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闇竜と騎士団  作者: 山﨑
176/292

176話

「よぉ、スターク。随分とボロボロじゃねぇか。カインさんにボコられたってのはマジらしいな。」


一番隊隊長のガイアが、その言葉通りボロボロになった状態のスタークに声をかける。スタークは言葉を返す気力も無い様子で、僅かにガイアへ視線を向けるだけだった。

場所は五番隊隊舎。スタークの私室である。

スタークが僅かな反応しか返さない事と、ここまで弱った姿など何十年も見ていないガイアは、気安い態度を取った事をほんの少しだけ後悔した。


「おぉ…、マジで辛そうじゃねぇか。四番隊もボコられたから回復の手が回ってないんだろ?五番隊には二番隊が張り付いてるって聞いたぜ。」


四番隊はゆいな率いる亜人部隊によってボロボロにされており、治療部隊が治療用ベッドを占領する結果になっている。

四番隊は互いに回復魔法をかけながら、亜人部隊の治療班からも処置を受けている。そして五番隊は二番隊の手によって治療を受けているのだった。しかし水属性の回復魔法は聖属性ほど効果が高くなく、腕を斬り飛ばされた者などは錬金術研究所からポーションを貰って回復している。


相変わらずスタークからの返答は無いが、その目は死んでいなかった。寧ろ普段の柔らかな眼差しはそこに無く、戦場で指揮を執る時と同じ様な鋭い眼光を携えている。

どうやらカイン率いる極道隊との特訓は、彼の闘争本能に火をつけたようだ。

きっとカインに勝つ方法でも考えているのだろうと予想したガイアは、乾いた笑いを吐き出した後一言だけ添えた。


「明日からは俺たちも参加するから、よろしくな。」


どうやらガイアがスタークに会いに来たのはこれを伝える為だったらしい。

五隊の中でも戦闘、特に突破力に優れた一番隊。戦闘はほとんどが一番隊と二番隊に任されてきたのもあって、五番隊が手酷くやられたというのはガイアにしてみても何処となく罪悪感があった。

仲間がキツい思いをしてまで特訓しているのに、自分たちだけ呑気に過ごす事など一番隊には出来ない。四番隊と五番隊が零番隊の力を借りて特訓していると聞いた隊員たちが、今日の訓練でガイアに詰め寄ったのである。


兄貴!俺たちも特訓に混ぜてもらいましょうや!

そうですよ!私たちだけ通常訓練なんて許されません!


そう言う隊員たちを何とか宥め、零番隊の手が空いている部隊に特訓を願い出たのは今日の朝の事だ。

明日からなら、と許可してくれたのは、極道隊と並ぶ零番隊の戦闘特化部隊、暁である。


ガイアはスタークが聞いているのを確認した上でその場を去って行く。その途中でスタークの治療のため走る二番隊とすれ違った。 


「まったく…。スタークが本気出せば零番隊に入るのなんか簡単なの知ってるんだぜ?ほんと、基礎を疎かにしねぇやつだよ。お前には待ってる奴がいるじゃねぇか。あまり待たせると、愛想尽かされちまうぜ…?」


そう呟くガイアの声を聞く者はいない。五番隊隊舎では痛みに耐える声がそこかしこから聞こえてくる。どうやらまだ治療は終わらないようだ。

一番隊は何も出来ずに見ていることしか出来ない。厳密に言えば一番隊にも治療ができる者がいる。だがそれにはかなりの体力を使うため、万が一の為にその者を使うことは出来ない。鳥人族の中でも隔世遺伝で、百年に一度しか生まれないという希少な種族であるその隊員。

