171話
メリークリスマス!
仕事の関係で今が最高に忙しいですが、何とか更新したいと思い筆を取りました。
クリスマスとは思えないほど物騒な話の展開となっておりまして恐縮ですが、ご家族や恋人との一時の合間にでも読んで頂ければ幸いです。
山﨑
「さて、いくか。総員、出撃っ!」
スタークのかけ声でドラグ騎士団が出撃する。オォー!と声をあげる騎士たちは、雪景色の中アルカンタの東門から雄々しく騎獣を駆って走りだす。
それを見送る民たちの顔に不安は無い。気温は氷点下に届きそうでも、国の英雄たるドラグ騎士団に贈る声は何処までも届いた。
民たちはドラグ騎士団が出撃した理由を知っていた。それは、城から正式に発表がなされたからである。
この国での識字率はかなり高く、余程田舎でないと文字を読み書き出来ない者はいない。そのため、こうした国からの発表には公布板なる立札が立てられるのだ。
東の伯爵領で謀反があったけど、それを解決しにドラグ騎士団が出撃するよ。応援してね。
ざっくり言えばこのような内容の公布板が立てられた時は多少の動揺が民の間に走った。しかし、ドラグ騎士団が出撃するならば悪い様にはならないだろうという強い信頼がある。
民たちは己らのために働く騎士団に敬意を持って接し、その行動を制限する事はない。
今日も寒空の下、数多の民が見送りのために出て来ていた。
心なしか、若い男性が多い気がするのは気のせいではなかった。その理由は一つ。
アルカンタの若い男性に絶対的人気を誇る四番隊隊長、サイサリスが出撃するからである。
彼女が乗るのはテイマーの隊員が丹精込めて卵から育てた走竜である。名を、レイズ・オブ・ライト。サイの独特なネーミングセンスが光るその名は、木漏れ日、という意味だ。
身体の模様が木の葉のような班に、白い線が入っているためこの名がつけられた経緯がある。
周囲は名付けられた走竜に同情の目を向けたが、本人、いや本竜がその名を存外気に入っているようなので良しとされた。
そもそも走竜とは、翼が退化し走る事に特化した竜である。しかし翼が無くなったかといえばそうではなく、走る時の補助や風を受けて加速するために使用する翼膜が肘から脇にかけて生えている。
肘から大きく突き出した骨格は、翼膜を広げるのに大いに役立つ。そうして広げた身体を見せつける事で求愛をするのも走竜の特徴だろう。
ドラグ騎士団は揃いの騎獣を持たない。馬であったり走竜であったり、ペガサスや飛竜などの空を飛ぶ騎獣も保有している。
よって、その時々の任務で必要な騎獣を選択するのである。
今回通るルートでは、積雪が予想される場所も多々ある。そうなれば馬では厳しく、また飛行する騎獣では空を縄張りとする魔物との遭遇確率が上がる。加えて今回は編成された騎士が多いため、大所帯で空を飛ぶと地上の魔物にも警戒され近くの町や村に被害が出かねない。
緊急ならばそれも仕方ないが、そういう場合はヴェルムが転移魔法を使う。今回はそこまでする理由がないというのが一つと、道中の町や村の様子、特に件の伯爵領の領都以外の町や村の様子を見たいがために地上を行く。
因みに、走竜は爬虫類ではない。歴とした竜種だ。そもそも、竜は爬虫類と根本的に違うのだ。よって、寒さは弱点となり得ない。
竜が寒さに弱ければ、ドラグ騎士団はほとんどの者が冬に活動できないだろう。冬に戦争をしかける国は滅多に無いとはいえ、それでは危険である。
愛竜のレイズ・オブ・ライトの首を時折撫でながら手綱で華麗に操るサイは、隣で同じ様に別の走竜を駆る己の副官をチラリと見た。
副官は眠そうに目を半分閉じているが、その手つきは危なげなくしっかりと操縦している。サイが隊長になると同時に副官となった彼はいつでも眠そうな顔をしている。
しかしそれは見た目であり、実は目が覚めているし眠くも無い。だが言動が多少緩いため印象としてはいつも眠そうな奴、となってしまう。
今日も今日とて眠そうな副官を見てクスリと笑ったサイは、正面に視線を戻して己の遥か前方を走るスタークの背中を遠目に見つける。
彼は何やら部下に指示を出しているようで、声を出さずハンドサインだけで後ろの部下に指示したようだった。
指示を受けた部下は隊列から離れ、五番隊の小隊が固まって走る場所へ向かう。そしてスタークと同じ様に何やらハンドサインを送ると、その小隊は騎獣の群れから離れやがて見えなくなった。
おそらく偵察に出したのだろう。そう判断したサイは慣れた様に周囲数キロを己の魔力で確認する。近くの森には多数の魔物の反応があるが、街道付近にはいないようだ。
これはスタークも分かっているはず。ならばあの小隊は何処へ行ったか。
現在地の地図を脳内に浮かべたサイはその理由に辿り着くのもすぐだった。
「あぁ、あちらには裕福とは言えない村があったわね。」
ポツリと呟いたその言葉は、走竜が風を切る音に掻き消えたはずだった。
「村の安全確認と、そーゆー隔絶された村こそ反乱の拠点になりやすいからチェックも兼ねて、っスかね。」
独り言に返事をしたのは隣を走る副官だった。
サイが目を向ければ相変わらず眠そうな顔をしたまま、サイを見ずにぼんやりと前を見ている。欠伸を噛み殺したかのような表情が標準装備な副官だが、これでも真顔のつもりだ。
