜けており、これまでその勘に助けられた事など数えきれない程にあった。それ故アレックス自身も己の勘に信頼を置いており、そしてその勘は己と共に並ぶ零番隊に対しても働いた。


こいつらは殺そうと思えば殺せる。だが一対一が前提な上、俺も怪我じゃ済まないな。


アレックスがそう感じるのは、実に数十年ぶりの事だった。思い出そうと思えばすぐ思い出せる程に鮮烈な記憶として残っているそれは、任務で他大陸にいた頃、その大陸最強と謳われた武人と相見えた時以来の感覚である。


戦ってみたい。


アレックスがそう感じたように、すぐ近くに立つ大柄な男も同じ様に感じているようだった。ふと向けられた視線には、殺気にも似た鋭い意志が込められていた。

同じ思いを持った事をすぐに感じたアレックスは、それに好戦的な視線で返すのだった。







「さて、お集まり頂いたのは任務があるからですが…。その前に状況の説明をしておきますぞ。」


集まった精鋭達が雑談しながらも牽制し合う中、いつも通りの好々爺然とした笑みを浮かべたセトが口を開く。セトが言葉を発した瞬間に、精鋭達は雑談をやめて気をつけの姿勢で止まるのだった。


セトによって説明されたのは、現在アルカンタを含むグラナルドで起こっている事件の数々。それらは精鋭達も初めて聞くものが多く、そして内容に共通点がない事もあって精鋭達の首を捻らせた。


準騎士が怪しい商人を追尾、確保。

グラナルド東方の伯爵領で起こった民の蜂起。

竜の眷属である水帝の裏の顔。

暗殺ギルドによる要人暗殺。

北方の侯爵領での人身売買組織の発見。

南方の元小国郡、現在の子爵領での連続殺人事件。


他にも多数あったが、痛ましい事件が多い。しかし誰もその事件の共通点を見つけられず、気の短い者は苛立ちを覚え始めていた。


セトが一度説明を止めると、精鋭達はその視線を執務椅子に腰掛け腕を組んだままのヴェルムに向けた。彼はいつもの微笑みを浮かべておらず、そこにはただ真剣な表情の団長がいた。

それだけでこの説明に意味がある事を悟った精鋭達は、その共通点を脳内で考え始める。だがその思考も、アイルが精鋭達に配り始めた資料を見て中断される事になる。


「こ、これは…!?」


それは誰が発したものだったか。声を発した者も、おそらく自身が声に出していたなど気付いていない。任務の説明中に私語を挟むなど以ての外である騎士団であっても、誰もそれを注意しないのがその証左と言えた。

寧ろ、精鋭達の心の声を代弁しているとも言える。


「そう、なんの関わりもないように見える事件でも、その資料を読めば同じ黒幕がいる事が分かるね?」


やっと口を開いたヴェルムがそう言えば、精鋭達は喉を鳴らして唾を飲む事しかできなかった。

資料で細かに書かれているのは、アルカンタにて確保した商人が所持販売していた薬の成分表である。精鋭達が注目したのはその一箇所。

高価な薬草や、魔物素材が含まれるのは当たり前の事だ。だが、その内の一つにあってはならない物が書かれていた。


竜の血。それも天竜の血だと思われる。


天竜。それは闇竜と聖竜を頂点とし、四つの属性を司る竜を合わせた六竜の事を指す。他にも属性を司る竜はいるが、天竜と比べればその力は弱い。

天竜は世界の秩序を維持するための存在が故、太古から敬われ崇められてきた世界最強の生物である。そんな天竜が、犯罪に使用されるような薬を作るために血を提供しているとは考えづらい。

であるならば、なんらかの要因があると考えるのが筋だろう。


しかし。他の生物とは比べ物にならない力を持つ天竜が、自ら血を与えなければ一体どうやって血を手に入れるのか。

もし万が一、捕まってでもいるのであればそれは世界の崩壊を招く。

自らの意思でやっているならば、世界を混沌に招く可能性のある事件になる。

どちらにせよ真相を早急に突き止める必要がある。


団長室に集まった精鋭全員の思考が一致した時、その表情には混乱と焦りが見えた。しかし流石は精鋭。すぐにその対処と己の役割を考え始める辺り、長年任務をこなしてきただけはある。