この事態に自分が動きたくてウズウズしている所を副隊長と二人で宥めたのだ。

特訓したい隊員や治療したい隊員。兄貴は大変である。













ヴェルムが団長室で書類を読んでいると、来客を告げる声が聞こえた。その声は団長室の扉前を護る零番隊隊員で、告げられた名はリクのものだった。


「だんちょー!おじゃましまーす!」


いつも通りに元気な挨拶をするリクだが、ヴェルムは何処となく違和感を感じて視線を上げた。

書類から手を離し、その手をリクに向けて振る。リクは笑顔で振られた手に振り返すが、やはりその表情はいつもと違う気がした。


「どうしたんだい?何か相談かな?」


それとなく事情を聞き出そうとするヴェルムだったが、リクはそれに少しだけ困った顔をして笑顔を引っ込めた。

やはり何か困り事らしい、と気付いたヴェルムはその内容を予想する。が、何個か浮かびはするものの、どれで悩んでいるのかは分からなかった。

問いかけた以上、答えを待つしかない。ヴェルムは部屋の隅に立つアイルに目線だけで指示をした。アイルは微かに頭を下げて音もなく壁沿いを移動する。移動先には棚があり、様々な飲み物が置かれていた。


ヴェルムはリクに出す飲み物を準備し始めたアイルを見た後、リクに視線を戻す。彼女は何と言うか迷っているようにモジモジしていた。

ガイアであれば、姫はトイレ我慢してんのか?などと失礼な事を言う。そして周囲に怒られる事までがセットである。

ヴェルムがそんな下らない事を思い出すくらいの時間を空けた後、リクが決心したように顔を上げた。


「あのね、団長。三番隊皆んなで鉄斎のじーじの部隊に特訓してもらいたいの。でも鉄斎のじーじは今ダンジョンにいるでしょ…?だから団長の許可が欲しくて。」


どうやら三番隊も特訓を始めたいらしい。今朝には一番隊が明日から特訓に入ると報告も受けており、このままでは五隊が全て活動不能になってしまう。

特訓をしたい気持ちは分かるが、五隊の仕事が疎かになっても困る。ヴェルムは今日から始まった特訓ブームの対策を考えねばならなくなっていた。


「うーん。勿論許可を出したいところなんだけどね。五隊の活動に支障が出るのは思わしくないのは分かるね?だから、五隊の特訓についてルールを設けようかと思っているんだよ。それを話し合いたいから、スタークやサイには疲れている所に悪いけど隊長会議をしようと思っている。リクにもそこで結論を伝えるという事で良いかな?」


ゆっくり丁寧にリクの目を見ながら話すヴェルムに、リクは真剣な表情で頷いた。

リクの用事はそれだけだったようだが、どうやら緊張していた様だ。それには理由がある。

先ほどリクが特訓を頼みたいと言った鉄斎の部隊。彼らは今グラナルド国内に存在する、とあるダンジョンに篭っている。それは、鉄斎自ら言い出した事でもあり、部隊の強化の為である。

鉄斎の部隊が関わった任務で望まれた成果が出なかったが故に、鍛え直す為ダンジョンで寝起きしているという。


このダンジョンは発見されてすぐに冒険者が探索し、一層目で全滅するという事件が起こった。国はそれを立ち入り禁止とする事で対処し、その話を聞いたヴェルムが管理権をドラグ騎士団に貰い受ける事が出来るよう交渉したのだ。

どちらにせよ危険な魔物が跋扈するダンジョンを放置する事など出来ず、定期的に倒す事で氾濫を防ぐ者が必要であった。


ダンジョンは本来、魔物素材などの恵みを人々に齎す宝の山である。しかし、魔物が強すぎて狩る者が狩られるようでは意味がない。

更には、ダンジョンは魔物を生み出し続けるため、放置していると氾濫が起こる。普段はダンジョンから出て来ない魔物も、何故か氾濫では出てきて周囲の生き物全てに襲いかかるのだ。まるで、ダンジョンの存在を主張するように。