「そうね。だからこそあのタイミングだったのよね。流石スターク、良い判断だわ。」
独り言を拾われた事には言及せず、どうせ聞こえるならと声も大きくせずにそのまま話すサイ。
っスね。とだけ返して来た副官は変わらず前を向いており、二人の間にはまた静寂が戻る。
とはいっても、走竜が走る風切り音でそこそこ五月蝿いのだが。
「予定だともうすぐ伯爵領最初の町に着くはずよ。この子達を休ませたらまたすぐ出るから、着いたら皆んなにそう伝えて。」
雪上でも歩みが遅くなる事なく走破出来る騎獣だけで来ただけあり、既に伯爵領に入っていた。領都に着けば最悪の場合即戦闘という可能性もあるため、ここで一度騎獣のための休憩を取る予定だ。
副官を視界に収めるだけで見たサイは、その眠そうな目が若干開いたのに気付く。それは副官が気合を入れる時の癖だった。
「了解っス。到着次第順次町の外で休憩、隊長たちと少数は町に入って情報収集っスよね。俺は外の統括しときますンで、また出発したら情報くれたら助かるっスよ。」
己の役割を正確に認識している彼は、町の中まで着いていくとは言わなかった。
サイは町長に話を聞きに。スタークは一般人に話を聞く。五番隊を中心とした隊員は町に散って情報収集だ。そうなれば副官は当然隊長に着いていくと思いきや、彼は向き不向きを分かっていた。
眠そうな顔をした騎士が来たら町長も不安になるだろう。それに彼は四番隊で数少ない攻撃寄りの魔法使いなのである。
つまり、町の外で待機する騎士たちの護衛が一番向いているのだ。
「えぇ、もちろんよ。その間、この子をよろしく頼むわね。」
そう言って走竜の首を撫でるサイの表情は慈愛に満ちていた。走りながらも嬉しそうに身を捩る走竜も、それに応えるように元気よく鳴き声をあげてスピードも上げる。
困った様な楽しい様な、そんな表情で笑うサイの横顔を見て副官は、いつも通り美しい人だなぁ、などと関係ない事を考えていた。
三隊編成部隊が領都に着いたのは、出発してから二日目の夜だった。
馬車で移動すれば春でも四日かかる事を考えれば、あり得ない程早いだろう。それもこれも、雪上でも速度の落ちない騎獣たちのお手柄である。
スタークは到着後すぐに部隊を二つに分けた。片方の指揮はスタークが。もう一つはサイが指揮を執る事になる。
主な役割は諜報と救護。二番隊は大隊長と大多数がサイの指揮下に入る。少数はスタークの指揮下だ。
今回の任務の最終目標は、人質となっている伯爵家の救出、その伯爵家の不正の証拠集め、そして国王代理として革命軍を名乗る民の代表との交渉である。
証拠集め等は五番隊が主軸で行うが、交渉は四番隊主体である。だからこその四番隊であり、サイが同行した理由だ。
四番隊はグラナルドの民からは治療専門の隊だと思われている。そのため、武力による制圧目的で訪れたのではないと思わせる事が目的だ。
勿論、そうなった時に対処出来る程度の武力が無い筈もない。四番隊は治療専門ではなく、聖属性主体というだけだ。聖属性魔法は治癒魔法ばかりに目が行くが、魔物相手であれば圧倒的殲滅力を誇る属性なのである。
かと言ってヒト相手に使えない訳でもなく。聖属性ならではの攻撃方法も数多存在する。一般的に使える者がほとんどいないため有名でないだけだ。
例を挙げれば、冒険者のトップ六人の内の一人、聖帝と呼ばれる冒険者など良い例だろう。
聖帝は大規模回復魔法を使用し、魔物による被害が甚大な街を救った過去がある。その話が大陸中に広がり、聖属性は回復特化という印象が付いた訳である。
だが聖帝も攻撃出来ない訳ではない。寧ろ魔物を相手にする事が日常の冒険者において、魔を滅する力を持つ聖属性は優位に働く。そして、聖帝の一番得意な魔法は回復魔法ではなく殲滅力の高い攻撃魔法である。
その事を一般の民が知らないのは仕方ない事だが、今回はそれが活きるという訳だ。
加えてサイはその美貌から民に絶対的人気を誇る。性別関係無く魅了するその美しさは、世界最高の美女と謳われる程の美しさである。
そんなサイに会えただけで気を失う者が居るほど彼女の人気は高く、サイが交渉に現れれば多少なりとも有利に進むだろうという打算も大いにあった。
「使者が帰ったら彼方の出方次第で直ぐに動くわ。準備だけしておいて。」
己の副官にそう指示を出すサイ。
当然といえば当然だが、ドラグ騎士団は領都に入る事が許されず、街の外で天幕を張ったサイたちはまず革命軍の代表に使者を送った。
使者となったのは四番隊の中隊長で、騎士団に入って百年以上のベテランである。彼ならば相手を怒らせず穏便に会談の場を整えてくるだろう。
であればサイたちはそれを信じて準備をするだけだ。
最悪の場合、反乱に関係ない民達だけでも全力で護らねばならない。その為に二番隊も編成されているのだ。
いつも通りに動けば良いが、この様な事態のマニュアルなど当然存在しない。いつもと言うほどこの様な事態になってしまうのも問題だが、こういう時こそ落ち着いた行動が必要になる。
その事がよく分かっているサイの表情は、いつもと同じくその美しい笑みを浮かべていた。