彼らの表情に絶望がない事を確認し安堵の息を漏らすヴェルムは、チラリと己の専属執事を見る。すると見られたセトもこちらを見ていた。

その表情はいつもの通りで、なんの問題も起こっていないかのようだ。


「団長!もしかして、この水帝がキーになるんじゃねぇか?」


無言のやり取りをするヴェルムとセトだったが、精鋭達の中から声がかかり二人共そちらを向く。声の主は精鋭達のなかでも最も小さい男だった。


彼は妖精族で、見た目は成人前の子どもだが立派な成人である。精鋭部隊の任務として、最近まで南の国にいた。


「うん、私もそう思ってね。既に水帝の場所を探らせているよ。五番隊がグラナルド東部で水帝と戦闘、それを撃破している。しかしその後行方が分からなくなっていてね。資料にもあるように、彼もこの薬を持っていた可能性が高い。しかも、竜の眷属ときている。これは関わりがあると見て間違いないだろうね。」


ヴェルムは座っていても尚自身よりも小さな妖精族の男に説明する。そしてそれを皮切りに、精鋭達から質問が相次ぐのだった。


「団長、この薬が確認されたのはここにあるだけか?もしそうなら、多少は発覚していないにしてもそれ程数がある訳でもなかろう。であれば、我らでグラナルド中に散るか?」


「オレハコノ薬ヲカッテイタ貴族ノ使用人ガキニナルナ。アルカンタハオレトコイツニマカセテホシイナ。ナァ。」


「そうか?捜査は俺の唯一の弱点なのだが。仕方ないか。」


「ヴェルム。私は西部を探る。おそらく、次に事件が起きるのが西部だ。」


これら一つ一つに丁寧に応答したヴェルムは、癖が強くとも頼りになる精鋭達を見送った。それぞれのやる事が決まった精鋭の動きは速い。あっという間にそのほとんどが退室していった。


部屋に残ったのは、最近精鋭部隊に入った二人とその孫である。グラナルド王国初代国王レクス、その妃フロース、そして孫のアレックスだ。

アレックスは既に任務内容が決まっているが、レクスとフロースはまだだった。アレックスは二人が心配で残っているに過ぎない。


先ほどまで大勢いたため使われていなかったソファに腰掛けたレクスとフロースは、立ったままのアレックスにも座るよう促す。それに恐縮しながらもソファに腰掛けたアレックスは、アイルが差し出した紅茶を一口飲んでからヴェルムを見た。


「二人には、他の精鋭とは違う任務をやってもらおうと思ってね。わざわざ残ってくれてありがとう。」


執務机からソファに移動したヴェルムは、二人がけのソファに仲良く並ぶ夫婦を見ながらそう言った。

だがレクスはそれに首を振り、フロースも穏やかに微笑んでいる。二人とも気にしていないというアピールだろう。


「それで?私達に任せたい事とはなんだ?旅をして得た経験を基に水帝探しか?」


レクスが待ちきれないとばかりに任務内容を尋ねるが、今度はヴェルムが首を振って否定した。その反応が予想と違ったレクスは、驚いた顔をしてヴェルムを見つめる。だがフロースはヴェルムのその反応を予想していたようだ。特に驚いていない。


「あなた。ヴェルムさんが頼みたいのはそんな事じゃないわ。きっともっと単純で、最も大事なこと。そうでしょう?ヴェルムさん。」


フロースが穏やかに言うと、レクスは分からないとばかりに首を傾げている。黙って聞いているアレックスには、それが何かなんとなく分かった気がした。


頻りに首を傾げるレクスを見て、ヴェルムは苦笑しながらアイルに視線を送る。するとすぐにアイルが分厚い封筒を持って歩いてきた。


「これは?」


レクスがテーブルに置かれた封筒を見て問う。もう一度ヴェルムがアイルを見れば、アイルは軽く会釈してから封筒を開封した。

中から出てきたのは、アルカンタの詳細な地図であった。そこにはドラグ騎士団本部の敷地や、王城の設計図などもある。区域毎に詳細に書かれたものもあり、この情報が国家機密である事は幼い子どもでも分かる。