長年発見されなかったダンジョンが、氾濫を起こした事によってその存在を認識された、という話は昔から多々有る。


学者がダンジョン発生の条件などを調査しているが、ハッキリとその理由などは分かっていない。

しかし、どの学者も口を揃えて言う事がある。それは、ダンジョンは生き物なのではないか、という事だ。

倒した魔物は放置しているとダンジョンに吸収されるようにして消える。素材が欲しければその前に回収せねばならない。

他にも、何故か宝箱のような物が設置されており、中には武器や防具、薬や金銀財宝が入っている事もある。ヒトの手が入らねば作られないような物が何故自然から生み出されるのか。

今も昔も、ダンジョンというのは学者の頭を捻らせ続ける存在なのだ。


現在鉄斎たちがいるのは、最低でも討伐危険度Aの魔物が跋扈するダンジョンである。

この討伐危険度は、冒険者のパーティを基準に考えられている。つまり、Aランクのパーティなら勝てるレベルですよ、という意味だ。無論、Bランクパーティが勝てないかと言われればそうではない。しかし、限りなくAランクに近いと言われるパーティでも勝てない力を持つ魔物も多く、時にはAランクパーティでも負ける事がある。

帝ならば一人でも負けないだろうが、相性が悪ければ怪我をする事もある。

一般人から見れば魔物は須く危険なものではあるが、そんな一般人しかいない村や町に危険度の高い魔物が襲いかかってしまうと命は無い。よってダンジョンは国や領主が管理し定期的に討伐しているのである。




リクはヴェルムの表情を見て、少しだけ安堵したようだった。

自分たちの特訓のために、特訓中の零番隊を呼び戻すなど怒られても仕方ない。まだ許可は出ていないが、口にした事で少し緊張が解れたようだ。


アイルによって給仕されたココアにはマシュマロが浮かんでいた。リクは大事そうにマグカップを両手で抱えてフーフーと息を吹きかける。猫舌な彼女はゆっくりとココアに口をつけると、ホッと息を吐いた。







その日の夜。

五隊の隊長と零番隊の幾つかの部隊から部隊長が集まり話し合いをした。

結果的に五隊全てが特訓を希望。会議の前に二番隊からも特訓の願いが出ており、それぞれの弱点を補うための特訓が組まれる事となった。


これまでも零番隊と五隊の交流はあったが、訓練を共にするなどの交流はあまり多くなかった。それによって五隊と零番隊の力の差が開いたのでは、と言ったのは暁の部隊長である。

極道隊のカインや副部隊長であるエノクもそれに同意しており、五隊の特訓は急務とされた。


五隊の活動については、隊の三分の一ずつで分かれる事で解決した。特訓する者と普段の活動を行う者、そして休みの者である。

これは隊長から隊員まで全ての者が参加する事になる。それを明日からしばらくの間続けるのだという。


ヴェルムとしては騎士団が強化されるのに文句はない。だが、一つだけ付け加える必要があった。


「特訓は良いんだけどね。怪我もするのは分かる。だけど、強くなる目的を忘れないでほしい。決意なき力は暴力と変わらないよ。」


集まった隊長や部隊長は、その言葉に深く頷いた。











「いやぁ、皆急にやる気になってしまったね。私も特訓しようかな。」


団長室に戻る途中、ヴェルムはポツリと呟いた。ヴェルムの斜め後ろを歩くセトはピクリと眉を動かし、前を歩く主人を見る。

その後頭部には白銀の長い髪が流れている。当然表情は見えないが、セトはヴェルムが今どんな顔をしているか想像が出来てしまった。


「皆さんに構ってもらえないのが寂しいのは分かっておりますとも。しばらくは私とアイルが我が主人のお相手を致しますからな。ご安心ください。」


揶揄いを含んだ声に、ヴェルムの頭が微かに揺れる。数瞬空けた後返ってきた言葉は、セトの表情を固めさせるのに十分だった。


「おや、では君たちが私の特訓に付き合ってくれるんだね?ありがとう。私は良い執事を持ったよ。」

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