まさかこんな物がポンと出てくるとは思わなかったレクスは先ほどよりも驚いた顔でヴェルムを見ており、黙って紅茶を飲んでいたアレックスなどは慌てて紅茶を飲み干してソーサーごと隅に避けた。濡らしてしまっては責任が取れないからである。


「なるほど。これは今ここで覚えれば良いのですか?」


穏やかに聞くフロースだけは驚いていないように見える。だが少し瞳孔が開いているのを見るに、この封筒の価値については正確に把握しているようだ。


通常、地図や設計図などは極限られた者だけが見る事ができる。王城の設計図などその最たるもので、設計を担当する職人ですら全体の作りが分からないように、区画毎に製作者を変えるなどの方法が取られるのである。

国王や妃だった二人にすれば、それを目にする機会はあっただろう。だがそれは王城に限った話で、貴族街の屋敷やドラグ騎士団の本部見取り図などは初めて見たに違いない。


そして、これを見せられた理由があった。それは勿論任務のためであり、フロースはそれを予想していたようだ。

良い加減任務の内容が気になったレクスは、降参するように両手を挙げてヴェルムを見る。それを見たヴェルムは、ふふ、と嬉しそうに笑った。


「今回の件は天竜である私も動こうと思っていてね。しかしそうなれば今代国王と交わした契約を履行出来なくなる可能性がある。ならば私の一番最初の友である君に、私の代わりにグラナルドを護ってもらえないかと思ってね。二人なら私も安心して任せられるからね。仮に天竜が襲ってきても、私が戻るまで凌ぐくらいは出来るだろう?」


笑顔で語るヴェルムに、レクスは満更でもないような笑みを浮かべている。その信頼が、絆が、彼にとって嬉しくて堪らないものだった。

毎年会ってはいても、それでも離れていた時間は長い。しかしそれでも友だと呼んでくれるヴェルムに、レクスは全力で頼り頼られたかった。


建国当初からずっと、ヴェルムに頼ってばかりだったと記憶しているレクス。それはフロースも同じで、レクスよりも強く思っている。

そんな二人にヴェルムが任務という形で、最も大事なもの、つまりドラグ騎士団に残る家族を任せたのだ。ヴェルムはグラナルドを護ってほしいと言ったが、二人はそう解釈した。

何故なら、ヴェルムにとって大事なものは家族であると知っているからだ。


「よし、ではこの地図はここで全部覚える。しばらく場所を借りるぞ。」


ニヤつく頬を意識して抑えながら、レクスはドンと胸を叩いて請け負った。フロースも隣で頷いており、ヴェルムはそれを見て微笑んだ。


「君たちにしか頼めない事なんだ。よろしく頼むよ。では、私は出るから。何かあったらアイルかセトに言っておくれ。」


それだけ言って転移魔法で消えたヴェルムがいた場所を、夫婦と孫はしばらく見ていた。

それからすぐにレクスが動き出し、地図をガサガサと漁り出す。その頬は緩んでいた。


「あらあら。嬉しいからってそんなにはしゃいで。地図を汚したり破いたら怒られてしまいますよ?」


「うん?そ、そうだな。よし、では私はこちらから覚える。そなたはこちらからで良いか?」


「えぇ。覚えたら交換しましょう。」


「あぁ。必ずやり遂げてみせるさ。ヴェルムの期待に応えなくてはな。」


そう話す夫婦を、アレックスは笑顔で見た後退室していった。自身が心配する事など何も無かったな、と反省しつつも、己の任務に気持ちを切り替えたのだった。

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